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2008年3月

森本健成アナに10点さしあげる。

 NHKの朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』は、毎日欠かさず、とはいかなかったが、近来になく魅き込まれるようにして見ていた。私にとっては『ちゅらさん』以来かも。何十年とやっているシリーズの中でも稀に見る傑作だと思う。明日で終わりというのが残念だ。

 同姓同名の同級生の美少女へのコンプレックスをずっと抱えて生きてきた女流落語家・徒然亭若狭こと和田喜代美(貫地谷しほり)の屈託を軸に、福井県の小浜で伝統若狭塗箸の職人を営む実家と、祖父がこよなく愛した上方落語家・徒然亭草若の一門、ダメだが愛すべき人物揃いの2つの“家族”を描くことに徹底的にこだわってきたシナリオ(藤本有紀)は、ブレることなくきっちりと結末をつけようとしている。

 今朝のラス前は、こんな話だった。
 亡き師匠・草若の宿願だった上方落語の常打ち小屋「ひぐらし亭」のこけら落としに出演した若狭は、満員の客席から拍手を浴びた後で、「わたしの最後の高座におつきあいいただき、ありがとうございました」と頭を下げる。
 若狭が落語をやめるなどという話は誰も聞かされてはいない。もったいないやないか、と理由をただす兄弟子たち、血相を変えて楽屋にやってきた家族を前に、若狭は「おかあちゃん、ごめんな」と言い出す。

 謝ったのは、落語をやめることについてではない。
 13年前、小浜を出る時に「おかあちゃんみたいになりたくないねん!」と言い放った一言を、喜代美は悔いていた。自分のやりたいこともせず、家族の心配ばかりしているおかあちゃん。でも、おかあちゃんはそうやって太陽のようにみんなを照らしていた。それがどんなに素敵なことかわからなかった。
 「私はおかあちゃんみたいになりたいねん」。
 高座で脚光を浴びるようになっても心の奥底から消えることのなかった長年のコンプレックスから、喜代美が本当に解放された瞬間だった。

 以前、父(松重豊)が職人として表彰を受け、一家が集まって宴会をしているさなかに、おかあちゃんが突然泣き出したことがあった。おろおろする周囲におかあちゃんは、「おとうちゃんがこんな立派な賞をもらって、子供たちもやりたいことを一生懸命やって、みんなが笑顔で、それが嬉しくてな…」と話す。あれもきっと、この伏線だったのだな。ちょっと前にある人から聞いた建築家アントニ・ガウディの言葉、「誰かひとり家族のために犠牲になれる人がいれば、その家族は幸せだ」という言葉を思い出したりもした。あれはつまり、こういうことなのだろう。

 で、おかあちゃん(和久井映見がこんなにいい俳優だとは知らなかった)が「…何を言うてんねん、この子は…」と涙を浮かべて番組が終わる。エンドタイトルの後はいつも「8時半になりました。ニュースをお伝えします」と森本健成アナウンサーが登場するが、今朝はいつもと違った。森本アナの第一声は「明日の最終回もお楽しみに。」だったのだ。

 この時間の森本アナはいつも、画面に映る瞬間にモニターを見おろしていて、そこから顔を上げて喋り始める。その表情がしばしば、『ちりとてちん』のラストに見事に対応して(おもろい場面では微笑んで、深刻な場面では難しく、しんみりする場面ではしんみりして)いたので、森本さん、ホントに『ちりとてちん』が好きなんだな、と思っていた。
 もしかするとこの台詞、ラス前の朝の恒例なのかも知れないけれど、そんなわけで民放でよく見るような番宣臭さは微塵も感じず、つい言いたくて言ってしまった、という風情に見えて、とても共感が持てた。
 朝からちょっといい気分にさせてくれた森本アナに10点さしあげる((c)高橋洋二)。

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貧乏なマネー・ボール、金持ちのマネー・ボール。

 ボストン・レッドソックスとオークランド・アスレチックスの開幕戦が行われた東京ドームのスタンドで、日本にいた頃と同じように球数の多い松坂大輔を眺めながら、相手打線は知らない選手ばかりだなあ、と、ぼんやりと考えた。

 ここ1,2年はMLBの試合をろくに見ていないので(なにしろ今住んでいる部屋では地上波とMXTVしか映らない)、単に私が無知なだけかと思ったが、公式プログラムをめくってみると、出場している選手の多くは実際にほとんど実績がない。
 唯一のスターといってよいチャベスが故障で来日しなかったため、無名選手ばかりのラインナップになってしまった(<シャヴェス、エリス、クロズビー以外はみんなルーキーか、それに近い若手>と「メジャーリーグ完全データ名鑑2008」(広済堂出版)には書かれている)。もっともなじみ深い名前は、打撃コーチのタイラー・バンバークレオ(元西武ライオンズのバークレオ)だった。
 松坂はもちろん、マニー・ラミレス、オーティズ、ローウェル、バリテックと年俸10億円クラスのスター選手が並ぶレッドソックスとは、人件費総額に相当な差がありそうだ。
 そうか、これは“貧乏なマネー・ボール”と“金持ちのマネー・ボール”の対決なんだな、と改めて気がついた。


 2月の初めにNHK総合テレビで、ボストン・レッドソックスの選手獲得法を扱った番組が放映された。「NHKスペシャル 日本とアメリカ」というシリーズの第3回「日本野球は“宝の山” 〜大リーグ経営革命の秘密〜」というタイトルだ。内容は、Number創刊時の編集長だった岡崎満義がインターネット上のコラムに詳しく紹介している。

< 6年前にレッドソックスを買収してオーナーになったジョン・ヘンリー氏は、巨大マネーを操るヘッジファンド経営者で、「金融も野球もデータから始まる」「金融界では意味のある指標を見つけられなければ、いいトレーダーとはいえない」という哲学の持主。自らスコアブックをつけながら、野球観戦をする。子供の頃から野球のデータが好きだった。その哲学の信奉者がルキーノ球団社長であり、エプスタインGMであり、データ分析専門家のマックラッケン氏である。みんな客観的なデータを信頼する人材の集まりだ。

 松坂投手のようなスターに大金をつぎこんで獲得するためには、半面ではいかに安い俸給でいい選手を発掘するかが大切だという。その基礎資料となるのがデータである。

 しかも、そのためには世間に通用している常識的なデータではなく、データを分析し、新しい価値を構築して、選手の隠された可能性を発見しなければならない。レッドソックス独得の「新しい指標」を編み出しているのが、すこぶる興味深かった。>

 私はこの番組を、出張先の地方都市の宿で見ていた。
 確かに岡崎が書くように興味深い番組だったのだが、反面、最後まで見終えた時には少々驚いた。こういう内容の番組を「ビリー・ビーン」「ビル・ジェイムズ」「セイバーメトリックス」「マネー・ボール」という言葉をひとつも使わずに制作するという姿勢に面食らったのだ(NHKの番組内容を紹介し絶賛するだけで、そのことにまったく言及していない岡崎のコラムについても然り。いや、普通の書き手ならいいんだが、スポーツジャーナリストを名乗って書いている以上、これでは物足りない)。


 2003年(日本語版は翌年)に刊行された『マネー・ボール』は、日本でも評判になり文庫化もされている著名な本なので、今さら紹介するのもいささか気恥ずかしい。詳しくはAmazonの商品説明などをご参照いただきたいが、簡単にいえば、MLBの中でも資金力に乏しいアスレチックスのGMビリー・ビーンが、いかにして他球団が目をつけない優良選手を安く手に入れて強豪チームを築き続けているかを描いたノンフィクションだ。

 その「いかにして」の部分こそ岡崎がいう「新しい指標」、すなわち市井の野球愛好家ビル・ジェイムズが考案し、私家版の冊子で紹介したデータ解析方法だ。ジェイムズはそれをセイバーメトリックスと名付けている。

 打者であれば打率や打点よりも出塁率に着目する、攻撃側はアウトにならないこと、守備側はアウトを増やすことを最も重視する、というような、従来の野球界の常識とは異なる指標によって選手を選別することにより、他球団の評価は高くないけれど勝利に貢献できる選手を安価に集めることができる。それがビーンの方法論だった。

 『マネー・ボール』の終盤には、レッドソックスを買収したジョン・ヘンリーが、ビル・ジェイムズを顧問に招き、さらにビリー・ビーンをGMとして引き抜こうとするくだりが描かれる。ほとんどその気になっていたビーンは、しかし土壇場で翻意してアスレチックスに残ることを決意する。
 ビーンに振られたヘンリーが、代わりに雇ったのが当時最年少GMとなったセオ・エプスタインだった。そしてヘンリーは、セイバーメトリックスを用いた選手の獲得を試みる。その成功例としてNHKスペシャルが紹介したのが主砲デビッド・オーティズであり、岡島秀樹だ。ボストンの一塁を守るユーキリスも、その出塁率の高さにビーンが獲得を熱望した選手として『マネー・ボール』に印象的に登場している。

 かくして新生レッドソックスは2004年、2007年と二度のワールドシリーズ制覇を成し遂げる。21世紀初頭のレッドソックスの栄光は、『マネー・ボール』の後日談とも言えるわけだ。
 言い換えると、アスレチックスが、貧者が金持ちに対抗するために開発した方法論を、巨額の富によって実行したらどうなるか、という試みを実践したのがレッドソックスだった。
 バレーボールでは1960年代から70年代にかけて、背の低い日本選手が速攻という戦術を武器に世界を制したが、背が高く身体能力に優った欧米の選手たちが同様の技術を身に付けてしまったことでアドバンテージが失われ、日本は久しくメダルから遠ざかっている。そんな状況を思い出させるような構図が、ここにはある。


 NHKの番組を見てからしばらくして、そこで感じた不満を埋めてくれそうなドキュメンタリー番組をみつけた。アメリカのディスカバリーチャンネルが制作したテレビ番組のDVD「ベースボール革命 勝利の統計学」だ。

 こちらは2006年の制作。セイバーメトリックス理論そのものを紹介することに主眼が置かれ、ほぼ全編にわたってビル・ジェイムズ本人が語り手として登場している。ビルはそこで「出塁率こそ重要」「送りバントは得点の可能性を損なう」「盗塁は得点の可能性にほとんど影響がない」といった持論を展開している。

 興味深いのは、ボストンの監督テリー・フランコナが登場して、こう語っていることだ。
「私はあらゆる情報をかき集めて、それを最大限利用しようと思ったんです」
「時には賛成しかねるアイデアもありますが、彼(ジェイムズ)との会話は示唆に富んでいて、今でも楽しいものです」
 『マネー・ボール』でジェイムズがいかにMLB各球団から無視され続けてきたかを読んだ後でこの発言を聞くと、隔世の感がある。

 ジェイムズのデータ分析の主たる関心事は「どのプレー、どの数値が勝利に結びつくのか(あるいは結びつかないのか)」を解明することにある。彼が編み出す指標は、「どの数値が勝利を導くか」を意味し、それがひいては「どの指標にすぐれた選手がチームを勝利に導くか」を示すことになる。
 だから、セイバーメトリックスは、チーム編成だけでなく、選手起用や試合中の戦術という監督の仕事にもダイレクトに活用できるはずだ(というよりも、具体的な采配と結びつけなければ、せっかく集めた選手を生かすこともできないだろう)。

 そう考えれば、セイバーメトリックスを采配に取り入れることに心理的抵抗をもたないフランコナは、まさに現在のレッドソックスを率いるにふさわしい監督といえる。また、『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』によれば、昨年就任したボブ・ゲラン監督が率いた2007年のアスレチックスは、リーグで四球数2位、盗塁数とバント数は最小と、ジェイムズの理論に忠実な戦術を貫いた(が地区3位となり、久しぶりに勝率5割を下回った)。
 この両チーム、編成だけでなく戦術的にも兄弟のような関係にあるようだ。


 両者が戦った3/25の開幕戦は、好ゲームとなった。立ち上がりに被本塁打と四死球連発で松坂が2点を失うが、二転三転の末、9回表にレッドソックスがモスの本塁打で同点に追いついて延長に入る。9回から登板したアスレチックスのクローザー、ヒューストン・ストリートは、大学球界で活躍したが体が小さい(といっても183センチ、88キロもあるが)と他球団から敬遠されたためにアスレチックスが目をつけたという。

 十回表のレッドソックスの攻撃は、先頭の9番ルーゴが三塁線を襲う内野安打で出塁し、一番ペドロイアは初球送りバントを決める。二番ユーキリス三振の後、オーティズは何と敬遠。四番ラミレスが右中間フェンスに直撃する二塁打を放って2点を勝ち越した。裏にはアスレチックスも猛反撃するが、5点目を奪うタイムリーヒットのクロスビーが三塁を欲張って挟殺されたことでチャンスは潰え、6-5でレッドソックスが逃げ切った。

 ビル・ジェイムズの理論では勝利に結びつかないはずの送りバントや敬遠を両チームが実行して、一方は成功し、一方は失敗した。そして、終わってみれば、勝負を決めたのは年俸2000万ドルの高額所得者マニー・ラミレスの打棒。ビッグマネー・ボールとスモールマネー・ボールの対決としては、いささか皮肉な結末と言えるかもしれない。まあ、一試合だけの結果であれこれ語るのは、統計と確率を基盤とするセイバーメトリックスの考え方とは相容れないものかもしれないが。

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ベッテ/シマンク『ドーピングの社会学』不昧堂出版

 著者のカールーハインリッヒ・ベッテはハイデルベルク大学スポーツ科学研究所所長、ウヴェ・シマンクもドイツの社会学者。原著は1995年刊行、「近代競技スポーツの臨界点」というサブタイトルをつけた日本語版は2001年に刊行されている(木村真知子翻訳)。

 いわば一昔前の本のはずなのだが、古さを感じさせない。いや、ドイツや欧州ではすでに古くなっているのかも知れないが、日本ではたぶん1995年よりも現在の方が、この内容にリアリティを感じる読者が増えているのではないかと思う。日本のスポーツを取り巻く状況が、良くも悪くもヨーロッパに近づいてきた、ということかも知れない。

 まずは目次。

序章 ドーピング問題への社会学的アプローチ

第一部 競技スポーツの構造的ダイナミズム

第1章 無限の勝利コードと酷使される身体

第2章 周囲からの煽り

第3章 選手生活の罠

第二部 構造の結果としてのドーピング

第4章 社会的産物としてのドーピングの定義

第5章 不当なイノベーションとしてのドーピング

第6章 ドーピングへの罠

第7章 社会の競技スポーツ離れ

第三部 競技団体の問題解決策

第8章 ドーピング撲滅策とその難しさ

第9章 ドーピング問題の無視・もみ消し

展望 競技スポーツの自己変革に向けて

ドーピングに関する本はいろいろ刊行されているが、その多くは“汚れた実体を暴く!”という類のノンフィクションだ。「ドーピングはけしからん」「スポーツからドーピングを追放すべきだ」と言い切ってしまえば話は簡単なのだが、そういう正義感だけでは割り切れない何かがある、というのが、喉に刺さった小骨のように、私の中ではずっと引っかかっている。話を簡単に済ませたところで、現実のドーピング問題が解決するわけではない。

 本書では、そんな「割り切れない“何か”」を、実に丹念に掘り下げている。著者たちは過去の豊富な研究や文献に基づいて、ドーピングがいかにして生まれ、行われているのか、当事者たちとスポーツを取り巻く環境はドーピングをどのように見なしているのか、といった事柄を論じる。私がこのblogのエントリやコメント欄で示してきた疑問や議論の多くは、すでに本書の中で、ずっと高く深いレベルで論じられている。

 目次を眺めてもわかるように、著者たちは、スポーツ界にドーピングが蔓延する根本的な原因を、競技スポーツが置かれた構造にあると考えている。

 オリンピックのような競技大会における勝利の価値が高まるにつれて、競技レベルは高まり、勝つために選手は練習量を増やすことが求められる。それはスポーツ選手の職業化、さらには選手のみならず、彼をサポートするスタッフ集団“チーム○○”の出現へとつながっていく。

 また、スポーツ大会への人々の注目が高まるにつれて、政治・経済・メディアはそれぞれにスポーツを支援し、スポーツはそれらから主として財政的なサポートを得る。

 そうやって、ひとつの勝利に多くの人々の利害が絡むことになる。だが、マーケティングやビジネスのシステムが精緻な塔のように積み上げられたところで、それらが乗っている基盤は、選手の生身の身体という、いつ崩れるかわからないものなのだ。

経済行為としての投資は、必然的に配当を求める。が、スポーツにおける勝敗とは本質的に不確定なものであり、投資-配当という概念とは相容れない。その相容れないものを、あえて投資-配当の枠組みに押し込めようとする欲望が、勝利の確実性を高める圧力と化す。

つまりドーピングとは、不確定な勝利を少しでも確実なものにするための方法のひとつなのだ。かくして選手自身にとっても、周囲の利害関係者(本書では身も蓋もなく「取り巻き」と表現される)にとっても、ドーピングは有益な手段とみなされる。

 本書の中で特に興味深く感じたのは、ドーピングの定義をめぐる議論だ。

 ドーピング・コントロールの動きは、まずドーピングの本質的定義を定めようとするところから始まる。

1963年特にプロ自転車競技のドーピング・スキャンダルの後、欧州会議はもっと包括的で威力のあるドーピング定義を行った。すなわち「ドーピングは、人為的で不公正な競技成績向上を唯一の目的として、人体にないすべての物質を、あるいは生理的物質であってもそれを異常な形や異常な方法で、健康な人間に施したり用いたりすることである。さらに選手の成績向上のための心理的処方もドーピングと見なされなければならない」(Sehling u.a. 1989:18から引用)と。>P.116

 しかし著者たちは、その本質的定義がいかにして論破されてきたか、どれほど成り立ちがたいものであるかを、身も蓋もなく記している。かなり長くなるが、面白いのでかいつまんで引用する。(以下はP.116-121から)

<この定義は、ドーピングの本質規定にとって後々尾を引くことになるすべての要素を含んでいた。本質規定の決め手になる言葉は《不公正》と《非自然性》である。>

 では、競技スポーツからすべての不公正を排除することができるのだろうか。著者たちは2つの点から否定的だ。

<第一は、周知のことであるが、どんなトレーニングを始める前にも人間の身体的・心理的諸前提は依然として非常に違っているということである。>

<第二に、トレーニングにいろいろな人が関わって工夫に工夫を重ねた結果、不平等が生じることがあるのに、試合ではその点が甘く見られる。>

<勝ったのは、より優秀な選手ではなくてより良好なインフラ構造であったとしても、そのことに何の憤りも発せられないのである。それなのにこのような取り巻きの支援やインフラ構造の不平等をドーピングで是正しようものなら、奇妙にもそれはたちまち《競技スポーツの理念》に反することとされてしまう。>

24時間を競技のために捧げられる選手と、仕事の傍ら競技を続ける選手。コーチ、トレーナー、栄養士などの「チーム○○」に支えられた選手と、自分1人で練習方法を考えながらやってきた選手。この両者の間に「公正」が存在するといえるだろうか。

 そして、著者たちは、ラディカルな思考実験によって「不公正だからドーピングは禁止」という考え方にとどめをさす。

<試合の参加者全員が同じだけドーピングをしたら、どうだろう。機会均等をアンフェアに損なうものだとしてドーピングを追放する試みは、たちまち挫折するだろう。>

 となると、残るは「非自然性」=「不自然性」だ。しかし、これも突き詰めていくとおかしなことになる。

 誰しも思い当たるであろう健康への悪影響を理由にドーピングを定義することは、実はなかなか難しい。

 

<第一に、ドーピングなら何もかも健康に悪いというわけではないからである。その一方で、ドーピング以外で認可され実践されている種々の競技力アップの方法にも有害な結果を引き起こす可能性はかなりあるのである。>

 また、そもそも「選手の健康のため」という理由で禁止事項を設けること自体に問題がある、という。

<選手のためだとしたり顔で庇護者を気取るのは明らかに越権であり、近代になって大きな意味を獲得した個人の自律という理念に逆行する。>

 というわけで健康問題は理由にならない。

<そのかわりに、関係者は《不自然性》を《人為性》と結びつけようとした。>

 しかし、「人為性」というキーワードにも無理がある。

<ここで挙げてきた競技力向上のファクター(引用者注:コーチ、設備、トレーニングやメディカルケアなど)は、選手の社会的環境に由来し選手自身に由来するものではないという意味で、禁止されている薬理学的物質と同様に《人為的》である。それにもかかわらず、薬物の場合は誰もが不正な競技力向上だと考え、すでに実施されているトレーニング方法の場合は誰もそう考えない。>

 つまるところ、ドーピングの本質を定義することは事実上不可能となった。かくして、アンチ・ドーピング運動は、いつ果てるとも知れない禁止薬物リストを作ることに力点を移していく。

 しかし、禁止薬物が指定されるということは、そこに載っていなければ何を使おうと処罰されることはない、ということでもある。

<本質的定義は、曖昧で大した威嚇力もないから有用ではなかった。それに対して列挙的定義は、たしかにそれなりのコントロール力があり警告的である。しかしそれは他方で、何の良心の咎めもなく工夫を凝らしてドーピング禁止と渡り合おうという気にさせる挑発を暗に含み込んでいる。>P.127

 結局、ドーピング・コントロールの試みは、禁止薬物の証拠隠滅方法や新たな薬物を開発しようとする側と、それらを発見し禁止リストに加えようとする側との、果てしない競争となる。ただし、前者は成功すれば莫大な報酬に結びつくけれど、後者はどこまでいっても莫大な費用を使い続けるばかり、という条件の差が、完全なコントロールの実現を絶望的なものにしている。それが95年に書かれた本書の現実認識だ。13年後の今はどうなっていることだろう。

 このほか、選手たちがドーピングに走る心理や、利害関係者たちがいかにしてドーピング共同体を形成し、事態の発覚を妨害してきたか、についての記述は、ほとんど固有名詞が出てこないにもかかわらず、きわめてなまなましく描かれており、背後に豊富な実例とその研究・報告の存在を思わせる。

 ドイツはドーピングに関してはいささか特殊な立場に置かれた国だった。かつては共産圏のドーピング大国・東ドイツと対峙して、その卓越した成績と比較される立場に置かれ、後には東西統一によって、その国のスポーツ界を受け入れることになった。ドーピングに関する経験も問題意識も研究も、他国に先んじているとしても何の不思議もない。そんな国の研究者たちだからこそ書きうるようなリアリティが本書の随所から感じられる。

60年代以降、勝利コードの無限上昇性と停滞気味の選手の身体性の間に横たわる溝を何とか埋め、国際的な舞台で自国の選手たちが活躍できるように最適化する試みが始まった。この時から走り出した科学化の趨勢は、このような背景とともに理解されるべきである。>

<国際的な競技スポーツの舞台で敗北を喫し、それがきっかけでスポーツの専門的知識が切に求められた、ちょうどその時期に、西ドイツではスポーツ科学が分化独立し軌道に乗せられたのである。西ドイツ・スポーツの《スプートニク・ショック》は1968年メキシコ・オリンピックの時に起こった。この時、はじめて東と西に分かれてドイツ選手団は出場したわけであるが、東ドイツが圧勝したのである。>P.40

 この文脈の中では、批判する人はほぼいないと思われる科学的トレーニングとドーピングの差は、ほんのわずかなものでしかない。

 このようにして本書では、ドーピングがいかに現在の競技スポーツがおかれた社会的環境と構造的に結びついているか、いかに排除が困難かということを繰り返し論じている。当然ながら、明快な処方箋を与えてはくれない。

 ただし、ドーピングを防ぐための唯一にして決定的な鍵は、本書の中にも示されている。

それは、観客の存在だ。

<スポーツ行為は身体が関わるので、視覚化しやすい。その点で、スポーツ行為は後追いしやすい行為である。この目で見ることができるということがまさに観客を惹きつけるのである。観客は何が起こっているのかを見て自分で判定することができる。>

<クラブや競技団体の舞台裏で何が起ころうとも、スタジアムでは観客の目の前で誰が優れ誰が劣っているのかが決定される。

 ドーピングの暴露はまさにこのような観衆の期待を裏切る。>P.213

<競技スポーツに対する世間の感性がパラダイム変換を遂げてしまうと、それは取り巻きたちの競技スポーツ離れへとつながっていく。というのも、取り巻きたちが競技スポーツで得る利益は《潔白》なスポーツ像に依存しているからである。問題はドーピングが存在することにあるのではない。それは選手自身が担うことである。政治・経済界にとってはドーピングが風評になることだけが問題なのである。風評になると、組織スポーツはスポーツ外の関係グループとの取引の際に大きくものをいうはずの不可欠の潜在的魅力を失ってしまうのである。

 ドーピングは、大衆がスポーツに寄せてきた興味を駆逐する。>P.222

 政治・経済・メディアが一体となってスポーツを支援し、そこから引き出してきた利益の源泉は、ひとえに、多くの人々がスポーツに強い関心を抱いている、という状況に依存している。その前提がなくなれば、このシンジケートは崩壊する。

そして、スポーツを好む観客の多くは、上述のようなドーピングの本質的定義がいかに論理的に成立困難なものであろうとも、それらを飛び越えて、理屈抜きでドーピングを嫌っている。観客がドーピングを是認しない限り、選手や利害関係者たちは、どう言いつくろったところで、彼や彼女を応援している観客を裏切っているのであり、それが発覚すれば、選手はすべてを失う。

 ドーピングに一定の歯止めをかけることのできる最後の障壁、それは、「嘘だといってよ、ジョー」という昔ながらの少年の無垢な一言なのかもしれない。少年少女がいつまでも無垢でいてくれればの話だが。

 最初の方にも書いた通り、これまで当blogのエントリやコメント欄でドーピングについて触れてきた問題の多くが、本書では整理されて深く議論されている(答えが与えられている、というわけでは必ずしもない)。

 ドーピングの歴史や具体的事例はあまり記されていないけれど、ドーピングについて考える上での筋道を手に入れたい人にとっては絶好の入門書である。この夏、北京で起こるかも知れないいくつかの出来事を理解する上でも、下の「オリンピック全大会」とともにお薦めする。

関連エントリ

ホゼ・カンセコ『禁断の肉体改造』ベースボール・マガジン社

「756*」。

ミッチェル・リポートのざっくりした感想。

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