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ONE AND ONLY.

 何事にも初めてという時がある。見物人においてもある。

 例えばサッカーにおいて、日本代表が史上初めてワールドカップに出場する試合が行われた1998年6月のトゥールーズのスタジアムに立ち合った時の心境は、この先日本サッカーに何があったとしても、二度と味わうことはないと思う(日本がワールドカップの決勝に進んだりしたらそれはそれは凄い感慨を覚えるだろうけれど、それはそれで別のものだ)。

 そのような意味において、野茂英雄が初めてMLBで投げた頃、テレビを見つめていた心境もまた、二度と味わうことのない性質のものだ。

 関西では阪神大震災が起こり、東京では地下鉄サリン事件が起こり、オウム真理教の驚くべき実態が明らかにされ、バブル経済の崩壊はもはや後戻りできないことが確実になり、政権の座は乱立する新政党の間でたらい回しにされ、日本社会そのものが液状化し足元が崩れていくような世の中にあって、ただひとつ確かに感じられたのが、海の向こうで黙々と投げる野茂の姿だった。私にとって、1995年とはそういう年だった。

 厳密に言えば、野茂は初めてのメジャーリーガーではない。日本人メジャーリーガー第1号はマッシー村上だ。
 が、彼はMLBを目指したわけではない。マイナーリーグで研修するだけの予定が、彼の才能に目をつけたジャイアンツに引き上げられて、アクシデントのようにメジャーリーガーになった。そして、彼の最初の予定のようにマイナーリーグで練習する選手はその後も出たが、彼のようにメジャーに引き上げられる者はいなかった*。開いたかに見えた道は再び閉ざされた。

 野茂ははじめからMLBで投げるつもりでアメリカに渡った。そんなことができるとは誰も思っていなかった時に。
 近鉄と喧嘩別れして日本を出て行き、近鉄時代の一割にも満たないわずかな報酬でロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び、メジャーで投げられる保証などないままに(しかも前年からのストライキが続行中で試合再開の見通しさえ明らかでなかった時期に)アメリカに渡り、メジャーリーガーとなった。野茂がアメリカでもブームを引き起こすほどの成功を収めた後は、もはや道を閉じることは誰にもできなかった。

 日本野球を飛び出したにもかかわらず、野茂は日本野球を背負っていた。
 今は、誰かがアメリカに行けば「彼はMLBで通用するのか」という目で見られる。その成否は、あくまでその選手個人の問題でしかない。だが、野茂の挑戦は「日本野球はMLBで通用するのか」という命題と一体だった。彼自身が望むと望まざるとにかかわらず。

 野茂は太平洋に橋をかけ、道を作り、向こう側に居場所を作った。
 それは彼が彼自身のために行った工事だったが、結果的には数多くの後輩たちにとっての橋となり、道となり、居場所となった。彼の後にアメリカに渡った選手は、全員が野茂のかけた橋を渡っていったといっても過言ではない。

 2005年のシーズン途中、日米通算201勝目を挙げた直後にタンパベイを解雇され、利腕の肘を手術した彼と契約しようとするチームが現れなくなってからも、ベネズエラに渡ってまで投げ続けた。どんな土地のどんなチームであろうと頓着せずに。ほとんどメディアに紹介されることのなかったこの3年間の彼の歩みにも、凄みを感じる。

 去年あたりの『Sportiva』だったか、野茂の現況を紹介した記事に、野茂は渡米以来、代理人やトレーナーなどのスタッフを変えていない、という記述があった。
 昔から、成功するための要因として「運鈍根」という言葉がある。運と根はともかく、私には「鈍」がピンとこなかったのだが、野茂の野球人生を見てきて、その意味がわかったような気がする。自分を信じ抜き迷わない、そんなある種の鈍感さが、彼を導いてきた要因のひとつになっているのだと思う。


 2008年7月17日、北京五輪に臨む野球日本代表のメンバーが発表されたのと同じ日に、野茂は自身の公式サイトで現役引退を発表した。一行だけのそっけない文章もまた彼らしい。
 昨日までの彼の歩みに、持てる限りの敬意を表する。

 「日本で最も偉大な野球選手を○人選べ」と問われたら、私はそこに野茂の名を挙げる。1人選べといわれたら迷うかも知れないが、○が2以上であれば必ず挙げる。


* 厳密にいえば、日本のプロ野球を経由せずにマイナーリーガーとしてスタートし、96年にメジャーデビューを果たしたマック鈴木がいる。マックだけは、野茂のかけた橋ではなく、自分自身の道を通って渡米したといえる。

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投稿: cir | 2008/07/21 23:58

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