宇都宮徹壱『股旅フットボール』東邦出版
FC岐阜の練習風景を見たことがある。まだJFLに上がる前だったかどうか。
岐阜市内の長良川河畔、住宅もまばらな郊外に、高級ホテルと会議場が忽然とそびえている。近くには立派なスタジアムも。
練習場はそのまた近くの、こちらは地方都市によくある小さなスタンドのついたグラウンドだった。選手たちは、それぞれの前所属チームなのだろう、J1、J2、そのほか見たこともないようなユニホームを思い思いに身につけて練習に励んでいた。
ミスター岐阜ともいうべき森山泰行は、どこか故障でもしていたのか、別メニューでトレーナーに付き添われながら、ゆっくりとピッチの外側を走っていた。
ピッチ内にも何人か見覚えのある選手が認められたが、あの森山を、こういう場所で見ることには、特別な感慨を覚えた。
そういう光景は、おそらく全国のさまざまな場所で見ることができる。森山ほどのビッグネームではなくても、Jリーグで、年代別代表で、あるいは高校サッカーで、名前を聞いたことのあるような選手が、JFLや地域リーグで戦い続けている。全国にはJリーグを目指すクラブがずいぶんたくさん誕生しているようだ。
以前、『スポーツ・ヤァ』の休刊についてこのblogで書いたことがあったが、ヤァよりもずっと残念だったのは『サッカーJ+』の消滅だ。徹底的に国内サッカーにこだわり、毎号見開きでJ1J2全クラブの特集記事を載せていたこの雑誌で、もっとも楽しみにしていた連載が、宇都宮徹壱の「股旅フットボール」だった。
全国9つの地域リーグで、それぞれJリーグを目指すクラブを訪問しルポするという企画。9地域10クラブについての文章に、地域リーグからJFLへの登竜門である全国地域リーグ決勝大会、さらに、その予選を兼ねて特殊な地位を占める“全社”こと全国社会人リーグ選手権のルポを加えてまとめたのが本書だ。『サッカーJ+』が残した貴重な遺産ともいえる(ついでにいうと、えのきどいちろう『サッカー茶柱観測所』の白眉ともいうべき巻末の文章「一心同体 柏バカ万歳」も、この雑誌に掲載された文章だ)。
地域リーグは、J1、J2、JFLと数えていくと、日本における4部リーグにあたる。
紹介されているのは、グルージャ盛岡、V.ファーレン長崎、ファジアーノ岡山、ツエーゲン金沢、カマタマーレ讃岐、FC岐阜、FC Mi-OびわこKusatsu、FC町田ゼルビア、そしてノルブリッツ北海道FCと、とかちフェアスカイジェネシス。取材時から2年、すでにJ2入りしたクラブ(FC岐阜)もあれば、本書を読むまで名前も知らなかったクラブもある。
それぞれのクラブに、誕生の背景があり、歴史があり、人々の来歴があり、地域性があり、そして夢がある。J昇格までの具体的な見取り図をもっているクラブもあれば、まだ手探りの夢でしかないクラブもある。ともあれ、この国に、これだけの多様な夢があり、夢に向かって走る人々がいる、ということに、単純に感動を覚える。
とはいえ、宇都宮は、ただ夢を称揚するだけではなく、夢と背中合わせに存在する苦い現実についても言及、または示唆している。
ひとつは、これは思いも寄らなかった現象だが、地方都市を拠点とするスポーツクラブの増加だ。
以前、高松を訪れた時に、市だか県だかの観光案内施設の中に、地元のスポーツクラブに関する展示を見て、面食らったことがある。
野球の香川オリーブガイナーズは試合を見たことがあるし、サッカーのカマタマーレ讃岐は、そのインパクトのある名前を記憶していた(羽中田昌が監督に就任してから開幕までに密着した『情熱大陸』も見たし)。だが、そのほかに女子バレーボールの四国Eighty8Queenがあり、バスケットbjリーグの高松ファイブアローズがあり、アイスホッケーのサーパス穴吹がある。こんなにあるのかとちょっと驚いた。
こぢんまりとした高松市にこれほど多くの地元チームがあったら大変だな、とも思ったが、本書ではまさにそのカマタマーレの記事の中で、スポンサー企業を獲得する上での困難について触れられている。競技間の競争が生じてしまっているのだ。
おそらく、高松だけでなく他の土地でも似たようなことは起こるだろう。
とすれば彼らは、Jリーグへの道程だけでなく、地域内での経済的自立や他競技との壁の解消とも取り組んでいかなければならない。
理想的にはFCバルセロナのように総合スポーツクラブとして統合されればよいのだろうけれど(新潟ではかなり現実に近づいている)、それぞれ出自も違えば、異なる歴史も背負っている。まして地方になるほど人のしがらみは重い。部外者が考えるほど簡単にはいきそうにない。
もうひとつは、本書に明記されているわけではないが、最近Jリーグが発表した将来構想に関わってくる。
現在、Jリーグのチーム数は、J1が18、J2が15の計33を数える。Jリーグ将来構想委員会では、J1はこのまま、J2は22まで増やし、以後はJFLと3チームの自動入れ替えを行う、と発表した。
単純計算すれば、残る椅子は7。
本書にはJ参入を目指すクラブが10紹介されている。FC岐阜はすでにJ2入りを果たし、残るは9チーム。そして、本書では取り上げられなかったJを目指すクラブも少なくない。
正確な数を把握するのは難しいが、Wikipediaの「Jリーグに将来参加を目指しているチーム」によれば、JFLに準加盟クラブが5、それ以外でJを目指すクラブが3。地域リーグ所属クラブは20を数える。さらに5部リーグにあたる各都道府県リーグに所属するクラブにも、J参入を掲げているクラブは数多い。
要するに、すでにJリーグのキャパシティをはるかに超える数のクラブが、J参入に手を挙げていることになる。
もちろん、手を挙げたからといって、加入条件を満たせるとは限らない。実際に加入申請を行い、準加盟が認められるクラブはずっと少なくなるだろうけれど、残る椅子の数を上回る可能性は充分にある。
心配なのは、Jを目指したクラブが、相応の組織力と相応の戦力を備えて、なおかつ彼らの前に同じ椅子を目指すクラブが長蛇の列をなしている時、彼らは自分たちの番が回ってくるまで、その組織力と戦力を維持することができるだろうか、ということだ。
上位チームが入れ替え戦の対象となってはいても、JFLそのものはJ3、つまりプロリーグではなく、あくまでアマチュアの全国リーグだ。地域リーグや県リーグも同様。それはつまり、Jを目指すプロ仕様のクラブが経営を成り立たせるだけの収益構造を用意していないことを意味する。
FC岐阜は異例のスピードで地域リーグからJ2まで駆け上がったが、彼らはある時期からそれを意図していたという。
アマチュアの弱小クラブがJ2昇格に足る実力を備えるためには、選手の人件費を始めとする先行投資が必要となる。しかし、スポンサー収入をはじめとする収益が本格的に期待できるのは昇格後。多額の先行投資を行いながら何年もアマチュアのまま足踏みしていては、経営が支えきれなくなってしまうのだ。
岐阜は計画通り、短期間でゴールに飛び込むことができたが、これからJ参入を目指すクラブの中には、岐阜が恐れた「負のシナリオ」に直面するところも少なからず出てくるはずだ。それは必ずしも、それぞれのクラブだけの責任ではなく、アマチュアリーグを3部扱いしているというJリーグ側の構造的な問題でもある。
Jリーグが、百年構想だ、各県にJクラブを、と夢をふりまき、各地に種をまいた結果、それぞれの土地にJを目指す人々が生まれた。
目指しても力が及ばないところは仕方がない。だが、Jでやっていけるだけの総合力を備えたクラブに育ったにも関わらず参入までには絶望的な壁がある、という状況に陥ったとしたら、Jリーグは、何らかの手をさしのべるべきだと私は思う。
本書の中で、ツエーゲン金沢のGMが『余所者、若者、馬鹿者』という金沢の諺を口にしている。何事か新しいことをなすのはこの3種類の人間だという意味らしい。
その通り、当事者たちは腹を括って馬鹿者と化し、損得抜きで突っ走らざるを得ない。
だからこそ、夢を振り撒き、種をまいた側は、育った夢をきちんと収穫する責任がある。それができなかったとしたら、百年構想は一気に萎んでしまう危険をはらんでいる。
取り越し苦労かも知れないが、このシナリオは、もしかすると数年後には直面するかもしれない、ありうべき未来でもある。
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