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「KING OF TOKYO O FILME」についての、ないものねだり。

 渋谷シネパレスで『KING OF TOKYO O FILME』という映画を見た。
 KING OF TOKYOことアマラオ、東京ガスからFC東京で約10年間にわたって活躍したブラジル人サッカー選手について、彼と縁のあった人々のインタビューを集めた映画だ。

 実際のところ、作品としてはそれ以上でも、それ以下でもない。FC東京とアマラオを贔屓にしている身としては、詳しい紹介はいささか書きづらい。厳しい言葉ばかり連ねることになるからだ。

 私自身は、この映画をかなり感激しながら見た。
 行きたかったがどうしても都合がつけられなかった彼の引退試合の映像をクライマックスにもってきているので、彼の最後の挨拶や味スタのスタンドを大きな画面で見ているだけで胸に迫るものがある。
 かつて東京で活躍し、今はブラジルに戻っているケリーが登場して、あのつぶらな瞳を輝かせながら懐かしそうにアマラオの思い出を語り、「あなたの隣でプレーしながら多くのことを学びました」と話す姿も嬉しかった。
 私にとっては幸福な2時間弱だったし、アマラオに愛着がある人なら同じように感じるのではないかと思う。


 だが、映画としては、残念ながら不満が多すぎる。
 映画の前半はブラジル取材を敢行して、アマラオの親類縁者を訪ねて話を聞いているのだが、率直にいってあまり面白くない談話が多いし、無駄としか思えないカットも多い。アマラオの弟が喋りながらポーズをつけたりする姿は見ている方が気恥ずかしくなる。アマラオの出身地で、通りすがりらしい若い女性に「KING OF TOKYOを知っていますか」「アマラオを知っていますか」と質問し、「知りません。その人も知らない」と言われる場面が2度繰り返されるが、何のための映像なのか困惑する。

 ブラジル取材の間は、取材者はKING OF TOKYOという言葉にこだわって、キーワードのように取材相手に喋らせている。それならそれを最後まで貫けばよいと思うのだが、日本編に入ると急速にキーワードへの関心が薄れてしまったようだ。

 そもそもKING OF TOKYOという称号は、いつ、誰が、どのようにして、どういう意図をもって言い出したのか、それはチームメイトやクラブ関係者の目にはどのように映っていたのか。来日当時からのチームメイトや植田朝日ら古くからのサポーターにインタビューしているにも関わらず、それらの質問はされることがなく、話題にも上らない。

 私自身はそれらの答えを知らない。私が初めてFC東京の試合を見に行ったのは、彼らがJ1に昇格した2000年だが、その時はすでにアマラオはKING OF TOKYOと呼ばれていたから、JFL時代からの愛称のはずだ。

 首都に生まれた最初のプロサッカークラブとはいえ、まだ2部リーグにとどまり、選手はもとよりクラブ自体の知名度も無に等しいという状況の中で、チームの中心ではあっても世間的には無名のブラジル人選手をKING OF TOKYOと呼ぶことは、誇大広告に近い試みだったのではないかと思う。今は無名だけれどもこれから大きくなっていくんだ、という熱量の高さが生んだネーミングかも知れない。

 そもそも日本のサッカーでKINGと呼ばれた選手を、私は三浦知良とアマラオの他に知らない(私が知らないだけで、各地にKINGがいるのかも知れないけど)。はじめは滑稽にさえ見えたはずの大袈裟な綽名が、いつしか周囲にも認められ、彼にこそふさわしい称号へと育っていく(「KING OF TOKYOの2代目はいないと思うし、あの横断幕は50年経ってもスタジアムに掲げられていると思うし、そうであってほしい」と映画の中で茂庭が話している。私もそう思う)。そんな過程を丹念に追ってみたら面白かっただろうに、と思わずにはいられない。

 あるいは、こんな見方もできる。
 日本には過去20年以上の間に大勢のブラジル人選手がやってきた。活躍した選手もいれば、しなかった選手もいる。タイトルをとった外国人選手も大勢いるが、アマラオほどファンに愛され、ファンを愛した選手はめったにいない。比肩しうるのはラモス瑠偉くらいなものだろう。
 来日当時についてチーム関係者は「2人のブラジル人選手が加入したが、一緒に来た選手は巧く、アマラオは下手だった」と口を揃える。にもかかわらず、もうひとりの選手はチームを去って忘れられ、アマラオはKING OF TOKYOになった。

 大勢のブラジル人選手の中で、なぜ彼だけがKINGになれたのか。KINGになれなかった男たちを追跡し、「日本サッカーにおけるブラジル人選手」という存在を掘り下げてみても面白かったと思う。
 サッカー選手だけでなく、ブラジルからの移民、あるいは海外からの日本への移民自体も、アマラオが来日してからの15年ほどの間にずいぶんと変化している。日本社会が彼らをどう受容しているのか、という背景の中でアマラオの存在感を考えるという試みも、やりかたとしてはあったように思う。


 サッカー選手に関する記録映画としては異常なことだが、この映画にはJリーグの試合映像が一切使われていない。たぶんJリーグ映像に支払う使用料が用意できなかったということなのだろう。
 制約は制約で仕方ない面はある。ただ、関係者の証言は、しばしば個別の試合について言及する。
 原博実は、アマラオがチームを去る年の最後のリーグ戦で、後半から投入したらチームが0-2から大逆転してしまった話をした。今は平塚にいる阿部吉朗は、天皇杯で自分が2点をとりながらPKを外して敗退し、アマラオの最後の試合にしてしまったにも関わらず、自分を気遣ってくれた神戸戦について話した。そのように話題に上っていながら映像が見られないことは、観客としてはフラストレーションが溜まる。

 とりわけ、この作品の最大の山場ともいえる、マリノスへの移籍を決意しながらサポーターの説得で東京に残ったというエピソードの中で、アマラオを引き留めようとサポーターたちが試合前から2時間以上ぶっ通しでアマラオ・コールを続けたという試合については、せめて音声だけでも再現できなかったか。
 試合映像を使うといくらかかるのかは知らないが、観客としては、前半のブラジル取材よりも、試合映像を使ってもらった方がよかった。

 ナレーションを用いないという判断も、あまり成功しているとは思えない。
 例えば、ブラジルで訪ねたアマラオの故郷がどういう土地なのか、映像はあっても、その土地柄が私の中ではまったく像を結ばない。それは日本編でも同様で、深川や小平が東京の中のどういう地域なのか、映画を観ていても全く判らない。
 もちろん、安易に盛り上げを図るナレーションのついた映像作品に辟易することがあるのも確かだが、支援が必要な場合もある。本作はそういうケースだったように思う。


 というわけで、アマラオという魅力ある素材を、この映画はあまりいろんな角度から掘り下げることをせずに、素材のままで観客の前に差し出しているように見える。太田綾花監督はアマラオのこともサッカーのこともほとんど知らないままオファーを受けたらしいが(そういうことを公言されても観客としては嬉しくないのだが)、彼女自身の中でアマラオという存在を掘り下げきれないままで終わってしまったのではないだろうか。
 いろいろやりようはあっただろうに、惜しまれる。サッカー批評の最新号で、ミカミカンタが歯切れの悪い紹介をしていたので、ある程度覚悟はしていたのだが。
 経験の浅いらしい監督には、このblogで紹介した『モハメド・アリ かけがえのない日々』や『ペレを買った男』などを見て貰うとよいのではないかと思う。

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コメント

同感です。私は渋谷の初日を見ましたが、サッカーを知らない方々が作った映画だと確信しました。NHKの衛星で放送したJリーグのドキュメントの方がアラマオについて時間は少なかったですが良かったです。なんであの監督なのでしょうか?伝える事が出来ないのに正直、映画監督としては最低です。サッカー、アラマオを知らないなら勉強をしっかりして、ちゃんと伝えてほしかった。Jリーグサポーターをなめるな!!

投稿: アラマオ通 | 2008/10/19 10:30

>アラマオ通さん

こんにちは。最近BS放送が見られない環境にいるので、ご指摘のドキュメントは見逃していました。残念です。

本文中で紹介した「サッカー批評」の記事の中に、映画にも登場する植田朝日の「内容はどうであれアマの映画が作られたこと自体が成功」というような談話が載っていました。そういう考え方もあるのか、と思いつつも、私はやはり内容の伴わない作品には納得しづらいです。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/10/20 19:36

自分はほのぼの見れました。
そもそも、この映画って、偉大Jリーガーを描く物じゃなく、ブラジル友好記念行事の物で、日本で愛されたブラジル人を描いたもの。
選手記録には残らないけど、みんなアマが好きだったってことが表れてたと思います。
確かに細かい映像はなかったけど、全て自分の記憶に残ってます。
そういう映画なんじゃないかな。

投稿: でで | 2008/10/21 07:55

>ででさん

私もほのぼの見ましたが、映画そのものへの評価となると、また別です。

サッカー選手のドキュメンタリー映画には試合映像がなければダメ、とは必ずしも思いません。なければないなりの作り方もあるでしょう。

しかし、この映画では「ないなりの作り方」ができておらず、観客に欲求不満を抱かせます。
ブラジル時代やJFL時代の試合映像が挿入されていること、原博実、阿部吉朗、植田朝日といった人たちが特定の試合での出来事に詳しく言及していることが、結果的にはJリーグ時代の試合映像の欠落を強烈に印象づけてしまいます。

KING OF TOKYOというキーワードの中途半端な扱いにしても同様です。結局のところ、<日本で愛されたブラジル人を描いたもの>としても物足りない出来だと感じます。

>確かに細かい映像はなかったけど、全て自分の記憶に残ってます。
>そういう映画なんじゃないかな。

「記憶に残ってます」というのは、アマラオのプレーのことでしょうか。
自前の記憶で欠落を補完できる方はそれで結構なのですが、監督のインタビュー記事を見ると「アマラオさんの生き方を多くの人に知って貰いたい」などと話しており、観客の大半がででさんと同様の記憶をふんだんに備えていることを前提に作られた映画だとは思えません。このエントリも、そうではない観客を想定して書いています。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/10/21 11:21

通りすがりの東京サポーターです。
自分もまったく同じ感想を持ちました。
FC東京での現役時代の映像が全くないのには違和感があります。
最初の監督が途中で降りてしまったのも、もしかしたらそのことと関係があるのかも知れませんね。とりあえず形にしようということで途中から太田監督が引き受けたらしいですけど、やっぱり突貫的な仕上がりは否めません。
個人的には、ラストシーンだって、引退試合よりも味スタでの最終試合の方がずっとずっと印象的でしたしね。
湘南やホリコシ時代も全部含めてのアマラオだから、こればっかりは仕方がないのかなぁとも思いますが、何より題名が”キング・オブ・トーキョー”ですからね。もっとFC東京時代をフューチャーして欲しかったです。

余談ですが、アマラオがキングになったのは確か97年じゃなかったでしょうか。キングカズがW杯予選(ウズベキスタン戦?)でハットトリックを決めてた翌日に、JFLでアマラオがハットトリックを決めて、当時の東京ガスサポーターがふざけてキングと呼び始めたのが始まりだったような・・・今では笑い話ですが。

投稿: コーピー | 2008/10/28 14:15

>コーピーさん
>引退試合よりも味スタでの最終試合の方がずっとずっと印象的でしたしね。

You'll Never Walk Aloneの時のBGVが普段と違って、過去のアマラオの雄姿を集めた映像でしたね。編集したクラブのスタッフの気持ちが伝わってくる見事なもので、周囲の観客もみな目を赤くしていました。あれが映画に使えたらよかったのに(笑)。

>余談ですが、アマラオがキングになったのは確か97年じゃなかったでしょうか。キングカズがW杯予選(ウズベキスタン戦?)でハットトリックを決めてた翌日に、JFLでアマラオがハットトリックを決めて、当時の東京ガスサポーターがふざけてキングと呼び始めたのが始まりだったような・・・今では笑い話ですが。

そうそう、そういうエピソードを掘り起こしていけば、映画にもっと奥行きが出たと思うんですけどね。コーピーさんのご記憶で正解なのかどうか私には判断つきませんが、別に正解が出なくても、関係者それぞれが自分の記憶として語ればいい。食い違ってるくらいの方がむしろ面白いと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/10/29 09:33

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受信: 2008/10/17 01:28

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