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代表監督は罰ゲームじゃないんですから。

 欧州サッカーに詳しい人々の書くところによると、近年、有能な監督はビッグクラブで指導することを好み、あまり代表監督になりたがらない傾向があるらしい。

 確かに近年、イタリアやドイツ、オランダといった強豪国で、かつて代表チームで活躍して人気と知名度はあるが指導者としての実績に乏しい若手(ドナドニ、クリンスマン、ファンバステン。あるいは少し前のフェラーやライカールト)が代表監督を務めているのは事実だ(ブラジルのドゥンガもここに加えてもよいかもしれない)。
 いきなり代表監督をやり、退任した後でクラブの監督になるというのは、ちょっと順序が違うんじゃないかという気はする。

 ビッグクラブで成功を収めている指導者たちが代表監督をやりたがらない理由として考えられるのは、その職がハイリスク・ローリターンだからだろう。大きい大会で優勝でもすれば指導者としての評価も上がるから、単にローリターンとは言い切れないものの、金銭面での報酬はビッグクラブより小さそうだ。
 欧州中に散らばった選手を招集するたびにクラブから文句を言われ、金持ちになった選手たちのわがままに振り回され、ワールドカップや欧州選手権の予選でちょっと停滞すれば国中から非難を浴びるくらいなら、ビッグクラブを渡り歩いている方がいい、と彼らが考えても無理はない。
 選手の選抜にしても、国籍という制約を受け、現実には他国のクラブの都合に左右されることの多い代表チームよりも、世界中から好みの選手を集め、有望株を若い時期から育てられるビッグクラブの方が、むしろ自由度は高いと言えるかも知れないし。


 欧州サッカーではいろんな紆余曲折を経て今はそんな状態になっている、ということだと思うが、我が日本の野球代表監督は、始まった途端にそんな感じの立場として扱われている。
 アテネ五輪の長嶋(と、その代行の中畑)、第1回WBCの王、北京五輪の星野と、プロ選手の代表チーム監督は、これまですべて、決定後に発表されてきた。多少なりとも選考過程が世間の目に公開され、議論を呼ぶのは今回が初めてだ。

 加藤コミッショナーが招集した諮問委員会(正式名称は別にあったと思うが実質的にはそういうことでしょう)の会合がとりあえず1回行われ、メディア上では「星野仙一再び有力」と書かれたが、それを受けてイチローが会合での方針に異を唱え、星野仙一がすかさず「固辞するって言ったら固辞するんだよ」(と書いてあるわけではないが、そんなニュアンスではある)と自分のサイトで発表する*。なんだかババ抜きみたいなことになっている。

 とにかくここまで出てきた話は「現役監督は難しい」とか「私はやらない」とか、何かを除外する方向の話ばかり。「こういう人にやってほしい」「彼こそふさわしい」みたいな話題になっていかない(野村監督は落合や原の名を挙げたという報道もあったが、どこまで本気なんだか)。
 選考にあたる人々が、こういう人がいい、というビジョンさえ立てられずに、どうして人選ができようか。


 そんなことを考えていてふと気がついたのだが、選ばれる側の意識はどうだろう。
 王監督のもとで日本が優勝した2006年春から今までの間に、WBC代表監督に意欲を示した日本人指導者が1人でもいただろうか。「将来いつかは」というのも含めて、誰かがそういうことを言ったという記憶が私にはまったくない(もしご存知の方がいたら教えてください)**。
 やりたそうな発言をしたのはボビー・バレンタインくらいではないか。それはかなり寂しい状況だ。

 サッカー日本代表監督も、現任者に対する報道やネット上での言説を見ていると、なかなかリスクの大きな仕事のように思えるが、それでも、いつかは日本代表監督をやりたい、という目標を口にする指導者は(日本で指導する外国人も含めて)少なくない。
 というより、サッカーのコーチをやっているからには代表監督を目標にするのが当たり前、という考え方がひとつの常識として共有されている気がする(代表には興味ない、クラブの方がいい、という指導者もいるとは思うが)。
 あるいは、海外のクラブで指導してみたい、という人も、これは多数派ではないが存在する。指導者も成長しなければならない、挑戦しなければならない、という意識を持った指導者が大勢いることは確かだろう。

 だが、プロ野球の世界では、そんな言説はまず聞いたことがない。
 選手はレベルの高い戦いの場を求めて次々とMLBに出て行くが、指導者は、勉強のために渡米する人はいても、MLB監督を目指して海を渡った人は聞いたことがない(いたら教えてください)。日本人が海外で指導するといえば、せいぜい台湾で、これは上から下に教えに行く、という力関係になる。
 選手ばかりか、審判も、トレーナーも、スポーツビジネスを志す背広組も、野球に関わるいろんな業種の人々がMLBで働いているのに、コーチだけがいない。これは奇妙なことといってよい。


 共同通信が伝えた、WBC監督選考に対するイチローの発言を記事から抜き出すと次のようになる。
<「最強のチームをつくると言う一方で、現役監督から選ぶのは難しいでは、本気で最強のチームをつくろうとしているとは思えない」>
<「もう1度、本気で世界一を奪いにいく」>
<「大切なのは足並みをそろえること。(惨敗の)北京の流れから(WBCを)リベンジの場ととらえている空気があるとしたら、チームが足並みをそろえることなど不可能でしょう」>
http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20081021-421198.html

 明言はしていないものの、イチロー発言の背景には、そんな日本の指導者たちに対して感じている物足りなさがあるのではないかと想像する。
 監督自身が勝負してないじゃないか。そんな監督が僕らを指導できるの? と。

 日本一だけでは飽き足らず、MLBのチャンピオンやWBCでの世界一を現実的な目標としている選手は大勢いるのだから、この意識の差は、きっと無視できないくらいに大きい。イチローが<足並み>という言葉で表現しようとしている事柄の中には、そんなことも含まれているのかも知れない。
 今では多くの人が忘れてしまったのではないかと思うが、第1回WBCでは多くの有力選手が出場を辞退した。始まる前には、海のものとも山のものともわからない、値打ちのはっきりしない大会と見なされていたわけだ。
 第1回大会での優勝によって、日本代表選手のステイタスは急上昇し、多くの選手が出場を希望するようになった(と思う)。だが、代表監督という立場のステイタスは、まだそうなってはいないようだ。


 短期決戦における勝負強さだとか投手起用だとか、WBC監督の人選が議論に上る時、主としてベンチワークが話題になることが多いように思う。
 それらの諸々が大事でないとは言わない。
 が、これほどまでにいろんな荷物を背負わされたチームを引っ張っていくためには、余計なことに斟酌せず、馬鹿になって、勝利のためにすべてを捧げられる純粋な心性こそが、もっとも大事な要件なのではないかという気がしてきた(考えてみれば、長嶋茂雄も王貞治もそういうものを備えていた)。
 プロ野球監督として優勝した、あるいはそれに近い成績を残した人々を候補者と考えるなら、あとは、やる気のある人(あるいは、決まったら四の五の言わずに頑張りそうな人)に任せるのが最善の選択なのかも知れない。

 そう考えると、たとえば原辰徳という名前は、なかなか悪くない選択肢のようにも思えてくる。ま、まずは目下のクライマックスシリーズを勝ち抜いてからの話だが。

 ついでながら私見を記しておくと、原のほかには、以前、「王が推薦している」と報じられていた若松勉・元ヤクルト監督もよいのではないだろうかと思う。
 原やバレンタインもそうだが、最高水準の選手を集めたチームを率いる時には、選手のモチベーションを挙げ、一体感を持たせられることが最も大事になる。
 だから、選手を駒のように操ってマジックのような采配をするタイプの監督というよりは、選手の力を引き出すことを優先的に考え、求心力を持つタイプの監督がふさわしいと私は思っている。初代WBC監督も、そういう人物だった。

 
 
 
*
それにしてもこの人、この件については徹頭徹尾、被害者意識剥き出しだなあ。前回も今回も結局は、メディアが反対するからやりません、と書いている。かつて彼がどれほどメディアを利用して他者を攻撃してきたかを考えると、この打たれ弱さは見ていて哀しくなる。

とりわけ、<長い、いつの監督生活のなかでも常に「行蔵(出処進退)は我にあり」として、それを信条としてきたわたし>(公式サイトから)などという自己認識は噴飯ものだ。

 この「行蔵は我にあり」という言葉は、おそらく勝海舟の「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」という言葉を下敷きにしている。
 これは明治になってから、元幕臣が明治政府に仕えることを批判した文章を発表した福沢諭吉に対して(正確には、公表前に福沢が送ってきた草稿に対する返事として)勝が残した言葉だ。勝は福沢に対して発表を控えさせるような働きかけをしなかったし、反論もしなかった。
 つまりこの言葉で勝が言おうとしているのは、“他人が何と言おうと俺はやるべきことをやってきた。文句があれば勝手に言えばよい”ということだ。
 長い監督生活の中で常にメディアを操作して自分の立場を有利にしようと画策してきた人物が、「メディアに叩かれるからWBC監督はやらない」という声明に引用することが、どれほど相応しくないか、おわかりいただけると思う。


**
10/27に行われた第2回体制検討会議で、候補は原辰徳ジャイアンツ監督に絞られた。
会議の出席者のひとりである野村克也楽天監督はこの夜、TBSのニュース番組に出演して、「自分に声がかからないのは寂しい、俺の評価はそんなもんかと思った」「コミッショナーは世代交代ということを何度もおっしゃっていたから、自分は対象外なんだな、と思った」(アナウンサーから「次回の監督はいかがですか」と問われて)「お断りする理由がなければお受けします」などと意欲を見せていた。
そんなにやる気があるのなら「(星野で)出来レースじゃないか」とか「落合がいい」とか「イチローが兼任でやればいい」とかごちゃごちゃ言ってないで「私がやりたい」と手を挙げればよかったのに、素直じゃないんだから(笑)。

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コメント

以前星野氏関連のエントリの時にコメントさせていただいたものです(HN忘れてしまいまして適当にてスミマセン)。
星野氏のリーダーシップのあり方(有る無しではなく有り方に)に懐疑的だったものです。

で、普通にバレンタインにオファーすればいいと思うのですが、サッカーのようにはいかないのですかねプロ野球機構の方々は。バレンタイン自身も意欲的なのにね。候補にくらいは入っているのでしょうか・・・。

人選の俎上に乗せた上で、力量的に劣るという判断で名前が出てこないのならいいのですが、そういう風に見ないですね。

投稿: tonmaji | 2008/10/23 16:43

メディアやファンから批判されている、だからやらない、とはピントのずれた論理ですね。「批判されていること」そのものが理由とは。自分に対する批判の内容がどんなものなのか、ということはまったく無視しているのでしょうか。

自分は代表監督の選考基準は何より「実力」だと考えています。そして、北京五輪やそれ以前での監督としての成績や内容から見て、星野氏では力不足だろうと思います。本人から固辞するにしても、まずそれを第一に言うべきです。

あと個人的にはやはり「前年の日本一監督」を推したいですね。その監督だけチームを離れることが不公平なら、他の11球団の監督達も一緒にチームを離れさせればいいんじゃないかなと。中継の解説とかコラムの執筆とか仕事割り振って。

投稿: k | 2008/10/23 22:24

鉄さんの記事にはうなずくところもなるほどと思わされるところも教えられるところも、あらためて考えさせられるところも多いので、いつも感謝しています。WBCを巡って思うことは私にもたくさんありますが、バーリトゥードの隆盛が格闘界に「スポーツと喧嘩と格闘の違いは何か」「そもそも強いとはどういうことか」というようなテツガク的なコンゲン的な問いをもたらしたのと同じようなことが、ようやくWBCによって野球界にも起き始めた、と考えると、いろんなごたごたも前向きな気分で見られるような気もしています。

私の意見では、代表監督のオファーを受けた場合に最も高いモチベーションで応えそうな野球人はイチロースズキだと思うので、イチローに兼任監督を頼むのがいちばんいいんじゃないでしょうか。実現の可能性を考えれば、まあ、半分は冗談ですが。

>選手のモチベーションを挙げ、一体感を持たせられることが最も大事になる。
>だから、選手を駒のように操ってマジックのような采配をするタイプの監督というよりは、
>選手の力を引き出すことを優先的に考え、求心力を持つタイプの監督がふさわしいと私は思っている。

「選手を駒のように操ってマジックのような采配をするタイプの監督」というのが落合博満を差しての言葉のように、
なんとなく感じるのですが、私は落合博満の長所は「選手のモチベーションを挙げ、一体感を持たせる」ことにこそある、
ような気もしています。特に落合信者でもないので、まあ落合論はどうでもいいのですが。

ちなみにアメリカの代表監督の人選ってどうなってるのですか。私はぜんぜん知らないのですが。

投稿: nobio | 2008/10/23 23:01

> tonmajiさん
>で、普通にバレンタインにオファーすればいいと思うのですが、サッカーのようにはいかないのですかね

代表監督には日本人が望ましい、というバイアスは、おそらく選考する人々(やスポンサー筋)の間に存在するだろうと思います。バレンタインが下馬評にまったく上がってこない最大の理由はそれでしょうね。

ただ、まあそれも判らないでもないです。惨敗と言われた北京五輪でさえ世界の4強に入っているほどの強豪国なわけですし。日本が決して強豪でも先進的でもないサッカーの世界でさえ、「代表監督は日本人に」という考えが、ことあるごとに顔を出すのですから。


>kさん
>本人から固辞するにしても、まずそれを第一に言うべきです。

代表監督はこういう資質の人にするべきであるから自分は相応しくない、という言い方をすれば、世間の風当たりもずいぶんと異なるでしょうにね。彼の固辞の辞からは何の理念も感じられないのが情けないです。裏を返せば、代表監督として何の哲学ももってなかったんじゃないかと疑わしくなります。

>あと個人的にはやはり「前年の日本一監督」を推したいですね。

イチローの談話を読んで、さらにそれに対する王さんの感想(「彼の立場では当然そういう考えもでてくるだろう」みたいな)を読んで思ったのは、選手はみな現役だから、開幕前に1か月もチームを離れることで相当なリスクを負っているわけです。その点は不問にしておいて監督のリスクだけを慮るというのはおかしな話です。


>nobioさん
>テツガク的なコンゲン的な問いをもたらしたのと同じようなことが、ようやくWBCによって野球界にも起き始めた、と考えると、いろんなごたごたも前向きな気分で見られるような気もしています。

同感です。かつては抽象的理想論としてしか語れなかったような事柄が、現実の課題として俎上に上ってくることについては、溜飲が下がるような思いがします。

>「選手を駒のように操ってマジックのような采配をするタイプの監督」というのが落合博満を差しての言葉のように、なんとなく感じるのですが

書いていてそういう意識はまったくありませんでした。こうやって指摘されても、やっぱり思いません。nobioさんの考える通り、指導者としての落合は優れたモチベーターだと思います。

ただ、実際にはこの2つのタイプは、二項対立的に語れるようなものではないな、と後から思いました。優れた監督は両方の要素を兼ね備えているけれど、どちらかに特徴がある、ということではないかと思います。
バレンタインや仰木彬を見ていると、選手を駒のように使って成功するためには、出場機会を細切れにしか与えられない選手たちをも心酔させるだけの何かが必要だと感じます。自分を使ってくれる監督に選手が心酔するのは当たり前で、ろくに使われなかった選手からも絶賛されるのが本当の名将というものかな、と(イビチャ・オシムがまさにそういう指導者でしたが)。

>ちなみにアメリカの代表監督の人選ってどうなってるのですか。

アテネ五輪がラソーダ、北京五輪がデーブ・ジョンソン、第1回WBCはバック・マルティネス。いずれもMLBの監督経験者でした。ラソーダとジョンソンはワールドシリーズを制した実績がありますが、マルティネスは短期間で、凡庸な成績しか残っていません。
どこがどう選んでいるのかはよくわからないですね。オープンな選考方法でやっているとも思えませんが。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/10/24 02:38

鉄さま
以前から興味深く拝見させていただいています。
一度コメントさせていただいたことがあると思うのですが、ハンドルが思い出せません、すみません。

ホークスファンなので、第一回大会も心配しながら経過をずっと見ていました。
今回またもやこんなにもめることになるとは思っていませんでしたが。

”ノムさんポロリ「王が星野さんがいいって…」
10月18日7時0分配信 スポーツニッポン”

という見出しの記事の中に、

 続いて田中、岩隈2人が代表選出される可能性があった北京五輪前に星野氏に直接電話したことも明かし「あれは申し訳なかった。“2人は選ばないでくれ”って言っちゃったんだよな」と話した。

と書いてあったのを見つけました。

星野さんが散々非難された理由の中でも一番大きかった、「岩隈投手選考漏れ」でしたが、それが野村さんの意向だと(ささやかれてはいたものの)、ご本人が認められたとは。

王監督は最初から「現役には無理」とおっしゃっていて、それはチームを離れる負担のこととばかり思っていましたが、こういう危険も潜んでいたことに、今になって思い当たりました。(王監督がそれを意図して発言されていたかはわかりませんが。)

北京での星野さんに、「悪意」は少なくとも感じませんでした。「無能力」だっただけだと思ってます。
しかし、能力のある人がある意図を持って選手を動かしたら。この記事を読んでしまったら、野村監督に杉内君や和田君、涌井君だってダルビッシュ君だって。預けたくはありません。
本当に、誰にしたらいいんでしょう。
前の人とは違うかと少しは期待した新コミッショナーも、今のところ全くあてになりませんし。せっかくお休みになれると思った王監督が、またしても任されっぱなしで奔走されねばならないのではないかと不安です。

前回のWBCでは、何の権威もまだない大会に、進んで出てくれる選手たちがいたこと、「王監督を胴上げできて嬉しかった」と言ってくれたことが本当にありがたく嬉しく、感謝しきりだったものですが。
言葉本来の意味においてまさに「有り難い、めったにない」ことだったとは、あの時は全く思い至りませんでした。
長々と失礼いたしました。

投稿: ホークスファン | 2008/10/25 00:36

どうも、鉄さん!またぶらりとやってきましたw

個人的な意見では星野監督の是非ばかりを論じても意味が無いと思います。勿論ここのことではなく、世間一般のことですが。

いきなり選手を集め、「今日から仲良く優勝目指すぞ」じゃチームとしてまとまるはずないですよね?それを全部星野さんのせいみたいにしては堪ったもんじゃないでしょう。

これがもし長嶋さんだったら「日程の不足の泣いた」と報じられた気がしてなりません。

と、世論を斬ってみましたw

星野さんの発言は・・・まぁ、いいっすw「ふうん」てくらいでw「つまらんこと言うなぁ」と思うくらいですね。

彼の実績・能力値・求心力それなりにあるとは思ってます。決して「不適格」な人選ではないとも思ってます。
あとはそれを協会がどれくらいバックアップできるかじゃないのかなぁと、そう思っています。

そうでなければ誰がなっても一緒じないのかな?

鉄さんの以前書かれた日本一のチーム及び監督で、の案も容易ではないでしょう。外国人助っ人の穴がありますし、仮にそこを上手く(他球団や、MLBからの'助っ人日本人,で)
補填できても結局は「急造チーム」であることは否めないわけですしね。

オシム翁がシュンスケを呼ぶ際に言った言葉で「彼のチームにするか、彼を歯車にするか」なんてのがあったらしいですが、助っ人の「働きぶり」で結果も左右されそうですね、采配も含めて。

そんなわけで、「星野監督のリベンジ」とかではなく、少なくとも能力の面では北京のメンバーは日本屈指のはずだし、多少なりともチームになってるはずです。

それをベースにしてみるのも手ではないでしょうか?それならば監督も続投となるのでしょうが・・・。

長々とすみませんでした。

PS.星野さんの駄々っ子のような発言を聞くと「メディア戦術かな?」との思いと、「じゃあ、すんなよ!絶対に」との思い両方ありますw

投稿: 一介の論客・KTY | 2008/10/26 00:54

>ホークスファンさん
>能力のある人がある意図を持って選手を動かしたら。

それを問題にするのなら、そもそも星野仙一氏は阪神タイガースの禄を食んでいる人物でした。結果的にはむしろ阪神の優勝を妨害することになってしまいましたが。

選手選考・起用とシーズンへの影響は、オールスターの際にしばしば問題になりますね。投手を連投させたり、故障持ちの選手をフル出場させたりすると、所属チームの監督がメディアを通して苦言を言う、というようなことは珍しくありません。

ただWBCの場合は、前回同様に投球数制限が設けられるのであれば、制度的に投手の酷使はできないので、さほど心配しなくてよいかと思います。あとは信頼関係の問題でしょうね。


>一介の論客・KTYさん
>オシム翁がシュンスケを呼ぶ際に言った言葉で「彼のチームにするか、彼を歯車にするか」なんてのがあったらしいですが、

野球の場合はサッカーほど精密なコンビネーションが必要とされるわけではないので(二遊間などは別ですが)、助っ人がポンと入ってもそう大きな問題はないと思われます。むしろメンタル面で一体化できるかどうかが問題でしょうね。

>そんなわけで、「星野監督のリベンジ」とかではなく、少なくとも能力の面では北京のメンバーは日本屈指のはずだし、多少なりともチームになってるはずです。
>それをベースにしてみるのも手ではないでしょうか?それならば監督も続投となるのでしょうが・・・。

北京五輪でも、WBCの西岡ー川崎ラインをチームの中心にするはずだったのですが、2人とも故障してしまってベースが崩れたのが敗因のひとつでした。川崎は大会前にすでに故障していたので、星野監督がもっと速く川崎に見切りをつけておけばよかったのかどうか。これは難しいところです。

>PS.星野さんの駄々っ子のような発言を聞くと「メディア戦術かな?」との思いと、「じゃあ、すんなよ!絶対に」との思い両方ありますw

メディア戦術だとしたら完全に裏目に出てますよね(笑)。だいたい、第1回の体制検討会議には星野前監督も出席してるんだから、その場で固辞しておけば、ノムラ監督に吹聴されることもなかったのに。
それにしてもノムラ監督、言いたい放題に事態を撹乱してますね(笑)。面白い人だ。自分にオファーが来ないのが不満なのでしょう。本気でやるつもりがあるかどうかはわかりませんが。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/10/26 02:08

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