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『寛容力』/渡辺久信にみる野球指導者の育ち方。

 ジャイアンツが日本シリーズに敗れた瞬間から、野球について見たり聞いたり考えたりするのはしばらくごめんだ、という気分に支配されていたので、書店の店頭で、優勝監督が爽やかに(異論があるかも知れないが)微笑む表紙の本を見た時も、当然ながら反射的に目をそらして立ち去ろうとした。
 だが棚から3歩くらい離れたところで、渡辺の台湾時代のことが書いてあるなら読んでみたい、と思い直して手に取り、台湾時代と二軍監督時代のことが相応の割合を占めていると知って、1200円(税別)を支払って購入した。

 で、さっそく渡辺久信著『寛容力 〜怒らないから選手は伸びる〜』(講談社)を読了。面白い。拾い物といったら失礼だが、ライオンズのシーズン優勝決定後に実務がスタートしたのだとしたら、そんな短期間にここまで充実した内容に仕上げたのは見事だ。
 
 
 渡辺の経歴を簡単におさらいすると、群馬県の前橋工業高校を卒業後、ドラフト1位で1984年に西武ライオンズに入団。1年目から一軍で登板し、工藤、郭泰源らとともに西武黄金時代の主力投手として活躍する。98年にヤクルトに移籍し、その年限りで引退。
 翌99年からは台湾プロ野球「台湾大連盟」の「年代勇士LUKA」というチームの投手コーチとなる。コーチ兼業で投手としても初年度は18勝で最多勝。3年の台湾生活の後、帰国して解説者になる。2004年に西武ライオンズの二軍投手コーチに就任。翌年は二軍監督兼投手コーチ、3年目は二軍監督に専念し、復帰4年目の今年、一軍の監督に就任した。

 というわけで渡辺は、台湾プロ野球を経験した、日本プロ野球ではおそらく初めての監督である。若いころから球威で押しまくり、歳を取ってからは技巧派に転身できずに引退した投手だったから、現役時代の印象ではあまり指導者に向いているとは思えなかったが、台湾を経験したこと、二軍監督からの昇格であったことの2点は面白いと感じていた。

 渡辺が台湾に渡ったのは、台湾大連盟の最高顧問になっていた元同僚の郭泰源の誘いによるもので、直接的には東尾修の勧めがあったという。台湾大連盟は1989年に発足した中華職業棒球大連盟に続いて97年に生まれた後発リーグ(2003年には中華連盟と合併して1リーグになった)で、それだけに選手のレベルは低かったようだ。
 渡辺は、投手の育成から試合での起用、交代の指示まで、およそ投手に関するすべてを監督から一任されるが、選手たちは、技術レベルも低い上にプロとしての意識やモチベーションも低い。不慣れな生活で言葉も通じないという悪条件の中で、渡辺は苦労しながら選手たちとの対話を試みる。

<「何でわからないんだ」ではなく「どこがわからないのか」を考える。そうやって目線を落として、丁寧に教えることを学べたのが、台湾での大きな収穫です。
 自分の物差しで測った指導法はよくない。とにかくその相手のレベルまで、まず自分が降りてみることが大事だと気づいたわけです。>

 能力抜群だが練習にも出てこない傲慢な新人を叱り飛ばしたり、サイドスロー投手に内外角の揺さぶりの手本を示すために自身がサイドスローから試合で投げたり(それで完封したという)しながら、渡辺は選手たちの信頼を獲得していく。片言の中国語を操りながら、休日には台湾各地を旅行し、旅先で知りあった人たちと朝まで飲み明かすこともあったという。天性の資質もあったのだろうが、異国の人々の中へ自ら飛び込んでいくことで養ったコミュニケーション能力は、帰国後の指導に大いに役立ったことだろう。

 そんな経験を経て、さらに二軍のコーチ・監督を3年間務めた渡辺が、今シーズン、若い選手を育てて力を発揮させたのは偶然ではない。彼なりの方法論をもって臨んだシーズンだったことがよくわかる。
 と同時に、思い切った判断を下し、方針を決めた後は迷わないという腹の括り方は、現役時代に修羅場をくぐり抜けてきた経験の裏付けを思わせる。

 今シーズンは、渡辺の指導者としてのよい面がすべて出た。松坂、カブレラ、和田という、長年チームを支えてきた大物選手が相次いで抜け、若手を育てながら勝たなければならないというチームの状況が、渡辺久信という指導者の適性と合致していたのだろう。
 このまま順調にチームが伸びていき、今は一心に成長と勝利を目指している選手たちが、実績を積み、年俸も上がってベクトルにズレが生じ始めた時に、いかにチームをまとめるかというのは、渡辺監督にとっての新しい課題になるはずだ。

 本書には台湾時代のことだけでなく、二軍監督として学んだ現代の若者の扱い方なども詳しく書かれていて、若者を育てる立場の人には参考になりそうだ。デーブ大久保のコーチぶりについての記述も興味深い。
 
 
 日本のプロ野球界には、指導者を育成する方法論が存在しない、ということは、このblogでも何度か指摘してきた。今でもそういうものはない。
 だが、この渡辺久信の経歴は、ひとつのモデルケースを球界に提供している。ルーキーリーグから始めて、実績とともに上のレベルのリーグに引き上げられていく(と言われる)MLB指導者たちのキャリアデザインと、結果的によく似ている。
<「ナベがいずれ日本で指導者をやるというのなら、一度台湾で勉強してきたほうが、絶対にためになるぞ」>と強引に台湾行きを勧めたという東尾の炯眼も、評価されていい。

 今年のNPB12球団の監督13人のうち、二軍監督を経験したのは阪神・岡田彰布、ヤクルト・高田繁、日本ハム・梨田昌孝、オリックス・大石大二郎と、渡辺を含めて5人もいる(高田は日本ハム監督を退任後、ジャイアンツで。梨田は近鉄監督になる前)。そして、岡田、梨田、渡辺の3人が同一チームの二軍監督から昇格後に優勝を果たしている。大石も低迷していたチームをプレーオフ進出に引き上げている。
 これらの実績を見ると、二軍監督の経験は、一軍の監督を務める上で一定の効用が期待できそうだ。

 現在の二軍監督の顔触れを見ても、ジャイアンツ・吉村禎章、中日・辻発彦、阪神・平田勝男、日本ハム・水上善雄あたりは、将来の監督昇格も視野に入れての起用ではないかと思わせる。かつては一軍監督になる可能性などなさそうなベテラン指導者が務めることが多かったが(今でもそういうケースはあるし、それはそれで意味なしとはしないが)、現在の二軍監督は若手指導者も多い。ソフトバンクの秋山幸二新監督も二軍監督経験者だ。

 一方、指導者・渡辺を育てたもうひとつの土壌である台湾プロ野球となると、そう誰もが行けるわけでもないし、なかなか見習うのは難しいように思える。
 だが、技術レベルやプロとしての意識、練習や試合の会場、収入など、さまざまな面で厳しい環境は日本にも存在する。独立リーグだ。四国・九州アイランドリーグ、ベースボール・チャレンジ・リーグと、現在活動している2つのプロの独立リーグでは、指導者のほとんどがNPBの選手出身であり、NPBのコーチ経験者も多い(監督経験者=藤田平・福井ミラクルエレファンツ監督もいる)。

 今のところ、独立リーグでの指導経験を評価されてNPBのコーチや監督になったケースは少ないが(富山からソフトバンクのコーチ補佐になった宮地克彦くらいか)、選手ばかりでなく、指導者も独立リーグから育っていくケースが増えると面白い。
 というよりも、NPBが指導者研修のために、若いコーチを独立リーグに派遣するくらいのことがあってもよいのではないかと思う。渡辺久信の台湾での経験は、選手やリーグのレベルが低いからこそ意義があることを物語っている。
 
 
 
 ここまでの話題とはがらりと変わるが、冒頭に少し触れた、本書の作られ方について一言。

 冒頭でも書いた通り、短期間でこれだけ充実した内容の本をまとめた出版社側の仕事ぶりは見事だと思う。クライマックスシリーズや日本シリーズを準備する間に渡辺監督が自分で文章を書いたとも思えないから、聞き書きで作られた本だろう。実際にまとめたのは、おそらく、目次の後に「企画・構成」とクレジットされている関谷智紀という人物だと思われる。

 こういう本を作るには、漫然とインタビューをしてもダメで、聞き手の側が骨格となる構成を準備し、それに沿って質問していく必要がある。極端に言えば、インタビューしなくてもだいたい同じような本が書けるくらいに、渡辺監督のキャリアと、今季の西武の歩みを把握していなければ、ここまで緊密な内容に仕上げることは難しい。
 それほどよい仕事をしたにも関わらず、構成者の氏名は表に出ていない。私が構成者の存在を意識して探したからクレジットを見つけられたのであって、見過ごしてしまう読者の方が多いだろうし、見たとしても「企画・構成」が何を意味しているかもわからないだろう。

 アメリカでは、野球選手や監督が出した本は、しばしばライターとの共著という形をとる。コンテンツを提供した人物と、それを文章にまとめた人物、どちらが欠けてもその本は完成しないのだから、それが公正な扱いというものだ。
 だが、日本ではそういうケースは稀で、大抵は選手・監督の著書として扱われる。聞き手はゴーストライターと言われる通り、表面には出てこない。
 最近は目立たない形であってもクレジットされるようになったが、以前はそれすらなかった(1999年に講談社現代新書から刊行された川口和久『投球論』はいくつかの点で目を拓かれるユニークな名著で、ほぼ間違いなく聞き書きだと思われるが、構成者の名はどこにも記されていない)。新潮社が刊行している長谷川滋利の著書は生島淳が構成し、後書きも書いているが、著書が何冊もある生島でさえ、表紙には名前が記されていない。
 知名度のある選手や監督の名を著者として前面に出すのはよいとしても、ライターの名をなぜ隠すのか。今や養老孟司のような書き手でさえ聞き書きの本を出して、それがベストセラーになる時代なのだ。分業を憚る必要など何もない。

 講談社や新潮社は出版界をリードする大手企業だ。ライターは出版界を構成する重要かつ不可欠な要素なのだから、よい仕事をするライターを、もう少し尊重した方がよいのではないだろうか。「知名度がないから」と版元は言うかも知れないが、たとえば本書にとっては、知名度は渡辺久信のそれで十分だ。その脇に構成者の名があれば、本書によって彼の知名度が上がる。そうすれば、今度は彼の知名度を生かして次の仕事ができるかも知れない。
 そのようにして出版社がライターを育てなかったら、いったい誰が育ててくれるというのだろう。

 もしかすると本書における関谷氏の役割は私が推測したようなものではなく、氏名を表に出さないだけの合理的な理由があるのかも知れないが、この種の書籍一般について言えることなので、この機会に記しておく。もし本書に関して誤解があった場合には、関係者にはお許しいただきたい。

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コメント

アジアシリーズも制覇して、いやぁ渡辺西武は強いですねぇ。

で、特にライオンズファンでもない1見物人として、「西武日本一!」のあと一番驚いたことを報告しておきます。

それは、「帽子を脱いだ渡辺監督」

誠に失礼ながら、あれほど毛が少なくなっておられるとは・・。

NHKで見たとき、「誰かいな?!」と思いました。マジで。いやいやほんと、無責任な見物人が失礼を申し上げ、たいへん恐縮ですが、夫婦揃ってテレビの前で驚愕したもので。ついつい報告せずにはおられませんでした。

西武ファンのみなさん、申し訳ありません。どうも失礼いたしました。

投稿: 馬場 | 2008/11/17 20:00

>馬場さん
気付くのが半年遅いです(笑)。
髪はともかく彼のお腹の出具合は、同世代としては反面教師です。若い頃はあんなに恰好良かったのに。しかしまあ、野球選手は食べる量も半端じゃないから、トレーニングしなくなると太りやすいのでしょう(台湾は何食っても旨いですし)。

投稿: 念仏の鉄 | 2008/11/18 08:47

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受信: 2008/11/12 22:01

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