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チルドレンが巣立つとき。

 イチローチルドレンという言葉があった。
 2006年に開かれた第1回WBCでのことだ。川崎、西岡、青木。今江も入っていたかどうか。彼らが野球少年だった頃、すでにイチローは史上初のシーズン200安打を達成したスーパースターだった。イチローに憧れて育った彼らがプロ入りし、一軍の試合に出るようになった時には、すでにイチローは海の向こうの人だった。
 その憧れのヒーローと同じチームで野球ができる喜びに溢れた彼らは、生まれたてのアヒルが母の背中にくっついて歩くがごとく、いつもイチローにくっついて歩いていた(らしい)。そんな彼らをメディアがイチローチルドレンと名付けた。

 年齢差は10歳もないのになぜチルドレンか、と今になれば違和感を抱くが、当時は、その半年前の“郵政民営化選挙”で衆議院に大量当選した新人議員たちが「小泉チルドレン」と呼ばれて政界の一大勢力をなしていた頃だったから、そこから命名されたのだろうと容易に想像はつく。
 政界のチルドレンの多くはその後、庇護者を失って迷走を続けているが、野球界のチルドレンは、憧れのイチローと成し遂げた世界一の勲章もきっかけと励みになったのだろう、以後もそれぞれに成長し続けている。
 
 
 
 世界大会なのにどうして同じ相手とばかり何度も試合をしなければならないのかとか、ラウンドの初戦を勝ってもあんまり有利にならないのが釈然としないとか、ラウンドの最終戦は常に順位決定のためだけに行われるので気合の持っていきどころに困るとか、試合をするたびにダブルエリミネーション方式に翻弄されながらも(といってもこれは全部見てる側の感想で、やってる選手はまた違うのかも知れないが)、日本代表は第2ラウンドでキューバを再び倒し、どうにかベスト4の一角にまでたどり着いた。

 6試合で4勝2敗。日本をここまで導いた最大の要因は間違いなく安定した投手力だ。
 一方で、事前報道では絶対的なリーダーであるかのように扱われていた(そして彼自身もそのように振る舞っていた)イチローが極端な不振に陥っている。韓国との2試合はいずれもそこそこ走者は出るものの、進められず還せず、ひとたび先制を許すと、その重苦しい雰囲気のまま、ずるずると押し切られてしまう。そんな負け方だった。圧倒されたというわけではないだけに、一番打者の不振の影響は大きいように思える。このまま日本が大会から消えれば、戦犯扱いされることは避けられなかっただろうし、彼自身も大会前から、勝ち負けに責任を持つべき立場の人物がするように振る舞っていたのだから、そういう思いはあっただろう。
 春先はさほど打率が上がらないのが常とはいえ、イチローがここまで打てない姿は見た記憶がない。日本ラウンドでは不振だったものの、アメリカに渡って初戦のアメリカ戦の第一打席でいきなりホームランを放ち、以後はチームを牽引した前回大会とはかなり様相が異なっている。

 そして、チルドレンの3人もまた、3年前とは違う春を過ごしつつある。
 二塁手のレギュラーとして活躍した西岡は、そもそもこのチームに選ばれず、千葉ロッテの一員としてシーズンに備えている。二塁の岩村、遊撃の中島がそれぞれ相応の結果を出しており、今のところ西岡不在を穴とは感じさせない。ただ、手足が縮こまったような野球をしてしまった韓国との2試合では、よい意味で空気を読まない西岡の存在が突破口になったかも、と感じさせなくもない。

 西岡と二遊間コンビを組んで、やはりレギュラーだった川崎は、今大会では主にベンチに座っている。彼が守れる遊撃と三塁では、中島と村田がそれぞれにいい仕事をしているから、控えに回るのもやむなしとはいえる。ただ、渡米後の発熱で中島が欠場した時、代わってスタメン起用されたのは、西武では二塁を守る片岡だった。いかに足が速いとはいえ、川崎だって盗塁王経験者だ。屈辱的ともいうべき起用(正確には不起用)にもかかわらず、川崎はベンチの中できわめて高いテンションを保ち、守備から帰ってくる選手たちを迎えたり、イチローのキャッチボール相手を務めている。持ち味は違うけれど、彼なりに、前回大会で宮本慎也が果たしていたような役割をしようとしている。

 そして、まぎれもなく今大会の日本打線の中心にいるのが青木だ。ほかの打者が打ちあぐむ投手を攻略し、安打を重ね、好機ではランナーを還している。
 前回大会の彼は、前年にイチロー以来の200安打を記録したとはいえ、まだ売り出し中の若手だった。控えとしてベンチに座ることが多く、先発に起用された試合でもよい結果を出せなかった。優勝はしたけれど、充実感は物足りなかったのではないかと思う。その後の3年間、彼はレギュラーシーズンで好成績を続けた。北京五輪の予選と本大会にも出場し、今度は活躍した。そして今、少なくとも最初の6試合で、青木は誰よりも見事な打棒を見せている。
 
 
 3年前は、イチローに憧れ、仰ぎ見て、背中からついていくばかりだった若者たちが、今はその“父”の不振を補っている。イチローが打てなくても、青木が打つ。イチローは黙っていても、川崎がチームを鼓舞する。
 そして、彼らの少し上の世代である村田は、試合に出ているうちにだんだんと4番打者らしくなっていき、少し下である中島は、北京五輪に続き、緊張を感じさせないプレーを見せている。そんな彼らを見ながら、片岡や内川が緊張しつつも相応の結果を出している。
 下位をがっちりと固めている城島や岩村に支えられ(福留はもう少し打ってもいいと思うが)、20代半ばの中堅選手たちが苦しみながら戦って、日本は勝ち上がってきた。
 イチローがダメでも周囲がカバーして得点を挙げ、準決勝まで勝ち上がったということ自体が、この大会の最大の成果であるように私には感じられる。
(投手陣も見事だが、こちらはもともと評価が高いので)

 第1回大会で打線を牽引したイチローにしても松中にしても、今から見ればキャリアのピークにあった時期だ(これからまた上昇する可能性は否定しないけれども)。
 一方、今大会で上位打線を打つ彼らは、まだまだ成長途上にある。年齢的にはベテランに近づきつつある村田にしても、伸びしろはありそうだ。
 そういう選手たちが、この大会を足がかりに、さらに飛躍してくれるのなら、日本野球にとってこれほど嬉しいことはない(西岡や今江においては、出られなかったことを足がかりに。サッカーの世界では、あるワールドカップに選ばれそうで選ばれなかった選手が、次のワールドカップでチームの中心にいる、という事態はしばしば起こる)。

 と同時に、次の五輪で野球が採用されず、日本代表が真剣にタイトルを争う大会が4年後までこないことを考えれば、そこで主力となるであろう世代の選手たちが中心となって勝ち上がってきたことの意味はとても大きいと思う。
(今大会で活躍している20代の選手のほぼ全員が北京五輪経験者だというのは偶然ではないのではないか)
 イチローが額面通りに打ちまくって勝ち進むことよりも、ここまでの現実の方が、はるかに価値が高いと私は思っている。


 仰ぎ見ていたイチローの背中に、チルドレンと呼ばれた選手たちは、着実に近づいている。いつかは父を乗り越えなければならないのが子供の宿命だ。彼らの目に、イチローの背中は、間違いなく3年前とは違った見え方をしているに違いない。

 そして、あとは「父」が意地を見せてくれれば、もう何も言うことはない。
 イチローは、プロ入りして一軍で試合に出るようになってこのかた、「自分が打ってチームが勝つ」「自分は打つけどチームが勝てない」という状況は何度も経験してきたはずだが、「自分は打てないけど周囲が頑張ってチームが勝つ」というのは35歳にして初めての体験ではなかろうか。
 この事態を彼がどのように消化していくかは興味深い。過剰な自意識から解放され、「みんなのおかげでここまで来られた」というような言葉を口にすることができるようになった時、彼はまたひとつ違うステージに立てるのではないかという気もしている。もっとも、そんな期待をすることは、天才を凡人のステージに引きずり下ろすような類いの過ちなのかも知れないが。
 

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コメント

もう口にしてましたね

投稿: | 2009/03/20 01:46

イチロー=日本代表の絶対的リーダー という図式こそが日本代表を歪めて見ていると思えるのは私だけだろうか。

まず日本の投手陣はイチローの支配範囲外であろうし、同じメジャーリーガーの城島、岩村たちがイチローを絶対的リーダーと見ているとは思えない。(あくまでもライバルとして競いたい選手として見ている)というよりほとんどの選手が心の中では自分はイチローに劣ってはいないと思っているはず。

ましてや日本代表=チームイチローではない。

当然イチローもそうは思っていないはず。

それをマスコミが煽って勝手に都合よく解釈しているだけなのでイチローも本心はそんな書かれ方をして迷惑しているのではないか、と思う。

投稿: バイアウト | 2009/03/20 02:19

「イチローチルドレン」の「右代表」は、やはり我らが川崎選手でありましょう。
なにしろ、川崎の背番号は「52」。
「イチロー(51番)に続きたい」という憧れの気持ちを、これほど明々白々にあらわしているものもちょっとないでしょう(笑)。

イチローのコメントで、「みんなが支えてくれた。チームメートがつないでくれるのは、すてきですね」というのがありました。
本当に、イチローにとっては稀有な体験だったのだと思います。

さて。四たびめの日韓戦。
トップバッターが脅威なのか安全牌なのかでは、相手ピッチャーへの威圧感がまるで違う。
復活したイチローに、日韓戦第一試合の再現を期待です。それにしてもピッチャーは誰が投げるんでしょう。

投稿: 馬場 | 2009/03/20 08:01

言い忘れておりました。

52>51ですから、「イチロー以上の選手になる」という意味も籠められていると思われます。

四度めの日韓戦では出番がありませんでしたが、米国戦で良い働きをしてくれることを期待しています。

投稿: 馬場 | 2009/03/21 09:28

対戦相手の米国代表監督がジョンソンというのは縁を感じますがコーチにはなんとレジースミスがいるそうですね!!

憶えてる方は少ないのかもしれませんが、レジースミスはジャイアンツ史上最高の助っ人だったと考えています。大リーガとは正にこれだという選手でした。巨人に来た時にはベテランで既に肩を壊していたのですが、西武との日本シリーズで本塁捕殺を記録した返球はいまだに脳裏に焼きついています。

対戦が本当に楽しみになりました。

投稿: 聖R | 2009/03/21 13:56

>2009/03/20 01:46の名無しさん
>もう口にしてましたね

そのようですね。日々のコメントの変遷を見ていると、特別な存在ではなく普通にチームの一員であることを、彼自身が受け入れつつあるように感じます。


>バイアウトさん
>まず日本の投手陣はイチローの支配範囲外であろうし、同じメジャーリーガーの城島、岩村たちがイチローを絶対的リーダーと見ているとは思えない。

そりゃそうでしょう。
投手陣や城島や岩村がイチローチルドレンだと思っている人は、たぶんいないと思います。


>馬場さん

20日の韓国戦では先発が左投手でスタメンを外れましたが、USA戦ではレギュラー三塁手の村田がいなくなり、先発予定は右腕のオズワルト。川崎の出番かも知れませんね(栗原がいきなりスタメン、というのもあるかも知れませんが(笑))。


>聖Rさん

レジー・スミスは第1回大会に続いての打撃コーチで、シドニー五輪でもコーチをしていました。

原監督が現役時代に獲得した唯一の打撃タイトルは1983年の打点王ですが(MVPも同時に1度だけ)、このシーズン、入団3年目の4番打者の後ろを固めていたのがレジーでした。故障がちで出場試合数は少なかったけれど、怖い打者でしたね。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/03/21 18:39

先発メンバーで川崎ではなく片岡を選択したのはただ単純に相手の先発投手がサウスポーだったからであると推察されます。

片岡はアマ時代からショートは経験していますし日本シリーズで中島が欠場した際には代わりにショートを守っています。

アメリカの先発は右腕らしいので先発メンバーに入って来るのではないでしょうか。

原監督も左打者が多いなか、右打者の起用が鍵となるだろうと以前から言っていますよ。

投稿: バイアウト | 2009/03/23 12:38

アメリカの先発は右腕らしいので<川崎は>先発メンバーに入って来るのではないでしょうか。

主語が抜けていました。訂正します。

投稿: バイアウト | 2009/03/23 12:42

日本が米国に勝利しましたね。素直に嬉しいです。
全員が好調というわけにもいかないようですが
調子を上げている選手が多くなったような気がします。
そして、そういう選手が活躍してますね。
初スタメンでサードを守った川﨑も、今日活躍した1人と思います。
やっぱり、彼はグランドを駆け回っている姿がよく似合います。
明日の決勝で歓喜の輪を咲かせるためにも、その勇士に期待したいですね。

最後に細かいようですが、川“﨑”が正しいようですよ。
川“崎”ではないのですね。彼の公式サイトでもそう書かれています。

投稿: ヤマケン | 2009/03/23 15:38

>バイアウトさん
>アメリカの先発は右腕らしいので先発メンバーに入って来るのではないでしょうか。
>投稿: バイアウト | 2009/03/23 12:38

試合が終わった後にそう言われましても…。


>ヤマケンさん
>調子を上げている選手が多くなったような気がします。

環境に慣れているMLB組はともかく、稲葉や小笠原がここまで持ち直してくるとは立派ですね。
チーム全体としても、原監督が言う通り、チームとして機能するようになってきたと感じられます。

>最後に細かいようですが、川“﨑”が正しいようですよ。

ありがとうございます。

人名における異体字問題にはなかなか悩ましいものがありまして、私はあまり厳密に運用しようとは思っていません。

(自分の名字も戸籍上は異体字が用いられているのですが、その字がたいていのフォントに存在しないので、手書き以外の場では「正字」で表記するしかないのが実情です。自分の名前の異体字表記にこだわる方を見ると、「使える字があって結構ですなあ」と思わなくもありません(笑))

といって「異体字は廃止して正字を使うべきだ」というほど強い主張を持っているわけでもないので、ご本人や関係者が異体字表記を強く望んでいるような場合、希望に沿うのはやぶさかではありませんが。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/03/23 21:50

昨日の試合が終わった12時半頃、テレビ画面に映ったドジャースタジアムのスコアボードに「8:30」という表示が出ていました。ロサンゼルスとの時差は17時間と憶えていたので、1時間合わないなと不思議に思ったのですが、もうサマータイムということなんですね。3月から夏時間とは。意外なところで新知識です。

投稿: えぞてん | 2009/03/24 12:05

>えぞてんさん
レスしそびれてました。失礼。

ロスとの時差までは覚えてませんでしたが、このスタジアムからの生中継を昼間から注視する、というのは、多くの日本人にとってMLB視聴の原体験です。ときおり中継画面の背景に椰子の木が並んでいるのを見て、Number誌が表紙に用いた野茂の写真を思い出しました。

古くから読売ジャイアンツとの親交の伝統もあったドジャースの本拠地で世界一になったというのは、チームや原監督にとって感慨深かったことだろうと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/03/26 15:17

その日私は仕事で生中継見れなかったので時間ずれてあのように書きました。
あとから言うのがいけないなら翌日の新聞報道は全て認められないということですよ。
決勝の韓国戦は先発投手が左腕なので九番サードは右の片岡でした。投手が右腕の林の時に代打川崎になりました。
これが原監督の勝つ采配であったと思いますがいかがでしょうか。

投稿: バイアウト | 2009/03/29 23:34

>バイアウトさん

>あとから言うのがいけないなら翌日の新聞報道は全て認められないということですよ。

前日の試合のスタメンを予想した新聞報道というのを私は見たことがないのですが…。


>これが原監督の勝つ采配であったと思いますがいかがでしょうか。

原監督が右投手には左打者、左投手には右打者の起用を好むのは承知していますし、あなたの前回のコメントのひとつ上にも、それを前提とした書き込みをしています。あなたが何を問題にされているのか、よくわかりません。

エントリ本文で私が問題にしているのは、「川崎にとって使われ方がどうであったか」です。

相手の先発が右投手でも、村田や中島は先発から外れることはありませんでした。彼らはレギュラーとして扱われ、川崎は片岡とセットで一人前の控え選手として投入される。それは川崎にとって「屈辱的ともいうべき起用」であったように私には見えます。

もちろん、川崎の汎用性の高さを見込んであえてベンチに置いたという面もあるでしょうし、川崎自身もそれは理解はしていたことでしょう。だからといって、彼がスタメンでフル出場することを望んでいなかったとは到底思えません。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/03/30 00:13

どうして川崎だけが特別なのか全く理解できません。
前年度のシーズン成績では川崎より中島の方がはるかに上です。
個人的にはパのMVPは中島にあげてもいいくらいの成績でした。

川崎だけ特別扱いするのなら投手陣はどうなるのでしょう。日本の投手陣は藤川、山口、馬原以外は各チームの先発投手でしたが松坂、ダル、岩隈、内海以外は中継ぎに回ったわけで各チームではエースでWBCでは中継ぎというところに心底納得していなかったとしても折り合いつけてプレーするしかないのでは。と思います。
後は監督の戦術の選択もあると思われます。
王さんが川崎を選択したように原監督は中島を選んだ。それも理由の1つでしょう。
王さんは確か本塁打王だった新井をベンチにおいていました。それも戦術で仕方ないのかもしれません。新井にはかわいそうな話ですけど。

投稿: バイアウト | 2009/03/30 20:31

>バイアウトさん

これはイチローチルドレンについてのエントリだから、川崎の視点から(推測して)書いている。それだけのことです。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/03/30 23:17

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