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終わりよければすべてよし(増補版)。

 昨日は中身のないエントリを大勢ご覧いただいたようで失礼しました。

 普段の私なら、試合が終わったところで、何か落ち着き払って恰好つけた文章を書こうとするのだろうが、昨日ばかりは何も湧いてこなかった。ただただへたりこんで言葉がない、そんな心境だった。
 試合前は、また韓国とかよ、もう見飽きたよ、という気持ちもあったはずだが、試合が進むにつれてどんどん前のめりになっていった。そんな人はたぶん日本中に大勢いたのではないかと思う。いいことも悪いこともあったが、決勝戦にふさわしい立派な試合だった。

 ともあれ日本は再びワールドベースボールクラシックの頂点に立った。
 アメリカに敗れ、韓国に1勝2敗と負け越した前回は、レギュレーションに救われた面があったことは否めない。
 だが、今回は違う。韓国には3勝2敗、キューバに2勝無敗、USAに1勝無敗。五輪で優勝経験があり、昨年の北京五輪で日本を上回る成績を残した3か国にすべて勝ち越している。何の瑕疵もない、堂々たる優勝だ。それが嬉しい。

(またしてもドミニカとやれなかったのは残念だが、一次ラウンドであっちが消えてしまったのだからどうしようもない。ちなみに韓国は今回、キューバともUSAともやらずに決勝に進んだ。別に彼らのせいではないが、幸運だったとは言えそうだ)


 試合が終わった後は、そのまま夜中まで仕事をしていて、帰宅が夜のスポーツニュースにも間に合わなかったので、試合後のインタビューで監督や選手たちが何を喋っていたのかはよく知らない(あの雰囲気は好きなので残念だ)。
 ただ、グラウンドでイチローが受けていたインタビューだけはテレビの前で聞いていた。同点の延長10回、二死一、三塁で打席に入った時の心境を聞かれて、彼はこんなことを話していた。

<日本からの視線が凄いことになってるだろうなと、自分の中で実況しながら打席に入って、そういう時は結果が出ないものなんですが、ひとつ壁を越えたな、と>
<球場に来てくれた皆さん、日本で見ていてくれた皆さん、すべての人に、ありがとうと言いたい>

 このblogに長く付き合ってくださっている方は、4年前の3月に書いた<イチローは視線に脅えている。>というエントリをご記憶かと思う。当時、文芸春秋に掲載されたインタビューの中で、彼は<日本からの目というのは脅威ですよ>と繰り返し語っていた。その後、第1回WBCの経験なども加わってか、だいぶディフェンスの鎧を緩めた印象はあるものの、基本姿勢は大きくは変わっていない。

 そんな面からイチローを見続けてきた者にとって、この談話には感慨深いものがあった。大袈裟に言えば、あの打席こそ、彼が視線恐怖症を克服した瞬間だったのかも知れない。

 レギュラーシーズンが始まれば、彼は再び日本のメディアに追い回されることになる。昨シーズンにやり残した「張本勲の通算安打数3085本を抜く」という局面がすぐに訪れるからだ。差は2本だから、開幕戦から期待が集まるだろう。
 彼がそこをすんなりと乗り越えられるようであれば、今シーズンの彼のプレーは、かなり楽しみなものになる。

 そして、就任前から大会中までとやかく言われ続けた原監督。
 試合中の采配は、必ずしも最良の選択ばかりをしてきたとは言えない。決勝戦でも残塁の山を築き、原自身が<うまい監督さんならもう少したくさん点を取れたでしょう>と認めている。

 試合中の作戦はもちろん大事だ。だが、監督の仕事はそれだけではない。
 大会中、前の試合から先発メンバーを入れ替えたケースで活躍した選手は多かった。野手では、スタートは悪くとも大会中に調子を上げていった選手は何人もいたし、途中で著しく調子を崩した選手はいなかった。
 13人連れていった投手のうち、まったく使えなかった投手は1人もいなかったし、<本来は僕がいる場所じゃないが、球児さんが心の持ち方をアドバイスしてくれた>という決勝戦後のダルビッシュの言葉に見るように、選手同士が助け合うチームになっていた。

 原が具体的に何をしたのかは知らない。投手陣については山田・与田両コーチに負うところも大きかったに違いない。
 だが、監督は結果のすべてに責任を負う立場である以上、評価もまた結果によって下されるべきだ。

 原監督は素晴らしいチームをまとめて世界一に導いた。
 それがただひとつの結果だ。誰にも覆せない。

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コメント

こんなにしびれたゲームはなかったです。
決勝に相応しいゲームでした。

投稿: Joe | 2009/03/25 12:51

本当に。
昨晩は出張先の宿で決勝戦の「録画」を見ながら何度となくガッツポーズをしてしまいました。誰も見ていないのに(笑)。

「視線恐怖症」は、当たっていると思います。
思うに、イチローは気質的にやや自閉系というか、他者の感情について共感する能力が少し低いのでしょう(もちろん、十分に正常の範囲内でありますが)。子どもの頃から「思わぬところで」「自ら意図せず」他人を怒らせ攻撃を受けた経験があると思われます。こういう人物は、「孤高の人」としての人生を歩みがちです。

それについて、今朝のスポーツ報知に掲載された原監督の「手記」(名文です)に紹介されているエピソードが、たいへん示唆に富んでいます。

***
3月18日、負ければ第2ラウンド敗退が決まるキューバ戦。2点リードの無死一塁で、イチローは自ら試みたバントを失敗した。ベンチへ戻るなり、「すいません。オレの責任です。心が折れそうだ。みんな何とかつないでくれ!」と声を張り上げた。
***

「心が折れそうだ。みんな何とかつないでくれ!」…およそイチローが言いそうにない言葉です。たとえ本当に「心が折れた」としても、そのような弱音を他者に見せないのがイチローだったのではないか。

このような「弱さ」をチームメイトに「見せた」ことが彼にとっての最大の変化だったのではないかと思います。その「変化」が原監督にも強く心に残ったのではないでしょうか。原監督の手記は続きます。

***
彼のそんな一言で、ベンチは結束する。この後追加点をもぎとると、まるで子供のようにはしゃいで大喜びしていた。
***

このあたりが、イチローにとって真に「壁を越えた」瞬間であったのではないかと思われます。「自分をさらけ出せる仲間」を得た、という一点だけでも、WBCはイチローにとって実り豊かなものであったと考えます。

同時に、あのイチローから、「世界のイチロー」から、「助けてくれ」と言われて発奮しない選手がいるはずもありません。「みんな何とかつないでくれ!」と言われたとき、ベンチ内の「電圧」が急上昇したと思われます。みなが一心に試合に集中し、ベンチ一体となって応援する。それが打者にさらなる集中力をもたらす。そして追加点!そこで大喜びするイチロー。強い緊張のあとの感情の爆発的発散。これは本当に「痺れる」体験です。しかもそれをリードしてくれるのは、あのイチローです。選手たちの脳内ではアドレナリンとドーパミンが、出まくりだったと思います。

このような得難い経験がベンチの中で起こっていれば、素晴らしいチーム・ケミストリが醸成されたのは、むしろ当然だったと言えます。だから、侍ジャパンは強かった。「チームとして強かった」日本が、「選手として強かった」アメリカやキューバを撃破した大会であったと思います。

そして、「ベンチの力」という点では、ぜひ我が川崎選手のことに触れさせてください。下記の言葉は実に川崎らしく、わたし的には「マイ2009WBCベスト語録」と思っております。

(準決勝で初のスタメン出場の感想を聞かれて)
「全然変わらないッス!ベンチで試合、出てましたから!」(川崎宗則)

言うまでもなく、ベンチにいても声を出して、気持ちの上でもムードメイクという意味でも「試合に参加していた」という意味であります。明らかに言葉が足りないところが、いかにもムネリンらしいところです(笑)。

このような「ベンチ」を創り上げたことが、WBCの勝因であり、原監督の手腕であったと心から思います。

原監督、お疲れさまでした。
まずは、ひとまずゆっくりご休息ください。

投稿: 馬場 | 2009/03/25 17:06

>Joeさん

スタンドの観客こそ相変わらず両国系住民と渡航者が大半だったようですが、USAのメディアにも試合内容が高く評価されたようなのは嬉しいことです。


>馬場さん

現地での雛壇会見では、イチローが他の選手からずいぶんいじられていたようです。主将的リーダーシップをとったかどうかは別として、やはり存在は大きなものがあったのだろうと思いますね。

「ベンチで試合、出てましたから!」というのは、まったく納得のいく言葉でした。出場選手の通算成績を見ると、打数が20に満たなかった、レギュラーでない選手たちの打率が軒並み三割を超えていたのが印象的です。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/03/26 08:59

馬場さんのコメントにあった原監督の手記について、感じるところがあったので横から失礼します。

「心が折れそうだ。みんな何とかつないでくれ!」

イチローがそんなことを言ったのですね。私が知る限り、帰国後の記者会見でそのことに触れた選手は1人もいませんでした。是非とも話したくなる裏話だと思うのですが、「このエピソードを披露して良いのは原監督だけ」という暗黙の了解でもあったのでしょうか。
そうだとすると随分と慎み深い態度だと思います。正に侍ですね。

投稿: えぞてん | 2009/03/27 01:30

>えぞてんさん

あの手の記者会見は、雛壇に全員が座ってマイクを回して一言づつ、という形で進行するので、時間もないし他の選手やコーチの目も気になるし…という心境で、なかなかこみいった話はしづらいんじゃないかと思います。まして、現地で一度同じ形の会見をやってから、飛行機で長旅して、やっと帰国したのが夜。みんな早く家に帰りたいのが本音でしょうから、内容の充実した話を聞くのは難しいでしょう。

これからNumber誌とか、雑誌で長めのインタビューや記事がいくつか出るでしょうから、その中で語られるかどうか、というところでしょうね(こういう時は「スポーツ・ヤァ」の廃刊が残念です。残党が作ったようなムックが大会前に出ていましたが、大会後も出るのだろうか)。


投稿: 念仏の鉄 | 2009/03/28 10:04

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