いずれはこういうことも起こるのではないかと懸念してはいた。
<プロ野球観戦中にファウル直撃 男性が楽天など提訴>
<仙台市宮城野区のクリネックススタジアム宮城で昨年5月、プロ野球の試合を観戦中にファウルボールが右目に当たり、失明寸前の大けがを負ったとして、宮城県大崎市の税理士の男性(47)が7日、球場を所有する県と球団を運営する株式会社楽天野球団に対し、約4400万円の損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こした。
訴状によると、男性は昨年5月18日、同球場の3塁側内野席で家族と試合を観戦中、楽天の打者が打ったファウルボールが右目を直撃。右目眼球破裂とまぶたを切る重傷を負い、今年3月23日まで通院治療を行ったが、以前は裸眼で0・3だった視力が0・03まで低下するなど回復しなかったという。男性が座っていた席には防護ネットなどは張られておらず、ライナー性の打球がそのまま男性の目に当たる形になった。
担当の弁護士によると、男性は「ビールを席の下に置いて顔を上げたら、目の前にボールがあった」と話しているという。>(産経新聞より)
ケガをした男性には、気の毒なことだったとは思う。不幸な事件だ。
具体的に彼がどのような席に座っていたのかはわからないし、クリネックススタジアム宮城のフェンスが今どうなっているのかも直接は知らない(私があそこを訪れたのは、まだフルキャストと呼ばれていた2005年が今のところ最初で最後だ)。
ただ、一般論として言えば、防護ネットのない席に座るのがどれほど危険なことなのか。強い打球が直接飛び込んでくる危険がゼロに近い席がほかにたくさんあるはずなのに、あえて防護ネットがない席に座ることがどんな意味を持つのか。そこに座る観客には自覚してもらいたいという思いはある。
東京ドームの内野ネットの内側に設けられたエキサイトシートはとても人気のある席だが、当然ながら強いファウルボールが直撃する可能性がある。そこではすべての座席にヘルメットとグローブが用意されているのだが、先般のWBCで3試合続けてすぐ後ろから見た時には、ヘルメットを着用しない観客がかなりの割合に及んでいた。ヘルメットをつけないまま、インプレー中に後ろ向きで子供の世話をしている若い母親もいて、見ている方が冷や冷やした。
プロ野球のフランチャイズ球場が、グラウンドと客席を隔てるネットを外したり、下げたり、ネットの内側に客席を設けたり、フェンスを低くしたりということを一斉に始めたのは、近鉄が消滅し、楽天が誕生し、球団も選手会も声を大にしてファンサービスを唱えた2005年シーズンのことだった。
その頃にこのblogに書いた<見物人の節度。>というエントリがある。後半でこの話題を扱っている。
今読み返しても、私の言いたいことはほぼ書き尽くされているので、後半部分を再録する。
今回の事件で野球界の側に足りなかった点があるとすれば、ここでいう「社会的合意」を形成するための努力だったのだろうし、今後取り組むべき方向もそこにあると思う。
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(前略/冒頭はMLBについての話です)
ネットがなければ、観客自身にも危険がある。一、三塁ベースの斜め後方あたりの客席には、痛烈なライナーのファウルボールが飛び込む。それもジアンビーやプホルスの打球である。並みの速さではない。ボールに当たってケガをする人がいないはずはないと思うが、それが大問題になったという記憶もない。「熱いコーヒーをこぼして火傷したのは店の責任」などという理不尽な訴訟がまかり通る国なのに、野球場でのケガに関する訴訟が大きな話題になったという記憶もない。
たぶん、アメリカ人にとっては、「野球というのは、そういうもの」なのだろう。理屈ではなく、昔からそういうものだと決まっているのだ。時にはプレーの邪魔をする不届き者がいたり、打球に当たってケガをする不運な人がいたりもするけれど、だからといって野球を「そういうもの」でなくしてしまうことはできない。それが関係者にとっての、あるいは国民にとっての合意なのだろう。
日本でも今シーズンから、ネットのない観客席を設ける球場が増えてきた。
従来のスタンドの内側に、防護ネットのない内野席エキサイトシートを設けた東京ドーム。内野席のネットをなくした横浜スタジアム。フルキャスト宮城でも、外野のファウルグラウンドを極端に狭くし、フェンスを低くしている。
メディアはこれらの試みを「グラウンドと観客を一体化する」と好意的に伝えている。私もいずれ座ってみたいものだと思っている。
だが、これらの席には、いつか必ず痛烈なライナーが飛び込む。一定の確率でケガ人が出ることは避けられない。清原やローズがフルスイングした打球を、誰がよけられようか。また、選手が捕るべきボールを先につかんでしまう不心得者も、いずれ現れることだろう。
そんな事件が発生した時が正念場だ。球団や球場は、自分たちの決断を疑わずにいられるだろうか。メディアは、掌を返して「主催者の管理責任」を追及するいつもの習慣を、我慢できるだろうか。
それはつまり、我々は「野球というのは、そういうものだ」という合意を形成できるだろうか、ということでもある。
観客はボールの行方から一瞬たりとも目を離さず集中すべきだ、選手と一緒に戦え、ビールなど飲んでいる場合ではない等々と主張する「ネット不要論者」も世の中にはいるようだが、すべての観客がそうあるべきだとは、私は思わない。野球はそもそも退屈な時間の多い見世物であって、ビール飲んで弁当食って友人たちとお喋りしながら見物するにも適している。そういう楽しみを否定してしまうのは惜しい。
それに、実際にスタンドに座って見ていると、ファウルボールが近くに飛んできた時、アメリカの観客はほぼ例外なくボールをつかもうと争うけれど、日本の観客は必ずしも全員がそうではなく、ボールから逃れようとする人も結構いる。別に、どちらが正しいというわけでもない。ただ、そこで逃げてしまうような人が、うっかりネットに守られていない席に座ってしまうような宣伝や売り方は、しない方がいい。
(その意味で、エキサイトシートに萩本欽一という老人を座らせた日本テレビは、間違ったメッセージを視聴者に伝えており、感心できない)
要は、それぞれが求める楽しみにふさわしい席を得られれば、それでいい。
歌と鳴り物で応援したい人は外野席へ。弁当とビールと談笑を楽しみたい人はネット裏へ。一投一打に集中して観戦したい人だけが、ネットのない内野席へ。そんな社会的合意ができていれば、ネットのない席でファウルボールに当たってケガをする人が出たとしても、それが「防護ネット復活キャンペーン」につながる可能性は下がる。
ネットを外すという試みは、責任回避を重視する日本の組織にとっては、簡単にできることではないと思う。フルキャスト宮城は県営球場、横浜スタジアムは第三セクター、どちらも自治体がかかわっているだけに、なおさらだ。
おそらく打球の危険性については、それぞれの組織内部で相当厳しく指摘され、それでも実現するという決断を誰かが下しているに違いない。
だとすれば、その勇気に敬意を表し、支持をする覚悟を、メディアも観客も持つべきだろう。我々は、MLB100年の伝統に匹敵する合意を、これから形成していこうという立場なのだから。
追記(2009.4.10)
コメント欄でご指摘いただいたが、MLBでも類似の訴訟はある。一般的には球団側が勝つか棄却されることが多いようだが、状況によっては原告の主張が認められる場合もあるようだ。
http://www.boston.com/news/local/massachusetts/articles/2004/06/10/
court_sides_with_red_sox_in_foul_ball_injury_lawsuit/
(うまく表示されないので途中で改行しています)
http://www.desmoinesregister.com/article/20090314/NEWS/903140337
また、NPBの「試合観戦契約約款」には、主催者の免責事項として以下の事柄が挙げられている。ただしこれが観戦者全員に充分に周知徹底されているかといえば疑問ではあるが。
第13条 (責任の不存在)
主催者は、観客が被った以下の損害についての責任は負わないものとする。
(1) ホームラン・ボール、ファール・ボール、その他試合又は練習行為に起因する損害
(2) 暴動、騒乱等の他の観客の行為に起因する損害
(3) 球場施設に起因する損害
(4) 本約款その他主催者の定める規則又は主催者の職員等の指示に反した観客の行為に起因する損害
(5) 第6条の入場拒否又は第10条の退場措置に起因する損害
(6) 前各号に定めるほか、主催者又は主催者の職員等の故意行為又は重過失行為に起因することなく発生した損害
2 主催者が負担する損害賠償の範囲は、治療費等の直接損害に限定されるものとし、逸失利益その他の間接損害及び特別損害は含まれないものとする。
追記(2011.2.25)
冒頭に紹介した提訴を、仙台地裁は棄却した。河北新報の記事によると、プロ野球観戦のありかたについて、ずいぶんと踏み込んだ判決内容となっているようだ。プロ野球関係者は、この判決に「やっぱり野球は国民に支持されている」などと安住することなく、裁判長の判断に恥じない娯楽でいられるよう努力を惜しまないでいただきたい。「国技」などと名乗ったために堕落した団体が、よい反面教師である。
楽天ファウルボール訴訟 負傷男性の請求棄却 仙台地裁判決
河北新報 2月25日(金)6時12分配信
仙台市宮城野区の日本製紙クリネックススタジアム宮城(Kスタ宮城)の内野席でプロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスの試合を観戦中、ファウルボールでけがをしたのは球場の安全対策に不備があったためだとして、大崎市の税理士男性(48)が楽天野球団と球場を所有する宮城県に約4400万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は24日、男性の請求を棄却した。
関口剛弘裁判長は「球場の安全対策は当然だが、観客にも注意が求められる。近年は内野席をせり出させた球場が好評で、臨場感はプロ野球観戦に欠かせない要素。過剰な安全施設はプロ野球の魅力を減らす」と判断の前提を示した。
その上で「(Kスタ宮城の)内野フェンスはプロ野球開催球場の平均的な高さで、ファウルボールへの注意喚起も行われている。安全対策は十分だった」と判断。「プロ野球観戦では臨場感を確保する必要がある。フェンスを高くするなどの措置は、臨場感を損なうことになりかねない」と述べた。
判決によると、男性は家族3人と2008年5月18日、Kスタ宮城の三塁側内野席で試合を観戦。2回裏の東北楽天の攻撃中にファウルボールが右目を直撃し、搬送先の病院で眼球破裂と診断された。 .
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