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高代延博「WBCに愛があった。 」ゴマブックス

 今春の第2回WBCで三塁ベースコーチを務めた高代延博が大会を回顧した本。あとがき等を見ると、スポーツ・ヤアの元編集長、本郷陽一が関わっているようだ。

 第1回大会の後には2冊のドキュメンタリーが刊行されたが、いずれも取材者(石田雄太、石川保昌)の手によるものだったから、インサイダーによるWBC回顧録というのは初めてで、それだけで興味深い。三塁ベースコーチとして、日本代表の攻撃のすべてをグラウンドで体験してきた高代であれば、なおさらだ。

 刊行時の目で記したプロローグ、大会そのものについての考えを述べたエピローグを除くと、本書は著者が原代表監督から三塁コーチへのオファーの電話を受けた日に始まり、帰国便が成田空港に到着する場面で終わる。
 コーチ陣の編成が発表された時、私は、原と高代にどういうつながりがあるのだろうと訝しく思ったものだが、高代自身も同じような戸惑いを持っていたようだ。ジャイアンツとのプレーオフに敗れたその夜に、落合監督自身の口から翌年の構想に入っていないことを告げられ、その2日後、ナゴヤドームで荷物をまとめている最中に、携帯電話に原自身から連絡があった。
 意欲はあるものの、WBCに参加すれば、そのシーズンはもうコーチとしての仕事はない。生活のためには他球団に就職した方がよいのではないか、と迷った高代は、率直に事情を話して返答を保留するが、プレーオフが終わるような時期には、すでにどこの球団も監督・コーチ人事は完了していた。原の誠意、妻の勧めにも推されて、高代はコーチを引き受ける。
 …というような、わりとなまなましい内情が、坦々と記されていく。首脳陣の顔合わせ、選手選考*と、大会に向けた準備が進み、そして合宿へと向かっていく。

 面白いのは首脳陣の人間関係における高代の立場だ。
 もちろん高代のコーチとしての手腕は評価され、仕事の上では尊重されていたのだろうが、高代は人間関係の上ではまるで外様なのだ。この大会限りのプロジェクトチームとして集められたコーチ陣とはいえ、それぞれに既存の関係はある。王顧問、原監督、篠塚・緒方コーチというジャイアンツ人脈が中心にあり、投手コーチの山田、与田は職掌上は専門外。
 そのため、仕事を離れた場面では一人で過ごすことが多かったようで(酒を飲まないコーチが多かったせいもあるらしい。高代自身は飲む人なので)、本書では、合宿や遠征生活の中で一人で夕食に出かける場面がたびたび出てくる。というより、監督主催などの食事会以外では、スタッフと行動をともにする場面がほとんどない(選手とは食事をしないのがポリシーらしい)。食事会で王顧問の隣に座るたびに緊張しているのもおかしい。
 別にそれがトラブルや不和の存在を示唆しているというのではなく、プロジェクトチームの成り立ち方というのはそんなものだろうな、とも思う。いい大人が1か月以上も集団生活を送るのだ。よほど気心の知れた相手でなければ、四六時中一緒にいたのでは疲れてしまうことだろう。何気ない場面だけれども、こういう描写にリアリティを感じる。
 
 宮崎での合宿、そして大会がスタートすると、今度は三塁ベースコーチとしての高代の眼と腕が前面に出てくる。これも本書の肝だ。
 どの試合のどの場面で、どの走者のスタートが遅れたことがどういう結果をもたらしたか。どうすれば自分は失敗を防げたのか。ある局面で本塁突入を指示し、別の局面で止めたのはなぜか。相手外野手の肩をどう評価していたか。テレビで見ているだけではなかなか判らない(いや、球場で見ていても判るとは限らない)、微妙なプレーと判断の機微が、試合の行方を左右していく。まさに「三塁コーチが見た侍JAPAN」(サブタイトルの一部)である。高代が書く三塁コーチ論をぜひ読んでみたい、と思わせる。ま、ご本人はまだまだコーチとして仕事を続ける意欲たっぷりだろうから、本当に肝心なことが書けるのはずっと先になるのかも知れないが。

 高代にはもうひとつ、守備コーチとしての仕事もあった。
 合宿に集まった内野手たちからアドバイスを乞われて、それぞれに対して課題とその解決方法を教える場面は圧巻といってよいが、白眉は何といっても村田への指導だろう。

 WBCを見ていて驚いたことのひとつが村田の守備だった。決して上手ではなく、そもそも本人がまともに意欲を持っていなかったことは確実(昨年末のテレビ番組で、広島の東出から「広島遠征では毎晩焼き肉屋に通っているから、3連戦の3日目あたりには明らかに守備の動きが悪い」と指摘されて、「今は食べたいものを腹いっぱい食べたい」と居直っていた)だった村田が、厳しい打球に飛びついて、しばしば危機を救っていた。本書では、原監督と高代が、村田の意識を変えて練習に取り組んでいく様子も記されている(横浜の指導者はこれまで何を教えてたんだろう、という気もしないでもないが。こういうことをきちんとさせられないのが弱いチームなのだろうな)。
 
 高代のノックの巧さが、USAで行われた第2ラウンド以降、現地のメディアに絶賛されていたという話は、大会当時も話題になっていた。本書でもその件が紹介されている。練習試合を行ったサンフランシスコ・ジャイアンツのベンチコーチが、守備理論を聞くために高代を訪ねてきた場面も興味深い。ベテランのベンチコーチを感服させる高代も見事だし、日本人にわざわざ教えを乞うコーチも立派だ。

 もちろん、ひとり高代だけでなく、原監督をはじめ伊東、山田、篠塚ら、それぞれのコーチに、それぞれのWBC物語があることだろう。彼らのような指導者がチームを支えていたこと、そもそも高代のような指導者がいること自体が、日本野球の強みなのだろうと思う。
 高代は法大ー東芝と進んだ後にドラフト1位で日本ハムに入団、日本ハムで10年、広島で1年の現役生活を過ごして引退。そのまま広島でコーチ生活に入り、90年から昨年まで19年間コーチ業をしてきた。現役時代から守備と走塁に定評のある内野手だったから、もともとそれらの技術については思考と実践を重ねていたのだろうが、人に教えるとなればまた別だ。
 本書は、優れたコーチとなった高代の仕事ぶりをWBCという特殊な大会を通じて描いたものだが、そこに至る過程、彼がいかにして優れたコーチとなったかについても興味が湧いてくる。
  
 
*
亀井義行の選考については、本書によれば高代自身が推挙したという(昨年末にテレビ番組に出演して、亀井の守備を高く評価したこともあった)。このblogで議論になったこともあるので、該当部分を引用しておく。

<問題は、外野の守備がための選手の是非だった。
 外野担当の緒方コーチも、そこは決めかねていたようで「例えば逃げ切りたいときに、どうしますか? 青木、イチローに代打はないですよね。福留に代打はあるかもしれません。その場合、守りはどうしましょうか」と全員に問題提起した。
 私は「亀井義行はどうか」と推薦した。
 色眼鏡で見られる巨人の選手、しかも実績には欠ける。だから、原監督や緒方ら巨人のスタッフにしてみれば、自分のチームの選手を推しにくかったのかもしれない。しかし、私は、敵チームである中日の三塁コーチャーズボックスに立っていて亀井は嫌な外野手の一人だった。肩と、打球を処理してからの動作の速さに関して言えば、全盛期の高橋由伸にもヒケを取らないレベルにあると感じていた。
 最終メンバーまで亀井が入ったことに「巨人だから選ばれた」という批判があったみたいだが、内情は違う。これは亀井の名誉のためにも特記しておきたいと思う。>

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コメント

タイトル的に忌避していたのですが、
こちらの書評で「読んでみようかな?」という気持ちになりました。

投稿: 党首 | 2009/07/13 16:56

>党首さん

あまり気になさらなくてよいと思います。
もしタイトル通りのテイストの本であれば、私も忌避しましたので(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/07/13 19:59

本を注文しました。
私も、ちょっとタイトルには「引く」なぁ(笑)。
原監督の「ジャイアンツ愛」へのオマージュなんでしょうけど。

日米の野球が、コーチングや理論の面でも互角になってきているとしたら、うれしいですね。

投稿: 馬場 | 2009/07/25 19:32

>馬場さん
>日米の野球が、コーチングや理論の面でも互角になってきているとしたら、うれしいですね。

日本の野球選手にとっては、MLB選手と比べて身体能力が劣る分を技術で補わなければならない局面が結構あるはずですから(特に守備においては)、互角以上の部分もあるだろうと思います。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/07/27 13:18

こんにちは。
わたしも読みました。

高代ヘッド(←ついこう呼んでしまいます)がドラゴンズのことについて書いている文章を読むのは複雑な気分でしたが・・・。

三塁コーチってあんなにいろんな仕事するんですね。ドラゴンズの鉄壁の守備陣はこの人に鍛えられたんだろうなぁ、という中日ファンっぽい感想です。
あと、原監督がカラオケで何歌ったとか、よく覚えてますよね。

最後まで読んでも、タイトルはなんというか、とってつけたような印象でした(笑)。

投稿: 若葉 | 2009/07/27 18:09

>若葉さん

中日を退団するくだりや、中日勢全員辞退がスタッフに知らされる場面は、妙な緊張感がありますね(読む側にも(笑))。とはいえ全く触れないのも不自然だし、あのくらいの書き方が妥当かなと思います。

カラオケの話や、アメリカ滞在中、どの試合の後で何を食べたとかいう話題があれほどきちんと書かれているということは、たぶんこの人は細かく日記をつけているのでしょうね。

>最後まで読んでも、タイトルはなんというか、とってつけたような印象でした(笑)。

とってつけたんでしょうね(笑)。実用書中心の版元ですから、独自の考え方があるのかも知れません。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/07/28 12:37

読みました!
「その場」にいた人物にしか書けない内容ですね。
実に面白かった。

特にイチローについての、
「神が舞い降りたのではない。イチローが神を引っ張り舞い降りさせたのだ」
というコメントは、WBCで苦闘するイチロー間近で見ていた人にしか語れない万金の重みがあります。

非常に貴重なWBC体験記録です。

また松中、和田の「落選」に心中不満であったホークスファンとしては、原監督のリーダーシップのスタイルが「そういうものなのだ」ということが分かり、少し合点がいきました。(納得はしてませんが(笑)。)

選手を一流のプロとして尊重しながらも、なお容赦なく競争させるという原監督のリーダーシップ。一流のプロたちに細かい管理はせず、また選手のプライドと心情を尊重するが、結果を出せないと見れば容赦なくはずす。そしてその選択についての批判非難を恐れない。

原監督は心底明るいキャラなのでしょうが、同時にものすごく厳しい方だと改めて思いました。ジャイアンツの監督としてのリーダーシップのスタイルと同じなのだと思いますが、決してブレない「強さ」は、本当に尊敬に値すると思います。
(考えてみれば「読売グループ」の中でナベツネに嫌われてなお堂々と生き残っている管理職って、原さんくらいなんじゃありませんか?!)

投稿: 馬場 | 2009/07/29 12:28

>馬場さん
>原監督のリーダーシップのスタイルが「そういうものなのだ」ということが分かり、少し合点がいきました。(納得はしてませんが(笑)。

選手選考の是非とは別に、そもそも定員を超えた人数で合宿をすること自体がおかしい、という声も、2月段階ではあったように記憶しています。
サッカー日本代表のように恒常的に活動があれば、例えばワールドカップ直前の時点で、岡田監督の下で合宿や試合をした経験のある選手は大勢いるので、怪我人が出ればその中から補充することも可能です。しかし、WBCのように単発の大会で、直前合宿が後にも先にも一度きりの活動機会という条件下で、非常時に招集してもチームの雰囲気やコンセプトがわかっている選手を用意するには、ああいうやり方以外には難しい。その結果、チームにとって最良の道を選択した、ということなのだろうと思います。その結果として発生する軋轢や批判は自分で引き受ける、という覚悟も含めた選択だったのだろうな、と。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/08/02 01:34

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