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正力賞はもっと選手にあげてもいいんじゃないだろうか。今年は別ですが。

 2009年の正力賞受賞者が原辰徳に決まった。
 WBCの優勝監督であり、セントラル・リーグのシーズン優勝、CS優勝、そして日本シリーズの勝者。王貞治座長がいうとおり、「国民投票をしても1位になる」に違いない。原の受賞には何の異論もなく、祝福したい。

 ただ、記事に添えられた歴代受賞者リストを眺めると、いささか複雑な気分になる。2000年の松井秀喜を最後に、選手がいない。今世紀に入ってからは監督しか受賞していないのだ。今のプロ野球には「プロ野球界最高の賞」に値する選手がいないのだろうか。

 全体に監督が受賞する年が多いけれど、過去には選手の受賞も結構ある。
 近年の受賞選手は94、95年のイチロー、97年の古田敦也、98年に佐々木主浩、そして2000年の松井と続く。野球界の顔役とも言うべき重量級の選手が並ぶ。現在のNPBに、彼らに匹敵する重量感のある選手は、確かにいないかもしれない(もっとも、現時点で感じる「重量感」には、その後の彼らのMLBや選手会での足跡も加味されているので、当時の重さを思い出すのは難しいのだが)。

 だが、さらにさかのぼると、それほど重量感のある受賞ばかりでもなかった。
 83年の田淵幸一の成績は、規定打席にも満たない凡庸なものだ。西武ライオンズがジャイアンツを破って2年連続日本一になったことと、彼のそれまでの実績に対する功労賞という意味合いが感じられる。87年の工藤公康は、防御率1位とはいえ15勝4敗、それほど突出した数字ではないし、彼はまだ24歳だったから功労賞ということもない。92年の石井丈裕も工藤の例と似たようなものだ。

 反面、例えば90年代最高級の投手である野茂英雄、00年代最高級の投手である松坂大輔は1度も受賞していない。外国人選手の受賞もない(外国人監督では2005年にバレンタインが受賞している)。

 こうやって眺めてみると、もう少し賞を出す側がアグレッシブになっていいんじゃないか、という印象を受ける。
 賞が創設されて30年を超えたが、選考委員会は5人程度のプロ野球OB(とジャーナリスト1人)で、こぢんまりとしている上に、入れ替わりつつも高齢化が進んでいることも、影響しているのかも知れない(若返った沢村賞選考委員会とは対照的。若くても保守的な人もいるが)。

 高齢化そのものや、保守的であること自体を、非難するつもりはない。ただ、「これがなくても野球は成り立つ」という要素をひとつづつ除いていった時、最後に「監督」と「選手」が残ったとしたら、除くべきがどちらであるかは明白だろう。
 軽々しく与えては賞の権威を損なう、という考え方もあるかもしれない。だが、結果として野茂、松坂、金本知憲、さかのぼればランディ・バース、落合博満(07年に監督で受賞)といった一時代を作った選手たちの名が受賞者リストに並んでいないことは、この賞の権威をいささか損なっている(たとえば、筒井康隆に授与しなかったことが直木賞の、村上春樹に授与しなかったことが芥川賞の権威を、いささか損なっているように)。選考する人たちは、そういうことも少し怖れた方がよいのではないかと思う。

 正力賞が、その年のプロ野球に最も貢献した人物、という趣旨の賞であれば、まず選手の中から対象者を探し、適切な候補がいなければ監督を検討する、というくらいの段取りでもいいんじゃないだろうか。王さんが座長になったことで、次回からいくらか変化が現れることを期待する。

 しかし、この賞の第1回受賞者も王貞治なのだな。国民栄誉賞と正力賞という2つの(権威があるらしいけれど選考基準がはっきりしていないという共通点を持つ)賞は、どちらも1977年に王貞治に与えるために創設された、といってもよさそうだ。当時の王貞治が日本にとってどういう存在だったかを、改めて痛感する。

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コメント

すごく面白いブログですねっ!
これからも頑張って下さい!

投稿: 松坂世代 | 2009/11/13 14:12

>松坂世代さん

ありがとうございます。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/11/14 13:12

> たとえば、筒井康隆に授与しなかったことが直木賞の、村上春樹に授与しなかったことが芥川賞の権威を、いささか損なっているように

この御指摘は興味深く拝見しました。なるほど確かにそういう考え方もありますね。

逆に京都賞などは国際的文化人をきら星のごとく並べることで受賞者よりもむしろ「京都」のプレゼンスをうまいこと増進しているような気がします。「芸術家や学者にとっては文化勲章よりも京都賞のほうが名誉」なんて思わなくもないです(ましてや芸術選奨など、もらうことによってアーティストとしての評価が下・・・ゲフンゲフン)。

投稿: かわうそさん | 2009/11/15 21:56

>かわうそさん

直木賞は、その作家の最高傑作に贈り損ねるケースも結構ありますしね。その年のベストテンにどの本を選ぶかによって、書評家の評価が決まるようなものでしょう。

誰か/何かへの評価を表明するという行為は、それ自体によって、評価した本人が他者から評価されることを避けられません(そう考えると、こんなblogをやっていること自体がリスクを冒しまくっているわけですが(笑))。

投稿: 念仏の鉄 | 2009/11/16 11:30

正力賞よりも大下賞の方を創設しましょう。
投手の最優秀賞である沢村賞があるのに打者の最優秀賞である大下賞が無いのはおかしいでしょう。 
基準としては打率3割2分以上、35本塁打以上、100打点以上の3条件を満たすか打率3割3分、40本塁打、110打点の打撃三条件を一つでも満たすといわばチームの3番・4番打者のが受賞する賞として。

投稿: 打者版沢村賞を | 2012/03/31 09:28

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