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2010年3月

「伝統」の「文化」は、どこまであてになるものなのだろう。

 3/19の朝、新聞やテレビでは、ワシントン条約締約国会議における、クロマグロの禁輸という提案が否決されたことを一斉に伝えていた。「日本の伝統的な食文化が守られた」というトーンが多いのだが(岡田外相もそんな文脈の発言をしていた)、そういう語られかたに、何となく違和感を覚える。

 素材を地中海からはるばる持ってきている時点で、すでに「伝統的な食文化」は守られてないんじゃないか、という素朴な疑問はとりあえず措くとしても、マグロと江戸前寿司について不思議に思っていることがある。

 私は首都圏のサラリーマン家庭で育った。最近はあまり使われなくなった言葉でいえば「中流」で、寿司というのは「たまにお客さんが来た時に出前でとるご馳走」という位置づけだった。
 その寿司の中に、マグロは赤身の握りや鉄火巻きという形で存在していた。トロなどというものが当時の寿司桶に入っていたのかどうか。私はあまり食べた覚えがない。

 お前んちが貧乏だからトロの入った寿司が食えなかったんだろ、という指摘があるかも知れないから、客観的に定義してみよう。私が食べていたのは、昭和40年代の「近所の寿司屋から出前で取った寿司のうちでいちばん安いもの」だとする(本当に「いちばん安いもの」だったかどうかは知らないが)。それに近い存在を今の東京で考えるなら、「近所のスーパーで売ってるパック入りの寿司(の閉店間際に値引きしたやつ)」あたりに匹敵するんじゃないかと思う。私の家の近所のスーパーで売っているその手の商品に、トロはしっかりと入っている。
 というわけで現在、日本で消費される江戸前寿司の中にトロが含まれている割合は、70年代あたりに比べると、かなり増えているんじゃないかという気がする。今の消費動向が昭和の昔から続いていたとは考えにくい。

 一方、もっと長いスパンで考えると、トロの位置づけはさらに変わる。

 東京の下町には「ねぎま鍋」という料理がある。
 「ねぎ」は葱、「ま」はマグロ。角切りにしたトロを、しゃぶしゃぶのようにさっと湯通しして食べる。旨いのだが、店によっては結構な値段で、決して安いものではない。
 だが、この料理の起源を調べると、決して高級料理ではなく、むしろ庶民の食べ物だったらしい。
 江戸時代には、マグロは赤身をヅケにして食べる魚だったという。トロは保存が利かないので生で食べることが難しく、捨ててしまっていた。それを何とか利用しようと鍋にすることを考案した…というようなことが、人形町の老舗「よし梅」のホームページに書かれている。
http://www.yoshiume.jp/top.html

 江戸前寿司自体も、江戸時代には高級料理ではなかったはずだ。「すし」というのは本来は魚と米を漬け込んだ発酵食品で(琵琶湖畔の「ふなずし」のように)、江戸前寿司はその代用品としての屋台料理であり、要するにファストフードとして始まった。

 だから、1カンだけで私の通常の一食分を超えるような値段の「大トロの握り寿司」というものは、日本の伝統的な食文化の中から生まれてきた食品ではあるが、それ自体を「伝統的な食文化」だと言ってしまうには無理がある。
 現時点でものすごく好まれて食べられているからといって、それだけで「食文化」と言ってしまってよいのかどうか。
 逆に、伝統的な食品でも、現代の日本人が好まなくなってきたものはいろいろあるわけだが、そういう「伝統的な食文化」は守らなくてもいいのだろうか。

 ついでに言うと、マクドナルドのハンバーガーは日本に入ってきてすでに30年以上経っているはずだが、あれはもはや「日本の食文化」と見做してもいいんじゃないだろうか。
 江戸という都市は、参勤交代などの影響で単身生活者の男性が多かったため、寿司、うどん、天ぷらなどのファストフードが発達したという歴史をもっている。ハンバーガーもまた、その歴史の延長線上に登場したものとして捉えれば、「日本の伝統的な食文化」に連なる食品と言えなくもない。


 そう考えると、「伝統の文化」と思われているものが、どこまであてにできるかといえば、結構あやしいこともある。

 最近のニュースで話題になった、もうひとつの「伝統」にも、似たようなところがある。朝青龍のおかげでモンゴルにまで知れ渡った、大相撲における「横綱の品格」というやつだ。

 大相撲を「国技」と呼ぶことに異議を唱える人はあまりいないと思うが、この呼称には、聞けば脱力してしまう程度の根拠しかない。その起源は、相撲界が明治時代に初めて建設した専用競技場を「国技館」と名付けたことにある。要するに、自分たちで「国技」を名乗ってるうちに周囲が真に受けるようになった、ということに過ぎない(真に受けるだけの素地があった、ということでもあるのだろうけれど)。
 「横綱」が番付上の正式な地位となったのも明治以降のことだ。各藩のお抱え力士たちが露天で戦っていた江戸時代の大相撲で、どの程度「品格」というものが重視されていたのかは、よくわからない。

 もしも、「昭和の名力士たちが築いてきた『品格』という伝統を、朝青龍が台なしにしたのだ」と主張する人がいれば、その点には異存はない。
 ただし、その場合の「伝統」とは、たとえば読売ジャイアンツあたりと比較できる程度のタイムスパンということになる。ジャイアンツには「巨人軍は紳士たれ」という標語があるが、さて、これは「日本の伝統的文化」といえるのかどうか。よほど熱心なジャイアンツファンでも、真顔でそう口にするのは恥ずかしいんじゃないだろうか。

 ちょんまげを結って着物を着た人たちがやっているせいか、大相撲に関するすべてが江戸時代から続いているかのような錯覚をしやすいのだが、大相撲とは、時の権力や世相によって姿を変えてきた融通無碍な集団なのだと考えた方が実情に近い。
 その意味では、このところの「品格」や朝青龍の処遇に関する一貫しない姿勢こそが、正しく「大相撲の伝統」にのっとった態度である、と言うこともできるのかも知れない(だからといって相撲協会の姿勢を支持するわけじゃないですけど)。


 ついでに言うと、和太鼓演奏。
 長くなるので詳述はしないが、和太鼓がコンサートホールで演奏されるようになったのは、鬼太鼓座と林英哲が登場して以来の、せいぜい40年くらい前からのことだ。それまでは和太鼓は音楽と見做されていなかった。
 太鼓自体は古くからあるけれど、音楽としての和太鼓の歴史は、いわゆる現代音楽よりも浅い。
 これもまた、日本の伝統文化の中から生まれてきたものではあるが、伝統文化そのものとは言いづらい面がある。

 
 もちろん、伝統的な文化を大事にするのは大切なことだ。
 伝統的な文化の一部をなす事柄について外国人から批判されたり攻撃されたりするのは腹立たしい場合もあるし、反論すべきところは堂々とすればよい。実際、筋違いな攻撃もあるし、差別的な匂いがぷんぷんするような「環境保護活動」もある。

 だが、反論する際の根拠として、「伝統的な文化だから尊重されるべきだ」などという言辞を、その「伝統」と「文化」の内実を深く掘り下げて検証しないままに振りかざしていると、刀のつもりが竹光だった、ということになりかねないので、気をつけたい。


※なお、大西洋のクロマグロそのものについては、三重大学の勝川俊雄准教授のサイトに詳しいまとめがある。
http://katukawa.com/特集/クロマグロ-ワシントン条約

禁輸が回避されたからといって喜んでいる場合ではない、というのが一読しての感想。今回の決定は、今後、クロマグロの減少に歯止めをかけることができなければ、日本がその責めを負う立場になった、ということでもある。

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バンクーバー五輪に関する覚え書き。

 ご無沙汰しました。
 年明けから環境がいろいろ変わって多忙になり、スポーツ見物もblogの更新もままならない状況が続いています(今日のJリーグ開幕戦も味スタ欠席です)。ディック・フランシスや藤田まことの逝去にも、冬季五輪の最中にも、結局更新しそこねたので、そろそろ開店休業を宣言せざるを得ないかなとも思ったのですが、これが3か月ぶりですから、宣言するまでもないですね。

 というわけで今後は従来のような形での更新は難しくなりそうですが、当面は自分のための備忘録としてblogを使うことにしようかと思います。いろいろお約束や宿題を果たせないままで恐縮です。
 「自分のため」とはいえコメント欄は従来通り空けておきますので書き込んでいただいて構わないのですが、レスには少し時間がかかると思いますのでお含み置きください。

 で、今さらながら、バンクーバー五輪を(主に職場でちらちらと)観ながら思ったことをいくつか。

・リュージュの練習中にグルジア人選手が死亡したことが、私にとってはこの五輪での最大の出来事だった。
 原因として、難易度が高くスピードが出るコース設計が指摘されている。一定水準のレベルに達した選手が練習しただけで事故死してしまうようなコースを作ることも、あたかも選手の技術の未熟さに起因した事故であるかのように発表することも、五輪組織委員会の振る舞いとしては信じがたい。ほかにどれほど素晴らしいことが起こったとしても、大会としては失敗と捉えるのが妥当だと思う。

 これが例えば、1シーズンに各地を転戦して何試合も行い、勝った選手が莫大な賞金を手にすることのできるような形式の大会であれば、そこまでは言わない。選手は自分でリスクとリターンを天秤にかけて、出場するか否かを選ぶことができる。
 だが、オリンピック・ゲームズというのは4年に1度の一発勝負。大多数の競技の選手にとっては選択の余地のない、唯一無二の大会なのだ(テニスのような例外もあるが)。
 選手の側に出場を忌避する自由が事実上存在しない以上、主催者は全力を挙げて、可能な限り最良の環境を選手に提供する義務があるし、安全性に最大限配慮するのは大前提ではないか。その覚悟のない人たちに、五輪を開催する資格はないと思う(私が酷暑の下での五輪開催を酷評してきたのも同じ理由だ)。

 しかし、実際には、危険な競技はリュージュだけではない。
 前回のトリノ五輪で、スノーボードクロスという競技を見て複雑な思いを抱いた。
 見世物としてはスリリングで面白い。だが、あれほど転倒やコースアウトが多いようでは、勝敗に運が介在する度合いが大きすぎる。金メダルの値打ちを他の競技と同等に捉えるには少し抵抗を覚える。1シーズンに何度も戦うツアー形式なら、シーズン全体を通せば実力の高い選手が順当に上位になるのだろう。だが、4年に1度の一発勝負には向かない競技なのではないか。
 そう思っていたのだが、今回はスノーボードのみならず、スキーにも同様のクロス競技が生まれている。冬季五輪は見世物性を高める方向のベクトルに支配されているようだ。

 「滑る」「飛ぶ」という動作がほとんどの冬季五輪は、どうしたって事故が起きやすい競技が大半ではある。だが、「それにしても…」と思うような出来事が大会のたびに増えていくようでは将来が心配だ。
 もともと足元が不安定で、土の上では決して実現しないような速い速度で動く競技の中では、フィジカルコンタクトは、致命的な打撃を選手の肉体に与えかねない(だから、最初からフィジカルコンタクトを前提としているアイスホッケーの選手たちは、あらゆるスポーツの中でも最上位に入る重装備で試合に臨む)。
 スキーやスノーボードにフィジカルコンタクトを持ち込むという動きに対しては、いつか悲惨な事故を招くことになると懸念している。それが、限られた選手と限られた観衆の間で行われる競技の中での出来事なら口出しするつもりはないが、オリンピック・ゲームズには相応しくない。


・国母選手の一連の騒動も、そういう枠組みの中で捉えるのが適切なのではないかと思っている。
 国母を擁護する言説をいくつか目にしたが、勝利よりも自己表現を上位に置くスノーボードのカルチャーに言及したものが多かったように感じる。本当にボーダーの文化がそういうものなのであれば、それは五輪という大会とはあまり親和性が高くない。
 そういうスノーボードがなぜ五輪競技なのかといえば、長野大会の際のサマランチの独断によるもので、要するにビジネス上の要請によるものだろう。

 世間では、JOCが国母を出場停止にしようとしたと誤解している人も多いようだが、私が目にした報道の範囲では、事実はむしろ逆だ。国母が属する競技団体である全日本スキー連盟が彼の出場辞退(ま、事実上は連盟による出場停止)を申し出て、JOCを代表する立場にある橋本聖子団長がそれを却下したという経緯だったと記憶している。
 全日本スキー連盟といえば長らく堤義明が君臨していた団体だ。堤は、経営する西武鉄道に組合を作ることを許さなかったと伝えられるような体育会体質の経営者であるからして、スキー連盟にその影響が色濃く残っているであろうことは想像に難くない。そのような競技団体がスノーボードを所管していること自体に無理がある。スキー側もスノボ側も、望まない「結婚」だったのではないだろうか。

 にもかかわらず、メダルが期待できるのはスノボばかり、というところに、スキー連盟上層部の鬱屈が蓄積されていたであろうこともまた、想像に難くない(もちろん、それはスノーボード側の落ち度ではまったくないのだが。メダル有望といえばモーグルもあるが、モーグルという競技は、カルチャーとしてはアルペンやノルディックよりスノーボードに近そうな印象を受ける。違ったらすみません)。
 このように、ビジネス上の都合のために封じ込められていたさまざまな矛盾が、現場でああいう形になって噴出した、という見方もできるだろう。

・国母その人に対する感想を言えば、生真面目そうな人だなあ、ということに尽きる。
 彼がカナダの空港に降り立った時の服装も、合同記者会見で「るせえなあ」「反省してまーす」と口走ったことも、地方都市の駅前でよく見かけるような「反抗的な男子学生」の典型的な振る舞いによく似ている。
 上述したような擁護者たちによれば、スノーボードのカルチャーは「自由」がキーワードのようだが、私が目にした範囲での国母は、最初から最後まで少しも自由に見えなかった。ある既成の行動規範に従い、全力を尽して自分をその型に嵌め込もうと振る舞っている、生真面目な青年に見えた(内田樹がよく書いているような「型通りの逸脱者」そのものだ)。彼が属する世界では、ああいう型通りの振る舞いをすることに正義があるのかな、と感じた。
 だとすれば、ひとたびその行動規範が否定されてしまうと、もはやどう振る舞ってよいのか判らないに違いない。橋本聖子団長と2人で行った記者会見で、隣の橋本団長の顔を伺わなければ何も答えられなかった国母の姿は、そんなふうに見えた。

 五輪という場を離れれば、彼は賞金大会で活躍するプロなのだから、基本的には(反社会的にならない範囲であれば)どのように振る舞おうと彼の自由だ。そこから生じる利益も不利益も、すべて彼自身に跳ね返るのだから、それを引き受ければよいだけのこと。
 いや、五輪においてもその原則に変わりはない。ただし、五輪という大会を見ている人は、規模においても質においても、彼が普段出場している大会とはまったく異なるのだから、異なる反応が出てくるのは必然的な帰結である。
 必ずしも五輪に最上の価値を置かないらしいボーダーが、金にもならず制約ばかりの五輪の場にあえて出て行くという行為の中に、普段とは異なる「見ている人」たちに自身の競技をアピールしたいという目的があるのだとしたら、国母の振る舞いは、その目的にとって合理的とは言えなかった。それだけのことだ。

・今大会は、気温が高い上に雨も降り、野外競技は気象条件の悪さにかなり影響されたようだ。ふだんから風や降雪の影響を受けて運不運に慣れているはずのジャンプの現場からも不満の声が聞こえてくるというのは、よほどのことだったのだろう。モーグルだったかスノボだったか、降雪を見越して用意された立ち見席が雪不足で使えず、前売りチケットを払い戻して大損害が出ている。モーグルで日本選手が奮わなかった理由に「雨のせいで雪が水を含みすぎて、体重の重い選手でないとスピードが出なくなっていた」ことを挙げたスポーツライターもいた。
 これが異常気象だったのか、バンクーバーという開催地においては起こりうる範囲内のことだったのか、開催地を選定したIOCはよく検証して反省すべきだろう。
 次回のソチはロシアの保養地だそうだから、ロシアの都市としては気温はわりと高いらしい。大丈夫なんだろうか。

・フィギュアスケートについては、男女6人全員入賞という結果に感銘している。どちらも3番手の健闘が見事だった。女子については「キムヨナさん、おそれいりました」というしかない。

・最後に、私と同い年のスケルトン越和宏選手、お疲れさまでした。順位は奮わなかったが、2本目以降は滑るたびにタイムを挙げていったところに、彼の真骨頂があった。

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