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古い井戸から水が湧いた。

 本田のフリーキックが決まった時はただ嬉しいだけだったのに、遠藤のそれがゴールマウスに収まり、目尻の下がった笑顔を見たら、ぶわっと熱いものがこみあげてきた。
 各国の名手たちが扱いかねている厄介な公式球に、高地のスタジアムで、きちんと回転をかけてゴール隅に落としたテクニック。これから24時間くらいの間、世界中のテレビで、この美しい軌跡がリプレイされ続けるに違いない。遠藤は本田と2人で世界を驚かせたといっても差し支えないだろう。
 古い井戸から水が湧いた。

 3-1でデンマーク戦を終え、グループリーグ突破を決めた瞬間に、さあ次の相手はどこだ!と昂ぶった気分が湧き上がってきた。この感覚は、同じアフリカ大陸で日本代表が戦った1999年のワールドユース以来だ(2002年にはそうでもなかった。不思議)。
 ナイジェリアでのワールドユースは、これまで、遠藤が日本代表で活躍した唯一の国際大会だった。レギュラーだった稲本が大会直前にコンディションを崩し、代わりにボランチとして起用された。チームの王様だった小野、左サイドを切り裂いてナイジェリア国民から圧倒的な人気を得た本山、卓越した運動量で周囲をサポートした小笠原。私が見た各年代(A代表を含めて)の日本代表の中では、最も「黄金の中盤」と呼ぶに相応しい4人だったと思っている。

 以後の遠藤は、こと代表においては不遇だった。シドニー五輪ではサポートメンバーとしてスタンドから観戦、2002年には代表に選ばれず、アテネ五輪はオーバーエイジに名前が上がりながら肝炎に倒れる。2006年のドイツ大会でようやくワールドカップのメンバーに入るも、出場機会のないまま大会を終えた。
 その遠藤が南アフリカで、グループリーグ3試合を通じて中盤を支えている。
 個人技重視のジーコから、オシムに監督が交替し、戦術も代表の顔ぶれもがらりと変わった中、遠藤は重用され続けた。オシムが病に倒れて岡田に変わった後も。そして、岡田監督がワールドカップ本番で、それまでとは大きく闘い方を変え、盟友というべき中村俊輔が外された今も、遠藤はピッチの中央にいる。君臨、というたたずまいではないが、必要な時に必要なところにいて、必要なことをしている。
 日本サッカーのいわゆる黄金世代(もはや死語になってしまったが)について、ドイツ大会の直前にこんな文章を書いたことがある。
 物語はどうやら遠藤ひとりの肩に担われたようだ(稲本もいるけれど、阿部が活躍し、今野も控えている状況で、稲本が主役に躍り出るという場面は考えにくい)。

 世代論的な話をするならば、今大会は遠藤が出損なったアテネ五輪メンバーのリベンジ戦でもある。メンバーの中にアテネ組が6人、うち5人がデンマーク戦に先発し、残る今野も初出場を果たした。全員が対人プレーの強さで貢献している。山本昌邦監督は再評価されていいかも知れない。
(ちなみに北京五輪代表からは5人。うち長友、本田、岡崎の3人が出場)

 試合そのものは見事な内容だった。過去2試合と同様に守備から入って試合を落ち着かせ、松井の飛び出しから徐々にペースを掴んでいった。本田、遠藤という2枚の飛び道具が威力を発揮したことで主導権を握り、前半の終わり頃には相手陣内に数多くの選手が侵入した。デンマーク守備陣の足が止まっていたのは、心理的に劣勢に立っていたこともあるのだろうが、ファウルを犯したら、またあのFKが炸裂する、という怖れもあったかもしれない。
 後半のデンマークは長身FWを投入し、4枚が前線に並んだが、中沢とトゥーリオが読みのいいヘディングで対抗し、2列目から飛び出してくるトマソンは阿部がケアして、1失点にとどめた。
 ダイレクトでパスを回しながら選手たちが次々と相手陣内に押し入り、多くの選手がシュートを放った後半の攻撃も含め、日本サッカーの成功体験として記憶されるに相応しい内容だったように思う。

 試合後のインタビュー映像を見ると、遠藤は相変わらず淡々としているし、長谷部や松井、本田はすでに次の試合への意欲を見せている。岡田監督はやや目が赤く見えたし、中澤はほとんど感極まった表情だったが(4年前のことを聞かれて言葉に詰まっていた)、達成感によってチームの状態が変わってしまう、という懸念を持つ必要は、さほどなさそうに見えた。
 たぶん次の試合での闘いぶりによって、岡田監督が「ベスト4」という目標を掲げたことの意味が見えてくるのだろう。

 次の相手はパラグアイ。今大会での試合はあまり見ていないが、伝統的に強固な守備としぶとい精神力を誇るチームだ。これまで以上に神経をすり減らすような試合になると思う。延長からPK戦にもつれこむ可能性もある。

 もっとも、そうなれば遠藤のコロコロPKが世界を驚かすチャンスでもあるのだが。

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コメント

初めて純真な心で、日本代表おめでとう、日本代表ありがとう、と思えた試合でした。
上の記事を読んで、その思いひとしおです。

自身のゴールを「今野が、僕が決める夢を見たらしい」と言う遠藤の談話にも、日本のファンにメッセージをと言われて「寝不足でしょうからゆっくり休んで下さい」と答えた本田の言葉にも、思わず笑みがこぼれました。
続くパラグアイ戦が楽しみです。

投稿: ミケランジェロ | 2010/06/25 10:57

こんにちは。

代表の面々、おみそれしました。
勝利の理由の一つに「決定力の差」を述べる事ができるなんて。

水がわいた古い井戸というなら松井も一員に加われるかなと思います。
今までは持てる技術力をプレーヤーの能力に結びつけるのか弱かったので。

自分は勝利の瞬間、ジンと静かに感動したくちです。
遠い昔の忘れ物を見つけたような、と言ったら感傷的でしょうかね。

投稿: hide | 2010/06/25 22:56

ジャイアンツの原監督のコメントがとても良かったのでご紹介します。

「感動したよ。自立した個の力が合わさると、とてつもない力になる。とても誇らしい気持ち。」

「トーナメントは時の運。いい準備をして潔く戦ってほしい。」

特に後段のコメントは「世界の頂点」での戦いを指揮した人にしか言えない「凄み」を感じました。
「いい準備」、「潔く」・・・なんと本質を衝いた言葉でしょう。

これから先の戦いにおいては、集中し雑念を去ることしかないのでしょう。
それがどれほど至難の業であるか、原監督は骨の髄までご存知なのだと思います。

投稿: 馬場 | 2010/06/26 11:29

99年の再来。
同じ事を稲本選手も言ってますね。チームに勢いと団結を感じているのでしょう。
結果も99年の再来を期待してしまうのは贅沢でしょうか?

投稿: yuji | 2010/06/27 07:11

>ミケランジェロさん
>「今野が、僕が決める夢を見たらしい」と言う遠藤の談話

今ちゃんらしい、ほのぼのとしたエピソードでした(笑)。パラグアイ戦に勝つ夢も見てほしいものです。


>hideさん
>遠い昔の忘れ物を見つけたような、と言ったら感傷的でしょうかね。

アテネに、ドイツに、北京に、選手それぞれが忘れてきたものを見つけたのでしょうね。そう、監督はフランスにも。


>馬場さん
>ジャイアンツの原監督のコメントがとても良かったのでご紹介します。

こういう時に、何の衒いもなく真顔でこういうことが言えるのが、原辰徳という人の魅力ですね。


>yujiさん
>結果も99年の再来を期待してしまうのは贅沢でしょうか?

せっかくですから、夢は見られる時に見ておきましょう(笑)。期待と予測は別ですし。

こういう大会を経験すると、見る側の「期待する力」も向上しそうですね。劣勢にも勝利を信じて向かい続ける精神というのも、選手(やベンチやスタンド)にとってはひとつの能力であり、それは今大会のような敬けんによって涵養されるもののような気がします。

かといって、「また神風が吹いて日本が勝つさ」みたいな歪んだ自信は困りものですが(笑)。

投稿: 念仏の鉄 | 2010/06/27 08:44

遠藤選手に関して、まずvsオランダ戦は試合後のオシム氏のコメントで酷評されていた、その通りだと思った。あれではチャンスを作れない。

一方vsデンマーク戦ですが2点目のFKからの得点のシーン、デンマークの壁が甘かったのは事実だが 完璧なゴールであり、素晴らしかったと思う。

先程の報道ステーションでvsパラグアイ戦の前日に澤登氏の遠藤選手へのインタビューがありそれに対しての返答が心に残った。

「結果が全て、それは受け入れなければならない。ひとつでも上を目指したい。」

vsパラグアイ戦は良い結果になることを祈ってTV観戦する。もちろん悪い結果になってもそれは悔しいが私は受け入れる。

試合開始30分前に記す。

投稿: バイアウト | 2010/06/29 22:30

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