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原博実技術委員長を支持する。協会には注文がある。

 次のサッカー日本代表監督選びに、いささか時間がかかっている。
 約1か月間、南米や欧州で交渉にあたっていた原博実・日本サッカー協会技術委員長が帰国し、昨日(24日)、経過報告の記者会見を行った。スポナビに掲載された一問一答を読むと、彼らしい率直で誠実な会見であったように思える。

 会見で説明されたここまでの経過をまとめると、次のようになる。
 原がワールドカップを決勝まで視察し、日本代表の分析と課題に関するリポートを担当の大仁副会長に提出して、新しい監督選びについての方針を決定した。そこで固まった方針に基づいて、具体的にリストアップされた候補者たちとの交渉に入り、複数の候補と話をもってきた。交渉した相手のうち、ペジェグリーニとバルベルデには残念ながら断られた。現在も最終的な条件を提示して返事を待っている相手がいる。

 まったくもって筋の通ったやり方である、と私には思える。日本サッカー協会が、これほどきちんとした手順で代表監督選びを進めたことは、これまでなかった。ハンス・オフト、ファルカン、加茂周、岡田武史、フィリップ・トルシエ、ジーコ、イビツァ・オシム、岡田武史と、ワールドカップ出場が現実味を帯びるようになった時期からの監督の就任経過を思い起こしても、ここまできちんと経過が説明され、それが納得のいくものであった、という例はない。

 にもかかわらず会見ではこんな質問が出たようだ。

<7月22日から1カ月以上もかかって決められなかった。今後、われわれ(メディア)に「決められる」と提示できるものはあるのか?>
<交渉中の細部の詰めがこちらにはまったく伝わってこない。大仁副会長も把握していないところがあるし、小倉会長は大仁副会長に任せているし、何がどうなっているのかさっぱり分からない>
<1カ月以上かけて原さんが話をまとめることができなかった。その人が「ペジェグリーニはダメでしたね」と笑っているが、決められなかった人がこの先、決められるのかと聞きたい>
<万一、今回の交渉が決まらずに9月の代表戦で原さんが代行監督となった場合、責任をとって技術委員長を辞任する覚悟はあるか?>

 これらの質問は、質問の形をしているが実はそうではない。質問者が回答者に期待しているのは、生産的な回答ではなく、謝罪(あるいは屈服)だからだ。自分の立場で日本のサッカーに何らかの貢献をしようという意思は、寸分も読み取れない。たぶん、公の場で壇上の人間に頭を下げさせたいという歪んだ欲望に溺れてしまった人間が、会見場に紛れ込んでいたのだろう。

 それとも彼らは、ワールドカップでの日本代表の戦いが総括されることもなく、次の監督選びの方針が明らかにされることもなく、もちろん交渉経過が報告されることもなく、ある日突然、次の監督の名が発表されてきた(あるいは「言っちゃったね」という形で知らされた)、これまでの協会のやり方の方が好ましいとでも思っているのだろうか。

 いみじくも原委員長が会見で話した通り、<今はあえて世界に出ていって、世界的な人に交渉している>のであり、<あえてそこで勝負をして>いる。
 まさにこれはチャレンジであり、戦いなのだ。かつて協会は、(確かオフトの次あたりに)テレ・サンターナにオファーを出して、求められた金額の大きさにすごすごと引き下がったこともあったようだが、今やっている交渉は、そんな次元ではなく、もっと現実的なものだろう。
 
 協会がこれまでの監督選びとはやり方を変えた。そのこと自体は支持する。独裁的と評判の悪かった前会長も、この点は評価に値する。
 原委員長には、ぜひ、よい結果を出して欲しいと願っている。

 ただし、協会に対しては、これでいいんですか、という懸念もある。
 一連の経過の中で、ワールドカップでの日本代表の戦いぶりを分析し、課題を挙げ、新しい監督に求める条件を洗い出す、という作業を原技術委員長が担うのは、職掌として適切なことだと思う。選手としても指導者としても一定の実績をもった人物が果たすべき役割だろう。

 しかし、その作業から浮かび上がった候補者を日本に連れてくる、という交渉事を担うのに最も相応しいのが原博実か、といえば疑問だ。彼には監督の経験はあっても、監督を選んだ経験はない。それはクラブでいえばゼネラルマネジャーの仕事だ。
 そして、原にその任を全うするだけの人的なサポートが与えられているのかどうかは、会見や報道から伺い知ることはできない(さすがに何人かのスタッフは同行しているようだが)。

 協会はかつて平田竹男という人材を経産省から専務理事に迎え、ジェネラルセクレタリーという英語名まで冠して(皆さんご存知の人物の趣味だ)、国際業務にあたらせた。ジーコ時代に欧州や南米の強豪との対戦が実現したことは、ジーコの顔のおかげだと評価する人も多かったようだが、平田の交渉力に与った面も大きかったはずだ(その仕事の一部は著書「サッカーという名の戦争」に記されている)。彼は2006年に協会を去ったが、今も協会にいて代表監督候補との交渉に当っていたら、経過はずいぶんと違っていたものになったかも知れない。この面で平田に匹敵する人材が今の協会にいるとは考えにくい。

 つまりは、これまでと違う試みをするのなら、違う体制も必要だということだ。
 強化担当の技術委員長が、技術的な面だけを見るのなら、現場の指導者経験で十分だった。日本に縁があり、協会ともすでに関係のある人物に監督をオファーするのなら、それほど難しくもないだろう。
 だが、今回のように、アウェーでの交渉事を一手に担うというのであれば、それなりの力量が必要になる。例えば、グルノーブルから祖母井秀隆会長を引き抜いてくる、というようなやり方がよいのかも知れない。

 原博実が現在取り組んでいる交渉は、協会にとっても新しい挑戦だ。Jリーグのクラブが個別的にやったことはあっても、協会が組織的に取り組んだことのない戦いである。
 日本代表チームががワールドカップで戦った結果、何ができて、何が足りなかったのかを分析し、次の監督人事や代表のコンセプトに生かそうとしている(んだよな?)ように、この交渉そのものについても、その過程を分析し、今後の技術委員会の在り方や体制、代表監督選びの方法に生かしていくことを望む。
 そういう面も含めて、原委員長の戦いを見守りたい。

 現時点で代表監督が決まっていないことが異常な事態だとは必ずしも思わない。武藤さんが論じているように、来年1月のアジアカップは、そのための短期体制を組んで臨んだってよいと思う(そもそも、こんな時期にアジアカップが組まれることの方が異常なのだ。そうなった経過はよく知らないが)。

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コメント

>公の場で壇上の人間に頭を下げさせたいという歪んだ欲望に
>溺れてしまった人間が、会見場に紛れ込んでいたのだろう。

中沢や闘莉王が代表監督選考経緯に怒りだか疑問だかを表明、という記事もありました。
http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/soccer/news/CK2010082602000083.html

たぶんその人たちも中沢発言と似たような、自分なりの「義憤」で発言してるのであって、
それが有効(あるいは的確)な義憤なのかどうかはともかく、その動機は、
そう歪んではいないんじゃないでしょうか。根拠のないただの想像ですが。

>平田の交渉力に与った面も大きかったはずだ
>平田に匹敵する人材が今の協会にいるとは考えにくい。

これ読んで、佐藤「ラスプーチン」優なんか雇うといいのかも、などと妄想しました。

投稿: nobio | 2010/08/31 01:25

>nobioさん

>その動機は、そう歪んではいないんじゃないでしょうか。

一般論として言うと、<義憤>と<頭を下げさせたいという歪んだ欲望>との間にはかなり親和性があり、両者が結びつくことは珍しくありません。

私の判断は主として、彼らの質問の不毛さ加減によるものです。記者会見で質問ならぬ詰問が許されるのはよほどの異常事態だけで、この時点での原委員長の仕事ぶりがそれに該当するとは思いませんでした。実際、一週間後にはザッケローニに決まったわけですし。

 
>中沢や闘莉王が代表監督選考経緯に怒りだか疑問だかを表明、という記事もありました。
>http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/soccer/news/CK2010082602000083.html

リンク先の記事を読む限り、中澤の批判は、主として「この時期に趣旨のよくわからない代表の試合が組まれていること」に起因しているように読み取れますし、不満の対象は主として協会です。その点については中澤に同意します。ただし、<W杯中に新監督なんて選考できたはず>という発言には、中澤といえども同意はできません。


いずれにしても、中澤が求めているのは原委員長の説明であって、<この先、決められるのかと聞きたい><辞任する覚悟はあるか?>などという会見での発言とは次元が違います。

闘莉王は「次の代表監督はブラジル人にすべき」という独自の意見を持っているようなので、また立場が異なります(彼の意見自体には傾聴すべきものがあるとは思います。次回はブラジル大会でもありますから)。


選手の声としては、長谷部がザッケローニに決まる前日にこんなことを言っていたそうです。
<難航している代表監督選びについて「(紹介ではなく)自分たちで探しに行っている初めてのケース。新しいことをやるときは痛みがある」と理解を示した。欧州在籍が2年半になるだけに「交渉ごとはよくわかる」と話す。「(駆け引きで)足元を見られてなめられちゃ困る。今のサッカー協会は戦っていてけっこういい」とエールも送った。>
http://www.asahi.com/sports/update/0830/TKY201008290317.html
 
私の意見は長谷部のそれにかなり共通しています。
 
  
>佐藤「ラスプーチン」優なんか雇うといいのかも、などと妄想しました。

佐藤さんほど優秀な人なら、慣れれば辣腕を発揮するかも知れませんが、畑違いの彼を呼ぶまでもなく、世界にはサッカーチームを作る専門家が大勢います。監督だけでなく、このポジションにこそ海外のエキスパートを招くという発想も、協会にはあってよいように思います。

日刊スポーツが30日付の一面で日本代表監督に決定するかのように書いたアルゼンチンのペケルマンも、A代表監督よりも、若年層を含めた育成組織のデザインと運営に実績のある人ですから、そういう分野で招く方がよかったかも知れませんし。

(平田氏は個人としてサッカーフリークで、官僚をしながらもJFAの仕事をずいぶん手伝っていたようです。その意味では、彼がJFAの専務理事になったことは、畑違いの官僚をスカウトしてきた、というわけではなく、満を持して、という状況でした。そうやって自ら招いた逸材をあっさり手放してしまう川淵三郎氏の考えはよくわかりませんが)

投稿: 念仏の鉄 | 2010/09/01 00:36

こんにちは。

先日の原委員長弾劾裁判!?については、むしろ心ある人は冷静に見ていたんではないかなと思います。自分はほうぼう巡回しながら日本のサッカー愛好家は確実に成熟していると感じました。

世界的に巨大な運用資産を持っているにも関わらず、今まで他人のフンドシでやっていた事自体が問題でしたから、書かれている問題はあるものの概ね良としたい処です。

ただ、ザッケローニか~という感じです(汗)
セリエを見てきてあまり良い印象が無くて・・・
ある意味裏切って活躍して欲しいです。

投稿: hide | 2010/09/01 10:39

>hideさん
>自分はほうぼう巡回しながら日本のサッカー愛好家は確実に成熟していると感じました。

ネット上での言説については同感です。このエントリを書いたのは、東京新聞のスポーツ欄が、この会見について過剰に辛辣な書き方をしていたことへの違和感からでした。紹介した質問を東京の記者がしたのかどうかは知りませんが。

ザッケローニについては、現時点で善し悪しを言うほどの知見が私にはありません。会見での発言、そして同じ日の原委員長の談話は、いずれも納得できるものでした。

スポナビのザッケローニ就任会見
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/text/kaiken/201008310004-spnavi.html

スポナビの原談話
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/text/kaiken/201008310005-spnavi.html

投稿: 念仏の鉄 | 2010/09/02 08:33

東京新聞?

東京新聞っていうのは中日新聞の東京版ですね。うむー。
名古屋出身者としては、中日新聞を批判されると、とりあえず
「ごめんなさいー!!!!」と思います。赦してください。
まあ、私の責任ではないのですが。

投稿: nobio | 2010/09/02 23:48

>nobioさん

いや、別にnobioさんが恐縮しなくてもw

原批判をしていたのは小杉敏之という元Jリーガーの記者ですが(Jリーグができた時にグランパスにいました)、この人は妙に攻撃的な記事が多くて、元選手のプライドが変な風に働いているんじゃないかと邪推したくなります。

投稿: 念仏の鉄 | 2010/09/06 01:11

川渕氏の「役割」はもう既に終わっているのでしょう。日本サッカーを「プロ化した」という功績は、(その後の世界大会を見ても)本当に素晴らしいものですが、ジーコを選び(ワールドカップ・グループリーグ敗退)、オシムを選んだ(アジアカップ・4位)のは失敗であったと思います。オシムは今大会の大久保のプレーについて、「エゴイスティックだ」と語っているようですが、オシム監督で南アフリカに乗り込んでいっても、どうにも芳しい結果が得られたようには思えません。ナベツネ氏との論争も勝利したかのように見えますが、Jリーグももう少し(日本プロ野球のように、あるいは欧州サッカーや米メジャーリーグのように)企業からスポンサー収入が入らないと、厳しいのではないでしょうか。特に東京ジャイアンツと東京ヴェルディを見ていて、そう感じます。

投稿: 嵐山 | 2010/12/05 20:13

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