えのきどいちろう「F党宣言! 俺たちの北海道日本ハムファイターズ」河出書房新社
あれほど野球のことばかり書いたり喋ったりしてきた著者にとって、これが初めての野球に関する単著らしい。シンジラレナイ。反面、この本は、そういう立場に置かれるのにとてもふさわしい内容でもある。
日本ハムファイターズが札幌に移転したのが2004年シーズン。本書はその前年の夏から始まった北海道新聞の連載コラムを、2010年シーズン終了分までまとめたものだ。4人によるリレーコラムだが、えのきどだけが隔週で書いている。
移転前夜から初年度、新庄フィーバー、2連覇、梨田ファイターズ発足に中田翔の覚醒。もちろん、この間にダルビッシュが大エースになり、田中が引退し、森本や田中賢介ら鎌ケ谷育ちの若手が主力選手に育っていく。2週に1度づつ、7シーズン半にわたって書きためたコラムが、気がつけば北海道ファイターズのクロニクルになっている。
読み返して思うのは、時評的なコラムでありながら、えのきどは折々に、いま目の前で見ているものの位置づけを論じる。ファイターズの歴史にとって何なのか、彼の野球人生にとって何なのか、北海道というフランチャイズにとって何なのか。一編一編がそのように書かれているから、ひとまとめに読んだ時にも、単なる寄せ集めではなく、ひとつの歴史を綴ったものになっている。コラムニストを本業とする著者の面目躍如でもある。
連載は北海道の読者を想定して書かれているから、最初のうちは紹介目線である。別に「上から」ではなく、「ぼくの大事な人がそっちに行くから、ぜひよろしくお願いします」という姿勢であり、「ファイターズってこんなチームなんだ、いいでしょ」という少年のような素直な自慢でもある。それがだんだんとタイトル通りの<俺たちのファイターズ>になっていく。
一方で、道新以外の雑誌などに寄稿したコラムが、その年度の最後にまとめて記載されている。ある意味では、これらが本書の白眉でもある。
北海道の読者の前では意識して抑えていたようだが、東京生まれ東京育ち東京在住で70年代前半からのファイターズファンで東京ドームに年に何十回も通っていた著者にとって、ファイターズが東京から去ることのダメージは巨大なものがあったはずだ。それでも著者も誰も、移転に反対する声を挙げたりはしない。単に大人しくて控え目だからという性向もあるかも知れないし、著者のように、球団の生き残りを考えたら北海道に移った方がよい、というオトナの判断もあったのかも知れない。
そんな複雑な思いのたけが、「さらば東京ファイターズ!」「ファイターズが東京を去った日」の2つのコラムに吐露されている。
<最終戦、東京ドームに駆けつけたファンは、皆、少数派としてこの街で暮らす人たちだ。満員の入りでもウェーブひとつするわけじゃない。普段は市井のどこかで肩身の狭い暮らしをしている。万年弱小球団を見て、どこか自分に似ていると思ったのだ。そして、自分を見放すことができないように、弱小球団を見放すことができなかった。>(「ファイターズが東京を去った日」)
今やファイターズは、ぎっしり埋まった札幌ドームのファンが地鳴りのような声援を送り続ける、地元のナンバーワンチームであり、毎年のように優勝を争う強豪チームでもある。だが一方で、ファイターズの原点はあのまばらで、でも何ともいえずにいい雰囲気のあった東京ドームであり、こういう観客たちだった。だから何だ、という話ではないけれど、「スポーツを観ること」からいろんなものを削ぎ落としていって最後に残るのは、こういう姿であるような気がする。
そして、そんな球場で弱いチームを長年見続けた著者が、選手ひとりひとりに注ぐまなざしの温かさが快い。田中幸雄の打席に吹く春風を受け、森本ひちょりの心の震えを感じながら、著者は選手たちを眺めてきた。かつて東京ドームのスタンドにいた人々。二軍の若手たちが鍛える鎌ケ谷スタジアム。ここには、プロ野球のあらゆる楽しみ方のサンプルがある。
「今の野球はつまらなくなった」という年配者の言説を私は信じない。野球そのもののレベルはともかく(それが低くなったとも私は思っていないが)、それを見ることが面白いかつまらないかは、見る側の力量にもかかっているということを、本書を読むと改めて感じる。
なんだか最後はわけのわからない思い入れを語っている文章になってしまったが、たぶん、「スポーツを観ること」のスタンスにおいて、私は著者に似たところがあるのだと思う。著者は私のような屁理屈をこねることは、めったにしないけれど。
これが今年最後のアップになります。
相変わらずの半休眠ブログですが、こんな感じでときどき思い出したように更新するペースが続くことになる見込みです。訪ねてくださる奇特な方々に感謝します。
皆様がよい年を迎えられますように。
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コメント
奇特な読者の一人です(笑)
鉄さん、今年も素晴らしい文章を書いていただき、ありがとうございました。
例え半年に一回のペースの更新になろうとも、有料になろうとも、僕は頻繁に訪れることになると思います。読み返すたびにいろいろな発見がありますから。
来年(といってもすぐですが)が鉄さんにとってよい年でありますように。
投稿: ハーネス | 2010/12/31 23:39
>ハーネスさん
過分のお言葉をありがとうございます。
細々とでも続けていてよかったな、と思う瞬間です(笑)。
今年もよろしくお願いいたします。
気がついたら当blogも6年半。スタートは本書と1年くらいしか変わりません。不定期に書き散らした雑文ではありますが、「F党宣言!」のように、集積することでなにがしかの意味を持つようでありたいとは思っています。
投稿: 念仏の鉄 | 2011/01/02 14:19
何故かえのきどいちろうに思い入れがあるため、誰がどこに書いた文章であってもえのきどいちろうに好意的な文章でありさえすればとりあえず好きになるのですが、これはとりわけ感動しました。感謝します。
投稿: nobio | 2011/01/06 22:42
>nobioさん
そんなふうにお礼を言われるのも妙なものですが(笑)、書店で見かけたら手にとってみてください。たぶんお気に召すと思います。
投稿: 念仏の鉄 | 2011/01/07 13:02
ずいぶん長いこと更新されてなかったので、「やめちゃったのかな?」と思っていましたが、久しぶりに来てみたらまとめて新着記事があったので、嬉しくなりました。嬉しさの余り、初めてコメントさせていただきました。抑制の効いた文章とちょっとユニークな視点が大変気に入っています。今後もなるべく更新お願いします…。
投稿: X9郎 | 2011/01/07 13:41
>X9郎さん
ありがとうございます。なかなかご期待に沿えなくてすみません。
目下、実生活がやたら多忙のため、初期の頃のように頻繁に更新することはできませんが、やめることもないと思いますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。
投稿: 念仏の鉄 | 2011/01/08 09:24
ホークスファンですが、感動しました。
「野球好き」の心の琴線に触れる本ですね。
投稿: 馬場 | 2011/02/10 18:28
>馬場さん
そうですね。たまたまファイターズについて書かれていますが、贔屓チームや選手を持つ人の多くに、何かしら共有される心性がみつかるんじゃないかと思います。
投稿: 念仏の鉄 | 2011/02/11 10:04