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しかし全力を尽くせば。

 本棚から崩れ落ちた本の山を片付けていたら、古い蔵書の1冊が目についた。ニューヨーク・タイムズのスポーツコラムニスト、アイラ・バーカウのコラム集「ヒーローたちのシーズン」(河出書房新社、1990/新庄哲夫訳)だ。
 表題作の中の、こんな一節が好きだった。

<世界が激動している時代にあっては、良きにつけ悪しきにつけ、スポーツの存在意義などほとんどないかのように思われるかもしれない。
 しかし全力を尽くせば、スポーツやスポーツ選手は、クリスマス・シーズンに人々がことのほか尊ぶものを見せてやれるし、あまつさえあたえることもできるのである。それは希望と喜びと勝利だ。>
 
 
 このたびの震災で亡くなられた方に心からのお悔やみを、被害に遭った方に心からのお見舞いを申し上げる。
 
 被害の規模の大きさ、救援活動の長期化、そして原発事故処理の長期化を思えば、発生直後に「今は野球どころではない」と話した選手の気持ちには共感する。と同時に、それでも我々は前に進んでいかなくてはいけない。
 
 いずれ選手たちには、被災地のスタジアムで全力を尽くせる日が来る。イーグルスの臙脂やベガルタ・ゴールドや、水戸や鹿嶋や、ほかのそれぞれの色に埋め尽くされたスタンドの前でプレーできる日が必ず来る。
 その日に被災地にもたらすべき<希望と喜びと勝利>のために、選手たちも、そうでない我々も、それぞれの場でできることをする。今はまだ、そういう時期なのだと思う。
 
 もうひとつ大事なのは、忘れないことだ。
 メディアの報道は「復興」「希望」の色彩が濃くなってきたが、原発事故の被害を別にしても、あれほど広域に渡った震災なのだから、まだまだ復興どころではないほど困窮したままの地域や人々もいるのではないかと思う。
 今後、さらに復興が進んでいくと、その落差がますます広がっていく怖れもある。取り残される人を作ってはいけないし、やむない事情で復興の順番や速度が遅くなったとしても、止まってしまってはいけない。忘れられた人々がいるのではないかと心配し、探し、発見したら手当をする。そんな作業が、長いタイムスパンで必要になっていくだろうと思う。

 そのための第一歩は「忘れない」こと。震災翌日の気持ちと今の気持ちは、すでに違ってきているかも知れないし、時間がたてばさらに変わっていく。だから、私はここで自分に釘を刺しておく。忘れるな、と。

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