弱くても勝てるかも。
「弱くても勝てます」という本がある。高橋秀実が開成高校野球部について書いたルポルタージュのようなエッセイのような不思議な読み物だ。開成は、東京大学に大量に学生を送り込むことで知られる中高一貫の私立学校で、当然ながら運動部は決して強くはないのだが、数年前に野球部が「打ち勝つ野球」を標榜して都大会の上位に食い込んだことがあった。その時期を描いたノンフィクションだと思って読み始めたら、実際にはかなり違っていて、登場するのはその後輩の、弱くて、かつ勝てない選手たちなのだが、とにかく独特のユニークな野球観がそこら中に満ちていて目を啓かれるとともに、高橋の文体が作り出す何ともいえないとぼけた異空間に迷い込む。
前置きが長くなった。本の内容とはまったく関係ないのだが、今夜のWBC東京ラウンド最終戦、日本ーオランダを見ているうちに、「弱くても勝てます」という本書のタイトルが頭に浮かんで来た。
今回のWBCでは、諸事情が重なって、私は日本の試合をひとつもまともに(最初から最後までを)見ることができていない。会期中に突然の海外出張が舞い込んだために(およそ世界でもっとも野球と縁のなさそうな地域であった)、まったく見ていない試合さえある。過去2大会、東京での試合はすべてスタンド観戦してきたというのに、今回は今夜のオランダ戦の後半に、かろうじて間に合っただけだ。つまり、阿部の2本塁打などで8点を奪った後で球場に着いたので、8回裏に長野が2点タイムリーを打ち、9回表に2走者を許しながらも牧田が零封して試合を終わらせるまでは、およそ日本のいいところを見ていない。こんなでサンフランシスコに行って大丈夫かね、という不安を抱かずにはいられない試合運びだった。
しかし、このチームがこんななのは今夜に始まったころではない。ブラジル戦は、その夜、浮き世の義理で参加していた宴席の居酒屋のテレビでちらちらと見ていたのだが、ブラジルに点をとられるたびに「こんなんじゃ勝てないよ」「もうダメだ、負け負け」とそこら中から文句の声があがり、ああ、昔の居酒屋には巨人戦見ながらこんなことばかり言ってるオトーサンが大勢いたなあ、と懐かしい記憶が蘇って来たりもしたものだった(そういうオトーサンに限って、逆転して勝利を収めると大げさに喜んだりする、というあたりも往時と変わらない)。それが初戦の緊張から来るものかと言えば、その後の試合でもあんまり変わっていない気がする。
テレビなどでは「素晴らしい試合だった」と言われている台湾戦も、スコアを紐解くと、序盤から残塁の山を築いた末の苦戦のようで、内容的にはそんなに褒められたものでもないのではという疑いが拭えない。
それでも、冷静に考えてみると、過去2大会のファイナリスト3か国のうち、2か国はすでに大会を去っている。韓国は1次ラウンドで沈み、キューバは苦手オランダに連敗した。日本だけが、なんだかんだ言いながらも手堅くベスト4に駒を進めているのである。大会前には、キューバと韓国が東京ラウンドに集まるなんて日本に不利な組み合わせなんじゃないか、という声もあったと記憶しているが、実際の試合を見ていると、ベネズエラも強かったし、アメリカもあわや敗退かという局面があったりして、C組もD組も決して楽じゃなさそうだ。
2次ラウンドまで勝ち上がった国を見ていると、大抵はものすごく活躍している選手がいる。あるいは、見るからにものすごい能力の選手がいる。キューバだって全員フルスイングの打棒の迫力はすごいし打球も速い。ラウル・ゴンサレスというサッカーの巧そうな名前の遊撃手は、逆足だろうがスライディングしてようが下半身の動きとは関係なく、腕だけで一塁や二塁にどんぴしゃの送球ができる超絶的な能力の持ち主だ。大男ぞろいのオランダのパワーも凄いし、王建民の右腕も健在だった。
一方の日本は、打率30傑の6位に井端の次は25位に松田がいるだけ。マエケンや牧田はいい投手だが、目をみはる剛球や魔術のような変化球を操るわけではない。
それでも、勝ち残っているのは、凄い彼らではなく日本なのだ。他国のファンからすれば、なぜ日本が勝ち残っているのか、なんだかよくわからないんじゃないだろうか。過去2大会のような明確な中心選手がいるわけでもない。捕手で四番で主将の阿部がろくに打たなくても、エースと目された田中の出来がいまいちでも、準決勝進出を決めてしまった。相手からしてみれば、いったい誰を潰せば勝てるのか、つかみどころがない。
監督は呑気な好々爺みたいな感じだし、スキャンダルや不協和音もやたらに報じられるし、そもそもMLBのスター選手は全員不参加だし、冴えない感じなのに、着実に結果だけは残していく。もう、これがこのチームの持ち味なんじゃないかという気がして来た。
黄金時代を築いたチームというのは、勝ち続けているうちにだんだんと主力選手が衰えたり去ったりして、全盛期に比べると小粒で地味になりながらも、ここ一番での勝負強さを発揮したりして、その後も結構しぶとく勝ち残っていくものだ。選手たちが習い覚えた、試合を読む力だったり、ここ一番の集中力だったり、さまざまな細かい要因で相手よりも優れているのだと思う。そんな力を総称して「勝利のDNA」と呼ぶのだろう。
そこを心得ていれば、弱そうでも勝てる。勝ったものが強い。それだけのことだ。
監督に求心力がない。中心選手がいない。そんな批判は、このチームの結成時からずっとある。だからといって、それで勝てないわけではない。
あと2試合。このチームが、そんな持ち味のままで最後まで勝ち上がってしまったら、それはそれで痛快な気がしてきた。
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