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松井が東京ドームに戻った日。

 松井らしい、律義な挨拶だった。
 引退の挨拶と、国民栄誉賞受賞の挨拶。二度のスピーチを彼は、節目の記者会見でいつもそうであったように、原稿も持たずに長い文章を理路整然と、しかし出来上がった文章を読み上げたようには感じさせず、今ここで己の肉体から発する言葉として、人々に向かって語りかけた。

 それぞれの全文を、サイト上で読むことができる(たとえば引退挨拶はこちら国民栄誉賞の挨拶はこちら)。
 文字に起こせば型通りの挨拶、当たり前の言葉が並び、さほど面白いものではないかも知れない。「我が巨人軍は永久に不滅です」という類いの“名言”は、ここにはない。
 だが、それが彼の肉声として発せられれば、東京ドームを埋め尽くした観客と、テレビの前の大勢の人々の心を奥底から強く揺りうごかす。
 当たり前のことでも、松井が言うから胸を打つ。それは、ひとつひとつの言葉が、彼が歩んで来た懸命の20年間から生成され、彼の努力と真摯なプレーに裏打ちされたものであることを、我々が知っているからだ。

 国民栄誉賞を政治利用すべきでない、という意見をしばしば耳にする。今朝の朝日新聞にも西村編集委員が書いていた。
 私は、この賞はそもそもの出自からしても政治利用のために存在する代物だと認識しているので、いちいち批判すること自体が空しい気はするが、このたびの長嶋茂雄と松井秀喜の同時受賞に関しても政治利用色が強く感じられることは否定しない。ジャイアンツ側の思惑もいろいろと働いているのだと思う。

 その程度の賞を受賞しようとしまいと、私にとっての長嶋茂雄と松井秀喜の価値には何ら変わりはない。
 しかし、そうした諸々を踏まえた上でなお、この件に関しては安倍晋三首相に感謝している。
 理由はただひとつ。こんなことでもなければ、松井秀喜が満場の観衆に見守られて東京ドームで引退の挨拶をする、などということは、おそらく実現しなかっただろう。
 漠然とそんなふうに想像していたが、彼が挨拶の冒頭で口にしたこの言葉を聞いて、それは確信となった。

<2002年、ジャイアンツから日本一を勝ち取った直後、ジャイアンツ、そしてファンの皆さまに自らお別れを伝えなければいけなかった時、もう二度と、ここに戻ることを許されないと思っていました。しかし今日、東京ドームのグラウンドに立たせていただいていることに、感激で胸がいっぱいです。>

 いまだにこんなことを言わずにいられないのが松井という男なのだろう。
 実際にはヤンキースでの2年目にこの球場で開幕2連戦を行っているし、それに先立ってジャイアンツとエキシビジョンゲームを戦い、高橋尚成から大きなホームランを打ってもいる。それでも、ジャイアンツの公式戦が行われる満員の東京ドームのグラウンドに立つということは、彼にとって特別の日だったに違いない。
 
 もう誰もあなたを裏切り者などと言う人はいない。当時だってほとんどいなかったと思うが、あなたの心に一点の曇りがあったのだとしても、この日のこの瞬間に、それはすべて晴れたはずだ。
 
 ジャイアンツはいずれ松井を監督として招きたいと考えているのだろう。今回の一連のセレモニーは、松井の外堀を埋める壮大な作業でもあったはずだ。
 松井はおそらく、それを覚悟してはいても、まだ腑に落ちてはいない。<どういう形にか分かりませんが、またいつか、皆さまにお会いできることを夢見て、新たに出発したいと思います。>という言葉が、そのあたりの微妙な機微を示しているように思う。
 
 松井に指導者としての資質があるのかどうかは、今の段階ではよくわからない。
 彼は気さくで人当たりがよいように見えるが、柔らかい衣の下には、ここから内には入らせないという鎧をまとっているように感じられる。もしかすると、王貞治の監督初期に見られたような、選手との距離における不具合が生じるのでは、という懸念も感じなくはない。また、彼の人間性はあまりにも完成され、完結しているので、周囲の人々の中に「この人のために」「俺が助けなければ」という気持ちが生まれにくいかも知れない、とも(長嶋や原のように、いわば“ツッコミどころ”と愛嬌のある指揮官が、ジャイアンツのようなチームには向いている気はする)。

 ただ、一方で、彼がこの日の試合前にジャイアンツのミーティングに参加して話したというスピーチを読むと、そんな懸念は杞憂に過ぎないようにも思われる。報知サイトから全文を引用させていただく。

 <今のジャイアンツは外からしか見ていませんが、大変強くて魅力があるチームです。素晴らしい監督、コーチ、スタッフ、そして素晴らしいキャプテンがいます。
 私はジャイアンツで10年間プレーしましたが、特別なチームです。それは先輩方がづくり上げてきた素晴らしい伝統がありますし、たくさんのファン、メディアからの厳しい視線がある。他球団は『ジャイアンツに絶対に負けたくない』という気持ちで戦います。ジャイアンツの選手はそれをしっかり受け止めて、はね返す強さが必要です。それがジャイアンツの選手のプライドだと思います。
 私がチームにいた頃、スター選手はたくさんいましたが、決して毎年勝てたわけではありません。スター選手がいるから勝てるのではなく、チームのことを思ってチームのためにプレーする、そういう選手が多いチームが強くなる。おそらく皆さんはそういう気持ちを持っていると思いますので、心配しなくても大丈夫だと思います。
 みなさん、僕は今はアメリカに住んでいますが、遠くからいつもいつも応援しています。頑張ってください>
 
 今のジャイアンツには松井と一緒にプレーした選手は少ないと思うが、この言葉に心を揺さぶられない選手はいないだろう。実績と努力に裏打ちされた強力なキャプテンシーが彼には備わっている。
 これを読んで私は、彼がワールドベースボールクラシックの日本代表に一度も参加しなかったことを、改めて残念に思った。あの特別な1か月を松井と一緒に過ごすことができたら、日本の若い選手たちは、どれほどよい影響を彼から受けることができただろう。
(もちろん、実際に参加したらイチローとのチーム内のバランスがどうなっていたか、微妙だった気もするが。松井は適切に振る舞っただろうけれど、イチローがあの2大会で発揮したキャプテンシーは、部分的にでも損なわれた可能性があると思う)
 
 国民栄誉賞に関して感謝したいことがもうひとつあった。この時期に向けて、テレビ各局が松井の特番や特集を一斉に組んだことだ。
 昨年の引退発表は、あまりに突然で、しかもあまりに年末だったため、そういう類いの番組が作られる機会がほとんどないままに過ぎてしまい、私はとても不満に思っていた。
 ここへきてようやく引退後の肉声が紹介されはじめ(引退後の松井のインタビューを最初に目にしたのはなぜかBS-TBSの番組だった)、過去の特集の再放送や、現役時代のプレーをまとめた番組も作られた。
 BS1では表彰式前日の5月5日に、2009年のワールドシリーズ第6戦を再放送し、その後で彼がメジャーリーグで打った全本塁打も一挙放送した。フジテレビが「すぽると」で放送した金本との対談も楽しかった(またやったらええやん、と言い続ける金本の空気の読めなさ加減は、この上なく好ましかった)。授賞式当日夜の「すぽると」で、被弾した投手たちのコメントを紹介したのも地味だがよかった。
 
 松井の本塁打はプロ入り1年目から何度となく見てきた。実際に目の前で見た本塁打も、それぞれに印象に残っている。ルーキーイヤーの短い二軍生活で放ったロッテ浦和球場でのホームラン。「ON対決」と騒がれた2000年の日本シリーズの第一打席で、誰が主役かを思い知らせた特大のホームラン。ヤンキース入りした後、凱旋した東京ドームでの第二試合で放り込んだホームラン。2002年の夏に、おそらく松井がジャイアンツにいるのは今季で最後と思い、「日本人なら松井のホームランを見ておくべきだ」と母を連れて行った東京ドームで打ってくれたホームラン。どれも思い出深いのだが、今この瞬間、最も私の心を揺さぶる本塁打を選べと言われたら、昨年の6月1日、レイズの一員として打った2本目のホームランを挙げる。
 元中日のチェンから放った一発は、トロピカーナ・フィールドのスタンド最後列まで飛んで行った。大きくて速い、松井らしいホームランだった。衰えなど微塵も感じさせず、まだまだ彼は進化しているのだと思わせてくれるようなホームランだった。結果的に、これが松井にとって最後のホームランとなった。
 なぜこんな一発が打てるのに引退しなければならないのか。こんな凄いバッターが日本のどこにいるというのか。

 松井は昨日、東京ドームに帰ってきた。
 そして我々は改めて思い知った。もう松井のホームランは二度と見られない。もう彼は選手としてグラウンドに立つことはない。
 嬉しくて、そして、どうしようもなく哀しい、そんな一日だった。

 
 長嶋茂雄についても書いておこう。
 受賞の挨拶の最後に、どういうわけか「よろしくお願いします」と言い添えたのが、何とも言えずに長嶋らしかった。
 安倍首相から渡される額や盾を、支えきれるはずもないのに左手だけで受け取ろうとする無頓着さ。始球式で自分の体に当たりそうな松井の投球を左手一本で打ちに行った果敢さ。そして、退場の際にネット裏の手前で立ち止まり、嬉しそうに手を振る立ち姿の美しさ。どれもこれもみな長嶋らしかった。満場のグラウンドに立って人々の視線を浴びる時こそが、彼が輝く時なのだと改めて感じた。

 長嶋は、遅かれ早かれ国民栄誉賞を授与されることが約束された人物のひとりと言ってよい。ただ、これまでは、彼のように長年の功績に対して贈られるタイプの受賞者は、ほとんどが没後の授賞となっていた。生きてグラウンドに立てるうちに受賞することができたのは、彼にとっても、そのファンにとっても、何よりだった。
 副賞として2人に金のバットが贈られ、それはそれでよい選択だったとは思うが、野球場のグラウンドで満場の観客から祝福されるというこの瞬間こそが、長嶋にとっても、松井にとっても、最高の副賞となったように思う。

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