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もう「統一球」なんてやめちゃったらどうですか。

 昨年、規定を逸脱して飛ばなすぎたボールを内緒で品質改善したことが問題になったプロ野球の統一球が、今度は飛びすぎるというのでまた問題になっている。「プロ野球界の和田アキ子」とも言うべき存在である星野仙一楽天監督もお怒りのようだし、その楽天の正捕手にして選手会長の嶋も問題視している。

 もちろん、プロ野球の使用球は反発係数が一定の範囲となるよう定められているのだから、製造元であるミズノは、その規定に沿ったボールを納入する義務がある。各球団の指導者と選手は、ボールが規定に沿ったものであるという前提の上でプレーしているのだから、違った場合に文句を言うのは当たり前ではある。

 ただ、メディアで見られる監督、コーチ、選手、あるいは球団の経営陣の声は、怒りの感情の濃淡はあれど、「規定通りの球にすべし」という方向では一致している。となれば、ミズノが謝罪して、規定に沿ったボールを納入すれば一件落着ということになる。でも、それでいいんでしょうか。これはそういう問題なのか?
 


 そもそも統一球は何のために始まったのか。導入を決めた2010年8月にNPBが発表したプレスリリースをNPBの公式サイトで読むことができる。加藤良三コミッショナー(当時)の声明文に、こんな記述がある。

<2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)などで選手、関係者が国際試合で日本のボールとの様々な違いに戸惑うケースがあることを目の当たりにいたしました。 それをきっかけに春季キャンプの視察などで現場からのボールに関する意見や要望をお聞きし、まずは国内の使用球を統一することにしました。その統一した結果として、国際試合でもNPBの選手のボールに対する違和感が少なくなることを期待しています。>

 そう、思い起こせば統一球が導入された主目的は、選手が国際試合で戸惑わないようにするため、ということだった。
 その効果はどうだったか。2013年のWBCの後には、こんな記事が見られた。

「似て非なる」ものだった統一球とWBC球(スポニチ)

<統一球を手にしたことのある松坂(インディアンス)は、握ったときの感触も含めたその類似度について「大リーグ球を10としたら、統一球は3くらい」と表現する。違和感を感じていたのは投手だけではない。内川は「打ったときにすかすかした感じ」と力が伝わらない様子を訴えた。さらに送球がすっぽ抜けて失策にならないように、低い球筋を徹底する指示も出ていた。>
<与田投手コーチは「全ての選手と言っていいくらい、苦しんでいた。滑ると思うあまり無意識のうちに力が入る。統一球ではあり得ない腕や肘の張りが出る」と指摘する。>

 統一球を公式戦で使っていたにもかかわらず、選手はWBCの使用球に、ものすごく戸惑った。加藤コミッショナーの意図は達成されていない。この段階ですでに「統一球」は失敗だったと言ってよい。
 
 
 統一球が始まったのが2011年。ミズノとの契約は2年間で、2シーズンを終えた時点で見直しを行うとされていたはずだった。だが、2012年オフにどの程度の話し合いが行われたのか明らかにされないまま、翌2013年にも統一球は使われ続け、そして「飛ばなかったボールを内緒で品質改善した問題」が発覚した。
 昨年、この問題が発覚した際には「飛ぶボール」という表現がずいぶんと使われていたので誤解している人がいるかも知れないが、昨年のボールは規定の反発係数の範囲内だった。規定外だったのは、その前の2年間である。つまり、「統一球」は最初の年からすでに、契約上のスペックを満たすことに失敗していた。
 そんな苦い経験をしたはずのメーカーが、今年再び品質管理に失敗したというわけだ。世の中にはミズノを罵る論調が目につくし、まあ非難されても仕方のないことだとは思うけれど、ここまで失敗続きだと、根本的な疑問が湧いてくる。

 そもそも現行のスペックを満たすことが、1メーカーに可能なのだろうか?
 
 日本のプロ野球では、2010年まではミズノを含む4社がボールを提供していた。球団ごとにメーカーを選んでいたので、社によって生産量は違ったのだろうが、いずれにしても、すべてのボールを供給している現在よりはずっと少なかったはずだ。
 統一球の導入が決まった時期の新聞記事によると、<12球団が昨年1年間で使用した一軍試合球は、練習やブルペンなどでの使用も含めて約2万5000ダース>(読売新聞2010年8月24日付、記事中の「昨年」は2009年のこと)だという。
 上述のNPBのプレスリリースには、ミズノが供給するボールの新旧スペックを比較した表がついている。これを見ると、原材料の牛革とウール糸は、それまでの国産から中国製に切り替えたことがわかる。同社は統一球を生産するために中国・上海に工場を作った。価格もそれまでから2割以上下げたというから、相当な企業努力をしたはずだ。というか、かなりの無理をしたんじゃないか。中国製=粗悪品と決めつけることはできないが、日本の熟練工が手縫いで作るボールと同じ品質のものを、始めたばかりの海外工場で作れるとも思えない。
 この生産体制の結果が、度重なる規定違反。となると、もはや「統一球」が求める量、品質、価格をすべて満たすことは、同社の能力を超えていると考えた方がよさそうだ。

 硬式野球ボールにおける国内シェアは知らないが、スポーツ用品メーカーとしてはミズノは押しも押されぬ大企業だ。そのミズノにして品質管理ができないのなら、一体どのメーカーにそれが可能なのだろう。


 MLBの使用球はローリングスが1社で供給している。<年間使用量は約11万ダース。工場はコスタリカにあり、不測の事態に備えて年間使用数の25%の備蓄がある>(読売新聞2010年9月1日付)という。
 この記事には<大リーグ機構(MLB)では「ケン・グリフィーが新人の時と、(今年の新人の)ストラスバーグが投げているボールは同じ」と、同品質の球を大量に安定供給し続ける能力を評価する>とあって、ローリングスは量と品質をともに満たしているように読めるけれど、アメリカに渡った日本人選手の評価はかなり異なる。
 例えばスポーツライターの二宮清順は、2012年春にこう書いている。
<多くの評論家が既に指摘していることだが、メジャーリーグの公式球は日本のそれと比べると滑りやすく、縫い目の山が高い。昨シーズン、ボルチモア・オリオールズからレンジャーズへ移籍した上原浩治は、物憂げな面持ちでこう語っていた。「日本の(高品質の)ボールに比べたら天と地ほどの違いがある。米国のボールはひとつひとつ全て違う。しかもツルッツル。まだ悩んでいます」>

Numberwebにもこんな記事があった。
<「日本のボール製造技術とメジャーの技術(メジャー公式球はローリングス社製でコスタリカの工場で生産されている)を比べると、製品の均一性では日本が圧倒的に勝っているんです」
 その関係者はこう案じていた。
「メジャーの場合は飛ばないといっても、データ上の数字と実際の数字ではムラがある。同じ公式球でも飛距離の差は10フィート(約3.04m)から20フィート(約6.08m)は当たり前という世界で、ときにはそれ以上のときもあるのが実情です。ただ日本の技術で飛距離を抑えた低反発のボールを作ったら、ほぼその規格で仕上がってくる。全部が飛ばないボールになるということです」>

 MLBのボールは、メーカーは統一だけど、日本人の目から見れば品質は統一されていないのが実情のようだ。

 長くなったので、話を整理する。

・統一球導入の目的は「選手が国際試合に戸惑わないこと」だったが、2013年のWBCでは、その効果はなかった。
・統一球の導入から4シーズンのうち3シーズンで反発係数の逸脱が著しく見られたことからして、現行の「統一球」が求める価格と品質と量のすべてを満たす能力はミズノにはない。日本の他社にあるかどうかは未知数。
・MLBのボールの品質のばらつきは日本よりも激しい。従って米ローリングス社がボールの品質を「統一」する能力は日本のメーカーよりも低そうだ。

 こうなると「統一球」は、実体のない概念に近い。そんなものはもはや幻に過ぎないと考えた方がよいのではないだろうか。
 NPBがこれ以上「統一球」に固執する意味が、どこにあるのだろうか。

 私は、「統一球」が規定の反発係数を逸脱したこと自体については、是正は必要だが、そんなに大声で非難するようなことだと思ってはいない。
 そもそも野球というのはアバウトな競技だ。屋根のないスタジアム(それが本来の姿だが)では、風の強さや向き、湿度によって飛距離は影響される。打席から外野フェンスまでの距離や、フェンスの高さも球場ごとに違う。MLBでは左翼と右翼で形状がまったく異なる球場を平気で使っている。内野の芝も、人工芝と天然芝では反発係数は相当異なるはずだ。そういう環境の中で、ボールだけを精密に品質管理しても、あまり意味はないんじゃなかろうか。野球は飛距離を競う競技ではないし、1試合の中で同じ品質のボールが使われている限り、両チームにとっての公平は担保されている。
 さらにいえば、反発係数を定めているのは公認野球規則ではない。それは、国内リーグのアグリーメント、つまり申し合わせ事項に過ぎない。各球団が合意すれば変更することも可能な数値である。もちろん、各球団の合意なく、またプレーする現場に知らせることなく変更してしまうのは「約束事」を破ったのと同じだから、各球団や現場には怒る権利があるし、逸脱は是正されるべきだ。しかし、透明性さえ確保されていれば、あとは定期的に粛々と点検し、間違いがあれば是正していけば、それでよいと思っている。

 「統一球」が導入される以前までは、NPBの試合球の品質はメーカーによってかなりのばらつきがあり、つまり主催球団によって使用球の品質も違った。ミズノの球はよく飛ぶと定評があったことも、こちらの小川勝の記事に詳しい。
 目下お怒りの星野仙一監督も、現役時代にはホームとビジターでは違う品質の球を投げていたはずだ。彼は昔からいろんなことに怒っていたが、ボールの品質に文句をつけていたという記憶はない。2010年までは誰もがそれでやっていたのだから、そこに戻ることに大きな問題があるとは思えない。
 
 「統一球」を試みたこと自体を批判しようとは思わない。試験的に導入したけれど、メリットが少ないので元に戻す。それでいいじゃないですか。
 幸い、このアイデアを始めたお方はすでに球界を去っているのだから、今やめても傷つく人はあまりいないだろうし。


追記(2014.4.16)
 この記事を見ると、2010年段階ですでに12球団すべてがミズノのボールを使っており(うち4球団は他社製品と併用している)、NPBにおけるシェアは圧倒的。統一球になったことで生産量は増えただろうが、たぶん倍増もしていないだろう。原材料を中国産に切り替えたことは、増産よりも値下げのためという意味合いが大きかったのかも知れない。


追記2(2014.4.22)
本日付の朝日新聞朝刊スポーツ面には、詳細な特集記事「FOCUS BASEBALL2014」<統一球「想定外」の連鎖>が掲載されている。興味深いのは以下の記述。
 
<反発係数を一定にするのは技術的に難しい。このため海外の主要プロリーグは反発係数を公表していない。関係者によると、韓国は4社による競合、台湾は1社独占だが、いずれも反発係数の測定結果は未公表だ。大リーグはローリングス社の独占だが、そもそも反発係数の測定すらしていないという>

 つまり、1国のプロリーグの公式戦で試合するボールのすべてを1社が提供し、反発係数を厳格に管理する、というような事業には前例がない、ということだ。そんなことが可能なのかどうかについては、以下の記述が大いに参考になる。

<日本車両検査協会によると「個体差があり、同じ1ダースの中でも反発係数に100分の1単位で幅が出ることもある」という>
 
 今シーズンのアグリーメントが定める反発係数は0.4034〜0.4234である。100分の2の間に収めることが要求されているのに<100分の1単位>で幅があるようでは、サンプル検査をした<同じ1ダースの中>にも違反球が含まれている可能性が高い。
 
 私がこの記事を読んで得た結論は単純だ。やっぱり無理なんじゃないの?

 

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