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2017年3月

「いてまえJAPAN」は、いてまえるのか。

 最後に拙い試合をしてしまったものだ。
 第4回WBCで日本代表はイスラエルを8-3で破り、1次ラウンドに続いて2次ラウンドも3戦全勝、1位で準決勝進出を決めた。
 WBC日本代表には公にアナウンスされたノルマはないけれど、もし設定するとすれば準決勝進出だと思っていたので、それが果たされたという結果については、めでたい限りである。小久保監督も選手たちも、最低限の義務は果たしたと言ってよいだろう。日本ではこのくらい当たり前だと思っている人が多いだろうけれど、ベスト4に残り続けることは容易ではなく、4大会連続でベスト4に進出した国は日本だけ(そもそも3大会連続が日本だけ)。世界の強豪としての一定の地位はすでに保たれた。
 
 とはいうものの、本当の勝負はここからだ。
 日本での6試合すべてをスタンドから見物した実感としていえば、今大会の日本代表は、過去3大会とはかなり異質だ。日本ラウンドのありよう自体が異質だったとも言える。
 5試合目のキューバ戦に競り勝った後で、ツイッターに<この代表は「いてまえジャパン」だな>と書いた。日本ラウンド(1次、2次を総称してそう呼ばせてもらう)全体を振り返っても、このフレーズはこのチームの特徴を言い表しているように思う。
 
 「いてまえ打線」というのは往年の近鉄バファローズにつけられた愛称だ。長距離砲を並べた強力打線で、不安定な投手力を補い、打ち勝つチーム。2001年、最後に優勝した年のチーム打率は.280で、チーム防御率は4.98。1試合当たりの平均得点が5.50で平均失点が5.32と書けば、どんなチームか想像がつくことだろう。
 今の日本代表の投手力は、そこまで悪くはない。けれども、優勝した2回が、強力な投手陣を前提に、少ないチャンスを生かして得点し、それを守り抜くスタイルが基本だったのに対し、今大会のチームは、少々の失点は打力でカバーする、取られたら取り返すスタイルで準決勝までたどり着いた。
 たぶん、小久保監督がそういう野球を目指したわけではないだろう。MLBの日本人投手が全員不参加、さらに絶対的エースだったはずの大谷も欠場という台所事情から、結果的にそうなっているのだと思う。
 エースと目された菅野も初登板のオーストラリア戦では実力を発揮したが、2試合目のキューバ戦では打たれ、次の試合に不安を残している。
 
 一方、打線には柱がある。筒香ほど強力な4番打者を、これまでの日本代表で見たことがない。第一回の松中は長打を捨ててフォアザチームに徹して結果を残した。第二回の城島*、第三回の阿部は、打者としては筒香に見劣りしない実力を備えていたものの、ともに正捕手を兼ねていたためか、国内リーグで見るほどの打棒を発揮することはなかった。筒香は昨年のNPBで見せたそのまま、あるいはそれ以上の活躍を見せている。爆発的な本塁打と、チャンスで内野の間を抜く打撃を兼ね備えている。打席に入る前に一度、ぶるんと大きく素振りをする姿を見ると、ありがたくて涙が出てきそうだ。これほどの「ありがたいオーラ」を感じさせる打者は、私にとっては松井秀喜以来である(というより松井と筒香しかいない)。
 周囲を固める中田、山田、坂本らも、ここぞという場面で代わる代わるよい仕事をしている。ここに大谷と柳田がいたら、どんな凄い打線になったかと思うが、現状でも大したものではある。
 
 ただし、では日本代表の優勝が有力なのかといえば、私はかなりの懸念を抱いている。渡米後はこれまでにようにはいかないのではないか。極論すれば、本番はこれからではないか、というくらいに。
 結果から言えば、日本代表がこれまで対戦したチームは、それぞれに強みはあるものの、いささかバランスの悪い戦力だった。とりわけ投手陣は、大会の中でも上位に位置するような国がいなかったのではないかと思っている。

ここまでの日本代表の試合のスコアは以下の通りだ。

●1次ラウンド
日本11-6キューバ
日本4-1オーストラリア
日本7-1中国

●2次ラウンド
日本8-6オランダ(6-6からタイブレーク)
日本8-5キューバ
日本8-3イスラエル

 トータル46得点、1試合平均は7.7点。強力打線といってよい。
 ただし、4回終了時のスコアを並べてみると、少々印象が変わる。

●1次ラウンド
日本2-1キューバ
日本1-0オーストラリア
日本5-1中国

●2次ラウンド
日本5-5オランダ
日本2-4キューバ
日本0-0イスラエル

 よく打っているのは中国戦と2次ラウンドのオランダ戦だけで、さほど点数が入っていない。大量得点の多くは中盤以降に入っていることがわかる。
 終盤に得点しているのは勝負強さの表れでもあり、それはそれで結構なことだ。ただ、WBC特有の条件として、球数制限というものがある。1次ラウンドでは65球、2次ラウンドでは80球だった。先発投手が投げられるのは通常4〜5回となる。
 従って、4回までの得点が少ないのは、あまり先発投手を打てていないことを意味する。大量得点は主に二番手以降に登場した投手を打ち込んだ結果だ。これまで対戦した国の投手の経歴をつまびらかに把握してはいないのだが、スタンドから見た限りでは、さほどレベルの高い救援陣を持ったチームはいなかったように思う。いつも好投手を擁する韓国や台湾が勝ち上がってくれば、日本の打線はもっと苦しんだかもしれない(もっとも、両国が1次ラウンドで敗退したということは、今回の投手陣は大したことがなかったのかもしれないが)。

 準決勝で対戦するUSAの投手力は、今までより確実に向上する。
 第一に、先発投手の球数制限が大幅に緩和される。準決勝以降は95球。先発投手の調子が良ければ7回くらいまで投げられる数だ(最近の先発投手は完投しないのが普通だが、昔は100球以内の完投勝利もしばしばあった)。強力な先発投手には球数を投げさせて4回くらいでお引き取り願うことが可能だったこれまでとは枠組みが異なる。
 第二に、ブルペンが充実している。MLBで活躍するセットアッパー、クローザーが何人もいる。投手が交代してもレベルは落ちない。むしろ上がることもある。試合後半で今までのように撃ちまくるのは難しくなる。
 MLBの第一線で活躍する投手陣を、果たして日本代表の打線は打てるのか。MLBでの実績を物差しにすれば、USAの打線はオランダやキューバを上回るであろうから、ある程度の失点は覚悟せざるを得ない。
 となれば決勝進出の可否は、日本の打線がUSAの投手陣を打てるか、という一点にかかっていると思う。

 ここまでの「いてまえJAPAN」は、勢いに乗って大量点を奪う迫力はある反面、1点が欲しい時に着実に1点をもぎ取る力量は物足りない。そういう局面で思い切り引っ張って凡退する選手は少なくなく、残塁が多い、という印象がある。
 選手たちには、局面によっては、走者を進めるバッティングに切り替えることを望みたい。これまでそういうバッティングに徹していたのは小林だけだが、小林を見習えとも言いづらい。見習うべきは青木である。トータルの数字はあまり良くないけれど、彼は局面によっては、右方向にゴロを打って走者を進めるという意図がはっきりとうかがえる打撃をしている。さすがMLBで生き延びてきた打者だと思う。
 
 小久保監督については、6連勝という結果は評価したい。選手たちのコンディションやチームのまとまりを見れば、試合が始まる前までに、良い仕事をしていることはうかがえる。
 反面、試合での采配については懸念が残る。とりわけイスラエル戦。2次ラウンドの最終戦、「勝利ないし4点差以内での敗北」で準決勝進出が決まるという条件の試合だ。力量では劣るが勢いのある相手に対して確実に勝利するためには、とにかく早めに先制点を奪って「日本には勝てない」と思わせることが有効ではないかと私は思っていた。
 日本は1回から3イニング連続で、先頭打者がヒットで出塁した。しかし二番目の打者は、ただバットを振り回して凡退し、走者を進めることができなかった。結果的に3イニングとも無得点。3回表、死球で出塁した先頭打者をバントで送り、右への内野ゴロで二死三塁の状況を作ったイスラエルの方が(得点には至らなかったけれど)、よほど日本野球っぽい攻撃だった。この膠着状態から先制でもされたら、かなりまずいことになりそうだと懸念しながら見ていたのだが、幸いにも千賀がイスラエル打線をねじ伏せ、6回裏に筒香の凄まじい本塁打で先制し、そこから5点を奪った。筒香の打球は、まさに「日本にはかなわない」と思わせるに十分なものだったように思う。
 
 そうやって8-0までリードを広げたのだが、驚いたのは9回表。登板したのは牧田だった。端的に言えば「大魔神佐々木を8−0の9回に投げさせますか権藤さん」ということだ。牧田はオランダ戦、キューバ戦と、2試合続けて本当に厳しい状況を乗り切ってきた。その2チームより明らかに劣る打線に、8−0という大差の中で、集中して投げろというのは酷な話ではないか。むしろ、例の押し出し寸前でかろうじて抑えてから投げていない岡田とか、登板時にあまり良くなかった藤浪や則本が自信を取り戻す機会にでもすれば良いのでは、と。
 結果として牧田はコントロールに苦しんで3点を失い、大勝のはずの試合は、かろうじて逃げ切ったような気分で終わることになった。
 
 拙い采配だとは思うけれど、それを理由に小久保監督を強く批判するつもりはない。彼としては精一杯やっている(試合後の球場でのインタビューはいつも声が上ずっていた)。根本的には、指導経験のない人物をいきなり代表監督に据える方がどうかしているのであり、それも意中の人(人々?)に断られた末のことだ。故障辞退者はもとより、MLB所属投手が参加できないのも、監督に初心者を据えることしかできないのも、すべてひっくるめて日本野球の総力だ。本番が始まってからは、今あるこのチームが日本代表なのだと割り切って私は応援してきたし、試合を経るごとに、応援するに足るだけのチームに成長してきたとも思う。
 
 渡米後の練習試合は2連敗、芳しくない結果に終わった。試合自体を見てはいないのだが、時差ぼけ解消のための調整試合を過剰に気にしても仕方ない。選手たちは準決勝に焦点を当てていると思う。
 相手はUSA。360度から応援されてきた東京ドームからアウェーに移り、あらゆる面で真価を問われる試合となる。良いプレーを期待したい。願わくば筒香や中田や山田の目の覚める一発を。そして今大会ではまだほとんど見ていない日本式スモール・ベースボールを。豪打者たちを翻弄する牧田の締めくくりを(きりがない)。




*ここは、やや勘違い。城島が4番を務めた大会は2004年のアテネ五輪だった。第2回WBCで城島が4番を打ったのは決勝を含む2試合だけで、大会全体では主に村田、稲葉が交代で務めた。第2ラウンドで負傷離脱した村田は、出場した試合ではよく打ったが、不動の4番打者という地位を確立していたわけではない。城島は大会全体では.333の打率を残したが、4番打者としては1安打のみ。特に決勝では無安打でチャンスを潰しまくり、苦戦の原因となった。

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タイブレークの後で。

 東京ドームで24時を迎えたのは初めてだった。満員だった観客のうち、控え目に見積もっても半数以上は最後まで残っていたと思う。延長11回、オランダとのタイブレークを制して8-6の勝利は、どこまでも付き合おうと腹を括った観客へのご褒美でもあった。
 
 WBCを球場でしっかり見るのは2009年の第2回大会以来になる(第3回は海外出張と重なって、ほとんど見られなかった)。
 違いを感じたのはスタンドだった。第2回大会では、イチローが打席に立つたびに観客の多くが彼の写真を撮るため無数のストロボが発光し、スタンド全体がスパンコールになったかのようにキラキラと光っていた。当時はおそらくデジタルコンパクトカメラをオートで使っていた人が多かったのだろう。今は皆スマホで撮影するので光ることはない。そして試合中でもLINEやら何やらにしきりに写真をアップしている人も目につく。それが8年という歳月である。
 
 同じ8年の間に、日本代表には「侍ジャパン」という異名が(NPB自身に寄って)つけられ、マーケティング的には進歩している。チームが同様に進歩しているかといえば、そうとも言いづらいものがある。
 大会における日本のプレゼンスは向上せず、監督人事は混迷し、MLB所属選手の招集は相変わらず困難だ。
 ただし、選手にとっての日本代表のステイタスは向上している。今の選手たちの多くは、小中高生の頃に王ジャパンや原ジャパンが世界一を勝ち取るのを見て育ったのだから、自分もそこで戦いたいと思うのは自然なことだろう。現在では、初期に見られたようなNPB選手の招集に伴う困難は、あまり表面化することがない。コンディションに問題があって不参加の大谷、嶋、柳田らを別にすれば、「なぜこの選手を呼ばない」「なぜこんな奴が呼ばれるのか」という類の雑音は、過去の大会ほど大きく聞こえてはこない。MLB所属選手を除けば、現時点で小久保監督が考えるベストメンバーは、概ね実現しているのではないかと思う。
 
 私が今大会の一次ラウンドのバカ高い通しチケットを買ったのは主に大谷を見ることが目的だったので、彼が出場を辞退した時点で目算は外れている。とはいえ、かつてゼロ年代には、野球日本代表マニアのようにWBCの国内試合と五輪予選を追いかけていた行きがかりもあり、まあやっぱり見ておこうかと、この一週間、仕事であるかのように勤勉に東京ドームに通っている。
 
 3/7のキューバ戦は、勝ったことがすべてだった。翌朝のテレビのスポーツニュースの多くは、日本の得点シーンをつなぎ合わせて「打線爆発、宿敵キューバに快勝」というトーンで伝えていたが、それは試合を最初から最後まで見た印象とはかけ離れていた。
 確かに打線は良かった。筒香を中心に、ここで点が欲しい、と切実に思う場面で点が取れたことは好材料だ。筒香が打席に立つ直前に強烈な素振りをする姿は、拝みたくなるほどありがたいものに見えた。
 反面、投手陣は、一時は7-1と大差をつけたにも関わらず、リリーフ投手がことごとく打たれ、打線が引き離しても、すぐにキューバの追撃を許してしまった。
 キューバ代表は、ジャイアンツでまるでダメだったセペダが三番を打っていることに象徴されるように(チャンスをことごとく潰してくれた彼の存在は実にありがたかった)、脂の乗り切った世代がMLBに行ってしまい、往年の強さはない。とはいうものの下位打線も皆スイングは鋭く、打球は速い。火がつけばたちまち3、4点のビッグイニングになって追いつかれるんじゃなかろうかという恐怖は最後まで私の中から去ることがなく、「快勝」「圧勝」などという印象は全くない。大量点を奪ったとはいえ打ったのは主に二番手以降の投手である。「ブルペンがアレではお先真っ暗」てなことを、その夜のツイッターには書いた。
 
 翌日のオーストラリア戦は、一転して投手力の勝利となった。先発の菅野が良いペースを作り、続く投手たちもそれを引き継いだ。引き締まった投手リレーは、どうにかこの先も勝ち進めるんじゃないかという期待を抱かせるものだった。クローザーとして登板した牧田が、前夜とは別人のように落ち着いた投球を見せたのも嬉しい出来事だった。

 1日置いた3/10の中国戦は、すでに一次ラウンドB組の首位通過が確定した状況で迎えたため、モチベーションの置き所は難しかったかもしれない。小久保監督は、中盤に勝利が見えてきたところで、まだ出場していなかった選手たちの慣らし運転にこの試合を充てることにしたようだ。それはそれで意義のあることだったが、敵失がらみと本塁打でしか得点できないのはやや気になった。
 
 一次ラウンドの3試合で、最も印象に残った選手は捕手の小林誠司だ。代表チームの全貌があきらかになった時、彼は嶋、大野に次ぐ3番手捕手で、おそらく出番はほとんどないのだろうと私は想定していたし、大方の見方も似たようなものだったはずだ。だから、初戦のキューバ戦で小林が先発した時は驚いた。
 日本代表の強力打線の中にいる小林はまるで場違いに見えたし、最初の打席でバントを失敗したことで、その印象はさらに強まった。次の打席で小久保監督が再びバントを命じ、これを成功させた時、スタンドの空気はまるで、初めて二足歩行を試みる幼児を見守る親戚一同のようだった。捕手としての振る舞いも、いささか浮き足立っていたような印象はある。客席からは細かな投手リードの内容は分からないけれども、救援投手たちが次々に打たれたことに小林が無関係であったとは思えない。

 しかし、翌日のオーストラリア戦で、小林の振る舞いは随分と落ち着き、自らの投手陣と、試合の状況を掌握しつつあるように感じられた。先発投手が、ジャイアンツでも組んでいる同学年の菅野だったことも幸いしたのだろう。リリーフした岡田や千賀は年下ということもあり、小林が主導権を持ってリードしているように見えた。
 5回途中、菅野が残した1、2塁の走者を背負ってリリーフした岡田が、ストライクが入らずに満塁となり、さらにボールを重ねたところで、小林はタイムを取ってマウンドに歩み、岡田に何やら話しかけた。直後のボールを相手打者が引っ掛けてダブルプレー、日本は窮地を逃れる。この場面は、小林の、というよりも、この試合の白眉だった。
 期待できないと思われていた打撃でも、ここまで好成績を残している。中国戦では強烈な本塁打を放ったものの、次のオランダ戦では勘違いすることなくコンパクトなセンター返しを心がけて2安打。一度は勝ち越した6点目を挙げたタイムリーヒットは見事だった。捕球も安定し、この試合の終盤では、たびたび投じられたワンバウンドの投球を、後ろに逸らすことはなかった。テヘダ主審の判定は、とりわけ外角が不安定であるように見え、捕手にとってはやりにくい状況だったのではないかと思うが、小林は不満を表現することなく冷静に対処した(相手はラテン系だ、抗議なぞしようものなら報復される恐れは十分にある)。
 この4試合を通じて、小林は傍目にもわかるほど成長している。初戦で2度成功させたバントにも自信をつけたことだろう。
 もちろん代表チームやWBCは育成の場ではない。とはいえ捕手に関しては誰を出しても物足りないのだ。小林がこのまま、第1回大会における里崎のように化けてくれれば、日本代表にとっては喜ばしいことになる。
 大野は中国戦の後半に出場し、大過なく試合を終えた。嶋の故障離脱に伴って緊急招集された炭谷にはまだ出番がない。試合中のグラウンドに姿を見せるのは、イニングの切り替え時、小林に代わって投球練習を受ける時くらい。NPBでも国際試合でも3人の中で圧倒的に豊富な経験を持つ炭谷が不満を表現することなく小林のサポートに徹しているようなら、このチームはもっと強くなる。
 
 そして2次ラウンド初戦のオランダ戦。所用で到着の遅れた私が水道橋駅に着いた時、携帯で見た速報は3回表に中田の本塁打と秋山のタイムリーで5-1とリードしたことを伝えてきた。しかし、席に着いた途端にボガーツが犠牲フライ、そしてバレンティンがレフトのポールにぶつける強烈な本塁打を放って、リードは消滅した。
 以後は両チームとも走者は出してもなかなか得点に至らないヒリヒリした展開が続く。
 オランダの上位打線は強力、というより強烈だった。シモンズ、ボガーツ、グレグリウス、スコープと一線級のメジャーリーガーが並び、その中で4番に座るバレンティンの恐ろしさは日本人の我々が熟知している。リリーフ投手陣がしばしばピンチに陥ったのも無理はないところで、むしろ走者を背負っても粘り強く立ち向かい、4回から8回を無失点で切り抜けたことを評価したい。結果として四球を出すことはあっても、それはキューバ戦のように萎縮したがゆえではなく、打者に立ち向かう気持ちは揺らいでいないように見えた。
 
 日本は5回表に小林のタイムリーで勝ち越し点をもぎ取ったが、その後は走者を出すもののホームに戻れない。9回裏、則本がスクープに同点打を許したが、責めを負うべきは則本よりも、追加点を奪えなかった打線の方だろう(則本がグラウンドに現れた時に「クローザーは牧田じゃなかったのかよ」と思ったのも事実だが)。中前に抜ける当たりに、菊池が超人的な反応でグラブに当てながら弾かれてしまった場面には、第1回大会のUSA戦で西岡が二遊間への打球を取れずにサヨナラ負けした場面が重なって見えたけれども、この夜はまだ負けたわけではない。

 10回表に満塁のチャンスを逃し、その裏を牧田が危なげなく3人で片づけて、試合はタイブレークとなった。無死一、二塁からのスタート。
 タイブレークを現場で見るのは初めてのことで、どんな奇妙な代物なのだろうかと思っていたが、打順は前のイニングの続きであり、初球が投じられてしまえば、あとは普通に試合が続いていく。状況は確かにピンチではあるが、投手にとっては、2人の走者は自分が出したわけでもなく、誰かが打たれたわけでもない。いわば「誰も悪くないピンチ」なので、投手は案外冷静に事態に対処することができるんじゃなかろうか、と牧田の投球を見ながら感じた。
 
 話を戻す。
 タイブレークで、日本は先頭の鈴木誠也がきっちりと送りバントを決めて走者を二、三塁に進めた。続く中田がレフト線に安打し、2人が生還した。日本代表らしい、つなぐ攻撃だった(左翼手が無駄な本塁送球をする間に中田は二塁に走れたのでは、とは思ったが)。
 一方のオランダは先頭打者プロファーがフルスイングで内野フライ。
 プロファーは前の打席で見逃し三振。外角低めの判定が気に入らず、主審に詰め寄ろうとしてボガーツにたしなめられていた。それだけに「俺が決めてやる」という意欲が強すぎたのだろう。そのボガーツも三塁ゴロに倒れる。そして、鈴木と同様、途中出場で4番に入っていたサムズが打ち上げたファウルフライが小林のミットに収まり、日本は苦しい試合を乗り切った。
 明暗を分けたのは、このタイブレークの先頭打者の振る舞い、あるいは作戦であったように思う。
 しびれる試合を乗り越えた今では、一週間前とは比較にならないほど、私はこのチームに愛着を抱いている。
 
 
 最後に、最も印象に残った事象について記しておく。
 オランダ戦では、日本の投手が窮地に陥ると、スタンドの全方向から拍手が湧いた。例えばボールが先行し、カウントが2-0となったりした時に、その瞬間ではなく一拍おいて、投手が捕手からの返球を受け取る頃に拍手が湧き起こり、投球動作に入る頃に静まる。
 つまりその拍手は、投手を励ますためのものだ。
 
 日本の攻撃の際には、ライトスタンドを中心に、打者ごとのチャントが歌われる。今は日本にいない青木の打席でも、ヤクルト時代の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の替え歌が歌われている。日頃はNPB各球団で応援している人たちが用意しているのだろう。
 ただ、NPBの試合での習慣として、応援団は贔屓チームの攻撃時にしか応援しない。そして、今回の相手国は遠方の国が多く、まとまった応援がないため(そもそもそんな習慣もないのか)、相手の攻撃の際には場内は静かなことが多い(韓国や台湾が2次ラウンドに進んでいたら、大挙して応援団もやってきたののだろうけれど)。
 我らが投手たちにとって、慣れない静寂の中で強力打線に立ち向かわなくてはいけないという状況は、より緊張を増す要因になっていたかも知れない。なのに、我々は窮地に立った味方投手を応援する手段を持っていなかった。
 2試合目のオーストラリア戦で、菅野の後を継いだ岡田が全くストライクが入らずマウンドで立ち往生していた時にも、拍手が湧き起こった。ただ、その時には「こんな時に拍手したら、まるでストライクが入らないのを喜んでるみたいだけど、いいんだろうか。岡田は僕らの本心を分かってくれるだろうか」という懸念を抱きつつ、観客はそれでも見るに見かねて、おそるおそる手を叩いていたように感じた。

 しかしながら、そんな状況が4試合も続けば、我が投手を応援したいという気持ちは、徐々に形になってくる。オランダ戦の終わり頃には、そういう拍手が日本の投手たちに対する激励の表現だということがスタンドではすっかり暗黙の了解になっていて、おそらくは選手たちにも理解されていた。その激励が効いてかどうか、彼らは多くの危機を乗り切った。監督や選手が口々に「チームがひとつになった」と語るのと同様、スタンドもまた、試合を重ねるごとに、ひとつになっている。

 こういう情景はNPB球団同士の試合では起こらない。国際試合でしか見られない現象である。
 このような、この場でしか起こらない何かを見たいから、私はWBCのスタンドに通い続けているのかも知れないな。東京ドームからの帰り道、そんなことも考えた。

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