内柴事件と「柔道の安全指導」に関する2011/12/13の連続ツイート。

 ブログの更新はすっかりご無沙汰しているが、このごろ、ツイッター(@nenbtunotetsu)にはちょこちょこと思いついたことを記している。連続ツイートしているうちに、ちょっとまとまった感じの内容になることもある。
 じっくり長文の論考に仕立て直している余裕が残念ながらないのだが、自分用の備忘録も兼ねて、「まとまった感じのもの」は、ここにまとめて記録しておこうと思います。

●内柴の件に何か言及してるだろうかと全柔連の公式サイトを見に行ったら、その件に関する記述はなかったが、「柔道の安全指導」というパンフレットのpdfを見つけた。一読して驚愕。「指導の名の下に人を殺してしまっている」という危機感が感じられない。

●本文の最初の頁に「指導者は(略)被害を最小限に食い止める努力をしています。それでも残念ながら事故が起きることがあります。そうした場合でも、従来と異なり、交通事故や医療過誤における損害賠償と同じように指導責任や管理責任を追及し、訴訟になるケースが多くなっています」とある。

●医療過誤は、基本的には病気やケガの治療における失敗だ。ほっとけば悪化するのを食い止めようとして医療行為を行う。柔道で怪我をしたり死んだりした人々は、ほっとけば何も問題はなかった。しなくてもいい柔道をしたために命を失ったり、生涯続く後遺症を背負ったりした。一緒にされては困る。

●全体を通読すると、隅々まで「指導者性善説」にのっとって書かれている。指導者が事故防止に全力を尽くしているのに不可抗力で事故が起きているかのようだ。しかし、死亡事故の報道を遡れば、指導者自身が技をかけ続けた結果、子供を死なせてしまった例が少なくない。危険なのは指導者自身だ。

●全柔連には、このパンフレットの付録として、過去の事故事例や訴訟の判例を集めた冊子を全国の指導者に配布することを勧めたい。その方がよほど抑止力になるのではないか。ただ、事故のさまざまな統計も記載されているので、資料集としては役に立つ。

●柔道界が指導者に対してこんなに甘い考えだから内柴事件みたいなことが起こる…と言ってしまうのは短絡だろう。女性の指導に若い男をあてるのは、やめた方がいいとは思うが。あれだけ女性のメダリストがいるのに、なぜわざわざ指導経験の浅い男性を招いたのか。大学側の考えも理解しづらい。

●と思ってちょっと調べたら、柔道の女子選手が引退後に指導者になる環境はあまり整っていないらしい。http://www.47news.jp/topics/entertainment/2011/08/post_4256.php 「男社会だからセクハラが横行する」という可能性もありそう。というわけで、内柴事件の再発防止には「女子の指導者を育てること」をお勧めしたい。

●ちょっと訂正。「女子の指導者を育てること」というより、「女子が指導者として生活できる環境を整えること」だ。例えば、「どこかの大学が女子柔道部の指導者を紹介してほしいと言ってきたら、女性の指導者を紹介する」みたいな。

以上。
後で「内柴の件」がわからなくなると困るので新聞記事を引用しておく。

<準強姦容疑>内柴正人容疑者を逮捕 ホテルで女子学生に

 アテネ、北京五輪の柔道男子66キロ級金メダリストで、九州看護福祉大(熊本県玉名市)の女子柔道部コーチを務めていた内柴正人容疑者(33)=同市=が部員の学生に性的暴行をした疑いが強まったとして、警視庁捜査1課は6日、準強姦(ごうかん)容疑で逮捕した。【内橋寿明、小泉大士、喜浦遊】

 捜査関係者によると、内柴容疑者は9月下旬、女子柔道部の合宿遠征で東京都内のホテルに宿泊した際、近くの居酒屋で飲酒させてめいてい状態だった未成年の学生に性的暴行をした疑いがもたれている。「納得いかない。合意だった」と容疑を否認しているという。

 同大学によると、関係者から9月下旬、「学生にセクハラ行為をした」と通報があり、調査を開始。この結果、内柴容疑者によるセクハラ行為があったことが裏付けられたとして、11月29日、「教育職員としての適性を著しく欠く」と懲戒解雇処分にした。警視庁は、女性からの被害届を受け、関係者らから事情を聴いていた。

 内柴容疑者は懲戒解雇後、自分のブログに「大学をクビになりました。そして、僕は旅に出ました」などと記していた。

 内柴容疑者は熊本県合志市出身。04年アテネ、08年北京の両五輪で金メダルを獲得。09年から同大学の非常勤講師を務め、10年4月に新設された女子柔道部のコーチになり、同年10月に現役を引退。今年1月から単年度契約の客員教授に就いていた。

(毎日新聞 12月6日(火)13時8分配信)

追記 2011.12.31
 その後、内柴は起訴されたが、それ以前に「逮捕されただけで犯罪者扱いなのか」という批判をネット上でよく目にした。内柴自身がインタビューに答えた雑誌記事などを読むと、行為そのものは認めているようだ。刑法上の犯罪にあたるかどうかは別として、「未成年の教え子に酒を飲ませて性行為に及んだ」という時点で、スポーツ指導者としてはアウトだと私は思う。

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桑田真澄・平田竹男「野球を学問する」新潮社

 気がついたらもう今年最後の日。
 書きそびれたことはたくさんあって、そのかなりの部分は自分でも忘れてしまったような気がするが(ホントは、その瞬間に書き残しておくのがblogの効用なんでしょうね。来年はツイッターを活用することにするか)、とりあえず、印象に残った本のことを簡単に記しておく。

 最初は前のエントリのように、ひとつにまとめて書き始めたのだが、それぞれ独立させた方が検索でひっかかりやすそうなので、分けて連続投稿とする。読みにくいかもしれないがご容赦を。
 今さらアクセス数を稼ごうとは思わないが、それぞれの本をお勧めしたいので少しでも多くの人の目に触れたい気持ちの表れとご理解ください。

 で、表題書。

 引退後、早大の大学院スポーツ科学研究科に09年春から1年間在籍した桑田真澄と、その指導教官だった平田竹男の対談。平田は日本サッカー協会で2002年から06年までジェネラルセクレタリー(専務理事)を務めた人物でもある。
 桑田が書いた「『野球道』の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」は、大学院でその年度の最優秀論文に選ばれるとともに、日本スポーツ産業学会から濱野賞を贈られたという。この学会は、会長が滝鼻卓雄・読売巨人軍オーナーで、理事長が平田竹男なのだから(で、副会長は奥島孝康元早大総長)、お手盛り感を覚えないわけでもないけれど、それでも、桑田の論文が高い価値を持つことについては疑う余地がない。それは本書を読めばわかる。
 
 桑田は研究のため、プロ野球現役選手に、高校時代の練習に関する意識調査のアンケートを行っており、270人から回答を得ている。質問項目は、練習時間の長さやそれに対する感想、指導者の飲酒・煙草・体罰等の有無、ケガをおしてのプレーの強要、投球数制限の有無、指導者を志望するか否か…など多岐にわたる。
 こんなデリケートな内容のアンケートに270人ものプロ選手が回答し、さらに六大学野球部の選手たちも回答する。この回収率自体が驚異的であり、それはアマチュア(高校野球)とプロの双方で抜群の実績を残し、こと野球に対する真摯な取り組みと高い理論が知れ渡っていて、なおかつスポーツに学問として取り組もうという人物にしかなしえない。そんな人は桑田しかいない。引き合いに出して悪いけれど、小林至では無理だろう(小林氏のスポーツビジネスにおける見識や能力を批判するものではないけれど、現役時代の実績とそれが現役選手たちにもたらす威光に差がありすぎるのだ)。
 
 そして、対談で語られる彼の「野球道」に対する考えも、そのアンケートの貴重さに相応しい。桑田は、現在のアマチュア野球の思想的背景をなしている飛田穂州の野球哲学を現代に即して再構成しようとする。結論はそう非凡なものではないけれど、最高レベルの実践がそれを裏打ちしている、という点で説得力は圧倒的である。
 対談の中で平田は<ぼくは将来的には桑田さんに、プロ野球のコミッショナーになってほしい>と話している。そして、桑田もそれを否定してはいない。

 私も同感だ。だが、コミッショナーそのものになるには、さまざまな面でハードルがあるし、時間もかかる。さしあたり加藤コミッショナーは、桑田を何らかの形で遇するか、あるいは内々でもブレーンとしてアドバイスを求めるか、どうにかして彼の見識を生かしてほしい。桑田自身がコミッショナーになるには、どうしたって20年やそこらはかかる。そんな先までプロ野球が健在である保証はないのだ。今すぐ彼を生かした方がいい。

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議員でも金。

 …と谷亮子なら言うのだろうな。
 国会議員の五輪代表の女子選手なんてことになると、なんだか昔の共産圏っぽいけど。女性の社会進出が進んでいるといわれる国(北欧とか?)に、そういうケースはあるのだろうか。

 今夏の参院選に出馬を予定しているスポーツ関係者が、いつになく目立つ。
 ざっと思い出せるのは、以下の人々。

・堀内恒夫(自民党)
・谷亮子(民主党)
・中畑清(たちあがれ日本)
・石井浩郎(自民党)

 どういうわけか全員ジャイアンツ関係者である。
 堀内、中畑、石井はOB、谷は現役選手の妻。

 一般論として言えば、私はスポーツ関係者や現役スポーツ選手が国会議員になること自体に反対はしない。国会議員はいろんな分野の人材が選ばれた方がいい。スポーツと日本社会の将来によいものをもたらしてくれると期待できる人物なら賛成だ。

 だが、この人たちに(自分に投票権がある場合に)投票するかといえば…上から3人には入れないだろうなあ。特に堀内と中畑。野球チームのマネジメントに成功しなかった人物に、国のマネジメントを託そうとは思わない。
 石井は留保。選手としては好きだったが、議員としてどうかと考える上での判断材料を持ち合わせていない。政治活動から判断することになる。

 ちなみに、立候補したら投票するスポーツ選手を挙げろといわれたら、為末大と答える。

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「伝統」の「文化」は、どこまであてになるものなのだろう。

 3/19の朝、新聞やテレビでは、ワシントン条約締約国会議における、クロマグロの禁輸という提案が否決されたことを一斉に伝えていた。「日本の伝統的な食文化が守られた」というトーンが多いのだが(岡田外相もそんな文脈の発言をしていた)、そういう語られかたに、何となく違和感を覚える。

 素材を地中海からはるばる持ってきている時点で、すでに「伝統的な食文化」は守られてないんじゃないか、という素朴な疑問はとりあえず措くとしても、マグロと江戸前寿司について不思議に思っていることがある。

 私は首都圏のサラリーマン家庭で育った。最近はあまり使われなくなった言葉でいえば「中流」で、寿司というのは「たまにお客さんが来た時に出前でとるご馳走」という位置づけだった。
 その寿司の中に、マグロは赤身の握りや鉄火巻きという形で存在していた。トロなどというものが当時の寿司桶に入っていたのかどうか。私はあまり食べた覚えがない。

 お前んちが貧乏だからトロの入った寿司が食えなかったんだろ、という指摘があるかも知れないから、客観的に定義してみよう。私が食べていたのは、昭和40年代の「近所の寿司屋から出前で取った寿司のうちでいちばん安いもの」だとする(本当に「いちばん安いもの」だったかどうかは知らないが)。それに近い存在を今の東京で考えるなら、「近所のスーパーで売ってるパック入りの寿司(の閉店間際に値引きしたやつ)」あたりに匹敵するんじゃないかと思う。私の家の近所のスーパーで売っているその手の商品に、トロはしっかりと入っている。
 というわけで現在、日本で消費される江戸前寿司の中にトロが含まれている割合は、70年代あたりに比べると、かなり増えているんじゃないかという気がする。今の消費動向が昭和の昔から続いていたとは考えにくい。

 一方、もっと長いスパンで考えると、トロの位置づけはさらに変わる。

 東京の下町には「ねぎま鍋」という料理がある。
 「ねぎ」は葱、「ま」はマグロ。角切りにしたトロを、しゃぶしゃぶのようにさっと湯通しして食べる。旨いのだが、店によっては結構な値段で、決して安いものではない。
 だが、この料理の起源を調べると、決して高級料理ではなく、むしろ庶民の食べ物だったらしい。
 江戸時代には、マグロは赤身をヅケにして食べる魚だったという。トロは保存が利かないので生で食べることが難しく、捨ててしまっていた。それを何とか利用しようと鍋にすることを考案した…というようなことが、人形町の老舗「よし梅」のホームページに書かれている。
http://www.yoshiume.jp/top.html

 江戸前寿司自体も、江戸時代には高級料理ではなかったはずだ。「すし」というのは本来は魚と米を漬け込んだ発酵食品で(琵琶湖畔の「ふなずし」のように)、江戸前寿司はその代用品としての屋台料理であり、要するにファストフードとして始まった。

 だから、1カンだけで私の通常の一食分を超えるような値段の「大トロの握り寿司」というものは、日本の伝統的な食文化の中から生まれてきた食品ではあるが、それ自体を「伝統的な食文化」だと言ってしまうには無理がある。
 現時点でものすごく好まれて食べられているからといって、それだけで「食文化」と言ってしまってよいのかどうか。
 逆に、伝統的な食品でも、現代の日本人が好まなくなってきたものはいろいろあるわけだが、そういう「伝統的な食文化」は守らなくてもいいのだろうか。

 ついでに言うと、マクドナルドのハンバーガーは日本に入ってきてすでに30年以上経っているはずだが、あれはもはや「日本の食文化」と見做してもいいんじゃないだろうか。
 江戸という都市は、参勤交代などの影響で単身生活者の男性が多かったため、寿司、うどん、天ぷらなどのファストフードが発達したという歴史をもっている。ハンバーガーもまた、その歴史の延長線上に登場したものとして捉えれば、「日本の伝統的な食文化」に連なる食品と言えなくもない。


 そう考えると、「伝統の文化」と思われているものが、どこまであてにできるかといえば、結構あやしいこともある。

 最近のニュースで話題になった、もうひとつの「伝統」にも、似たようなところがある。朝青龍のおかげでモンゴルにまで知れ渡った、大相撲における「横綱の品格」というやつだ。

 大相撲を「国技」と呼ぶことに異議を唱える人はあまりいないと思うが、この呼称には、聞けば脱力してしまう程度の根拠しかない。その起源は、相撲界が明治時代に初めて建設した専用競技場を「国技館」と名付けたことにある。要するに、自分たちで「国技」を名乗ってるうちに周囲が真に受けるようになった、ということに過ぎない(真に受けるだけの素地があった、ということでもあるのだろうけれど)。
 「横綱」が番付上の正式な地位となったのも明治以降のことだ。各藩のお抱え力士たちが露天で戦っていた江戸時代の大相撲で、どの程度「品格」というものが重視されていたのかは、よくわからない。

 もしも、「昭和の名力士たちが築いてきた『品格』という伝統を、朝青龍が台なしにしたのだ」と主張する人がいれば、その点には異存はない。
 ただし、その場合の「伝統」とは、たとえば読売ジャイアンツあたりと比較できる程度のタイムスパンということになる。ジャイアンツには「巨人軍は紳士たれ」という標語があるが、さて、これは「日本の伝統的文化」といえるのかどうか。よほど熱心なジャイアンツファンでも、真顔でそう口にするのは恥ずかしいんじゃないだろうか。

 ちょんまげを結って着物を着た人たちがやっているせいか、大相撲に関するすべてが江戸時代から続いているかのような錯覚をしやすいのだが、大相撲とは、時の権力や世相によって姿を変えてきた融通無碍な集団なのだと考えた方が実情に近い。
 その意味では、このところの「品格」や朝青龍の処遇に関する一貫しない姿勢こそが、正しく「大相撲の伝統」にのっとった態度である、と言うこともできるのかも知れない(だからといって相撲協会の姿勢を支持するわけじゃないですけど)。


 ついでに言うと、和太鼓演奏。
 長くなるので詳述はしないが、和太鼓がコンサートホールで演奏されるようになったのは、鬼太鼓座と林英哲が登場して以来の、せいぜい40年くらい前からのことだ。それまでは和太鼓は音楽と見做されていなかった。
 太鼓自体は古くからあるけれど、音楽としての和太鼓の歴史は、いわゆる現代音楽よりも浅い。
 これもまた、日本の伝統文化の中から生まれてきたものではあるが、伝統文化そのものとは言いづらい面がある。

 
 もちろん、伝統的な文化を大事にするのは大切なことだ。
 伝統的な文化の一部をなす事柄について外国人から批判されたり攻撃されたりするのは腹立たしい場合もあるし、反論すべきところは堂々とすればよい。実際、筋違いな攻撃もあるし、差別的な匂いがぷんぷんするような「環境保護活動」もある。

 だが、反論する際の根拠として、「伝統的な文化だから尊重されるべきだ」などという言辞を、その「伝統」と「文化」の内実を深く掘り下げて検証しないままに振りかざしていると、刀のつもりが竹光だった、ということになりかねないので、気をつけたい。


※なお、大西洋のクロマグロそのものについては、三重大学の勝川俊雄准教授のサイトに詳しいまとめがある。
http://katukawa.com/特集/クロマグロ-ワシントン条約

禁輸が回避されたからといって喜んでいる場合ではない、というのが一読しての感想。今回の決定は、今後、クロマグロの減少に歯止めをかけることができなければ、日本がその責めを負う立場になった、ということでもある。

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バンクーバー五輪に関する覚え書き。

 ご無沙汰しました。
 年明けから環境がいろいろ変わって多忙になり、スポーツ見物もblogの更新もままならない状況が続いています(今日のJリーグ開幕戦も味スタ欠席です)。ディック・フランシスや藤田まことの逝去にも、冬季五輪の最中にも、結局更新しそこねたので、そろそろ開店休業を宣言せざるを得ないかなとも思ったのですが、これが3か月ぶりですから、宣言するまでもないですね。

 というわけで今後は従来のような形での更新は難しくなりそうですが、当面は自分のための備忘録としてblogを使うことにしようかと思います。いろいろお約束や宿題を果たせないままで恐縮です。
 「自分のため」とはいえコメント欄は従来通り空けておきますので書き込んでいただいて構わないのですが、レスには少し時間がかかると思いますのでお含み置きください。

 で、今さらながら、バンクーバー五輪を(主に職場でちらちらと)観ながら思ったことをいくつか。

・リュージュの練習中にグルジア人選手が死亡したことが、私にとってはこの五輪での最大の出来事だった。
 原因として、難易度が高くスピードが出るコース設計が指摘されている。一定水準のレベルに達した選手が練習しただけで事故死してしまうようなコースを作ることも、あたかも選手の技術の未熟さに起因した事故であるかのように発表することも、五輪組織委員会の振る舞いとしては信じがたい。ほかにどれほど素晴らしいことが起こったとしても、大会としては失敗と捉えるのが妥当だと思う。

 これが例えば、1シーズンに各地を転戦して何試合も行い、勝った選手が莫大な賞金を手にすることのできるような形式の大会であれば、そこまでは言わない。選手は自分でリスクとリターンを天秤にかけて、出場するか否かを選ぶことができる。
 だが、オリンピック・ゲームズというのは4年に1度の一発勝負。大多数の競技の選手にとっては選択の余地のない、唯一無二の大会なのだ(テニスのような例外もあるが)。
 選手の側に出場を忌避する自由が事実上存在しない以上、主催者は全力を挙げて、可能な限り最良の環境を選手に提供する義務があるし、安全性に最大限配慮するのは大前提ではないか。その覚悟のない人たちに、五輪を開催する資格はないと思う(私が酷暑の下での五輪開催を酷評してきたのも同じ理由だ)。

 しかし、実際には、危険な競技はリュージュだけではない。
 前回のトリノ五輪で、スノーボードクロスという競技を見て複雑な思いを抱いた。
 見世物としてはスリリングで面白い。だが、あれほど転倒やコースアウトが多いようでは、勝敗に運が介在する度合いが大きすぎる。金メダルの値打ちを他の競技と同等に捉えるには少し抵抗を覚える。1シーズンに何度も戦うツアー形式なら、シーズン全体を通せば実力の高い選手が順当に上位になるのだろう。だが、4年に1度の一発勝負には向かない競技なのではないか。
 そう思っていたのだが、今回はスノーボードのみならず、スキーにも同様のクロス競技が生まれている。冬季五輪は見世物性を高める方向のベクトルに支配されているようだ。

 「滑る」「飛ぶ」という動作がほとんどの冬季五輪は、どうしたって事故が起きやすい競技が大半ではある。だが、「それにしても…」と思うような出来事が大会のたびに増えていくようでは将来が心配だ。
 もともと足元が不安定で、土の上では決して実現しないような速い速度で動く競技の中では、フィジカルコンタクトは、致命的な打撃を選手の肉体に与えかねない(だから、最初からフィジカルコンタクトを前提としているアイスホッケーの選手たちは、あらゆるスポーツの中でも最上位に入る重装備で試合に臨む)。
 スキーやスノーボードにフィジカルコンタクトを持ち込むという動きに対しては、いつか悲惨な事故を招くことになると懸念している。それが、限られた選手と限られた観衆の間で行われる競技の中での出来事なら口出しするつもりはないが、オリンピック・ゲームズには相応しくない。


・国母選手の一連の騒動も、そういう枠組みの中で捉えるのが適切なのではないかと思っている。
 国母を擁護する言説をいくつか目にしたが、勝利よりも自己表現を上位に置くスノーボードのカルチャーに言及したものが多かったように感じる。本当にボーダーの文化がそういうものなのであれば、それは五輪という大会とはあまり親和性が高くない。
 そういうスノーボードがなぜ五輪競技なのかといえば、長野大会の際のサマランチの独断によるもので、要するにビジネス上の要請によるものだろう。

 世間では、JOCが国母を出場停止にしようとしたと誤解している人も多いようだが、私が目にした報道の範囲では、事実はむしろ逆だ。国母が属する競技団体である全日本スキー連盟が彼の出場辞退(ま、事実上は連盟による出場停止)を申し出て、JOCを代表する立場にある橋本聖子団長がそれを却下したという経緯だったと記憶している。
 全日本スキー連盟といえば長らく堤義明が君臨していた団体だ。堤は、経営する西武鉄道に組合を作ることを許さなかったと伝えられるような体育会体質の経営者であるからして、スキー連盟にその影響が色濃く残っているであろうことは想像に難くない。そのような競技団体がスノーボードを所管していること自体に無理がある。スキー側もスノボ側も、望まない「結婚」だったのではないだろうか。

 にもかかわらず、メダルが期待できるのはスノボばかり、というところに、スキー連盟上層部の鬱屈が蓄積されていたであろうこともまた、想像に難くない(もちろん、それはスノーボード側の落ち度ではまったくないのだが。メダル有望といえばモーグルもあるが、モーグルという競技は、カルチャーとしてはアルペンやノルディックよりスノーボードに近そうな印象を受ける。違ったらすみません)。
 このように、ビジネス上の都合のために封じ込められていたさまざまな矛盾が、現場でああいう形になって噴出した、という見方もできるだろう。

・国母その人に対する感想を言えば、生真面目そうな人だなあ、ということに尽きる。
 彼がカナダの空港に降り立った時の服装も、合同記者会見で「るせえなあ」「反省してまーす」と口走ったことも、地方都市の駅前でよく見かけるような「反抗的な男子学生」の典型的な振る舞いによく似ている。
 上述したような擁護者たちによれば、スノーボードのカルチャーは「自由」がキーワードのようだが、私が目にした範囲での国母は、最初から最後まで少しも自由に見えなかった。ある既成の行動規範に従い、全力を尽して自分をその型に嵌め込もうと振る舞っている、生真面目な青年に見えた(内田樹がよく書いているような「型通りの逸脱者」そのものだ)。彼が属する世界では、ああいう型通りの振る舞いをすることに正義があるのかな、と感じた。
 だとすれば、ひとたびその行動規範が否定されてしまうと、もはやどう振る舞ってよいのか判らないに違いない。橋本聖子団長と2人で行った記者会見で、隣の橋本団長の顔を伺わなければ何も答えられなかった国母の姿は、そんなふうに見えた。

 五輪という場を離れれば、彼は賞金大会で活躍するプロなのだから、基本的には(反社会的にならない範囲であれば)どのように振る舞おうと彼の自由だ。そこから生じる利益も不利益も、すべて彼自身に跳ね返るのだから、それを引き受ければよいだけのこと。
 いや、五輪においてもその原則に変わりはない。ただし、五輪という大会を見ている人は、規模においても質においても、彼が普段出場している大会とはまったく異なるのだから、異なる反応が出てくるのは必然的な帰結である。
 必ずしも五輪に最上の価値を置かないらしいボーダーが、金にもならず制約ばかりの五輪の場にあえて出て行くという行為の中に、普段とは異なる「見ている人」たちに自身の競技をアピールしたいという目的があるのだとしたら、国母の振る舞いは、その目的にとって合理的とは言えなかった。それだけのことだ。

・今大会は、気温が高い上に雨も降り、野外競技は気象条件の悪さにかなり影響されたようだ。ふだんから風や降雪の影響を受けて運不運に慣れているはずのジャンプの現場からも不満の声が聞こえてくるというのは、よほどのことだったのだろう。モーグルだったかスノボだったか、降雪を見越して用意された立ち見席が雪不足で使えず、前売りチケットを払い戻して大損害が出ている。モーグルで日本選手が奮わなかった理由に「雨のせいで雪が水を含みすぎて、体重の重い選手でないとスピードが出なくなっていた」ことを挙げたスポーツライターもいた。
 これが異常気象だったのか、バンクーバーという開催地においては起こりうる範囲内のことだったのか、開催地を選定したIOCはよく検証して反省すべきだろう。
 次回のソチはロシアの保養地だそうだから、ロシアの都市としては気温はわりと高いらしい。大丈夫なんだろうか。

・フィギュアスケートについては、男女6人全員入賞という結果に感銘している。どちらも3番手の健闘が見事だった。女子については「キムヨナさん、おそれいりました」というしかない。

・最後に、私と同い年のスケルトン越和宏選手、お疲れさまでした。順位は奮わなかったが、2本目以降は滑るたびにタイムを挙げていったところに、彼の真骨頂があった。

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スポーツに国費が投じられることの意味。

 行政刷新会議の事業仕分けで、スポーツへの補助金が俎上に上った。11月25日に行われた仕分けで、「民間スポーツ振興費等補助金」に対し、「予算要求の縮減」という評価が下されている。
 もちろん、この国家財政窮乏の折に、スポーツ政策だけが聖域であるはずもないので、検討の対象となることに疑問はない。

 事業仕分けに対しては、主として科学技術分野での反発の声が目立っている。

 ときどき拝見している、理科系の研究者で大学教員らしい方の<発声練習>というblogでは、スポーツ補助金への仕分けについて、こんなふうに紹介されていた。

<たとえば、以下の記事をあなたはどう感じるだろうか?

 日刊スポーツ:仕分け人に斬られた JOC補助金縮減
 産経新聞:【事業仕分け】JOC、強化費削減に反対

スポーツが好きな方はこちらの意見にも賛成するかもしれないけれども、それほどスポーツに興味ない方は「不景気なんだし削減されてもしょうがないのでは?」「確かにマイナースポーツをそんなに支援しなくても良いよね」「オリンピック強化選手を支援するのは良いけど、そのやり方は非効率なんじゃない?」という感想を持つかもしれない。>

 科学技術分野も部外者からはそんな目で見られているんですよ、という例として引き合いに出されているわけだ。もっともな見解だと思う。

 ただ、引用した文章については、必ずしも同意しない。
 私はたぶん<スポーツが好きな方>に属すると思うけれど、<「不景気なんだし削減されてもしょうがないのでは?」「確かにマイナースポーツをそんなに支援しなくても良いよね」「オリンピック強化選手を支援するのは良いけど、そのやり方は非効率なんじゃない?」>という意見にはあまり異論がない。

 スポーツが好きだからといって、税金を湯水のごとくつぎ込んで、あらゆる競技で金メダルを目指すのが妥当だとは、私は思わない*。

 JOCの幹部は、日本ではスポーツに対する国の助成が少ない、もっと金を出せ、ということを機会があるたびに口にする。例えば、北京五輪の総括記者会見で、選手団団長を務めた福田富昭は、こう話している


<五輪は国と国との戦いに匹敵する。国策として強化しなければ難しい。(他国が)国のレベルで取り組んでいるのが分かった。中国は大変な支援を受け、韓国もナショナルトレーニングセンターの施設を毎年、充実している>
<(次回ロンドン五輪開催国の)英国はこの4年間で、競技団体に470億円が使われた。日本オリンピック委員会がもらっている強化費は27億円。比べものにならない。もし2016年を東京でやることになれば、ロンドンで(金メダル数で)4、5位につけないと、3位に食い込めない。思い切った策を政府がとらない限り、だめだ>

 福田団長が口にした<27億円>という数字は1年分の金額だから、英国の4年分の金額と並べること自体が詭弁の第一歩なのだが、それは措くとしても、「なぜ日本がメダルをたくさん獲得しなければならないのか」「なぜそのために国費を投じなければならないのか」という疑問に対する答えを、この会見から見出すことはできない。

 もちろん、終わったばかりの(そして彼らが予定していたほどにはメダルを取れなかった)大会の総括をする場で、そんな話をする必要はないのかも知れない。
 だが、国費獲得のための議論の場であれば、仕分け人の1人が口にしたという<「『五輪は参加することに意義がある』はずだったが、今はメダルに意義があるのか」>という質問にも答えるのが、予算を請求する側の責務だろう(文科省側は<「人間の限界に挑戦することも子供たちに夢を与える」と理解を求めた>という)。

 実際には、交付される側はどう反応したか。毎日新聞の記事から、事業仕分け結果に対するJOCと日体協幹部のコメントを引く。

<▼竹田恒和・日本オリンピック委員会会長の話 全体の仕分けで(JOC予算も)横並びにされた感じがある。簡単な議論で判定されている。内容をよく調べた上で声を大にして訴えていきたい。>

<▼市原則之・日本オリンピック委員会専務理事の話 縮減の中身が分からない。スポーツ予算も聖域でなく無駄な部分はあると思うけど、選手強化費は聖域だと思う。今後は民主党ともパイプづくりを考えていかないといけない。>

<▼岡崎助一・日本体育協会専務理事の話 スポーツは国民の活力に必要不可欠。無駄遣いではない。サッカーくじ助成事業は今は(売り上げが)いいからという限定で話している。悪くなったときはどうするのか。>

 記事の中では、以下のような市原専務理事の談話も紹介されている。
<「強化予算100億円を超える諸外国の流れに逆行している。これでは太刀打ちできない」>
<「国費だけでは足りないからやりくりしてる現状が理解されていない。不勉強だし無責任だ」>

 ずいぶんと高圧的なトーンの談話が並ぶ。

 事業仕分けの場での議論は、記録された評価コメントを見る限り、彼らが思っているほど不見識なものではない。
<スポーツ振興基金助成事業やtoto事業との関係を見直した上で効率的な支出を行うべきと考える>
<今日、体育協会の有り様は要検討、組織の陳腐化>
<天下りをなくす>
 それぞれ検討に値する意見だと思う。だが、上のコメントを見る限り、当事者たちはこれらの問いかけに真摯に答えようとしてはいない(あるいは、そもそも問いかけ自体を把握していないままにコメントしている)。
 
 
 事業仕分けの議論内容と、該当分野の人々の言い分を見比べると、スポーツ団体の幹部たちと、科学技術分野の専門家たちの反応は、よく似ている。
 彼らの発言の多くは、「この事業の目的は国家のために重要であり、事業が停滞することは国家にとって大きな損失となる」という論法をとる。

 だが、事業仕分けが問題としているのは、その事業の意義そのものではない。
 多くの場合は、意義を認めた上で「その目的を達成するために、この予算の使い方が最良なのですか? 無駄や無理があるのではないですか?」という問いがなされている。
 そして専門家たちは、その個別の質問には答えようとせず、反論は「この崇高な目的を理解すべきだ」という範囲にとどまっている。
 一言でいえば、噛み合っていない。

 科学技術分野での事業仕分けで象徴的な存在になっている次世代スーパーコンピューター開発については**、事業仕分けの論点として、たとえば以下の問題が指摘されている

<・特に本件は、共同開発民間3社のうち2社が本年5月に撤退を表明し、当初計画から大幅なシステム構成の変更を強いられており、見通しが不透明ではないか。
こうした状況の下、プロジェクトを強行しても、当初の目標を達成することは困難ではないか。
 ・重大な事情変更があったにもかかわらず、引き続きプロジェクトを継続し、本格的着手を行うことが妥当と判断したことについて、説得的な説明が必要ではないか。>

 事業仕分け以前に、そもそもうまくいっていないんじゃないか。そのまま大金を注ぎ込み続けることに不安を感じない方がどうかしている。
 だが、ノーベル賞・フィールズ賞の先生方の声明文討論会では、(当事者組織の長である野依氏も含めて)誰一人この点に答える人はいなかったようだし、それ以外の専門家直接の当事者からの説得的な説明も、私はまだ見つけられずにいる(たとえば情報処理学会の声明の中にも見つけられない)。

 どちらの分野でも、反論や声明がこの範囲にとどまっている限り、部外者からの共感や賛同や支援を得ることは、難しいのではないだろうか。
 
 
 スポーツの強化や普及が不要だとは、たぶん誰も言わないだろう。
 だが、今の日本において、どのくらいの国費を投じて、どのくらいの成績や普及を目指すのが妥当なのだろうか。
 そもそも国費を投じることが妥当なのか。

 JOCには、アマチュアリズムに固執して選手からビジネスチャンスを奪ってきた歴史がある。選手が自力で強化費用を調達することを制限しながら、選手強化のために国費を出せというのは、筋が違うのではないか。

 競技によっては、海外大会への遠征に、特に必要とも思えない競技団体役員がぞろぞろついてくるケースもあると聞く。自治体単位の体協から競技団体への不正受給もしばしば明らかになっている。各競技団体に交付した補助金の使われ方を、JOCや体協はきちんと把握しているのだろうか。

 日本の納税者の中には、オリンピックのメダルなんか要らない、という人もいるだろう。ならば、メダルをとってほしい国民からJOCなり日本スポーツ振興センターなりが直接お金を集める割合を増やしてもいいんじゃないか(スポーツ振興センターには募金制度があるようだが、たぶん、あまり知られてはいない)。

 生涯スポーツの重要性が語られる際には、多くの場合、総合スポーツクラブの普及によって医療費を減らしたドイツの事例が引き合いに出される。だが、医療費とのバーターを目指すのなら、文部科学省だけでなく厚生労働省の領域でもある。文部科学省がスポーツ行政を担当していること自体に無理があるのであって(この省がtotoの胴元を仕切っていることにも無理がある)、スポーツ省が必要なのではないか。

 ちょっと考えただけでも、いろいろ論点は出てくる。このように議論を具体的な領域に落とせば、国民の意見は分かれるはずだ。
 五輪に参加することの意義、スポーツの存在価値を人々に知らしめ、国費を投じることに理解を得るためには、この種の議論を避けて通ることはできないはずだ。JOC幹部のような立場の人たちにとっては、積極的に議論を喚起し、スポーツの意義を世の中にアピールし続けるのも、重要な責務だと思う。

 それをしないまま、ただメダルの枚数を目標に掲げて国費を要求しているだけでは、JOCは単なる補助金配分機関に過ぎない。
 今回の事業仕分けについては、スポーツに国費が投じられることの意味を考え直す機会を与えられた、というくらいの受け止め方を、JOCの偉い方たちにはしてもらいたい。

 自分が望んだわけではない五輪招致活動のために150億円を消費された東京都民としては、特にそう思う。

*
仕分け人の1人から<「ボブスレーやリュージュ」など具体的な競技名も挙げ、「マイナースポーツに補助金をつぎ込んでもメダルに届かないのでは」と質問>が挙がったことに反発する声もあるようだ。だが、JOCが競技団体に交付する強化費用は、メダルの取れそうな競技とそうでない競技にかなりの格差をつけているのだから、この質問にスポーツ界が反発する筋合はない(逆に、その点を批判される筋合もないわけだが)。

**
もちろん、本当に科学の発展を阻害しそうな仕分け評価もあるだろうから、そういう部分では大いに、そして個別具体的に反論していただきたい。


追記(2009.11.30)
為末大の公式サイトに「スポーツの仕分け」と題したエントリが記されている。ここでの議論とは違った角度だが、当事者ならではの貴重な意見。事業仕分けに対して、スポーツの現場からこのようにさまざまな議論が起こるとよいのだが。

追記2(2009.12.3)
体協やIOCと、自民党、文部科学省との関係性については、<永田町異聞>のエントリ<スポーツ助成を一本化し「toto」収益を選手強化に>に詳しい。なるほど、これまでは自民党べったりだったから<今後は民主党ともパイプづくりを考えていかないといけない。>なんて発言がJOCの市原専務理事から出てくるわけですな。
コメント欄にも書いたが、アマチュア選手たちの記者会見については同感。

<永田町異聞>は元社会部の新聞記者の方が書いているらしい。本来ならこういう言説がスポーツジャーナリズムから出てきてほしいのだが、本文中にリンクした2つの記事をはじめ、記者自身が選手やスポーツ団体幹部の目線と同化してしまった記事が目立つ。12/3付の報知新聞に掲載された石井睦記者のコラムも同じで、マイナー競技の選手は自腹切って頑張ってるんだから縮減とはけしからん、というばかり。スポーツに限らず、自腹切って頑張って文化活動をしている人は世の中に数え切れないくらいいる。五輪種目だというだけで国庫から金が出ることに、どういう合理性があるのか、という視点は皆無だ。当事者はともかく、記者がそれじゃまずいでしょ。

結局のところ、事業仕分けで指摘されたのは、スポーツジャーナリストたちが看過していた問題なのだ。その問いかけに対する見解も見せずに文句ばかり言っててどうする。そんな人たちが「スポーツは文化だ」「政治や経済より軽視されているのはおかしい」なんて口走ったところで説得力はない。
(とはいえ、玉木正之の日記を読むと、さすがにまともなことを書いていた)

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100万ヒット記念・自選エントリ集(スポーツ一般/スポーツライティング篇)

 第3弾は野球とサッカー以外のスポーツを扱ったエントリと、スポーツライティングの書評のようなものです。

<その他のスポーツについて>

美を採点するという困難
野球とサッカーの次に多く取り上げているスポーツは、フィギュアスケートかも知れません。そんなに熱心なファンというわけでもないんですが。

氷上に咲く「時分の花」。
「浅田真央をトリノ五輪に出すべし」という騒ぎを真っ向から否定したので、荒らしさんも来ましたが、貴重なコメントもいくつかいただきました。
コメント欄の最後に書いた「幸福なシナリオ」、今のところは十分に可能性があることを嬉しく思いつつ、実現を祈っています。

ワタシをスキーに連れてってくれないのなら。
ウィンタースポーツが低迷する構造について。アイスホッケーのSEIBU廃部もショッキングな出来事です。これもいろいろ教えてくれる方がいて勉強になりました。

普通の人の、普通の人による、普通の人のための競技。
カーリング礼賛。後で出た小野寺さんの本を読むと、競技の背景に関する推測はだいたい当たっていたようです。チーム青森は世代交代に成功しているようで幸甚。

クール・ビューティーの威厳。
荒川静香の金メダルの滑りについて。その後、リンクで見たことはありませんが、時折テレビで見る彼女のスケートは、やはり味わい深くなったように感じます。

国立競技場をとりまくイヤな空気について。
サッカー専用に改修しようという動きも出てきましたが、2016年五輪が実現するか否かにもかなり影響されそうな雲行き。

歌っていた女王。
安藤美姫の世界選手権制覇に寄せて。浅田、荒川、安藤とエントリを立ててきましたが、いちばん好きなスケーターは武田奈也だったりします。

柔道の国際的地位は嘉納治五郎の政治力によって築かれたのではなかったか。
その後、嘉納家が全柔連と講道館のトップを退くことが決まったようです。嘉納家を悪役にするつもりはありませんが、全柔連や講道館が普通の組織になって国際戦略を練っていく上では、たぶんよいことではないかと思います。

伴走者が脱落する時。
競泳のレーザーレーサー問題について。日本のメーカーが悪いとか水連が悪いとか選手がかわいそうとかいう皮相的な論調には違和感がありました。日本メーカーも新作を投入して巻き返しを図っているようです。


<スポーツライティングについて>

井戸を掘った男たち<旧刊再訪>
blog開設初期には、古い本を2冊セットで語る、という趣向の<旧刊再訪>シリーズというのを時々やってました。これはJリーグ草創期を書いた本2冊。
手間がかかるのでシリーズは消滅しましたが(笑)、2冊組にするかどうかは別として、古い本を掘り起こして紹介する作業はしていきたいと思っています。

あるアメリカ人の詭弁術−−三木谷浩史社長に捧ぐ。
マーティー・キーナートの楽天GM就任を機に、彼が昔ネットに書いたコラムを批判した文章。元のサイトがなくなってしまったので微妙ですが。

『星屑たち』と、もうひとりの「アトランタ組」。
10年後くらいにさらに続編を読んでみたい本です。金子氏は今も落とし前をつけてはいません。

木村元彦『オシムの言葉』(集英社インターナショナル)
不朽の名著。加筆した文庫版も出ました。

名もない野球人へのまなざし<旧刊再訪>
これはもう、ぜひ原著を読んでいただきたい。木庭さんは野球殿堂入りすべき人物だと思います。

田口壮『何苦楚日記』主婦と生活社<旧刊再訪>
ワールドチャンピオン記念、という感じです。最近の田口サイトを見ると、寛くんはもう幼稚園児。他人の子供は早く育つものです(笑)。

真冬にビキニはたいへん結構だったのだが。
SPORTS Yeah!の休刊について。その後、老舗雑誌がばんばん潰れており、もはやスポーツ雑誌だから云々という次元ではなくなってきました。Yeah!は買い手を見つけたらしく、同じ編集長や執筆陣によるムックが出ています。WBC前に出たものは読みごたえがありました。

ベッテ/シマンク『ドーピングの社会学』不昧堂出版
ドーピングに関しては何度か書いてますが、いちばん読んで欲しいのはこのエントリ。というか、原著を読んでもらいたいわけですが。

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NHK知るを楽しむ「人生の歩き方/井村雅代 私はあきらめへん」日本放送出版協会

 おかしな表題になっているのは、これがNHK教育テレビの番組テキストだからだ。

 「知るを楽しむ」は月〜木の22:25から25分間の番組で、曜日ごとにテーマがあり、それぞれ月替わりのシリーズを放映している。本書は毎週水曜日の人物モノ「人生の歩き方」の2月分として放映された番組のテキスト。これから放映する3月の辻村寿三郎と2人分で1冊になっている。
 井村の第1回分の放映を観たら面白かったので、そのまま4回全部見てテキストまで買ってしまった。

 番組は、井村へのインタビュー(聞き手は渡辺あゆみアナウンサー)をベースに、話題に合わせた写真や映像が挿入される。インタビュー番組のテキストって何が書いてあるんだろう、と書店で手に取ったら、放映されたインタビューを文章に起こしたものだった。
 内容はほぼ同一だが細部では微妙な違いがある。同一のマスターテープから、別個に編集したということなのだろう。各回の文末には「(文/松瀬学)」とあって驚いた。アマチュアスポーツ中心に活動し著書が何冊もあるスポーツライターだ。NHK、贅沢に作ってるなあ。
 
 
 井村雅代は、日本のシンクロナイズドスイミングのメダリストたちを育てたコーチで、昨年の北京五輪では中国のコーチに就任、チーム演技で史上初のメダル(銅)に導いた人物。ソフトボールの宇津木妙子元監督と並び、「日本3大怖い女コーチ」*の1人といってよい(Amazonで井村雅代を検索すると、なぜか宇津木の著書も一緒に表示される)。

 井村に関する私の知識はその程度のものだった。シンクロという競技自体にそれほど強い関心がないので、彼女の著書やインタビューを熱心に見たこともない。
 今回の番組に限って見る気になったのは、中国でのコーチ経験について興味があったからだ。
 日本のシンクロを背負ってきた彼女が中国代表のコーチに就任したことは、国内では衝撃をもって迎えられた。かなりの非難も受けたようだ(今もGoogleで「井村雅代」を検索すると、「他のキーワード」として「井村雅代 裏切り」「井村雅代 国賊」「井村雅代 売国奴」といった文字が表示される)。

 本書で、井村は次のように動機を説明する。

<ロシアのコーチやアメリカのコーチだって、いろんな国で教えているじゃないですか。シンクロはロシア流、アメリカ流、日本流とテイストが違うんです。だから、日本のコーチだっていっぱい世界に出ていったほうが、日本流がメジャーになっていくわけです。
 もしもわたしが中国からの要請を断ったならば、どうなるだろうと考えたんです。きっと、ロシアのコーチが中国に行くだろう。そうしたら、またロシア流シンクロが脚光を浴びて、日本流シンクロをアピールする場所がなくなるんです。同調性など、日本流シンクロのよさをアピールするためには、北京五輪は開催国だから絶好の場所だったんです。脚光を浴びるでしょうから。だから、わたしは断ることができなかった。これはいつか日本が世界一になるために大切なことなんだと思ったんです。>

 シンクロは採点競技だ。配点の基準はあるけれども、水泳連盟サイトの解説を見ても、例えばフィギュアスケートのように、どの技に成功すれば何点、などと具体化されているわけではなく、「大変よい」「よい」「充分」「普通」など、審査員の判断で点数は決まっていく。つまり、印象や主観に大きく左右されるということだ。

 以前、元選手でメダリストの小谷実可子がどこかに書いていた文章を読んで驚いたことがある。
 小谷によれば、シンクロの大きな大会では、そもそもやる前から順位は決まっている、という。別に不正があるとかいうことではなく、それまでの実績などから“普通にいけばこの順位”という相場のようなものを審査員も選手もコーチも共有しており、それをいかに覆していくかという勝負なのだ、という。そのためには、たとえば五輪で1回だけ素晴らしい演技をしてもダメで、小さな大会で実績や好印象を積み上げていくことが大事なのだ、と。
 
 だから、日本流のシンクロの勢力圏を拡げるために他国でコーチをする、という井村の意図には納得できる。当時、井村はすでに日本代表コーチから退いて1年以上経っていたから、筋から言えば問題はない。
 ただ、井村の指導を受けてきた日本の選手たちには動揺もあっただろうし、世の中の中国嫌いな人たちを刺激してしまったのは彼女にとっては予想外だったようだ。そして、結果的に北京五輪で中国が日本を上回ってしまったのも計算外だったろう。井村が考えたような効果に結びつくかどうかは、長い時間をかけなければわからないことだ。

 2回目以降は、井村の生い立ち、競技との関わりから時系列に沿って語られる。下手な選手だった現役時代。引退後に中学教師として生活指導に取り組んだ経験。コーチとして再びシンクロ界に戻り、二足のわらじで奮闘したこと。
 初めての五輪参加の後、浜寺水練学校から事実上解雇され、慕って付いてきた選手のためにクラブを立ち上げたものの、大阪ではプールを貸してもらえないという嫌がらせを受けたこともあったという。それでも優れた選手を育てて代表に送り込み、自身も代表スタッフに加わっていく。経歴のすべてから、強烈な意志とエネルギーがほとばしっている。
 
 
 さすが、と思う発言も端々にあった。一例を、第4回「ホンキだから叱る」から。

<あまり叱っている感覚がないんです。ほんとうのことを言っているだけです。><たとえば、「あなたの脚、短いね」「汚い脚」って言うじゃないですか。ほんとうだもの。でも、それで終わったらダメなんです。どうにもならないことなんて世の中にないんです。必ずどうにかなる。それを考えるのが人間、それを教えるのがコーチです。><脚が短いのは構わない。短く見えることがダメなんです。脚が短くても、筋をぎゅーっと伸ばして、人の目をぐーっと上にいくようなオーラを出したら、長く見えるじゃないですか。>
 
 単なる精神論、根性論だけではないことがよくわかる。根性とソリューションが必ずセットになっている。というより、根性でソリューションをひねりだす、ということか(根性だけで、あれほどの成績を続けて収められるはずがないのだから、当たり前ではあるが)。
 
 このように、ビジネス書やビジネス雑誌が特集を組んだり引用しまくりたくなるような名言が随所に出てくるのだが、しかし、この人のやり方は迂闊に真似をすると危険だ。
 ここで語られている指導法は、とことん正面から選手に向き合おうという井村の猛烈な意志、猛烈なエネルギーに裏打ちされることで初めて効果を発揮する方法なのであって、それがないまま口先だけ取り入れようとしても何の意味もないだろう。「生兵法は怪我のもと」という諺がそのまま当てはまりそうに思う。
 井村自身は、その部分についてはそれほど大したことだとは思っていない風情だが、この持続する意志と熱意があってこその成功なのだということを改めて感じる。
 
 番組テキストという形の出版物なので、書店のスポーツコーナーに置かれることもないと思うが、これは一級品のスポーツライティングだ。たぶん3月下旬には店頭から消えてしまうだろうから、興味のある方はお早めに手に取られることをお勧めする(番組は一週間後の早朝に再放送される。第4回は3/4の朝5時5分からなので、まだ見られます)。
  
 

*3人目は特に決めてません。まあ「日本3大○○」の3番目は、たいていそういうものだ。

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伴走者が脱落する時。

 スポーツライターの石田雄太に『メダルへの伴走者』(出版文化社)という著書がある。1998年、ちょうど10年前に刊行された本だ。96年のアトランタ五輪、98年の長野五輪(刊行は大会直前の1月末だから、試合結果は反映されていない)を題材に、スケート、スキー、陸上など、主要な五輪競技における用具開発者たちの歩みを描いている。

 最終章の第六章では、「気まぐれな人魚の水着」と題して、アトランタ五輪に臨んだ水着メーカーの苦闘が描かれている。

 当時の水連は、五輪においてミズノ、デサント、アシックスの3社から水着の供給を受けていた。ただし、大会ごとに男子競泳、女子競泳、その他(シンクロ、水球、飛び込み)の3部門に分けて、持ち回りで供給を依頼していたようだ。
 とはいうものの強制力はなく、選手が「普段着ているこのメーカーの水着がいい」と言い出せば、誰にも止めることはできなかった。予選での泳ぎに納得できなかった選手が、決勝で突然、別の水着を着てプールサイドに現れる、ということも充分に起こりえた(事実、ソウル五輪での鈴木大地は、水連が決めた水着でなく、普段から着慣れていた別のメーカーの水着で決勝に臨み、金メダルを取った、というエピソードが紹介されている)。
 だから、供給メーカーの担当者たちは、選手たちが最後まで自社の水着を使ってくれることを祈りながら、スタート台に立つ選手を見つめることになる。本章は、そんな知られざる苦労が軸になっている。

 10年後の6月。五輪代表選手たちにSPEEDO社のLZR RACER(レーザー・レーサー)着用を認めるか否か、という論争は、個々の選手の選択に任せる、という結論で決着した。性能に明白な差が認められる以上、合理的な結論だと思う(水連は時間をかけすぎた、という批判はありうると思うが)。


 今、『メダルへの伴走者』を読み返してみて思うのは、水連と水着メーカーとの取り決めが当時のような緩いものであれば、そもそもこういう論議は起こりえなかった。選手がレーザー・レーサーを着る、と決めれば、それまでだったからだ。
 水連と3社との契約がどのように変わったのか具体的には知らないが、10年前よりも水連に提供される利益は大きくなり、その分、水着着用を義務づける拘束力が強まった、ということなのだろうと思う。それ自体は特に悪いこととは思えない。
 また、メーカーが選手個人と契約を結ぶ、ということも、当時は行われていなかったのではないかと思う。競泳のアトランタ五輪代表選手はほとんどが学生で、数少ない社会人選手も、所属チーム名を出身校で登録している選手が多い。水泳の強化を担ってきたのは、あくまで学校とクラブだった。


 とはいうものの、メーカーの開発競争じたいは、今に始まったことではない。『メダルへの伴走者』にも、水着の開発史が紹介されている。

<一九八四年のロサンゼルスオリンピックの頃から、開発者たちの主眼は「水と水着との摩擦抵抗」というところに向けられ始めた。女子競泳の水着は、ここ十年、飛躍的な進化を遂げてきたといわれるゆえんである。
 デサントと常に開発の先頭を競ってきたミズノが、イギリスのスピード社とライセンス契約を結んで販売している<SPEEDO(スピード)>という水着ブランドでは、一九八八年のソウルオリンピックのために、新素材「アクアピオン」を開発した。
(中略)
 その翌年の一九八九年には、デサントが巻き返す。アディダス社と提携するブランド<arena(アリーナ)>で、超極細ポリエステル製の糸を使った新素材「ストラッシュ」を開発、表面の凹凸を極端に減らすことに成功したため、水の抵抗をこれまでの自社のものから一二パーセントカットできるようになった。
 また競泳用水着のサプライに新規参入してきたアシックスも、一九九二年に世界初のポリプロピレン、ポリウレタン混合の新素材を使った<P2>で、水を吸わないポリプロピレンの特性を生かして、水の抵抗を抑えにかかった。>

 これほど細かい話を知っているのは関係者だけだろうが、オリンピックのたびに選手たちが身に付けている水着の形状が変わっていくことには、普通の視聴者も気付いているはずだ。
 道具の性能によって成績が変わることは、スポーツ界では少しも珍しいことではなく、それは競泳においても例外ではない。

 にもかかわらず今回のレーザー・レーサーが日本の水泳界に大きな衝撃をもたらしたのは、その成績向上幅の大きさもさることながら、それが日本以外のメーカーから登場したことにあったのではないかという印象を、私は持っている。

 上の引用部分で気付いた方も多いと思うが、かつてミズノは日本におけるSPEEDOのサプライヤーだった。両社の契約が解消されたのは昨年の今ごろのことらしい。Wikipediaの記述によると、世界的なブランドとしてのSPEEDOの成功において、ミズノの技術力が寄与した面はかなり大きなものだったようだ。

 だが、ミズノは創業100周年を機に、SPEEDOとの契約を解消し、自社の水着ブランド「ミズノスイム」を立ち上げ、看板選手として北島康介とや武田美保と契約し、チームも結成した。自社の技術力をもってすればSPEEDOを凌駕できる、という自信もあったのだろうと思う。
 書いている方の素性は不詳だが競泳水着事情に非常に詳しいblog「ぱ〜まねんとヴァケーション」の、契約解消以前に書かれたエントリからも、そのような周囲の評価がうかがえる。

 レーザー・レーサーが発表されたのが今年2月。3年をかけて開発した、と謳っているから、ミズノと提携していた当時から開発は始まっていたことになる。ミズノがこの新型水着の存在をどこまで把握していたのかはわからないが、結果からいえば、レーザー・レーサーの存在が、SPEEDOをミズノとの契約解消に踏み切らせた、という面もあったのだろう。

 いわば、見限った相手から強烈なしっぺ返しを食らったようなものだから、ミズノにとっては衝撃も大きかったに違いない。
 水野正人会長はJOC副会長でもあるから、日本のスポーツ界および水連への影響力も当然ながら大きいはずだ。レーザー・レーサーの出現から、昨日の「五輪での着用容認」決定まで、外部から見れば動きが鈍いのではないかと思えるほどの時間をかけて、水連が慎重に検討を進めてきたのは、このミズノの存在の大きさとも無縁ではないだろう。上に紹介した「ぱ〜まねんとヴァケーション」の最近のエントリでは、契約解消の経緯に触れつつ、ミズノの姿勢を厳しく批判している。ここに書かれたミズノの政治力行使ぶりがどの程度事実なのかはわからないが、ありそうな話だと思わせるだけのリアリティはある。
 とはいうものの、最終的にはレーザー・レーサー容認という結論が出たのだから、現時点でこれ以上の批判は無用だろう(今後の水連のオフィシャルサプライヤー契約のあり方については、この教訓を反映したものにしてもらいたいが)。あとは本番までにどこまでその性能に迫れるか、ミズノにもデサントやアシックスにも期待したい。


 ただし、水連は容認しても、メーカーと契約している選手にとっては、すんなりレーザー・レーサー着用というわけにはいかない。彼ら彼女らは、五輪でそのメーカーの水着を着用することが義務づけられているはずだ。
 今朝(6/11付)の読売新聞の解説に、こんな一説がある。

<問題は弱い立場にいる契約選手だ。ある代表関係者は「契約があるため、公の場でLZR着用希望を言えずに困っている選手がいる」と打ち明ける。メーカーが開発競争で敗れたことに起因する話とはいえ、双方に不幸を招いてしまった。>

 読売の記事では、水連は「各社と個人の話。その過程で問題があれば(水連として)相談に乗る」とコメントしている。解説記事は<水連が選手を守りたいのなら、今こそ水泳界の指導者として積極的な問題解決に乗り出すべきだ。>と不満そうだ。

 率直にいうと、こういう論調には違和感を覚える。
 選手とメーカーとの契約には、水着のほかにもさまざまな利便の提供が含まれているはずだ。選手は、水着を含めて、そのメーカーが供給する競技環境がベストだと判断したから契約を結んだのではないだろうか*。F1レーサーがシーズンの途中で「あっちのチームのエンジンの方が優秀だから、あっちに乗り換える」と言い出すようなものだ。

 もちろん選手にとってもメーカー側にとっても難しい局面ではある。自社製品で勝ち目の薄い戦いに挑むべきか、他社製品でもメダルを獲得できる可能性が高い道を選ぶべきか。どちらを選んでも完全な満足は得られない。
 だが、メーカーと契約し、事実上のプロ選手として競技活動を続けているのであれば、そこは選手自身がメーカーと正面から話し合い、最善の道を探るべきだろう。
 上にリンクした「ぱ〜まねんとヴァケーション」には、オランダの強豪ピーター・ファン・デン・ホーヘンバンドが契約メーカーに違約金を払ってレーザー・レーサーを着用している、と紹介されているが、それもひとつの解決方法だ。

 そのような大人としての話し合いができないのであれば、選手は、水着だけを提供されていた10年前と同じ位置に戻るしかないのではないだろうか。

 善くも悪くも、この10年でアマチュアスポーツ界はずいぶんと遠いところまで来てしまった。選手にとっても、伴走者たちにとっても。


*
 この一連の議論は、あくまで、選手が最高水準の競技環境を契約メーカーから提供されている、という仮定のもとに書いている。もし、契約はしていてもアルバイトしないと食べていけない、なんてレベルであれば別。
 また、昨年5月以前にミズノと契約した選手も、同列にはとらえられない。北島康介が最初にミズノと契約した時、彼はSPEEDOのアドバイザリースタッフだった。途中で水着を変えたのはミズノの方なのだから(途中で話し合いはあったのだろうけれど)、北島に選択肢を与えないようでは道義的に疑問だ。

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44年前の聖火リレー。

 市川崑監督の映画『東京オリンピック』の冒頭では、確か、アジア各国を東京に向かって走る聖火ランナーの姿が映し出されていた記憶がある。

 調べてみると、1964年の東京五輪では、確かに聖火がアジアを通過している。
 ギリシャ・オリンピアのヘラ神殿跡で採火式が行われたのが8/21。ギリシャ国内を走ってアテネに着いた火は、“シティ・オブ・トウキョウ”と名付けられた特別機で東京に向かったのだが、直行したわけではない。JOC公式サイトの東京五輪特集ページには、こう記されている。

<ギリシャから日本までは、イスタンブール(トルコ)→ ベイルート(レバノン)→ テヘラン(イラン)→ ラホール(パキスタン)→ ニューデリー(インド)→ ラングーン(ビルマ)→ バンコク(タイ)→ クアラルンプール(マレーシア)→ マニラ(フィリピン)→ ホンコン(ホンコン)→ 台北(台湾)と、11の中継地を経て、9月7日に沖縄に到着した。>

 このページにはルートの地図も載っている。途中まではともかく、ビルマ(現在はミャンマー)から東は、第二次大戦の戦場となった地域だ。戦争の終結から19年目。各地には、複雑な思いで聖火を見送る人もいたのではないかと思う。


 東京五輪の聖火リレーは、なぜこのようなコースを辿ったのか。
 NHKのテレビ番組「その時歴史が動いた」では、昨年1月に、「東京オリンピックへの道 ~平和の聖火 アジア横断リレー~」と題して、この聖火リレーを取り上げている。残念ながら私は見ていないが、番組サイトに概要が示されている。

<戦争で多くの教え子を失った田畑は、戦後、平和の祭典としてのオリンピック開催に再び挑戦する。しかし待ちかまえていたのは、アジア諸国の根強い反日感情だった。
田畑は、日本が平和な国を目指していることを伝えるため、戦争被害を与えたアジア諸国を10万人の手でつなぐ大聖火リレーを計画した。アジアの人々は東京への聖火を受け入れてくれるのか。
平和の祭典を目指した東京オリンピック、その知られざる長く険しい道のりを描く。>

 「田畑」とは当時の日本水泳連盟の田畑政治会長。元朝日新聞の記者・役員で、JOCの幹部、1964年の東京五輪誘致の中心人物のひとりだ。1940年の東京五輪(戦争のため中止)誘致にも尽力したらしい。


 番組は、“聖火リレーは成功、平和ニッポンはアジア諸国に受け入れられました、めでたしめでたし”というトーンでまとめられていたらしい。「テレビ批評的視聴記」というサイトでは、そのようなまとめ方に疑義を呈している。 
<侵略戦争の許しや反日感情をスポーツ大会で測る(悪く言えば請う)というのは、田畑の考えたスポーツと国際問題の別離とは言えないものである。オリンピックや競技大会を平和のアピールの場にしようという発想の起点からして、論理的には国威発揚や代理戦争と性格を同じくするものである。>

 まっとうな見解だと思う。NHKの番組サイトに紹介されている田畑の言葉は、国威発揚のために五輪を利用しようという点で、終始一貫している。

 東京五輪における最終聖火ランナーは早大陸上部の選手、坂井義則だった。五輪代表になれなかった一陸上選手が、大会を象徴する最終走者に選ばれた理由には、彼が、広島市に原爆が投下された日に、広島県内(山間部の三次市)で生まれたことが大きく影響している。
(「最終聖火ランナーは原爆の落とされた広島出身の人にやってもらいたい」という田畑の言葉も残っている)

 要するに、東京五輪の聖火リレーは、コース選定から最終走者まで、全体が政治的アピールの場として設計された示威活動だった、と言うことができる。
 “平和の祭典を開催することで、平和を愛する平和国家に生まれ変わったことを世界に知らせたい”というのは、あくまで日本の主観的な目的であって、相手がそのように受け取ってくれたかどうかは、また別の話だ。

 上記のNHK番組サイトの中に、戦後の五輪誘致に際して田畑と岸信介の間にあったやりとりが紹介されている。
<「平和を願ったオリンピックを開催すればアジアの国々も日本は変わったと感じてくれる」「戦争を起こした日本が、都合よく世界平和などといってオリンピックを開催できるような立場ではない」>
 「日本」を「中国」に入れ替えれてみれば、私の心情は岸に近い。同じように感じる人も多いのではないだろうか。


 オリンピック大会における聖火リレーは、ヒトラー政権下のドイツで開催された1936年のベルリン大会に始まる。以後、採火したギリシャから開催国までは何らかの交通機関を利用しつつ運ばれ、国内では走者によってリレーされるのが通例だった。上述の東京大会も、その原則から大きく外れてはいない。
 聖火リレーが世界各地を巡ったのは、2004年のアテネ大会が初めてで、過去の五輪開催都市を中心にリレーが行われた。

 1896年の第1回以来、ほぼ1世紀ぶりに発祥の地で開催される記念大会のために特別に行われた行事を、北京五輪で踏襲する理由が、IOCの側にあるとは考えにくい。北京側の強い意思によるものだろうし*、それが今、こうして墓穴を掘っている。
 そう嗤ってしまうのはたやすいのだが、こと聖火リレーについていえば、我々がやってきたことも、今の中国とそう大きな違いはない。


 上の方に引用した東京オリンピックの聖火リレーのルートをよく見てもらうとわかるが、東京への聖火は中国を通ってはいない。
 中国が拒否したとか日本が遠慮または警戒した、というわけではない。
 中華人民共和国が成立し、中華民国政府が台湾島に移った後もIOCが中華民国の加盟を認めていたことを不服として、1958年に中国はIOCを脱退した。復帰するのは1979年。そのため、東京五輪に中国は参加していない。不参加国を通る必要もないから、聖火リレーのコースに中国を加えるという選択肢は、最初から存在しなかったと思われる。

 もし東京オリンピックに中国が参加していたら、聖火リレーは中国を通っただろうか。その時、聖火は無事に中国を通過することができただろうか。
 長野での聖火リレーのテレビ中継を見ながら、そんなことも考えた。


*
スポンサーの意向が影響した、という報道もある。
http://office.kyodo.co.jp/sports/olympics/beijing/47news/034746.html

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