そうまでして東京五輪で野球をやりたいのかどうか、よく考えておいた方がよい。

 IOCの臨時総会で、開催都市の組織委員会が追加種目を提案できるという改革案が承認されたというニュースを、「これで東京五輪で野球やソフトボールがやれる可能性が出てきた」とテレビや新聞やスポーツ紙は祝賀ムードで報じていた。
 私とて五輪で野球をやるとなれば、テレビにかじりついて見るに違いないとは思う。だが、今の時点では、むしろ「何だかなあ」と思う材料が多すぎて、素直に祝賀ムードに乗る気にはなれずにいる。
 
 最初に思ったのは「また代表監督が大変なことになる」という件だ。
 現在、「侍ジャパン」と呼ばれる(というより自分で名乗っている)日本代表の監督は小久保裕紀が務めている。前のエントリでも書いた通り、おそらく2017年のWBCまでは彼が監督を務めることになるのだと思う(来年開かれるらしいプレミア12で、よほどひどい負け方でもしない限りは、そもそも解任する理由を見つけるのが難しい)。

 2017年のWBCでファイナリストになるくらいの好成績を残せば、小久保は、本人が望めば代表監督を続けられるかもしれない。彼の心中は(現時点ではたぶん彼自身にも)わからないけれど、一度は福岡で監督をやりたいのではないかという想像は、そう無理なものではないと思う。WBCでの好成績は、そのためには有力な材料となることだろう。逆にWBCで国民が失望するような結果となれば、そのまま代表監督を続けることは難しい。だから、いずれにしても小久保は2017年までで一区切りになる可能性は強い。
 
 目下の主要大会の開催間隔は、WBCが4年に1度、プレミア12はその中間年に開催されることになるようなので、ポスト小久保の代表監督は、おそらくこういうスケジュールに直面することになる。

2019 プレミア12
2020 東京五輪
2021 WBC
 
 これは大変だと思う。とりわけ東京五輪では、監督はとてつもない重圧にさらされることになるだろう。
 ただでさえオリンピック大好きな日本人が、地元開催となれば、金メダルはほとんどノルマのように期待されることになるだろう。追加種目は開催都市が決める。野球をやろうなどと考えるのは、日本のほかにはアメリカ合衆国、メキシコ、韓国くらいしかなさそうだから(野球が盛んなキューバやドミニカがオリンピック開催に手を挙げるとは考えにくい)、2020年の次の機会はいつ来るかわからない。つまり、ここで失敗すると取り返すチャンスは二度と来ない。
 
 試合内容自体も難しい。連戦になることはもちろんだが、特異なレギュレーションになる可能性がある。昨年だったか、IOCに追加種目として選ばれるために7回制を検討していると伝えられた。タイブレークは北京五輪で実際に採用された。WBCの投球数制限どころではない不慣れな試合形式だ。
 
 こんな大変な大会で監督を引き受けようという指導者が、果たしているだろうか。NPBでの指導経験を持たない小久保が代表監督に選ばれたのは、打診した候補にことごとく断られたからだ。第2回WBCでも代表監督選びは罰ゲームの様相を呈していた。WBCに2度優勝し、プロ野球における代表チームのプレゼンスは上昇し、「代表を目指す」的なことを口にする若い選手も出てきた。だが、「代表監督になりたい」と明確に発言した日本人指導者を私はいまだに知らない。小久保の業績やその評価によっては、若い指導者の中からそういう人が出て来るのでは、と期待してはいるが、そう信じられるだけの材料は今のところなく、あくまで希望に過ぎない。
 
 もうひとつ、どんよりした気分になったのは、野球とソフトボールの元代表監督が並んで満面の笑みで記者会見する写真を見た時だ。これも五輪競技に復帰するための方策として、野球とソフトボールの国際競技団体は合併してひとつになった。男女平等を重んじるIOCに気に入って貰おうと、「男の野球と女のソフトボール、合わせて一つの競技」という枠組みをこしらえたのだ。
 もともとオリンピックでは、野球は男子のみ、ソフトボールは女子のみしか行われていないので、合理的といえば合理的ではある。だが、野球そのものにも女子競技はあり、しかも日本はこの分野では、ワールドカップで3連覇している圧倒的強豪国であり、国内リーグも行われている。それなのに五輪種目となる可能性を、競技団体自身が閉ざしてしまっているわけだ。
 
 私は女子野球の選手でも指導者でもないし、特にファンというわけでもないので、女子野球の立場を代弁するような僭越な真似はしない。ただ、傍からみれば、おかしな話だと思うだけだ。
 
 もうひとつ言えば、いわゆる「侍ジャパン」はプロの代表チームだけでなく、あらゆる年代の日本代表チームに共通の愛称とされ、そこには女子代表も含まれている。侍ジャパンの公式サイトには女子のページもあり、ワールドカップでの活躍も誇らしげに報告されている。そして、各年代に共通の「侍ジャパン」のユニホームを、女子代表たちも着用している。彼女たちは「侍ジャパン」だけれども五輪代表ではない、というのもまた、筋が通らない話だと思う。
 
 男子ソフトボールについても同じことが言える。ソフトボールは女性専用の競技ではなく、日本にも男子ソフトの社会人リーグもあれば日本代表もある。私はソフト男子でもないし、関係者に知り合いもいないが、自分が当事者だったら、あんまり面白くはないかもしれない。
 
 という具合に、オリンピックに対する野球界の姿勢には、いろんな無理や屈折がある。あまり無理をしすぎて後遺症が残るようなことにならなければよいと思う。
 
 本番でどういうレギュレーションになるのかわからないが(全体の人数もぎりぎりまで絞らなくてはならないから、過去の五輪と同様、選手が打撃投手を務めるようなことになる可能性も高い)、いざ試合をやってみて、あまりに普段と異なる規則の数々に戸惑って不成績に終わったりしたら、関係者の誰かが「こんなのは野球ではない」などと言い出すかも知れない。
 確かにそれは日本でやっている野球とは違う。だが、IOCに追従し、そんな奇妙な形に競技内容を変化させてまでオリンピックの場で試合をすることを望んでいるのは、野球界自身なのだ。

 そうまでして東京五輪で野球をやりたいのかどうか。
 そして、やるとなったら腹を括って、野球界の総力を結集して勝利を目指すという、これまで一度も実現したことのない取り組み方をする覚悟があるのかどうか。
 野球界は今のうちによく考えておいた方がいいと思う。今の祝賀ムードのまま何となく大会に突入して、「こんなはずじゃなかった」などということになったら、いちばん傷つくのは、日本野球そのものなのだから。

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「侍ジャパン」商法の行方。

 日米野球は、東京ドームで11/16に行われた第4戦を見に行った。藤浪が先発し、MLBが初勝利を挙げた試合だ。
 テレビ視聴率はずっと苦戦だったようだが、この日は日曜の夜ということもあってか、試合開始前から立ち見席までよく観客が入っていた。日本代表の先発メンバーがアナウンスされると、1人ごとに大歓声が湧く。私が座ったのは左翼ポール近くのファウルグラウンド側の前の方だった。周囲には20代から30代とおぼしき若い男女が多かった。耳に入って来るそれぞれの会話からは、シーズン中にも多少なりとも野球場に足を運んでいる人が多いようにうかがえた。代表戦とリーグ戦の観客層が分離してしまった印象のあるサッカーに比べると、健全なことのように感じた。ユニホームを着ている観客がずいぶんと多いことに驚いたが、これは、「ユニホーム付き応援席」というチケットが用意されたためでもあるようだった。
 
 試合は終始、MLB選抜が優勢だった。
 日本代表先発の藤浪は、球は速いがしばしばコントロールを乱す投手だ。そういうタイプはメジャーリーガーにとって扱いやすそうだ。前日にノーヒットノーランを喫したことで、気合いも入っていたのだろう。アルトゥーベ、プイグ、モーノーの1~3番が活躍し、MLB側が大勝した。
 カノが前日に死球による骨折で大会を去ったのは残念だったが、もともとプイグ見たさに買ったチケットだったので、その猛獣ぶりが堪能できて、満足度は高かった。地上2~3メートルをフェンス近くまで飛んでいくミサイルのような打球、キャッチボールで見せる強肩、そして筒香のライト前ヒットをもぎとった水平ジャンプ。球場で見たことを自慢したくなるタイプの選手だった。
 ほかにもモーノーやロンゴリアの打撃、捕手ビュテラの強肩、アルトゥーベの爆発的な盗塁など、メジャーリーガーらしさが随所に見られて楽しめた。

 日本代表にも見るべきところは少なくなかった。
 柳田は、同じ右翼を守っていたこともあってか、見ていてプイグを連想した。大きな体を軽々と動かす身体能力、何をやらかすかわからないプレーぶり、バットで自分の背中を叩きそうなフルスイング。今季ブレイクして一流の数字を残したが、まだまだ伸びしろがありそうに感じた。
 ショート今宮の守備には、どんなゴロでも自分の間合いで捕球するリズム感の良さを感じた。筒香の、腰の据わった力強いバッティングも見応えがあった。
 スタンドの声援が最も大きかったのは丸だった。早いテンポで「ヨシヒロ」「ヨシヒロ」と名を呼びながら交互に立ち上がる応援が他球団のファンにも受けたようで、打席を重ねるたびに参加者が増えて行った(私の後ろに座っていた女子も「いいなー、やりたい」と話していた)。その大声援に後押しされるように、美しいスイングで2安打を放った。
 広島勢でいえば途中出場した菊池も印象的だった。守備時に走者がいない時、彼はインフィールドラインの後方で構える。かつてカンザスシティ・ロイヤルズが来日した時、センターを守ったウイリー・ウィルソンが福本豊よりも前に守っていたのを見て感嘆したが、菊池の守備位置はメジャーリーガーよりも深い(念のため書いておくが、一般論として、足と肩に自信がある選手ほど、外野では前に、内野では後ろに守る傾向がある)。打球への反応も早く、普通ならセンターフライになるような当たりに、誰よりも早く落下点に入って捕球してしまった。地方の大学リーグから柳田や菊池のような逸材が出てくるのだから、日本野球の選手層は分厚い。

 このようにプレーのひとつひとつを見るのが楽しく、彼我の良いところを堪能した。帰途につく人々の表情は満足しているように見えた。申し分のない試合だった。花相撲としては。
 
 日本代表が日本で試合をして外国チームに大敗したのだから、本来であれば観客は満足などするはずがない。それでも「いいものを見た」などと言っていられるのは、勝敗が二の次の試合だからだ。
 この大会、日本代表とMLB選抜の5試合を公式戦扱いし、宣伝ポスターでも「ガチンコ」などと大書して、真剣勝負を謳っていたけれど、観客は実体をよくわかっている。
 そもそも「代表」と「選抜」の試合が真剣勝負になるはずがない。当初発表されていたプホルスやハーパーは結局来日しなかったし、打線はともかく投手陣はMLBを代表する顔触れとは言いがたい。コンディション調整も十分ではなかったようで、ファレル監督が大会後に、十分な準備ができなかったことに不満をこぼしていた。
 それでも、とりわけノーヒットノーラン後の(沖縄での親善試合を含めた)3試合ではコンディションもモチベーションも上がってメジャーリーガーらしいプレーが見られた。彼らの本気を引き出したのは日本代表の戦いぶりそのものであり、そこは小久保監督の手腕と評価することができるだろう。

 しかし、この日米野球を活動のスタンダードとして、常設化した日本代表、いわゆる「侍ジャパン」が今後の2年間を過ごして行くのだとしたら、それが2017年に予定されているWBCへの準備になるのかどうかは、いささかあやしげに思われる。
 
 WBCで選手が直面する精神的な重圧は、たぶん他に類がない。クライマックスシリーズや日本シリーズでも味わえるかどうか、というほどの重さがあるのだろうと、過去3大会を見ていて感じた。オリンピック種目から野球が除外された現在、同じような重圧を味わう機会を設けることは難しいだろう(来年開催予定の「プレミア12」に各国のメジャーリーガーが参加できるようなら、多少は近いものになるかもしれない)。
 
 ただ、これまでは、大会前のキャンプに「日本代表」として集まること自体が、非日常的な状況だった。今日から特別な時間が始まるのだという心理的なスイッチを入れる効果もあったように思う。
 しかし、日本代表が常設化され、シーズンの前後に試合を行うことが恒例化すれば、「侍ジャパン」のユニホームは日常的なものに近づいて行く。そして、それが今回のような微温的な親善試合ばかりであれば、選手たちに対して「これは花相撲をする時のユニホーム」という条件付けをしているに等しい。そんな試合を重ねた選手たちが、WBCの重圧とうまく付き合えるのかどうか。
 今大会では、小久保監督による動機付けが功を奏したと報じられている。ただ、それは代表歴の浅いフレッシュな顔触れが多かったことも幸いしたように思う。彼らが順調に成長し、代表歴を重ねて行った時に、今回の緊張感をずっと維持することができるだろうか。
 
 それでも、選手たちは公式戦で重圧のかかる局面を経験していくだろう。監督やコーチ陣はどうだろうか。指導陣のうち、監督の小久保、コーチの稲葉、矢野、仁志はNPBでの指導経験がない。
 小久保が監督に就任した際の記者会見の質疑応答を読むと、2017年のWBCまで一貫して指揮をとることが就任の前提となっているようだ。借り物の選手で年に数試合を経験するだけの環境下で、彼はどうやって監督としての能力を磨けばよいのだろうか。私には想像がつかない。これで好成績を残せるようなら、小久保はよほど指導者としての天憫に恵まれているのだろう。

 テレビ視聴率が低迷したのはよくない材料だが、スタジアムに観客がよく入り、ユニホームもよく売れたとなれば、「侍ジャパン」の日米野球は、ビジネスとしては上々だったのだろう。
 黒字に縦縞が入った代表のビジターユニホームは、レトロ調のデザインでなかなかカッコいい。大人のタウンウエアとしても、まずまず様になる。
 だが、黒い布地の上に茶の輪郭線だけで記された背番号は、遠目には見づらく、スタンドの私の席からは、打席に立った選手やグラウンドの右半分を守る選手の背番号は判読できなかった。
 きっと、背番号が何のためにあるかを知らない人が、デザインを決定したのだろう。

 侍ジャパンのマーケティングを行うNPBエンタープライズの社長には、日本テレビの幹部が就任した。テレビマンが悪いとはいわない。今村司氏は、かの「DASH村」を世に送り出した優れたテレビマンだ。「侍ジャパン」をはじめ、日本のプロ野球から新しいビジネスチャンスを作り出すのは必要なことだし、そのポジションに悪くない人材を得たと思う。

 ただし、彼が担うのは、あくまでビジネスだ。日本代表の強化の在り方を考え、責任を持つべきは彼ではない。では、誰が強化に責任を持ち、2017年に向けて日本代表の強化をどうデザインしていくのか。小久保監督ひとりの仕事ではないはずだ。今年始め、テクニカルディレクターに鹿取義隆が就任したが、今回の日米野球で彼は投手コーチを務めていた。それは筋が違う。
 日米野球という大きな節目を経た今も、代表強化の体制や方針は判然としない。ただマーケティングだけが着々と整備されていく。そんなふうにも見えてしまう。やはり顔が見えるゼネラルマネジャーが、代表には必要ではないだろうか。

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弱くても勝てるかも。

 「弱くても勝てます」という本がある。高橋秀実が開成高校野球部について書いたルポルタージュのようなエッセイのような不思議な読み物だ。開成は、東京大学に大量に学生を送り込むことで知られる中高一貫の私立学校で、当然ながら運動部は決して強くはないのだが、数年前に野球部が「打ち勝つ野球」を標榜して都大会の上位に食い込んだことがあった。その時期を描いたノンフィクションだと思って読み始めたら、実際にはかなり違っていて、登場するのはその後輩の、弱くて、かつ勝てない選手たちなのだが、とにかく独特のユニークな野球観がそこら中に満ちていて目を啓かれるとともに、高橋の文体が作り出す何ともいえないとぼけた異空間に迷い込む。

 前置きが長くなった。本の内容とはまったく関係ないのだが、今夜のWBC東京ラウンド最終戦、日本ーオランダを見ているうちに、「弱くても勝てます」という本書のタイトルが頭に浮かんで来た。

 今回のWBCでは、諸事情が重なって、私は日本の試合をひとつもまともに(最初から最後までを)見ることができていない。会期中に突然の海外出張が舞い込んだために(およそ世界でもっとも野球と縁のなさそうな地域であった)、まったく見ていない試合さえある。過去2大会、東京での試合はすべてスタンド観戦してきたというのに、今回は今夜のオランダ戦の後半に、かろうじて間に合っただけだ。つまり、阿部の2本塁打などで8点を奪った後で球場に着いたので、8回裏に長野が2点タイムリーを打ち、9回表に2走者を許しながらも牧田が零封して試合を終わらせるまでは、およそ日本のいいところを見ていない。こんなでサンフランシスコに行って大丈夫かね、という不安を抱かずにはいられない試合運びだった。
 
 しかし、このチームがこんななのは今夜に始まったころではない。ブラジル戦は、その夜、浮き世の義理で参加していた宴席の居酒屋のテレビでちらちらと見ていたのだが、ブラジルに点をとられるたびに「こんなんじゃ勝てないよ」「もうダメだ、負け負け」とそこら中から文句の声があがり、ああ、昔の居酒屋には巨人戦見ながらこんなことばかり言ってるオトーサンが大勢いたなあ、と懐かしい記憶が蘇って来たりもしたものだった(そういうオトーサンに限って、逆転して勝利を収めると大げさに喜んだりする、というあたりも往時と変わらない)。それが初戦の緊張から来るものかと言えば、その後の試合でもあんまり変わっていない気がする。
 テレビなどでは「素晴らしい試合だった」と言われている台湾戦も、スコアを紐解くと、序盤から残塁の山を築いた末の苦戦のようで、内容的にはそんなに褒められたものでもないのではという疑いが拭えない。
 
 それでも、冷静に考えてみると、過去2大会のファイナリスト3か国のうち、2か国はすでに大会を去っている。韓国は1次ラウンドで沈み、キューバは苦手オランダに連敗した。日本だけが、なんだかんだ言いながらも手堅くベスト4に駒を進めているのである。大会前には、キューバと韓国が東京ラウンドに集まるなんて日本に不利な組み合わせなんじゃないか、という声もあったと記憶しているが、実際の試合を見ていると、ベネズエラも強かったし、アメリカもあわや敗退かという局面があったりして、C組もD組も決して楽じゃなさそうだ。
 
 2次ラウンドまで勝ち上がった国を見ていると、大抵はものすごく活躍している選手がいる。あるいは、見るからにものすごい能力の選手がいる。キューバだって全員フルスイングの打棒の迫力はすごいし打球も速い。ラウル・ゴンサレスというサッカーの巧そうな名前の遊撃手は、逆足だろうがスライディングしてようが下半身の動きとは関係なく、腕だけで一塁や二塁にどんぴしゃの送球ができる超絶的な能力の持ち主だ。大男ぞろいのオランダのパワーも凄いし、王建民の右腕も健在だった。
 一方の日本は、打率30傑の6位に井端の次は25位に松田がいるだけ。マエケンや牧田はいい投手だが、目をみはる剛球や魔術のような変化球を操るわけではない。

 それでも、勝ち残っているのは、凄い彼らではなく日本なのだ。他国のファンからすれば、なぜ日本が勝ち残っているのか、なんだかよくわからないんじゃないだろうか。過去2大会のような明確な中心選手がいるわけでもない。捕手で四番で主将の阿部がろくに打たなくても、エースと目された田中の出来がいまいちでも、準決勝進出を決めてしまった。相手からしてみれば、いったい誰を潰せば勝てるのか、つかみどころがない。
 監督は呑気な好々爺みたいな感じだし、スキャンダルや不協和音もやたらに報じられるし、そもそもMLBのスター選手は全員不参加だし、冴えない感じなのに、着実に結果だけは残していく。もう、これがこのチームの持ち味なんじゃないかという気がして来た。

 黄金時代を築いたチームというのは、勝ち続けているうちにだんだんと主力選手が衰えたり去ったりして、全盛期に比べると小粒で地味になりながらも、ここ一番での勝負強さを発揮したりして、その後も結構しぶとく勝ち残っていくものだ。選手たちが習い覚えた、試合を読む力だったり、ここ一番の集中力だったり、さまざまな細かい要因で相手よりも優れているのだと思う。そんな力を総称して「勝利のDNA」と呼ぶのだろう。
 そこを心得ていれば、弱そうでも勝てる。勝ったものが強い。それだけのことだ。
 
 監督に求心力がない。中心選手がいない。そんな批判は、このチームの結成時からずっとある。だからといって、それで勝てないわけではない。
 あと2試合。このチームが、そんな持ち味のままで最後まで勝ち上がってしまったら、それはそれで痛快な気がしてきた。

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次期WBC日本代表に関する雑感。

 2013年に開催される第3回ワールド・ベースボール・クラシックに、ダルビッシュ有が不参加を表明した。
 日本代表の有資格者の中で、彼が現在最高の投手であることは疑う余地がない。その大エースが大会の場で見られないのは残念だし、戦力としても大きな痛手だろう。
 ただ、彼がそう考えるに至った理路は、これまでの言動から、ある程度の想像がつく。
 
 彼はもともと、日本野球の価値を証明する、アメリカに認めさせる、という熱意を感じさせる発言を繰り返ししている。MLB行きを表明した記者会見においてもそうだし、11/4に放送されたNHKスペシャルの中でも、何度もそこを強調していた。
 一方で、彼がテキサス・レンジャーズに加入した頃には、「アメリカでは誰もWBCに関心を持たない」という発言も伝えられていた。ちょっと検索したがソースを見つけられなかったのだが、まあこれが事実であるとすると、こういうことになろう。

 自分はWBCチャンピオンの主力投手としてMLBに乗り込んだけれど、かの地の野球人たちはそのタイトルに何の価値も認めようとしない。とすれば、日本野球の価値をアメリカに認めさせるためには、自分がMLBでナンバーワンの投手になること、ワールドシリーズのチャンピオンになることしかない。従って自分はWBCよりもMLBのレギュラーシーズン、そしてポストシーズンで活躍することを優先する。
 
 彼の立場からすれば、しごく筋の通った話である。なので、私はこの件に関しては「残念」という以上の意見を持たない。
 
 ダルビッシュ個人はともかく、次回大会の代表と目される選手の顔触れや、過去2大会の代表リストを眺めていて思うのは、次の代表チームの戦力の強弱は別として、「経験を継承しつつ世代交代する」ことは大変難しい状況にありそうだ。特に野手陣においては。
 
 2006年の第1回大会で「イチロー・チルドレン」と呼ばれた若手野手が何人かいた。その多くはMLBに渡った。西岡は夢破れて日本に戻り、移籍先選びの真っ最中にある。川崎はマリナーズから解約されたが、MLBで就職先を探すつもりのようだ。青木はブリュワーズ1年目で地歩を固めつつあるが、まだ来年のレギュラーが確約されたとは言えないかもしれない。日本にいる今江は年によって成績の波が激しく、過去2シーズンは代表選手というには物足りない。
 2009年に活躍した中島はおそらくMLBに移籍する。過去の例からすると、国際移籍初年の選手のWBC参加は困難だ。片岡は9月に右手を手術したばかり。村田は成績の上では物足りない。今年まで大過なく好成績を残し続けているのは内川と栗原くらいか。

 要するに、「過去の国際大会を経験し、その後も活躍し続けて、2013年に文句なく主力として出場する野手」が、ほとんどいない。可能性があるのは青木と内川だが、失礼ながら、彼らが代表チームでリーダーシップを発揮するタイプのキャラクターであるようには考えにくい。

 もちろん、国際経験はなくても好選手は大勢いる。坂本、中村剛、糸井、長野あたりを中心に、過去2大会に、個人としてはさほど遜色ない顔触れを揃えることはできるだろう。
 ただし、それがチームとして機能するかどうかはまた別の話だ。国内リーグでどれほど素晴らしい成績を残した選手でも、国際試合ではやってみないとわからない怖さもある。
 大会が始まれば、予測のつかなかったようなさまざまな事態が起きる。そんな時に、適切なリーダーシップを発揮できるのが誰かといえば、現時点で参加確実な選手でいえば阿部ということになってしまうのだが、本当にそんなことが可能だろうか。
 国際大会に臨む代表チームでは、ただでさえ捕手にかかる負担は異常に大きい。負けたら終わりの一発勝負が続く上、相手の情報が少なく、さらに自チームの投手ですら初めて組む相手の方が多い。リードするだけで手一杯だろう。その上、野手陣の面倒を見ている余裕があるのかどうか。
 
 そう考えていくと、詰まるところはやはりイチローが頼り、という結論になりそうだが、過去2大会とは異なり、彼にとって目下の最優先事項は来季の契約だろう。本人の希望はヤンキースでワールドチャンピオンになることだろうが、首尾よくオファーがあったとしても、ヤンキースはもともとWBCへの選手派遣に消極的なチームだ。そして、もし他のチームに移籍するとなれば、春のキャンプでレギュラーを勝ち取らなければならない立場に陥る(ヤンキースでもそれは変わらないけれど)。
 結局のところ、イチローが代表に参加できる可能性は決して高くないように思える。
 
 とすると、実は今大会では、過去2大会にも増して、監督のリーダーシップや求心力が決定的な意味を持つように思えるのだが、はて、山本浩二監督にそれだけの力があるのだろうか。コーチ陣が重厚すぎる(監督としての実績は梨田や東尾の方が上といってよい)のも、私には安心材料というよりは心配の種である。
 
 どうも、考えれば考えるほど見通しが悲観的になっていく。ううむ。
 
 救いがあるとすれば投手陣だろう。ダルビッシュはいなくとも、田中将、涌井、内海、山口、あと状態が回復すれば杉内らの経験者が健在だ。初参加となる、生きのいい若手も育っている。阿部が主戦捕手になるのなら、勝手知ったる投手が何人か選ばれそうなのも好材料だ(来シーズンのジャイアンツにとっては微妙だが)。
 あとは野手陣の中から新しいリーダーが頭角を現してくれるのを祈るばかり。個人的には坂本に期待している。

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日本プロ野球選手会のWBC出場ボイコットに関する連続ツイート。

7/19のツイート。

●要求内容は正当だと思うが、交渉戦術としては展望のないやり方に思える。相手はそもそも交渉のテーブルに付く気がなさそうに見える。日本代表がボイコットしたからといってWBCが困るだろうか。/選手会がWBC不参加を決議(デイリースポーツ) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120720-00000033-dal-base

●ボイコットしたところで日本抜きで開催されるだけのことになりかねないし、そうなると第4回以降はさらに立場が弱くなる。交渉事や訴訟合戦にかけては、野球以上に彼我の実力差がありそうなだけに悩ましいが、参加しながら交渉を続ける方がベターであるように思う。

●一般論として、要求事項が何であれ、それがどれほど正当であれ、野球選手が交渉材料として「野球をやらない」と言い出すことには抵抗を覚える。

●WBCに関しては、どれほど理屈をつけたところで、要求事項そのものは「もっと金をよこせ」に尽きる。それが容れられないなら野球をやらない、というのでは、見物人としては、一定の理解はできても、賛同はできない。私が見物したいのは野球であって法廷闘争ではない。

●スポンサー収入の帰属先をめぐってMLBと争っているのが選手会、というのも奇妙な構図ではあるが。本来ならそこで矢面に立つのはNBPの役割であり、再任されたコミッショナーの仕事であるはずだ。

●よもやMLB内で「日本人メジャーリーガーだけで1チーム作って参加させりゃいいや」みたいな話になる可能性はあるんだろうか。捕手はカート・スズキあたりで。

●木村公一さんによると、WBCはそもそもそういう大会、ということのようだ。同床異夢にもほどがある、ということですな。


7/20のツイート。

●WBCの件の続き。選手会の主張はこちら。http://jpbpa.net/wbc/ 前にも書いた通り、主張には正当性があるが、手段には飛躍があると思う。この次元の争いで「未来の日本の野球のために」と言い切ってしまえる感覚にはついていけない。

●不参加が日本野球の未来に及ぼすメリットとデメリットを冷静に検討しているのだろうか。この大会が始まった時、私は「どんなに運営に問題があっても、日本野球は参加して勝つことを目指すべき」と主張していたが、今もその考えに代わりはない。WBC抜きでも日本野球が安泰だというなら別だが。

●今の日本で、あるスポーツが人気競技であり続けようとするなら「世界に挑む日本代表」という存在は極めて重要だ。現実に用意された「世界」がどれほど歪んだ空想的なものであったとしても、日本野球はその物語を必要としている。歪みを是正するためにも、参加して勝って発言力を増すことが大事。

●2度も優勝したのに発言力が増えないじゃないか、と言われればごもっともだが、それでもやっぱり、他に世界大会がなくなってしまった以上、参加して勝つ以外の選択肢は見えない。

●「日本野球の未来のために」というからには、選手会は最低でもこのレベルの議論をしていてほしいのだが、さて現実はどうなんでしょう。


●運営上の問題がたくさんある大会なのに、選手会は金の話しかしない。選手には選手の言葉があるべきで、弁護士の言葉とは違うはずなのだが、両者は綺麗に一致している。/WBC「経済的メリット取れるのはMLBのみ」 石渡氏が大会の構造改革を訴え http://sankei.jp.msn.com/sports/news/120629/bbl12062909030001-n1.htm

●いつも思うんだが、選手会の名のもとに公表されるこういう文章って、誰が書いて、誰が決済してるんだろう。週刊ベースボールの連載にも署名がない。http://jpbpa.net/news/?id=1342765958-887972

●「なお、野球の国際大会において“侍ジャパン”の名の元に行う日本代表による、独自の国際試合への参加については積極的に協力していく所存です。」http://jpbpa.net/news/?id=1342765958-887972  … って、どこにどんな国際大会があるというのか。

●(yusuketsuikiさんへのレス)選手たちは素晴らしい試合をすることで、もともと価値の疑わしい大会に、独自の価値を与えてきたのです。価値は試合の中にしかない。選手会サイトの文言で嫌なのは、スポンサー権料を「日本代表の価値」と呼んでいることです。それは「選手の言葉」ではありません。

●で、あえて金の話もしておくと、野球日本代表のスポンサー権料というのは、五輪やWBCに参加するから発生するのであって、そこに出場しない代表が同じ利益を生むとは到底思えない。だから、WBCをボイコットしたらMLBに吸い取られる金が日本代表のものになるわけではない。単に消滅するだけだ。

●一方、日本代表がWBCに参加することで生ずる利益はスポンサー権料等だけでなく、有形無形の経済効果があるはず。例えば大会前の有料練習試合、大会後のNPB公式戦の観客動員増、無形でいえば野球の人気、注目度の高まり。WBCボイコットはそのすべてを無にする。

●選手会の議論は、WBC参加の波及効果を無視している。WBCなしでも日本代表の価値が存続するかのような書き方だが、それは無理があるんじゃないだろうか。野球が五輪を失ったダメージは大きい。

●これは選手会とは関係ないけど、日本がWBCに代わる国際大会を主催する、という案には、残念ながらあまり意味がない。メジャーリーガーが参加しない大会は、WBCの価値を超えられないから。

●そういえば昔、こんなことを書いてたのを思い出した。ロンドン五輪の開幕直前にこういう事態が起こるのだから、なんともはや。すごい閉塞感。/五輪競技落選による、MLB一極集中体制の完成。 http://kenbtsu.way-nifty.com/blog/2005/07/post_b834.html


ちなみに、昨年10/10にはこんなツイートをしていた。

●アイデアとしてはアリだと思うが、日本一監督がアメリカ人だった場合にも適用するんだろうか?(それ以外の外国人という可能性は、現実的にはまず考えにくいのでここでは無視する)/日本一監督が侍ジャパン指揮官就任へ! http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/10/11/kiji/K20111011001796360.html …

●バレンタインくらいの実績があれば別だが、ヒルマンのようにMLBの監督経験がないアメリカ人が日本代表を率いてUSA本土に乗り込むとなると、精神状態が心配になる。それ以前に、ディフェンディングチャンピオンである現状では、ファンも外国人監督を容認しないのでは。

●なお、WBCの参加条件に関してNPBと選手会がやっている条件闘争については、原則として賛成してます。アサヒビールが払うスポンサー料が主催者に入っているとは知らなかった。それはどう考えても不当だろう。今大会だけで万事解決するはずはないが、開催されるたびに粘り強く交渉していくべき。

●ただ、日本が単独で金の話だけを交渉している、というのはうまくない。自国リーグで強い代表チームが作れるキューバと韓国を、何らかの形で抱き込んで共闘できたらよいのだが。この3か国が全部欠場したら、国際大会としては格好がつかないだろう。共通の利害をどこかに見いだせないものか。


…選手会に対する意見としては、ストが終わって第1回WBCに向けた動きが始まってから、ずっと同じことを書いている。もうずいぶん時間が経って、ストの後からプロ野球に入って来た選手も増えたが、大きな状況としては変わっていないと思う。つまり、「WBC抜きでも日本野球が安泰だというなら別だが。」というところがすべての根っこにある。

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高代延博「WBCに愛があった。 」ゴマブックス

 今春の第2回WBCで三塁ベースコーチを務めた高代延博が大会を回顧した本。あとがき等を見ると、スポーツ・ヤアの元編集長、本郷陽一が関わっているようだ。

 第1回大会の後には2冊のドキュメンタリーが刊行されたが、いずれも取材者(石田雄太、石川保昌)の手によるものだったから、インサイダーによるWBC回顧録というのは初めてで、それだけで興味深い。三塁ベースコーチとして、日本代表の攻撃のすべてをグラウンドで体験してきた高代であれば、なおさらだ。

 刊行時の目で記したプロローグ、大会そのものについての考えを述べたエピローグを除くと、本書は著者が原代表監督から三塁コーチへのオファーの電話を受けた日に始まり、帰国便が成田空港に到着する場面で終わる。
 コーチ陣の編成が発表された時、私は、原と高代にどういうつながりがあるのだろうと訝しく思ったものだが、高代自身も同じような戸惑いを持っていたようだ。ジャイアンツとのプレーオフに敗れたその夜に、落合監督自身の口から翌年の構想に入っていないことを告げられ、その2日後、ナゴヤドームで荷物をまとめている最中に、携帯電話に原自身から連絡があった。
 意欲はあるものの、WBCに参加すれば、そのシーズンはもうコーチとしての仕事はない。生活のためには他球団に就職した方がよいのではないか、と迷った高代は、率直に事情を話して返答を保留するが、プレーオフが終わるような時期には、すでにどこの球団も監督・コーチ人事は完了していた。原の誠意、妻の勧めにも推されて、高代はコーチを引き受ける。
 …というような、わりとなまなましい内情が、坦々と記されていく。首脳陣の顔合わせ、選手選考*と、大会に向けた準備が進み、そして合宿へと向かっていく。

 面白いのは首脳陣の人間関係における高代の立場だ。
 もちろん高代のコーチとしての手腕は評価され、仕事の上では尊重されていたのだろうが、高代は人間関係の上ではまるで外様なのだ。この大会限りのプロジェクトチームとして集められたコーチ陣とはいえ、それぞれに既存の関係はある。王顧問、原監督、篠塚・緒方コーチというジャイアンツ人脈が中心にあり、投手コーチの山田、与田は職掌上は専門外。
 そのため、仕事を離れた場面では一人で過ごすことが多かったようで(酒を飲まないコーチが多かったせいもあるらしい。高代自身は飲む人なので)、本書では、合宿や遠征生活の中で一人で夕食に出かける場面がたびたび出てくる。というより、監督主催などの食事会以外では、スタッフと行動をともにする場面がほとんどない(選手とは食事をしないのがポリシーらしい)。食事会で王顧問の隣に座るたびに緊張しているのもおかしい。
 別にそれがトラブルや不和の存在を示唆しているというのではなく、プロジェクトチームの成り立ち方というのはそんなものだろうな、とも思う。いい大人が1か月以上も集団生活を送るのだ。よほど気心の知れた相手でなければ、四六時中一緒にいたのでは疲れてしまうことだろう。何気ない場面だけれども、こういう描写にリアリティを感じる。
 
 宮崎での合宿、そして大会がスタートすると、今度は三塁ベースコーチとしての高代の眼と腕が前面に出てくる。これも本書の肝だ。
 どの試合のどの場面で、どの走者のスタートが遅れたことがどういう結果をもたらしたか。どうすれば自分は失敗を防げたのか。ある局面で本塁突入を指示し、別の局面で止めたのはなぜか。相手外野手の肩をどう評価していたか。テレビで見ているだけではなかなか判らない(いや、球場で見ていても判るとは限らない)、微妙なプレーと判断の機微が、試合の行方を左右していく。まさに「三塁コーチが見た侍JAPAN」(サブタイトルの一部)である。高代が書く三塁コーチ論をぜひ読んでみたい、と思わせる。ま、ご本人はまだまだコーチとして仕事を続ける意欲たっぷりだろうから、本当に肝心なことが書けるのはずっと先になるのかも知れないが。

 高代にはもうひとつ、守備コーチとしての仕事もあった。
 合宿に集まった内野手たちからアドバイスを乞われて、それぞれに対して課題とその解決方法を教える場面は圧巻といってよいが、白眉は何といっても村田への指導だろう。

 WBCを見ていて驚いたことのひとつが村田の守備だった。決して上手ではなく、そもそも本人がまともに意欲を持っていなかったことは確実(昨年末のテレビ番組で、広島の東出から「広島遠征では毎晩焼き肉屋に通っているから、3連戦の3日目あたりには明らかに守備の動きが悪い」と指摘されて、「今は食べたいものを腹いっぱい食べたい」と居直っていた)だった村田が、厳しい打球に飛びついて、しばしば危機を救っていた。本書では、原監督と高代が、村田の意識を変えて練習に取り組んでいく様子も記されている(横浜の指導者はこれまで何を教えてたんだろう、という気もしないでもないが。こういうことをきちんとさせられないのが弱いチームなのだろうな)。
 
 高代のノックの巧さが、USAで行われた第2ラウンド以降、現地のメディアに絶賛されていたという話は、大会当時も話題になっていた。本書でもその件が紹介されている。練習試合を行ったサンフランシスコ・ジャイアンツのベンチコーチが、守備理論を聞くために高代を訪ねてきた場面も興味深い。ベテランのベンチコーチを感服させる高代も見事だし、日本人にわざわざ教えを乞うコーチも立派だ。

 もちろん、ひとり高代だけでなく、原監督をはじめ伊東、山田、篠塚ら、それぞれのコーチに、それぞれのWBC物語があることだろう。彼らのような指導者がチームを支えていたこと、そもそも高代のような指導者がいること自体が、日本野球の強みなのだろうと思う。
 高代は法大ー東芝と進んだ後にドラフト1位で日本ハムに入団、日本ハムで10年、広島で1年の現役生活を過ごして引退。そのまま広島でコーチ生活に入り、90年から昨年まで19年間コーチ業をしてきた。現役時代から守備と走塁に定評のある内野手だったから、もともとそれらの技術については思考と実践を重ねていたのだろうが、人に教えるとなればまた別だ。
 本書は、優れたコーチとなった高代の仕事ぶりをWBCという特殊な大会を通じて描いたものだが、そこに至る過程、彼がいかにして優れたコーチとなったかについても興味が湧いてくる。
  
 
*
亀井義行の選考については、本書によれば高代自身が推挙したという(昨年末にテレビ番組に出演して、亀井の守備を高く評価したこともあった)。このblogで議論になったこともあるので、該当部分を引用しておく。

<問題は、外野の守備がための選手の是非だった。
 外野担当の緒方コーチも、そこは決めかねていたようで「例えば逃げ切りたいときに、どうしますか? 青木、イチローに代打はないですよね。福留に代打はあるかもしれません。その場合、守りはどうしましょうか」と全員に問題提起した。
 私は「亀井義行はどうか」と推薦した。
 色眼鏡で見られる巨人の選手、しかも実績には欠ける。だから、原監督や緒方ら巨人のスタッフにしてみれば、自分のチームの選手を推しにくかったのかもしれない。しかし、私は、敵チームである中日の三塁コーチャーズボックスに立っていて亀井は嫌な外野手の一人だった。肩と、打球を処理してからの動作の速さに関して言えば、全盛期の高橋由伸にもヒケを取らないレベルにあると感じていた。
 最終メンバーまで亀井が入ったことに「巨人だから選ばれた」という批判があったみたいだが、内情は違う。これは亀井の名誉のためにも特記しておきたいと思う。>

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終わりよければすべてよし(増補版)。

 昨日は中身のないエントリを大勢ご覧いただいたようで失礼しました。

 普段の私なら、試合が終わったところで、何か落ち着き払って恰好つけた文章を書こうとするのだろうが、昨日ばかりは何も湧いてこなかった。ただただへたりこんで言葉がない、そんな心境だった。
 試合前は、また韓国とかよ、もう見飽きたよ、という気持ちもあったはずだが、試合が進むにつれてどんどん前のめりになっていった。そんな人はたぶん日本中に大勢いたのではないかと思う。いいことも悪いこともあったが、決勝戦にふさわしい立派な試合だった。

 ともあれ日本は再びワールドベースボールクラシックの頂点に立った。
 アメリカに敗れ、韓国に1勝2敗と負け越した前回は、レギュレーションに救われた面があったことは否めない。
 だが、今回は違う。韓国には3勝2敗、キューバに2勝無敗、USAに1勝無敗。五輪で優勝経験があり、昨年の北京五輪で日本を上回る成績を残した3か国にすべて勝ち越している。何の瑕疵もない、堂々たる優勝だ。それが嬉しい。

(またしてもドミニカとやれなかったのは残念だが、一次ラウンドであっちが消えてしまったのだからどうしようもない。ちなみに韓国は今回、キューバともUSAともやらずに決勝に進んだ。別に彼らのせいではないが、幸運だったとは言えそうだ)


 試合が終わった後は、そのまま夜中まで仕事をしていて、帰宅が夜のスポーツニュースにも間に合わなかったので、試合後のインタビューで監督や選手たちが何を喋っていたのかはよく知らない(あの雰囲気は好きなので残念だ)。
 ただ、グラウンドでイチローが受けていたインタビューだけはテレビの前で聞いていた。同点の延長10回、二死一、三塁で打席に入った時の心境を聞かれて、彼はこんなことを話していた。

<日本からの視線が凄いことになってるだろうなと、自分の中で実況しながら打席に入って、そういう時は結果が出ないものなんですが、ひとつ壁を越えたな、と>
<球場に来てくれた皆さん、日本で見ていてくれた皆さん、すべての人に、ありがとうと言いたい>

 このblogに長く付き合ってくださっている方は、4年前の3月に書いた<イチローは視線に脅えている。>というエントリをご記憶かと思う。当時、文芸春秋に掲載されたインタビューの中で、彼は<日本からの目というのは脅威ですよ>と繰り返し語っていた。その後、第1回WBCの経験なども加わってか、だいぶディフェンスの鎧を緩めた印象はあるものの、基本姿勢は大きくは変わっていない。

 そんな面からイチローを見続けてきた者にとって、この談話には感慨深いものがあった。大袈裟に言えば、あの打席こそ、彼が視線恐怖症を克服した瞬間だったのかも知れない。

 レギュラーシーズンが始まれば、彼は再び日本のメディアに追い回されることになる。昨シーズンにやり残した「張本勲の通算安打数3085本を抜く」という局面がすぐに訪れるからだ。差は2本だから、開幕戦から期待が集まるだろう。
 彼がそこをすんなりと乗り越えられるようであれば、今シーズンの彼のプレーは、かなり楽しみなものになる。

 そして、就任前から大会中までとやかく言われ続けた原監督。
 試合中の采配は、必ずしも最良の選択ばかりをしてきたとは言えない。決勝戦でも残塁の山を築き、原自身が<うまい監督さんならもう少したくさん点を取れたでしょう>と認めている。

 試合中の作戦はもちろん大事だ。だが、監督の仕事はそれだけではない。
 大会中、前の試合から先発メンバーを入れ替えたケースで活躍した選手は多かった。野手では、スタートは悪くとも大会中に調子を上げていった選手は何人もいたし、途中で著しく調子を崩した選手はいなかった。
 13人連れていった投手のうち、まったく使えなかった投手は1人もいなかったし、<本来は僕がいる場所じゃないが、球児さんが心の持ち方をアドバイスしてくれた>という決勝戦後のダルビッシュの言葉に見るように、選手同士が助け合うチームになっていた。

 原が具体的に何をしたのかは知らない。投手陣については山田・与田両コーチに負うところも大きかったに違いない。
 だが、監督は結果のすべてに責任を負う立場である以上、評価もまた結果によって下されるべきだ。

 原監督は素晴らしいチームをまとめて世界一に導いた。
 それがただひとつの結果だ。誰にも覆せない。

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終わりよければすべてよし。

 原監督、スタッフ、選手たち。結果の出せなかった選手も含めて、みんなよく戦った。
 今度こそ瑕疵のない世界一だ。おめでとう!

 今はそれ以上言うことがありません。続きは後ほど。さ、仕事しなきゃ(笑)。

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チルドレンが巣立つとき。

 イチローチルドレンという言葉があった。
 2006年に開かれた第1回WBCでのことだ。川崎、西岡、青木。今江も入っていたかどうか。彼らが野球少年だった頃、すでにイチローは史上初のシーズン200安打を達成したスーパースターだった。イチローに憧れて育った彼らがプロ入りし、一軍の試合に出るようになった時には、すでにイチローは海の向こうの人だった。
 その憧れのヒーローと同じチームで野球ができる喜びに溢れた彼らは、生まれたてのアヒルが母の背中にくっついて歩くがごとく、いつもイチローにくっついて歩いていた(らしい)。そんな彼らをメディアがイチローチルドレンと名付けた。

 年齢差は10歳もないのになぜチルドレンか、と今になれば違和感を抱くが、当時は、その半年前の“郵政民営化選挙”で衆議院に大量当選した新人議員たちが「小泉チルドレン」と呼ばれて政界の一大勢力をなしていた頃だったから、そこから命名されたのだろうと容易に想像はつく。
 政界のチルドレンの多くはその後、庇護者を失って迷走を続けているが、野球界のチルドレンは、憧れのイチローと成し遂げた世界一の勲章もきっかけと励みになったのだろう、以後もそれぞれに成長し続けている。
 
 
 
 世界大会なのにどうして同じ相手とばかり何度も試合をしなければならないのかとか、ラウンドの初戦を勝ってもあんまり有利にならないのが釈然としないとか、ラウンドの最終戦は常に順位決定のためだけに行われるので気合の持っていきどころに困るとか、試合をするたびにダブルエリミネーション方式に翻弄されながらも(といってもこれは全部見てる側の感想で、やってる選手はまた違うのかも知れないが)、日本代表は第2ラウンドでキューバを再び倒し、どうにかベスト4の一角にまでたどり着いた。

 6試合で4勝2敗。日本をここまで導いた最大の要因は間違いなく安定した投手力だ。
 一方で、事前報道では絶対的なリーダーであるかのように扱われていた(そして彼自身もそのように振る舞っていた)イチローが極端な不振に陥っている。韓国との2試合はいずれもそこそこ走者は出るものの、進められず還せず、ひとたび先制を許すと、その重苦しい雰囲気のまま、ずるずると押し切られてしまう。そんな負け方だった。圧倒されたというわけではないだけに、一番打者の不振の影響は大きいように思える。このまま日本が大会から消えれば、戦犯扱いされることは避けられなかっただろうし、彼自身も大会前から、勝ち負けに責任を持つべき立場の人物がするように振る舞っていたのだから、そういう思いはあっただろう。
 春先はさほど打率が上がらないのが常とはいえ、イチローがここまで打てない姿は見た記憶がない。日本ラウンドでは不振だったものの、アメリカに渡って初戦のアメリカ戦の第一打席でいきなりホームランを放ち、以後はチームを牽引した前回大会とはかなり様相が異なっている。

 そして、チルドレンの3人もまた、3年前とは違う春を過ごしつつある。
 二塁手のレギュラーとして活躍した西岡は、そもそもこのチームに選ばれず、千葉ロッテの一員としてシーズンに備えている。二塁の岩村、遊撃の中島がそれぞれ相応の結果を出しており、今のところ西岡不在を穴とは感じさせない。ただ、手足が縮こまったような野球をしてしまった韓国との2試合では、よい意味で空気を読まない西岡の存在が突破口になったかも、と感じさせなくもない。

 西岡と二遊間コンビを組んで、やはりレギュラーだった川崎は、今大会では主にベンチに座っている。彼が守れる遊撃と三塁では、中島と村田がそれぞれにいい仕事をしているから、控えに回るのもやむなしとはいえる。ただ、渡米後の発熱で中島が欠場した時、代わってスタメン起用されたのは、西武では二塁を守る片岡だった。いかに足が速いとはいえ、川崎だって盗塁王経験者だ。屈辱的ともいうべき起用(正確には不起用)にもかかわらず、川崎はベンチの中できわめて高いテンションを保ち、守備から帰ってくる選手たちを迎えたり、イチローのキャッチボール相手を務めている。持ち味は違うけれど、彼なりに、前回大会で宮本慎也が果たしていたような役割をしようとしている。

 そして、まぎれもなく今大会の日本打線の中心にいるのが青木だ。ほかの打者が打ちあぐむ投手を攻略し、安打を重ね、好機ではランナーを還している。
 前回大会の彼は、前年にイチロー以来の200安打を記録したとはいえ、まだ売り出し中の若手だった。控えとしてベンチに座ることが多く、先発に起用された試合でもよい結果を出せなかった。優勝はしたけれど、充実感は物足りなかったのではないかと思う。その後の3年間、彼はレギュラーシーズンで好成績を続けた。北京五輪の予選と本大会にも出場し、今度は活躍した。そして今、少なくとも最初の6試合で、青木は誰よりも見事な打棒を見せている。
 
 
 3年前は、イチローに憧れ、仰ぎ見て、背中からついていくばかりだった若者たちが、今はその“父”の不振を補っている。イチローが打てなくても、青木が打つ。イチローは黙っていても、川崎がチームを鼓舞する。
 そして、彼らの少し上の世代である村田は、試合に出ているうちにだんだんと4番打者らしくなっていき、少し下である中島は、北京五輪に続き、緊張を感じさせないプレーを見せている。そんな彼らを見ながら、片岡や内川が緊張しつつも相応の結果を出している。
 下位をがっちりと固めている城島や岩村に支えられ(福留はもう少し打ってもいいと思うが)、20代半ばの中堅選手たちが苦しみながら戦って、日本は勝ち上がってきた。
 イチローがダメでも周囲がカバーして得点を挙げ、準決勝まで勝ち上がったということ自体が、この大会の最大の成果であるように私には感じられる。
(投手陣も見事だが、こちらはもともと評価が高いので)

 第1回大会で打線を牽引したイチローにしても松中にしても、今から見ればキャリアのピークにあった時期だ(これからまた上昇する可能性は否定しないけれども)。
 一方、今大会で上位打線を打つ彼らは、まだまだ成長途上にある。年齢的にはベテランに近づきつつある村田にしても、伸びしろはありそうだ。
 そういう選手たちが、この大会を足がかりに、さらに飛躍してくれるのなら、日本野球にとってこれほど嬉しいことはない(西岡や今江においては、出られなかったことを足がかりに。サッカーの世界では、あるワールドカップに選ばれそうで選ばれなかった選手が、次のワールドカップでチームの中心にいる、という事態はしばしば起こる)。

 と同時に、次の五輪で野球が採用されず、日本代表が真剣にタイトルを争う大会が4年後までこないことを考えれば、そこで主力となるであろう世代の選手たちが中心となって勝ち上がってきたことの意味はとても大きいと思う。
(今大会で活躍している20代の選手のほぼ全員が北京五輪経験者だというのは偶然ではないのではないか)
 イチローが額面通りに打ちまくって勝ち進むことよりも、ここまでの現実の方が、はるかに価値が高いと私は思っている。


 仰ぎ見ていたイチローの背中に、チルドレンと呼ばれた選手たちは、着実に近づいている。いつかは父を乗り越えなければならないのが子供の宿命だ。彼らの目に、イチローの背中は、間違いなく3年前とは違った見え方をしているに違いない。

 そして、あとは「父」が意地を見せてくれれば、もう何も言うことはない。
 イチローは、プロ入りして一軍で試合に出るようになってこのかた、「自分が打ってチームが勝つ」「自分は打つけどチームが勝てない」という状況は何度も経験してきたはずだが、「自分は打てないけど周囲が頑張ってチームが勝つ」というのは35歳にして初めての体験ではなかろうか。
 この事態を彼がどのように消化していくかは興味深い。過剰な自意識から解放され、「みんなのおかげでここまで来られた」というような言葉を口にすることができるようになった時、彼はまたひとつ違うステージに立てるのではないかという気もしている。もっとも、そんな期待をすることは、天才を凡人のステージに引きずり下ろすような類いの過ちなのかも知れないが。
 

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完全なるホーム。

 イチローがライト前に彼自身の大会初安打を放つと、スタンドの観客の半分くらいが立ち上がった。
 というのはたぶん私の錯覚で、実際には2割か3割くらいだったかもしれない。だが、そもそもイチローが登場してきた時点から、場内の空気は異様なほど高揚していた。

 試合開始直後の一回表。冷静に考えれば、単なる無死一塁だ。試合の先頭打者を出塁させてしまうことは、先発投手にとって、よい状況ではないけれど、とりたてて珍しい状況でもない。韓国の先発投手、キム・グァンヒョンだって経験はあるはずだ。
 だが、今夜のそれは、キムにとって絶対絶命のピンチのように感じられたのではないだろうか。今夜の東京ドームは、それほどの雰囲気、それほどの圧力だった。
 だから、続く中島の安打、青木の先制打、そして大会初登場の内川が三塁線を抜いたタイムリー二塁打は、観客の後押しによって生まれたといっても過言ではないと私は思っている。その後も積み重ねた計14本の安打と14の得点のすべても。

 村田は試合後のお立ち台で「野球選手として幸せです」と話していたが、それはそうだろう。本塁打を打った次の打席からの村田への声援はイチローに次ぐものだった。彼のプロ野球人生で、スタンドのほぼ全方位が自分を応援しているという体験は、空前のものだったに違いない。

 3年前の第1回大会の時にこのブログを訪れていた方は、東京ラウンドの終了時に、私が観客席のヌルさ加減を批判するような文章を書いたことをご記憶かも知れない。スタンドが埋まったのは韓国との試合だけだったし、その韓国戦では、日本での試合にもかかわらず、韓国側の応援に圧されていた。

 だから今夜、東京ドームで自分の席について満員のスタンドを眺めた時には驚いた(中国戦がほぼ満席だったことにも驚いたが)。韓国の応援団は左中間にこぢんまりと集まり、あとは三塁側に数カ所の島があるだけ。あのカンカンと甲高い音を立てる棒状の風船を両手に持った韓国サポーターは、全部で1000人もいなかったのではないかと思う。

 東京ドームのスタンドは、一周360度のうち350度くらいまでが日本を後押ししていた。集まった人たちは、見物ではなく応援に来ていた。ライトスタンドの応援団のリードに応じて、多くの観客が声を挙げ、手を叩いた。これほどの大差にもかかわらず、試合終了まで席を立つ人はごく少数だった。それどころか、ほとんどの観客が、試合後のヒーローインタビューまで残っていた。
 今夜の東京ドームは、これ以上ない、完全な日本のホームだった。3年前とはまったく違う。第1回大会に優勝したことの意義を、改めて実感した(もちろん北京五輪での経験も影響しているのだろうけれど)。

 2003年に行われたアテネ五輪予選以来、日本が国際大会のアジアラウンド(または予選)を戦うシリーズを現地で観戦し続けて4大会目になるが、これほどひとつになったスタンドを初めて経験した。それが嬉しい。
 
 原監督にはイチローを三番に置く構想もあったようだが、日本での試合では一番に置いて正解だったと思う。イチローが出てきた時の盛り上がりには異様なものがある。相手チームの先発投手は、最も神経をつかうであろう初回の第一球から、いきなり大ピンチのような気分に追い込まれるのだ。これほどやりづらい状況はない。
 イチローが打席に立つ時、観客がシャッターを押すカメラのストロボが、スタンドをまるでスパンコールのような状態にする。私はできるだけ発光を控えてほしいという立場をとっているけれど(写真撮ってもいいけど発光しない設定にはできるはずだ)、現実にはイチローの打ちづらさ以上に、相手投手が投げづらいんじゃないかとは思う。


 このような状況を韓国サイドから見れば、2大会続けてアジアラウンドを日本でやることは、理不尽に思えるかも知れない。前回大会では日本に2勝1敗だったし、別の大会とはいえ北京五輪では優勝しているのだから、もっと尊重されるべきだ、と彼らが考えたとしてもおかしくはない。
 WBCは、わけのわからないうちにレギュレーションが決まっていることが多く、日本ではMLBを批判する声が強い大会だが(もちろん正当な批判だけれども)、この点においては、日本代表は「わけのわからないうちに決まるレギュレーション」のメリットを大いに享受している、ともいえる。


 この勝利で日本は2次ラウンドへの進出を決めた。
 アジアラウンドはまだ1試合残っているから、チーム状態について軽々しいことは言えないが、よほどのことがない限り、アメリカでの2次ラウンドに落ち着いて入ることができるだろう。
 この2試合で石原捕手を除く野手全員が何らかの形で出場し、投手も岩隈、内海、小松を除いた10人が登板して、まずまずの内容の投球をした。当たりの出ていない打者が何人かいるものの、打線につながりが生まれ、ほぼ全員がゲームに入った状態で次に進めるのは、よい傾向だ。第1回大会のレギュラーだった川崎が、ベンチにいながらも懸命に盛り上げているのがよくわかる。

 スタンドはひとつになった。チームもおそらく、その方向に進んでいる。

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