東京五輪で日本野球が金メダルをとれた、たった2つの理由。

 東京五輪の決勝でアメリカを破り、全員がプロの代表チームとして初めて金メダルを獲得した直後に行われた坂本勇人のインタビューに、印象深い言葉があった。

 「僕の1つの夢でもあったので、金メダルがとれて感無量です」

 これまでプロとして五輪に出場した野球選手の中に、金メダルを取ることが夢だった、という選手がいただろうか。坂本の言葉は私の耳に新鮮に響いた。

 

 筆者の知る限り、彼らにとって五輪の金メダルは「義務」だった。

 はじめてプロ野球選手だけのチームで臨んだ2003年のアテネ五輪予選。主将を任された宮本慎也は、開幕直前に開いたミーティングで、選手たちにこう語りかけたという。

 「野球には、一生懸命やったんだから負けても仕方ない、という場合もある。だが、この3試合はそうじゃない。言い訳は許されないんだ」

 絶対負けられない試合が、そこにあった。

 

 かつて、オリンピックの野球は「世界のアマチュア球界の最高峰」だった。オリンピック自体がアマチュアリズムの世界だったからだ。

 1984年のロサンゼルス五輪で公開競技となって以来、日本野球の五輪代表チームは、社会人主体のチームに優秀な大学生が加わる形で構成されてきた。ロス五輪で金メダルを獲得した日本は、その後も常にメダルは手にしたものの、頂点に立つことはできなかった。

 2000年のシドニー五輪でプロ選手の参加が解禁され、状況が変わる。対応は国によって異なった。世界最強のメジャーリーグを擁するアメリカ合衆国では、MLBは選手の派遣を容認せず、代表は主に元メジャーリーガーと、有望なマイナーリーガーによって構成されるようになった。韓国やメキシコなど国内にプロリーグを持つ国は、そこを主体にチームを作った。制約なしの最強チームを五輪に送り出せたのは、社会主義国のキューバくらいだったろう(そのキューバも、主要選手がMLB入りするようになった今では他国と同じ状況だ)。

 

 日本の場合、五輪は多くの社会人選手にとっての目標で、五輪に出るためにプロ入りの誘いを断ってきた選手もいる。解禁されたから「では五輪代表はプロ選手で」というわけにはいかなかった。プロの側も、シーズン大詰めの時期にスター選手がごっそり抜けるのは困る。そもそも五輪に選手を派遣する主体はJOCに加盟するアマ団体で、NPBではない。

 様々な話し合いがあったのだろう。結論は「社会人主体のチームに少数のプロが参加する混成チーム」だった。全部で8人、1球団からは1人だけ。松坂大輔らが参加して、予選は突破したものの、本大会では準決勝、3位決定戦と敗れて、五輪で初めてメダルを得られずに終わった。

 

 もはやアマ主体では五輪で勝てない、とアマ球界の偉い人たちも腹をくくったのだろう。次のアテネ五輪に担ぎ出されたのは、2001年限りでジャイアンツの監督を退いていた長嶋茂雄だった。当初は強化本部長という肩書で「プロアマ横断で最強チームを作る」という話だったが、やがて長嶋は監督となり、チーム自体もプロ主体になっていく。五輪に関心の薄いプロ選手でも長嶋に招かれたら簡単には断れまい、という計算もあったに違いない。

 そのスター揃いのチームで主将を任されたのが宮本である。同志社大時代の彼の先輩には五輪3大会に主力投手として出場した杉浦正則がおり、プリンスホテル在籍時にも社会人選手の五輪への思いに触れている。アマ選手の夢を奪う形で自分たちが出場するからには予選敗退など許されない、と考えたことを宮本自身がのちに語っている。それが「言い訳は許されない」という言葉になったのだろう。

 

 中国、台湾、韓国を相手に2つの出場枠を争った予選で、日本は3連勝し、アテネ行きの切符を手にした。異様な緊張感の中で戦った3試合を通じて、チームの一体感も生まれてきた。

 だが、アテネ五輪が開催される2004年になって、最大の求心力であった長嶋が脳梗塞に倒れるというトラブルがチームを襲う。数か月後の本大会の監督など誰が見ても不可能と思われたが、監督の交代は行われず、本番直前の8月になってようやく「長嶋の渡航は断念、ヘッドコーチの中畑清が代行(大会での公式な肩書は中畑が監督)」と決まる。「長嶋ジャパン」という看板を下ろしたらどうなるかわからないような基盤の脆弱さがうかがえる。

 そうでなくてもチームに与えられた条件は厳しいものだった。会期中もペナントレースは続くため、選手選考には「1球団2人まで」との制約を課され、予選からのメンバー入れ替えを余儀なくされた。選手が集合してからイタリア合宿、現地練習を経て試合開始まで、わずか10日間。即席チームである。

 長嶋不在の「長嶋ジャパン」は準決勝でオーストラリアに敗れ、3位決定戦でカナダに大勝して銅メダルを手にする。選手たちには忸怩たる思いもあったのだろう。宮本は後にCSフジテレビ739(当時)の番組で、代表の一員だった黒田博樹の「銅で良かったんですよ。あんな準備で金メダルをとってしまったら、みんな『簡単なんや』と思ってしまう」という言葉を紹介している。

 

 次の2008年北京五輪も野球代表はオールプロで臨み、監督には星野仙一が就任した。すでに、この大会限りで野球が五輪競技から除外されることが決まっていた。

 

 これに先立つ2006年春に、MLB主導の「ワールド・ベースボール・クラシック」が開かれた。参加主体はNPBである。当時ソフトバンクの監督だった王貞治が監督として率いた日本代表は、苦戦の末に勝ち上がり、決勝でキューバを破って優勝、初代王者となった。様々な問題点も指摘され、最初は業界人も野球ファンも「どんな大会?」と半信半疑で見ていたようだが、まがりなりにも一流メジャーリーガーが多数出場した中での世界一である。大会前には多くの選手が出場を辞退した「野球日本代表」は、日本中から絶賛される存在へと飛躍した。プロ選手による「野球日本代表」のブランドが確立したのは、この大会だったといってよい。

 

 翌200712月、北京五輪の予選が台湾で開かれた。星野が選んだメンバーには、宮本をはじめ上原浩治、里崎智也、西岡剛、川崎宗則、青木宣親らWBCの世界一メンバーが多く含まれていた。当時35歳で初代表の稲葉篤紀は、予選の後で「WBC組についていくのに必死だった」と話している。WBCは本番で8試合、事前合宿から決勝まで約1か月をともに過ごしただけに、出場した選手たちの間には特別な一体感が醸成されていたのだろう。

 北京五輪には中国が開催国枠で出場するため、アジア予選の出場枠は1のみ。厳しい条件下ではあったが、日本代表は3連勝して北京行きの切符をつかんだ。

 

 北京五輪本大会の代表には、アテネのように球団ごとの人数制限はなかったが、8月下旬の会期中もペナントレースは続いた。代表合宿が始まってから本番までは、アテネ同様10日程度。星野監督は予選の出場選手を中心に代表を選んだが、シーズンで不振や故障の選手が多く、そのうち数人は、結局は本番でも本来の力を発揮できなかった。予選ラウンドを4勝3敗の4位ギリギリで通過し、準決勝で韓国に敗れ、3位決定戦でもアメリカに敗退。最後になるかもしれない五輪で、日本代表はメダルを逃した。 野球にとっては、東京大会がそれ以来の五輪ということになった。

 

 五輪競技からは外れても、「野球日本代表」の活動は続いた。むしろ活発になったと言ってよい。

 北京五輪の翌年、2009年春に第2回WBCが開催された。読売ジャイアンツと監督を兼任した原辰徳が率いた「サムライジャパン」は準決勝でアメリカ合衆国、決勝で韓国を破り、2連覇を成し遂げた。以後、第3回(2013年/山本浩二監督)はプエルトリコに、第4回(2017年/小久保裕紀監督)はアメリカ合衆国に、ともに準決勝で敗れたものの、日本は唯一4大会すべてでベスト4入りする安定した実力を見せてきた。

 並行して、2015年には世界野球ソフトボール連盟(WBSC)主催のプレミア12が創設された。国際野球連盟(第2回からは世界野球ソフトボール連盟)が各年代のランキングをもとに招待する12の国と地域が参加する。メジャーリーガー不在の大会ではあるが、日本は第1回大会で3位、第2回(2019年)には優勝した。

 

 この間に日本代表には大きな変化があった。

 2013年のWBC終了後、社会人、大学、女子、若年層など、すべてのカテゴリーの野球日本代表を「侍ジャパン」の愛称でユニホームを統一。プロの日本代表の監督には小久保裕紀が就任し、2017年に開催予定の第4回WBCを目指して、代表を常設化することになった。

 サッカーのように定期的に公式な国際大会が開かれるわけではないにせよ、WBCやプレミア12以外にも、従来はその場限りの選抜チームが出場していた日米野球なども「小久保ジャパン」が戦うことになり、首脳陣と選手が代表チームとして活動する機会は格段に増えた。

 

 第4回WBCの終了後に小久保監督が退任し、まもなく稲葉が代表監督に就任した。

 稲葉は2008年の北京五輪で初めて代表に選ばれ、09年、13年のWBCにも出場した。2014年に現役を引退すると、すぐに日本代表の打撃コーチとなり、そのまま17年のWBCまで務めて、小久保の後を引き継いだ。つまり、選手、コーチ、監督と立場を変えながら、北京五輪以来の主要な日本代表の大会に参加し、成功も失敗も経験してきた。プロ化以後、これほどまでに日本代表を知り尽くした人物は他にいない。2009年のWBCは選手として、19年のプレミア12は監督として、それぞれ優勝したけれど、稲葉は「五輪の借りは五輪で返す」と言い続けた。

 

 長々と昔話をしてきた。ご覧の通り、プロの参加が解禁されて以後の野球五輪代表の立場は、実に奇妙かつ矛盾に満ちたもので、私はこのブログでもしばしばそれを指摘してきた。

 五輪の全競技を見渡すと、出場するほとんどの選手にとって、この大会は競技生活における最大の節目であり、中でも上位に入賞するような選手は、ほぼ例外なく、直近4年間(今回は5年間だ)を五輪の金メダルを取るために捧げてきた。

 野球も、アマチュア時代はそれに近かった。4年間、キューバを倒すことを考え続けた選手もいただろう。だが、アテネや北京の野球日本代表に、そんな選手はおそらく一人もいなかった。主力として予選を勝ち抜いた選手でさえ、本大会について聞かれれば「それは代表に選ばれ、合宿が始まってから考えます。今はペナントレースが優先です」と答えるのが常だった。

 他の競技の選手は4年間、金メダルを思い続けたが、野球選手たちは4週間にも満たない。彼らには、ペナントレースとオリンピックに軽重をつけることは許されていなかったし、「日本プロ野球にとって(メジャーリーガーが参加しない)オリンピックとはいかなる位置づけの存在なのか」「そこで目指すものは何なのか」を、誰も彼らに示さないまま、ただ「金メダルのために頑張れ」とだけ言ってきたように思う。

 それでも、日本社会でオリンピックはあらゆるスポーツの大会を圧して人気があり、そこで得た金メダルは、(一部のプロ競技を除けば)同じ競技の他のあらゆるタイトルよりも価値があるものと見做される(その競技の世界では、必ずしもそうではなかったとしても)。

 そこに、この五輪の難しさがある。

 

 2020年大会の開催都市が東京に決まり、1回限りの追加競技として野球(とソフトボールほか)が採用された。

 地元開催とあって、NPBは初めて五輪開催中にペナントレースを中断した。直前の強化合宿が始まったのは初戦の9日前で、それだけを見ればアテネや北京と同じだが、今回はすでに4年がかりで稲葉監督が作ってきたチームがあった。

 稲葉は、投手陣は今季好調な若手を多くピックアップし、野手陣は2019年秋のプレミア12優勝チームを中心に、24人の代表を選抜した。ペナントレースで調子の上がらない選手や故障した選手が多いことを批判するメディアも少なくなかったが、稲葉はメンバー発表後に出演した「報道ステーション」で、選考基準を問われて「ジャパンに対する思い、日の丸を背負って戦うという情熱ですね」と答えたという。 

 そこで例に挙げたのは、プレミア12で不振で代打を送られた後も、ベンチで率先して応援した坂本の態度だった。

 

 東京五輪の初戦、選手たちが緊張もあってか苦戦したドミニカ戦の後、AERA.dotは「山田哲人、坂本勇人…侍ジャパンの選手選びのツケと采配に早くも不安」と題した記事を載せた。西尾典文記者は<今シーズンのプレーぶりよりも、実績を重視してメンバーを選んだことの“ツケ”が早速出た格好と言えるだろう>と書いている(とはいえ坂本はその試合でサヨナラ安打を放っているのだが)。

 以後4試合。日本は金メダルを勝ち取り、山田はMVP、坂本はベストナインに選ばれた。稲葉監督は自分が信じた選手選考で最高の結果を出した。

 

 冒頭に挙げたように、坂本は東京五輪での金メダルを「夢だった」と話している。

 彼は1988年生まれの32歳。この代表チームでは田中将大、大野雄大、柳田悠岐と並ぶ最年長の学年だ。坂本は2006年秋のドラフトで読売ジャイアンツに指名され、翌07年に高卒でプロ入りした。06年春に第1回WBCで日本が世界一になった時点では、まだ高校生だ。

 つまり、今回の代表選手は皆、WBC創設以降の日本代表の活躍ぶりを、プロを目指す野球少年として見ながら育ってきた。ここで述べてきた大人の事情による葛藤など目に入らず、他のスポーツにいそしむ少年少女が代表選手を仰ぎ見るように「侍ジャパン」に憧れてきたとしても不思議はない。

 五輪がアマチュアの最高峰だった時代を肌で知らなければ、宮本が抱いてきた屈託やプレッシャーが彼らを縛ることもないだろう。もちろん、坂本自身が先のインタビューで「僕らにしかわからない部分があった」と語っているように、地元五輪で金メダルを、という期待からの重圧はあっただろうけれど。

 五輪での5試合で、坂本や山田哲人は、バントや右打ちをごく自然にこなしていた。打席に立つ坂本や甲斐が「こうしましょう」と告げた策は自分の考えと一致していた、と大会後に稲葉は語っている。アテネや北京の選手たちにも代表チームへの帰属意識はあっただろうけれど、練度が違う。もはや日本代表は即席チームではない。

 

 野球の五輪代表には金メダルを取るために4年間生きてきた選手などおそらく一人もいなかった、と書いたけれど、今回の日本代表には少なくとも1人、「五輪で金メダルを取る」ことを4年間考え続けてきた人物がいる。稲葉監督だ。コーチ陣もそうかもしれない。その執念が、代表を我がチームと思う選手たちに伝わらないはずはない。

 長嶋ジャパン発足から数えて19年目にして、野球五輪代表は「4年間、金メダルを取るために生きてきた指導者」と、「代表を『自分のチーム』としてプレーする選手たち」を得るに至った。プロ野球界も彼らに妙な枷をはめることはなかった。

 

 MLB選手が出場しない以上、過去の五輪でも、日本代表の戦力は他の参加国に劣ることはなかったはずだ。その力を発揮できなかった最大の要因は、ここまで延々と書いて来た通り、五輪に対するプロ野球界のスタンスが中途半端で、代表チームと選手たちに無用の制約を課していたからではなかったか。

 それがようやく除かれて、選手たちが素直に目標に向かうことができたのが、TOKYO2020で金メダルを掴めた最大の理由だと私は思っている。

 

 今後の五輪野球がどうなるか、WBC、代表監督人事がどうなるかは、まだわからない。ただ、今回うまくいった要因については、NPBは二度と間違わずに継承してもらいたい。そして、次に開かれるWBCには、日本人メジャーリーガーの多くが参加できるよう交渉力を発揮してほしい。

 次の大会には、それができる余地は十分にあると思う。大谷翔平がいない世界大会など、アメリカの野球ファンからブーイングが起きるはずだ。

 

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何となく「オールタイム野球日本代表」。

 職場で仕事しながらツイッターを眺めていたら、テレビ朝日で放送中の「プロ野球総選挙」に関するコメントがTLにばんばん流れてくる。放送そのものは見ていない(後で録画で見ると思うが)。

 俺なら誰を選ぶかな、と思いながら名前を挙げていたら、ついつい1チーム作ってしまった。WBC日本代表を想定したチーム構成である。
 せっかくなので自分のメモ代わりにアップしておく。

先発:野茂英雄、山田久志、江夏豊*
次発:松坂大輔、渡辺俊介、ダルビッシュ有
中継ぎ:岩瀬仁紀*、斎藤雅樹、東尾修、杉内俊哉*、工藤公康*、田中将大
抑え:佐々木主浩

捕手:城島健司
一塁:王貞治*
二塁:菊池涼介
三塁:落合博満
遊撃:坂本勇人
左翼:松井秀喜*
中堅:秋山幸二
右翼:イチロー*

控え野手
捕手:谷繁元信、阿部慎之助*
内野:川崎宗則*、小笠原道大*、井口資仁
外野:簑田浩二、福本豊*

(*は左投手/左打者)

 多少の注釈を記しておく。
 自分の目で見た(テレビ中継含む)中から選んでいるので、オールタイムといっても実質的には1975年ごろ以降、だいたい過去40年くらいに現役だった選手に限定される。このため金田正一、稲尾和久、川上哲治、長嶋茂雄らは入らない(長嶋は見ているはずだが、残念ながらろくに覚えていない)。

 WBC日本代表なので、「国際試合に強そう」というのも選択基準になっている。MLBや国際試合(日米野球も含む)での実績、そしてメンタルの強そうな選手を選んだつもり。
 外野には柳田悠岐を選びたかったが左打者の割合が多すぎるので簑田にした。
 ムネリンはスタベン要員ということで。
 大谷翔平は保留。今年、牧田がMLBで成功したら、渡辺俊介にとって代わる予定。


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「いてまえJAPAN」は、いてまえるのか。

 最後に拙い試合をしてしまったものだ。
 第4回WBCで日本代表はイスラエルを8-3で破り、1次ラウンドに続いて2次ラウンドも3戦全勝、1位で準決勝進出を決めた。
 WBC日本代表には公にアナウンスされたノルマはないけれど、もし設定するとすれば準決勝進出だと思っていたので、それが果たされたという結果については、めでたい限りである。小久保監督も選手たちも、最低限の義務は果たしたと言ってよいだろう。日本ではこのくらい当たり前だと思っている人が多いだろうけれど、ベスト4に残り続けることは容易ではなく、4大会連続でベスト4に進出した国は日本だけ(そもそも3大会連続が日本だけ)。世界の強豪としての一定の地位はすでに保たれた。
 
 とはいうものの、本当の勝負はここからだ。
 日本での6試合すべてをスタンドから見物した実感としていえば、今大会の日本代表は、過去3大会とはかなり異質だ。日本ラウンドのありよう自体が異質だったとも言える。
 5試合目のキューバ戦に競り勝った後で、ツイッターに<この代表は「いてまえジャパン」だな>と書いた。日本ラウンド(1次、2次を総称してそう呼ばせてもらう)全体を振り返っても、このフレーズはこのチームの特徴を言い表しているように思う。
 
 「いてまえ打線」というのは往年の近鉄バファローズにつけられた愛称だ。長距離砲を並べた強力打線で、不安定な投手力を補い、打ち勝つチーム。2001年、最後に優勝した年のチーム打率は.280で、チーム防御率は4.98。1試合当たりの平均得点が5.50で平均失点が5.32と書けば、どんなチームか想像がつくことだろう。
 今の日本代表の投手力は、そこまで悪くはない。けれども、優勝した2回が、強力な投手陣を前提に、少ないチャンスを生かして得点し、それを守り抜くスタイルが基本だったのに対し、今大会のチームは、少々の失点は打力でカバーする、取られたら取り返すスタイルで準決勝までたどり着いた。
 たぶん、小久保監督がそういう野球を目指したわけではないだろう。MLBの日本人投手が全員不参加、さらに絶対的エースだったはずの大谷も欠場という台所事情から、結果的にそうなっているのだと思う。
 エースと目された菅野も初登板のオーストラリア戦では実力を発揮したが、2試合目のキューバ戦では打たれ、次の試合に不安を残している。
 
 一方、打線には柱がある。筒香ほど強力な4番打者を、これまでの日本代表で見たことがない。第一回の松中は長打を捨ててフォアザチームに徹して結果を残した。第二回の城島*、第三回の阿部は、打者としては筒香に見劣りしない実力を備えていたものの、ともに正捕手を兼ねていたためか、国内リーグで見るほどの打棒を発揮することはなかった。筒香は昨年のNPBで見せたそのまま、あるいはそれ以上の活躍を見せている。爆発的な本塁打と、チャンスで内野の間を抜く打撃を兼ね備えている。打席に入る前に一度、ぶるんと大きく素振りをする姿を見ると、ありがたくて涙が出てきそうだ。これほどの「ありがたいオーラ」を感じさせる打者は、私にとっては松井秀喜以来である(というより松井と筒香しかいない)。
 周囲を固める中田、山田、坂本らも、ここぞという場面で代わる代わるよい仕事をしている。ここに大谷と柳田がいたら、どんな凄い打線になったかと思うが、現状でも大したものではある。
 
 ただし、では日本代表の優勝が有力なのかといえば、私はかなりの懸念を抱いている。渡米後はこれまでにようにはいかないのではないか。極論すれば、本番はこれからではないか、というくらいに。
 結果から言えば、日本代表がこれまで対戦したチームは、それぞれに強みはあるものの、いささかバランスの悪い戦力だった。とりわけ投手陣は、大会の中でも上位に位置するような国がいなかったのではないかと思っている。

ここまでの日本代表の試合のスコアは以下の通りだ。

●1次ラウンド
日本11-6キューバ
日本4-1オーストラリア
日本7-1中国

●2次ラウンド
日本8-6オランダ(6-6からタイブレーク)
日本8-5キューバ
日本8-3イスラエル

 トータル46得点、1試合平均は7.7点。強力打線といってよい。
 ただし、4回終了時のスコアを並べてみると、少々印象が変わる。

●1次ラウンド
日本2-1キューバ
日本1-0オーストラリア
日本5-1中国

●2次ラウンド
日本5-5オランダ
日本2-4キューバ
日本0-0イスラエル

 よく打っているのは中国戦と2次ラウンドのオランダ戦だけで、さほど点数が入っていない。大量得点の多くは中盤以降に入っていることがわかる。
 終盤に得点しているのは勝負強さの表れでもあり、それはそれで結構なことだ。ただ、WBC特有の条件として、球数制限というものがある。1次ラウンドでは65球、2次ラウンドでは80球だった。先発投手が投げられるのは通常4〜5回となる。
 従って、4回までの得点が少ないのは、あまり先発投手を打てていないことを意味する。大量得点は主に二番手以降に登場した投手を打ち込んだ結果だ。これまで対戦した国の投手の経歴をつまびらかに把握してはいないのだが、スタンドから見た限りでは、さほどレベルの高い救援陣を持ったチームはいなかったように思う。いつも好投手を擁する韓国や台湾が勝ち上がってくれば、日本の打線はもっと苦しんだかもしれない(もっとも、両国が1次ラウンドで敗退したということは、今回の投手陣は大したことがなかったのかもしれないが)。

 準決勝で対戦するUSAの投手力は、今までより確実に向上する。
 第一に、先発投手の球数制限が大幅に緩和される。準決勝以降は95球。先発投手の調子が良ければ7回くらいまで投げられる数だ(最近の先発投手は完投しないのが普通だが、昔は100球以内の完投勝利もしばしばあった)。強力な先発投手には球数を投げさせて4回くらいでお引き取り願うことが可能だったこれまでとは枠組みが異なる。
 第二に、ブルペンが充実している。MLBで活躍するセットアッパー、クローザーが何人もいる。投手が交代してもレベルは落ちない。むしろ上がることもある。試合後半で今までのように撃ちまくるのは難しくなる。
 MLBの第一線で活躍する投手陣を、果たして日本代表の打線は打てるのか。MLBでの実績を物差しにすれば、USAの打線はオランダやキューバを上回るであろうから、ある程度の失点は覚悟せざるを得ない。
 となれば決勝進出の可否は、日本の打線がUSAの投手陣を打てるか、という一点にかかっていると思う。

 ここまでの「いてまえJAPAN」は、勢いに乗って大量点を奪う迫力はある反面、1点が欲しい時に着実に1点をもぎ取る力量は物足りない。そういう局面で思い切り引っ張って凡退する選手は少なくなく、残塁が多い、という印象がある。
 選手たちには、局面によっては、走者を進めるバッティングに切り替えることを望みたい。これまでそういうバッティングに徹していたのは小林だけだが、小林を見習えとも言いづらい。見習うべきは青木である。トータルの数字はあまり良くないけれど、彼は局面によっては、右方向にゴロを打って走者を進めるという意図がはっきりとうかがえる打撃をしている。さすがMLBで生き延びてきた打者だと思う。
 
 小久保監督については、6連勝という結果は評価したい。選手たちのコンディションやチームのまとまりを見れば、試合が始まる前までに、良い仕事をしていることはうかがえる。
 反面、試合での采配については懸念が残る。とりわけイスラエル戦。2次ラウンドの最終戦、「勝利ないし4点差以内での敗北」で準決勝進出が決まるという条件の試合だ。力量では劣るが勢いのある相手に対して確実に勝利するためには、とにかく早めに先制点を奪って「日本には勝てない」と思わせることが有効ではないかと私は思っていた。
 日本は1回から3イニング連続で、先頭打者がヒットで出塁した。しかし二番目の打者は、ただバットを振り回して凡退し、走者を進めることができなかった。結果的に3イニングとも無得点。3回表、死球で出塁した先頭打者をバントで送り、右への内野ゴロで二死三塁の状況を作ったイスラエルの方が(得点には至らなかったけれど)、よほど日本野球っぽい攻撃だった。この膠着状態から先制でもされたら、かなりまずいことになりそうだと懸念しながら見ていたのだが、幸いにも千賀がイスラエル打線をねじ伏せ、6回裏に筒香の凄まじい本塁打で先制し、そこから5点を奪った。筒香の打球は、まさに「日本にはかなわない」と思わせるに十分なものだったように思う。
 
 そうやって8-0までリードを広げたのだが、驚いたのは9回表。登板したのは牧田だった。端的に言えば「大魔神佐々木を8−0の9回に投げさせますか権藤さん」ということだ。牧田はオランダ戦、キューバ戦と、2試合続けて本当に厳しい状況を乗り切ってきた。その2チームより明らかに劣る打線に、8−0という大差の中で、集中して投げろというのは酷な話ではないか。むしろ、例の押し出し寸前でかろうじて抑えてから投げていない岡田とか、登板時にあまり良くなかった藤浪や則本が自信を取り戻す機会にでもすれば良いのでは、と。
 結果として牧田はコントロールに苦しんで3点を失い、大勝のはずの試合は、かろうじて逃げ切ったような気分で終わることになった。
 
 拙い采配だとは思うけれど、それを理由に小久保監督を強く批判するつもりはない。彼としては精一杯やっている(試合後の球場でのインタビューはいつも声が上ずっていた)。根本的には、指導経験のない人物をいきなり代表監督に据える方がどうかしているのであり、それも意中の人(人々?)に断られた末のことだ。故障辞退者はもとより、MLB所属投手が参加できないのも、監督に初心者を据えることしかできないのも、すべてひっくるめて日本野球の総力だ。本番が始まってからは、今あるこのチームが日本代表なのだと割り切って私は応援してきたし、試合を経るごとに、応援するに足るだけのチームに成長してきたとも思う。
 
 渡米後の練習試合は2連敗、芳しくない結果に終わった。試合自体を見てはいないのだが、時差ぼけ解消のための調整試合を過剰に気にしても仕方ない。選手たちは準決勝に焦点を当てていると思う。
 相手はUSA。360度から応援されてきた東京ドームからアウェーに移り、あらゆる面で真価を問われる試合となる。良いプレーを期待したい。願わくば筒香や中田や山田の目の覚める一発を。そして今大会ではまだほとんど見ていない日本式スモール・ベースボールを。豪打者たちを翻弄する牧田の締めくくりを(きりがない)。




*ここは、やや勘違い。城島が4番を務めた大会は2004年のアテネ五輪だった。第2回WBCで城島が4番を打ったのは決勝を含む2試合だけで、大会全体では主に村田、稲葉が交代で務めた。第2ラウンドで負傷離脱した村田は、出場した試合ではよく打ったが、不動の4番打者という地位を確立していたわけではない。城島は大会全体では.333の打率を残したが、4番打者としては1安打のみ。特に決勝では無安打でチャンスを潰しまくり、苦戦の原因となった。

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タイブレークの後で。

 東京ドームで24時を迎えたのは初めてだった。満員だった観客のうち、控え目に見積もっても半数以上は最後まで残っていたと思う。延長11回、オランダとのタイブレークを制して8-6の勝利は、どこまでも付き合おうと腹を括った観客へのご褒美でもあった。
 
 WBCを球場でしっかり見るのは2009年の第2回大会以来になる(第3回は海外出張と重なって、ほとんど見られなかった)。
 違いを感じたのはスタンドだった。第2回大会では、イチローが打席に立つたびに観客の多くが彼の写真を撮るため無数のストロボが発光し、スタンド全体がスパンコールになったかのようにキラキラと光っていた。当時はおそらくデジタルコンパクトカメラをオートで使っていた人が多かったのだろう。今は皆スマホで撮影するので光ることはない。そして試合中でもLINEやら何やらにしきりに写真をアップしている人も目につく。それが8年という歳月である。
 
 同じ8年の間に、日本代表には「侍ジャパン」という異名が(NPB自身に寄って)つけられ、マーケティング的には進歩している。チームが同様に進歩しているかといえば、そうとも言いづらいものがある。
 大会における日本のプレゼンスは向上せず、監督人事は混迷し、MLB所属選手の招集は相変わらず困難だ。
 ただし、選手にとっての日本代表のステイタスは向上している。今の選手たちの多くは、小中高生の頃に王ジャパンや原ジャパンが世界一を勝ち取るのを見て育ったのだから、自分もそこで戦いたいと思うのは自然なことだろう。現在では、初期に見られたようなNPB選手の招集に伴う困難は、あまり表面化することがない。コンディションに問題があって不参加の大谷、嶋、柳田らを別にすれば、「なぜこの選手を呼ばない」「なぜこんな奴が呼ばれるのか」という類の雑音は、過去の大会ほど大きく聞こえてはこない。MLB所属選手を除けば、現時点で小久保監督が考えるベストメンバーは、概ね実現しているのではないかと思う。
 
 私が今大会の一次ラウンドのバカ高い通しチケットを買ったのは主に大谷を見ることが目的だったので、彼が出場を辞退した時点で目算は外れている。とはいえ、かつてゼロ年代には、野球日本代表マニアのようにWBCの国内試合と五輪予選を追いかけていた行きがかりもあり、まあやっぱり見ておこうかと、この一週間、仕事であるかのように勤勉に東京ドームに通っている。
 
 3/7のキューバ戦は、勝ったことがすべてだった。翌朝のテレビのスポーツニュースの多くは、日本の得点シーンをつなぎ合わせて「打線爆発、宿敵キューバに快勝」というトーンで伝えていたが、それは試合を最初から最後まで見た印象とはかけ離れていた。
 確かに打線は良かった。筒香を中心に、ここで点が欲しい、と切実に思う場面で点が取れたことは好材料だ。筒香が打席に立つ直前に強烈な素振りをする姿は、拝みたくなるほどありがたいものに見えた。
 反面、投手陣は、一時は7-1と大差をつけたにも関わらず、リリーフ投手がことごとく打たれ、打線が引き離しても、すぐにキューバの追撃を許してしまった。
 キューバ代表は、ジャイアンツでまるでダメだったセペダが三番を打っていることに象徴されるように(チャンスをことごとく潰してくれた彼の存在は実にありがたかった)、脂の乗り切った世代がMLBに行ってしまい、往年の強さはない。とはいうものの下位打線も皆スイングは鋭く、打球は速い。火がつけばたちまち3、4点のビッグイニングになって追いつかれるんじゃなかろうかという恐怖は最後まで私の中から去ることがなく、「快勝」「圧勝」などという印象は全くない。大量点を奪ったとはいえ打ったのは主に二番手以降の投手である。「ブルペンがアレではお先真っ暗」てなことを、その夜のツイッターには書いた。
 
 翌日のオーストラリア戦は、一転して投手力の勝利となった。先発の菅野が良いペースを作り、続く投手たちもそれを引き継いだ。引き締まった投手リレーは、どうにかこの先も勝ち進めるんじゃないかという期待を抱かせるものだった。クローザーとして登板した牧田が、前夜とは別人のように落ち着いた投球を見せたのも嬉しい出来事だった。

 1日置いた3/10の中国戦は、すでに一次ラウンドB組の首位通過が確定した状況で迎えたため、モチベーションの置き所は難しかったかもしれない。小久保監督は、中盤に勝利が見えてきたところで、まだ出場していなかった選手たちの慣らし運転にこの試合を充てることにしたようだ。それはそれで意義のあることだったが、敵失がらみと本塁打でしか得点できないのはやや気になった。
 
 一次ラウンドの3試合で、最も印象に残った選手は捕手の小林誠司だ。代表チームの全貌があきらかになった時、彼は嶋、大野に次ぐ3番手捕手で、おそらく出番はほとんどないのだろうと私は想定していたし、大方の見方も似たようなものだったはずだ。だから、初戦のキューバ戦で小林が先発した時は驚いた。
 日本代表の強力打線の中にいる小林はまるで場違いに見えたし、最初の打席でバントを失敗したことで、その印象はさらに強まった。次の打席で小久保監督が再びバントを命じ、これを成功させた時、スタンドの空気はまるで、初めて二足歩行を試みる幼児を見守る親戚一同のようだった。捕手としての振る舞いも、いささか浮き足立っていたような印象はある。客席からは細かな投手リードの内容は分からないけれども、救援投手たちが次々に打たれたことに小林が無関係であったとは思えない。

 しかし、翌日のオーストラリア戦で、小林の振る舞いは随分と落ち着き、自らの投手陣と、試合の状況を掌握しつつあるように感じられた。先発投手が、ジャイアンツでも組んでいる同学年の菅野だったことも幸いしたのだろう。リリーフした岡田や千賀は年下ということもあり、小林が主導権を持ってリードしているように見えた。
 5回途中、菅野が残した1、2塁の走者を背負ってリリーフした岡田が、ストライクが入らずに満塁となり、さらにボールを重ねたところで、小林はタイムを取ってマウンドに歩み、岡田に何やら話しかけた。直後のボールを相手打者が引っ掛けてダブルプレー、日本は窮地を逃れる。この場面は、小林の、というよりも、この試合の白眉だった。
 期待できないと思われていた打撃でも、ここまで好成績を残している。中国戦では強烈な本塁打を放ったものの、次のオランダ戦では勘違いすることなくコンパクトなセンター返しを心がけて2安打。一度は勝ち越した6点目を挙げたタイムリーヒットは見事だった。捕球も安定し、この試合の終盤では、たびたび投じられたワンバウンドの投球を、後ろに逸らすことはなかった。テヘダ主審の判定は、とりわけ外角が不安定であるように見え、捕手にとってはやりにくい状況だったのではないかと思うが、小林は不満を表現することなく冷静に対処した(相手はラテン系だ、抗議なぞしようものなら報復される恐れは十分にある)。
 この4試合を通じて、小林は傍目にもわかるほど成長している。初戦で2度成功させたバントにも自信をつけたことだろう。
 もちろん代表チームやWBCは育成の場ではない。とはいえ捕手に関しては誰を出しても物足りないのだ。小林がこのまま、第1回大会における里崎のように化けてくれれば、日本代表にとっては喜ばしいことになる。
 大野は中国戦の後半に出場し、大過なく試合を終えた。嶋の故障離脱に伴って緊急招集された炭谷にはまだ出番がない。試合中のグラウンドに姿を見せるのは、イニングの切り替え時、小林に代わって投球練習を受ける時くらい。NPBでも国際試合でも3人の中で圧倒的に豊富な経験を持つ炭谷が不満を表現することなく小林のサポートに徹しているようなら、このチームはもっと強くなる。
 
 そして2次ラウンド初戦のオランダ戦。所用で到着の遅れた私が水道橋駅に着いた時、携帯で見た速報は3回表に中田の本塁打と秋山のタイムリーで5-1とリードしたことを伝えてきた。しかし、席に着いた途端にボガーツが犠牲フライ、そしてバレンティンがレフトのポールにぶつける強烈な本塁打を放って、リードは消滅した。
 以後は両チームとも走者は出してもなかなか得点に至らないヒリヒリした展開が続く。
 オランダの上位打線は強力、というより強烈だった。シモンズ、ボガーツ、グレグリウス、スコープと一線級のメジャーリーガーが並び、その中で4番に座るバレンティンの恐ろしさは日本人の我々が熟知している。リリーフ投手陣がしばしばピンチに陥ったのも無理はないところで、むしろ走者を背負っても粘り強く立ち向かい、4回から8回を無失点で切り抜けたことを評価したい。結果として四球を出すことはあっても、それはキューバ戦のように萎縮したがゆえではなく、打者に立ち向かう気持ちは揺らいでいないように見えた。
 
 日本は5回表に小林のタイムリーで勝ち越し点をもぎ取ったが、その後は走者を出すもののホームに戻れない。9回裏、則本がスクープに同点打を許したが、責めを負うべきは則本よりも、追加点を奪えなかった打線の方だろう(則本がグラウンドに現れた時に「クローザーは牧田じゃなかったのかよ」と思ったのも事実だが)。中前に抜ける当たりに、菊池が超人的な反応でグラブに当てながら弾かれてしまった場面には、第1回大会のUSA戦で西岡が二遊間への打球を取れずにサヨナラ負けした場面が重なって見えたけれども、この夜はまだ負けたわけではない。

 10回表に満塁のチャンスを逃し、その裏を牧田が危なげなく3人で片づけて、試合はタイブレークとなった。無死一、二塁からのスタート。
 タイブレークを現場で見るのは初めてのことで、どんな奇妙な代物なのだろうかと思っていたが、打順は前のイニングの続きであり、初球が投じられてしまえば、あとは普通に試合が続いていく。状況は確かにピンチではあるが、投手にとっては、2人の走者は自分が出したわけでもなく、誰かが打たれたわけでもない。いわば「誰も悪くないピンチ」なので、投手は案外冷静に事態に対処することができるんじゃなかろうか、と牧田の投球を見ながら感じた。
 
 話を戻す。
 タイブレークで、日本は先頭の鈴木誠也がきっちりと送りバントを決めて走者を二、三塁に進めた。続く中田がレフト線に安打し、2人が生還した。日本代表らしい、つなぐ攻撃だった(左翼手が無駄な本塁送球をする間に中田は二塁に走れたのでは、とは思ったが)。
 一方のオランダは先頭打者プロファーがフルスイングで内野フライ。
 プロファーは前の打席で見逃し三振。外角低めの判定が気に入らず、主審に詰め寄ろうとしてボガーツにたしなめられていた。それだけに「俺が決めてやる」という意欲が強すぎたのだろう。そのボガーツも三塁ゴロに倒れる。そして、鈴木と同様、途中出場で4番に入っていたサムズが打ち上げたファウルフライが小林のミットに収まり、日本は苦しい試合を乗り切った。
 明暗を分けたのは、このタイブレークの先頭打者の振る舞い、あるいは作戦であったように思う。
 しびれる試合を乗り越えた今では、一週間前とは比較にならないほど、私はこのチームに愛着を抱いている。
 
 
 最後に、最も印象に残った事象について記しておく。
 オランダ戦では、日本の投手が窮地に陥ると、スタンドの全方向から拍手が湧いた。例えばボールが先行し、カウントが2-0となったりした時に、その瞬間ではなく一拍おいて、投手が捕手からの返球を受け取る頃に拍手が湧き起こり、投球動作に入る頃に静まる。
 つまりその拍手は、投手を励ますためのものだ。
 
 日本の攻撃の際には、ライトスタンドを中心に、打者ごとのチャントが歌われる。今は日本にいない青木の打席でも、ヤクルト時代の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の替え歌が歌われている。日頃はNPB各球団で応援している人たちが用意しているのだろう。
 ただ、NPBの試合での習慣として、応援団は贔屓チームの攻撃時にしか応援しない。そして、今回の相手国は遠方の国が多く、まとまった応援がないため(そもそもそんな習慣もないのか)、相手の攻撃の際には場内は静かなことが多い(韓国や台湾が2次ラウンドに進んでいたら、大挙して応援団もやってきたののだろうけれど)。
 我らが投手たちにとって、慣れない静寂の中で強力打線に立ち向かわなくてはいけないという状況は、より緊張を増す要因になっていたかも知れない。なのに、我々は窮地に立った味方投手を応援する手段を持っていなかった。
 2試合目のオーストラリア戦で、菅野の後を継いだ岡田が全くストライクが入らずマウンドで立ち往生していた時にも、拍手が湧き起こった。ただ、その時には「こんな時に拍手したら、まるでストライクが入らないのを喜んでるみたいだけど、いいんだろうか。岡田は僕らの本心を分かってくれるだろうか」という懸念を抱きつつ、観客はそれでも見るに見かねて、おそるおそる手を叩いていたように感じた。

 しかしながら、そんな状況が4試合も続けば、我が投手を応援したいという気持ちは、徐々に形になってくる。オランダ戦の終わり頃には、そういう拍手が日本の投手たちに対する激励の表現だということがスタンドではすっかり暗黙の了解になっていて、おそらくは選手たちにも理解されていた。その激励が効いてかどうか、彼らは多くの危機を乗り切った。監督や選手が口々に「チームがひとつになった」と語るのと同様、スタンドもまた、試合を重ねるごとに、ひとつになっている。

 こういう情景はNPB球団同士の試合では起こらない。国際試合でしか見られない現象である。
 このような、この場でしか起こらない何かを見たいから、私はWBCのスタンドに通い続けているのかも知れないな。東京ドームからの帰り道、そんなことも考えた。

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そうまでして東京五輪で野球をやりたいのかどうか、よく考えておいた方がよい。

 IOCの臨時総会で、開催都市の組織委員会が追加種目を提案できるという改革案が承認されたというニュースを、「これで東京五輪で野球やソフトボールがやれる可能性が出てきた」とテレビや新聞やスポーツ紙は祝賀ムードで報じていた。
 私とて五輪で野球をやるとなれば、テレビにかじりついて見るに違いないとは思う。だが、今の時点では、むしろ「何だかなあ」と思う材料が多すぎて、素直に祝賀ムードに乗る気にはなれずにいる。
 
 最初に思ったのは「また代表監督が大変なことになる」という件だ。
 現在、「侍ジャパン」と呼ばれる(というより自分で名乗っている)日本代表の監督は小久保裕紀が務めている。前のエントリでも書いた通り、おそらく2017年のWBCまでは彼が監督を務めることになるのだと思う(来年開かれるらしいプレミア12で、よほどひどい負け方でもしない限りは、そもそも解任する理由を見つけるのが難しい)。

 2017年のWBCでファイナリストになるくらいの好成績を残せば、小久保は、本人が望めば代表監督を続けられるかもしれない。彼の心中は(現時点ではたぶん彼自身にも)わからないけれど、一度は福岡で監督をやりたいのではないかという想像は、そう無理なものではないと思う。WBCでの好成績は、そのためには有力な材料となることだろう。逆にWBCで国民が失望するような結果となれば、そのまま代表監督を続けることは難しい。だから、いずれにしても小久保は2017年までで一区切りになる可能性は強い。
 
 目下の主要大会の開催間隔は、WBCが4年に1度、プレミア12はその中間年に開催されることになるようなので、ポスト小久保の代表監督は、おそらくこういうスケジュールに直面することになる。

2019 プレミア12
2020 東京五輪
2021 WBC
 
 これは大変だと思う。とりわけ東京五輪では、監督はとてつもない重圧にさらされることになるだろう。
 ただでさえオリンピック大好きな日本人が、地元開催となれば、金メダルはほとんどノルマのように期待されることになるだろう。追加種目は開催都市が決める。野球をやろうなどと考えるのは、日本のほかにはアメリカ合衆国、メキシコ、韓国くらいしかなさそうだから(野球が盛んなキューバやドミニカがオリンピック開催に手を挙げるとは考えにくい)、2020年の次の機会はいつ来るかわからない。つまり、ここで失敗すると取り返すチャンスは二度と来ない。
 
 試合内容自体も難しい。連戦になることはもちろんだが、特異なレギュレーションになる可能性がある。昨年だったか、IOCに追加種目として選ばれるために7回制を検討していると伝えられた。タイブレークは北京五輪で実際に採用された。WBCの投球数制限どころではない不慣れな試合形式だ。
 
 こんな大変な大会で監督を引き受けようという指導者が、果たしているだろうか。NPBでの指導経験を持たない小久保が代表監督に選ばれたのは、打診した候補にことごとく断られたからだ。第2回WBCでも代表監督選びは罰ゲームの様相を呈していた。WBCに2度優勝し、プロ野球における代表チームのプレゼンスは上昇し、「代表を目指す」的なことを口にする若い選手も出てきた。だが、「代表監督になりたい」と明確に発言した日本人指導者を私はいまだに知らない。小久保の業績やその評価によっては、若い指導者の中からそういう人が出て来るのでは、と期待してはいるが、そう信じられるだけの材料は今のところなく、あくまで希望に過ぎない。
 
 もうひとつ、どんよりした気分になったのは、野球とソフトボールの元代表監督が並んで満面の笑みで記者会見する写真を見た時だ。これも五輪競技に復帰するための方策として、野球とソフトボールの国際競技団体は合併してひとつになった。男女平等を重んじるIOCに気に入って貰おうと、「男の野球と女のソフトボール、合わせて一つの競技」という枠組みをこしらえたのだ。
 もともとオリンピックでは、野球は男子のみ、ソフトボールは女子のみしか行われていないので、合理的といえば合理的ではある。だが、野球そのものにも女子競技はあり、しかも日本はこの分野では、ワールドカップで3連覇している圧倒的強豪国であり、国内リーグも行われている。それなのに五輪種目となる可能性を、競技団体自身が閉ざしてしまっているわけだ。
 
 私は女子野球の選手でも指導者でもないし、特にファンというわけでもないので、女子野球の立場を代弁するような僭越な真似はしない。ただ、傍からみれば、おかしな話だと思うだけだ。
 
 もうひとつ言えば、いわゆる「侍ジャパン」はプロの代表チームだけでなく、あらゆる年代の日本代表チームに共通の愛称とされ、そこには女子代表も含まれている。侍ジャパンの公式サイトには女子のページもあり、ワールドカップでの活躍も誇らしげに報告されている。そして、各年代に共通の「侍ジャパン」のユニホームを、女子代表たちも着用している。彼女たちは「侍ジャパン」だけれども五輪代表ではない、というのもまた、筋が通らない話だと思う。
 
 男子ソフトボールについても同じことが言える。ソフトボールは女性専用の競技ではなく、日本にも男子ソフトの社会人リーグもあれば日本代表もある。私はソフト男子でもないし、関係者に知り合いもいないが、自分が当事者だったら、あんまり面白くはないかもしれない。
 
 という具合に、オリンピックに対する野球界の姿勢には、いろんな無理や屈折がある。あまり無理をしすぎて後遺症が残るようなことにならなければよいと思う。
 
 本番でどういうレギュレーションになるのかわからないが(全体の人数もぎりぎりまで絞らなくてはならないから、過去の五輪と同様、選手が打撃投手を務めるようなことになる可能性も高い)、いざ試合をやってみて、あまりに普段と異なる規則の数々に戸惑って不成績に終わったりしたら、関係者の誰かが「こんなのは野球ではない」などと言い出すかも知れない。
 確かにそれは日本でやっている野球とは違う。だが、IOCに追従し、そんな奇妙な形に競技内容を変化させてまでオリンピックの場で試合をすることを望んでいるのは、野球界自身なのだ。

 そうまでして東京五輪で野球をやりたいのかどうか。
 そして、やるとなったら腹を括って、野球界の総力を結集して勝利を目指すという、これまで一度も実現したことのない取り組み方をする覚悟があるのかどうか。
 野球界は今のうちによく考えておいた方がいいと思う。今の祝賀ムードのまま何となく大会に突入して、「こんなはずじゃなかった」などということになったら、いちばん傷つくのは、日本野球そのものなのだから。

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「侍ジャパン」商法の行方。

 日米野球は、東京ドームで11/16に行われた第4戦を見に行った。藤浪が先発し、MLBが初勝利を挙げた試合だ。
 テレビ視聴率はずっと苦戦だったようだが、この日は日曜の夜ということもあってか、試合開始前から立ち見席までよく観客が入っていた。日本代表の先発メンバーがアナウンスされると、1人ごとに大歓声が湧く。私が座ったのは左翼ポール近くのファウルグラウンド側の前の方だった。周囲には20代から30代とおぼしき若い男女が多かった。耳に入って来るそれぞれの会話からは、シーズン中にも多少なりとも野球場に足を運んでいる人が多いようにうかがえた。代表戦とリーグ戦の観客層が分離してしまった印象のあるサッカーに比べると、健全なことのように感じた。ユニホームを着ている観客がずいぶんと多いことに驚いたが、これは、「ユニホーム付き応援席」というチケットが用意されたためでもあるようだった。
 
 試合は終始、MLB選抜が優勢だった。
 日本代表先発の藤浪は、球は速いがしばしばコントロールを乱す投手だ。そういうタイプはメジャーリーガーにとって扱いやすそうだ。前日にノーヒットノーランを喫したことで、気合いも入っていたのだろう。アルトゥーベ、プイグ、モーノーの1~3番が活躍し、MLB側が大勝した。
 カノが前日に死球による骨折で大会を去ったのは残念だったが、もともとプイグ見たさに買ったチケットだったので、その猛獣ぶりが堪能できて、満足度は高かった。地上2~3メートルをフェンス近くまで飛んでいくミサイルのような打球、キャッチボールで見せる強肩、そして筒香のライト前ヒットをもぎとった水平ジャンプ。球場で見たことを自慢したくなるタイプの選手だった。
 ほかにもモーノーやロンゴリアの打撃、捕手ビュテラの強肩、アルトゥーベの爆発的な盗塁など、メジャーリーガーらしさが随所に見られて楽しめた。

 日本代表にも見るべきところは少なくなかった。
 柳田は、同じ右翼を守っていたこともあってか、見ていてプイグを連想した。大きな体を軽々と動かす身体能力、何をやらかすかわからないプレーぶり、バットで自分の背中を叩きそうなフルスイング。今季ブレイクして一流の数字を残したが、まだまだ伸びしろがありそうに感じた。
 ショート今宮の守備には、どんなゴロでも自分の間合いで捕球するリズム感の良さを感じた。筒香の、腰の据わった力強いバッティングも見応えがあった。
 スタンドの声援が最も大きかったのは丸だった。早いテンポで「ヨシヒロ」「ヨシヒロ」と名を呼びながら交互に立ち上がる応援が他球団のファンにも受けたようで、打席を重ねるたびに参加者が増えて行った(私の後ろに座っていた女子も「いいなー、やりたい」と話していた)。その大声援に後押しされるように、美しいスイングで2安打を放った。
 広島勢でいえば途中出場した菊池も印象的だった。守備時に走者がいない時、彼はインフィールドラインの後方で構える。かつてカンザスシティ・ロイヤルズが来日した時、センターを守ったウイリー・ウィルソンが福本豊よりも前に守っていたのを見て感嘆したが、菊池の守備位置はメジャーリーガーよりも深い(念のため書いておくが、一般論として、足と肩に自信がある選手ほど、外野では前に、内野では後ろに守る傾向がある)。打球への反応も早く、普通ならセンターフライになるような当たりに、誰よりも早く落下点に入って捕球してしまった。地方の大学リーグから柳田や菊池のような逸材が出てくるのだから、日本野球の選手層は分厚い。

 このようにプレーのひとつひとつを見るのが楽しく、彼我の良いところを堪能した。帰途につく人々の表情は満足しているように見えた。申し分のない試合だった。花相撲としては。
 
 日本代表が日本で試合をして外国チームに大敗したのだから、本来であれば観客は満足などするはずがない。それでも「いいものを見た」などと言っていられるのは、勝敗が二の次の試合だからだ。
 この大会、日本代表とMLB選抜の5試合を公式戦扱いし、宣伝ポスターでも「ガチンコ」などと大書して、真剣勝負を謳っていたけれど、観客は実体をよくわかっている。
 そもそも「代表」と「選抜」の試合が真剣勝負になるはずがない。当初発表されていたプホルスやハーパーは結局来日しなかったし、打線はともかく投手陣はMLBを代表する顔触れとは言いがたい。コンディション調整も十分ではなかったようで、ファレル監督が大会後に、十分な準備ができなかったことに不満をこぼしていた。
 それでも、とりわけノーヒットノーラン後の(沖縄での親善試合を含めた)3試合ではコンディションもモチベーションも上がってメジャーリーガーらしいプレーが見られた。彼らの本気を引き出したのは日本代表の戦いぶりそのものであり、そこは小久保監督の手腕と評価することができるだろう。

 しかし、この日米野球を活動のスタンダードとして、常設化した日本代表、いわゆる「侍ジャパン」が今後の2年間を過ごして行くのだとしたら、それが2017年に予定されているWBCへの準備になるのかどうかは、いささかあやしげに思われる。
 
 WBCで選手が直面する精神的な重圧は、たぶん他に類がない。クライマックスシリーズや日本シリーズでも味わえるかどうか、というほどの重さがあるのだろうと、過去3大会を見ていて感じた。オリンピック種目から野球が除外された現在、同じような重圧を味わう機会を設けることは難しいだろう(来年開催予定の「プレミア12」に各国のメジャーリーガーが参加できるようなら、多少は近いものになるかもしれない)。
 
 ただ、これまでは、大会前のキャンプに「日本代表」として集まること自体が、非日常的な状況だった。今日から特別な時間が始まるのだという心理的なスイッチを入れる効果もあったように思う。
 しかし、日本代表が常設化され、シーズンの前後に試合を行うことが恒例化すれば、「侍ジャパン」のユニホームは日常的なものに近づいて行く。そして、それが今回のような微温的な親善試合ばかりであれば、選手たちに対して「これは花相撲をする時のユニホーム」という条件付けをしているに等しい。そんな試合を重ねた選手たちが、WBCの重圧とうまく付き合えるのかどうか。
 今大会では、小久保監督による動機付けが功を奏したと報じられている。ただ、それは代表歴の浅いフレッシュな顔触れが多かったことも幸いしたように思う。彼らが順調に成長し、代表歴を重ねて行った時に、今回の緊張感をずっと維持することができるだろうか。
 
 それでも、選手たちは公式戦で重圧のかかる局面を経験していくだろう。監督やコーチ陣はどうだろうか。指導陣のうち、監督の小久保、コーチの稲葉、矢野、仁志はNPBでの指導経験がない。
 小久保が監督に就任した際の記者会見の質疑応答を読むと、2017年のWBCまで一貫して指揮をとることが就任の前提となっているようだ。借り物の選手で年に数試合を経験するだけの環境下で、彼はどうやって監督としての能力を磨けばよいのだろうか。私には想像がつかない。これで好成績を残せるようなら、小久保はよほど指導者としての天憫に恵まれているのだろう。

 テレビ視聴率が低迷したのはよくない材料だが、スタジアムに観客がよく入り、ユニホームもよく売れたとなれば、「侍ジャパン」の日米野球は、ビジネスとしては上々だったのだろう。
 黒字に縦縞が入った代表のビジターユニホームは、レトロ調のデザインでなかなかカッコいい。大人のタウンウエアとしても、まずまず様になる。
 だが、黒い布地の上に茶の輪郭線だけで記された背番号は、遠目には見づらく、スタンドの私の席からは、打席に立った選手やグラウンドの右半分を守る選手の背番号は判読できなかった。
 きっと、背番号が何のためにあるかを知らない人が、デザインを決定したのだろう。

 侍ジャパンのマーケティングを行うNPBエンタープライズの社長には、日本テレビの幹部が就任した。テレビマンが悪いとはいわない。今村司氏は、かの「DASH村」を世に送り出した優れたテレビマンだ。「侍ジャパン」をはじめ、日本のプロ野球から新しいビジネスチャンスを作り出すのは必要なことだし、そのポジションに悪くない人材を得たと思う。

 ただし、彼が担うのは、あくまでビジネスだ。日本代表の強化の在り方を考え、責任を持つべきは彼ではない。では、誰が強化に責任を持ち、2017年に向けて日本代表の強化をどうデザインしていくのか。小久保監督ひとりの仕事ではないはずだ。今年始め、テクニカルディレクターに鹿取義隆が就任したが、今回の日米野球で彼は投手コーチを務めていた。それは筋が違う。
 日米野球という大きな節目を経た今も、代表強化の体制や方針は判然としない。ただマーケティングだけが着々と整備されていく。そんなふうにも見えてしまう。やはり顔が見えるゼネラルマネジャーが、代表には必要ではないだろうか。

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弱くても勝てるかも。

 「弱くても勝てます」という本がある。高橋秀実が開成高校野球部について書いたルポルタージュのようなエッセイのような不思議な読み物だ。開成は、東京大学に大量に学生を送り込むことで知られる中高一貫の私立学校で、当然ながら運動部は決して強くはないのだが、数年前に野球部が「打ち勝つ野球」を標榜して都大会の上位に食い込んだことがあった。その時期を描いたノンフィクションだと思って読み始めたら、実際にはかなり違っていて、登場するのはその後輩の、弱くて、かつ勝てない選手たちなのだが、とにかく独特のユニークな野球観がそこら中に満ちていて目を啓かれるとともに、高橋の文体が作り出す何ともいえないとぼけた異空間に迷い込む。

 前置きが長くなった。本の内容とはまったく関係ないのだが、今夜のWBC東京ラウンド最終戦、日本ーオランダを見ているうちに、「弱くても勝てます」という本書のタイトルが頭に浮かんで来た。

 今回のWBCでは、諸事情が重なって、私は日本の試合をひとつもまともに(最初から最後までを)見ることができていない。会期中に突然の海外出張が舞い込んだために(およそ世界でもっとも野球と縁のなさそうな地域であった)、まったく見ていない試合さえある。過去2大会、東京での試合はすべてスタンド観戦してきたというのに、今回は今夜のオランダ戦の後半に、かろうじて間に合っただけだ。つまり、阿部の2本塁打などで8点を奪った後で球場に着いたので、8回裏に長野が2点タイムリーを打ち、9回表に2走者を許しながらも牧田が零封して試合を終わらせるまでは、およそ日本のいいところを見ていない。こんなでサンフランシスコに行って大丈夫かね、という不安を抱かずにはいられない試合運びだった。
 
 しかし、このチームがこんななのは今夜に始まったころではない。ブラジル戦は、その夜、浮き世の義理で参加していた宴席の居酒屋のテレビでちらちらと見ていたのだが、ブラジルに点をとられるたびに「こんなんじゃ勝てないよ」「もうダメだ、負け負け」とそこら中から文句の声があがり、ああ、昔の居酒屋には巨人戦見ながらこんなことばかり言ってるオトーサンが大勢いたなあ、と懐かしい記憶が蘇って来たりもしたものだった(そういうオトーサンに限って、逆転して勝利を収めると大げさに喜んだりする、というあたりも往時と変わらない)。それが初戦の緊張から来るものかと言えば、その後の試合でもあんまり変わっていない気がする。
 テレビなどでは「素晴らしい試合だった」と言われている台湾戦も、スコアを紐解くと、序盤から残塁の山を築いた末の苦戦のようで、内容的にはそんなに褒められたものでもないのではという疑いが拭えない。
 
 それでも、冷静に考えてみると、過去2大会のファイナリスト3か国のうち、2か国はすでに大会を去っている。韓国は1次ラウンドで沈み、キューバは苦手オランダに連敗した。日本だけが、なんだかんだ言いながらも手堅くベスト4に駒を進めているのである。大会前には、キューバと韓国が東京ラウンドに集まるなんて日本に不利な組み合わせなんじゃないか、という声もあったと記憶しているが、実際の試合を見ていると、ベネズエラも強かったし、アメリカもあわや敗退かという局面があったりして、C組もD組も決して楽じゃなさそうだ。
 
 2次ラウンドまで勝ち上がった国を見ていると、大抵はものすごく活躍している選手がいる。あるいは、見るからにものすごい能力の選手がいる。キューバだって全員フルスイングの打棒の迫力はすごいし打球も速い。ラウル・ゴンサレスというサッカーの巧そうな名前の遊撃手は、逆足だろうがスライディングしてようが下半身の動きとは関係なく、腕だけで一塁や二塁にどんぴしゃの送球ができる超絶的な能力の持ち主だ。大男ぞろいのオランダのパワーも凄いし、王建民の右腕も健在だった。
 一方の日本は、打率30傑の6位に井端の次は25位に松田がいるだけ。マエケンや牧田はいい投手だが、目をみはる剛球や魔術のような変化球を操るわけではない。

 それでも、勝ち残っているのは、凄い彼らではなく日本なのだ。他国のファンからすれば、なぜ日本が勝ち残っているのか、なんだかよくわからないんじゃないだろうか。過去2大会のような明確な中心選手がいるわけでもない。捕手で四番で主将の阿部がろくに打たなくても、エースと目された田中の出来がいまいちでも、準決勝進出を決めてしまった。相手からしてみれば、いったい誰を潰せば勝てるのか、つかみどころがない。
 監督は呑気な好々爺みたいな感じだし、スキャンダルや不協和音もやたらに報じられるし、そもそもMLBのスター選手は全員不参加だし、冴えない感じなのに、着実に結果だけは残していく。もう、これがこのチームの持ち味なんじゃないかという気がして来た。

 黄金時代を築いたチームというのは、勝ち続けているうちにだんだんと主力選手が衰えたり去ったりして、全盛期に比べると小粒で地味になりながらも、ここ一番での勝負強さを発揮したりして、その後も結構しぶとく勝ち残っていくものだ。選手たちが習い覚えた、試合を読む力だったり、ここ一番の集中力だったり、さまざまな細かい要因で相手よりも優れているのだと思う。そんな力を総称して「勝利のDNA」と呼ぶのだろう。
 そこを心得ていれば、弱そうでも勝てる。勝ったものが強い。それだけのことだ。
 
 監督に求心力がない。中心選手がいない。そんな批判は、このチームの結成時からずっとある。だからといって、それで勝てないわけではない。
 あと2試合。このチームが、そんな持ち味のままで最後まで勝ち上がってしまったら、それはそれで痛快な気がしてきた。

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次期WBC日本代表に関する雑感。

 2013年に開催される第3回ワールド・ベースボール・クラシックに、ダルビッシュ有が不参加を表明した。
 日本代表の有資格者の中で、彼が現在最高の投手であることは疑う余地がない。その大エースが大会の場で見られないのは残念だし、戦力としても大きな痛手だろう。
 ただ、彼がそう考えるに至った理路は、これまでの言動から、ある程度の想像がつく。
 
 彼はもともと、日本野球の価値を証明する、アメリカに認めさせる、という熱意を感じさせる発言を繰り返ししている。MLB行きを表明した記者会見においてもそうだし、11/4に放送されたNHKスペシャルの中でも、何度もそこを強調していた。
 一方で、彼がテキサス・レンジャーズに加入した頃には、「アメリカでは誰もWBCに関心を持たない」という発言も伝えられていた。ちょっと検索したがソースを見つけられなかったのだが、まあこれが事実であるとすると、こういうことになろう。

 自分はWBCチャンピオンの主力投手としてMLBに乗り込んだけれど、かの地の野球人たちはそのタイトルに何の価値も認めようとしない。とすれば、日本野球の価値をアメリカに認めさせるためには、自分がMLBでナンバーワンの投手になること、ワールドシリーズのチャンピオンになることしかない。従って自分はWBCよりもMLBのレギュラーシーズン、そしてポストシーズンで活躍することを優先する。
 
 彼の立場からすれば、しごく筋の通った話である。なので、私はこの件に関しては「残念」という以上の意見を持たない。
 
 ダルビッシュ個人はともかく、次回大会の代表と目される選手の顔触れや、過去2大会の代表リストを眺めていて思うのは、次の代表チームの戦力の強弱は別として、「経験を継承しつつ世代交代する」ことは大変難しい状況にありそうだ。特に野手陣においては。
 
 2006年の第1回大会で「イチロー・チルドレン」と呼ばれた若手野手が何人かいた。その多くはMLBに渡った。西岡は夢破れて日本に戻り、移籍先選びの真っ最中にある。川崎はマリナーズから解約されたが、MLBで就職先を探すつもりのようだ。青木はブリュワーズ1年目で地歩を固めつつあるが、まだ来年のレギュラーが確約されたとは言えないかもしれない。日本にいる今江は年によって成績の波が激しく、過去2シーズンは代表選手というには物足りない。
 2009年に活躍した中島はおそらくMLBに移籍する。過去の例からすると、国際移籍初年の選手のWBC参加は困難だ。片岡は9月に右手を手術したばかり。村田は成績の上では物足りない。今年まで大過なく好成績を残し続けているのは内川と栗原くらいか。

 要するに、「過去の国際大会を経験し、その後も活躍し続けて、2013年に文句なく主力として出場する野手」が、ほとんどいない。可能性があるのは青木と内川だが、失礼ながら、彼らが代表チームでリーダーシップを発揮するタイプのキャラクターであるようには考えにくい。

 もちろん、国際経験はなくても好選手は大勢いる。坂本、中村剛、糸井、長野あたりを中心に、過去2大会に、個人としてはさほど遜色ない顔触れを揃えることはできるだろう。
 ただし、それがチームとして機能するかどうかはまた別の話だ。国内リーグでどれほど素晴らしい成績を残した選手でも、国際試合ではやってみないとわからない怖さもある。
 大会が始まれば、予測のつかなかったようなさまざまな事態が起きる。そんな時に、適切なリーダーシップを発揮できるのが誰かといえば、現時点で参加確実な選手でいえば阿部ということになってしまうのだが、本当にそんなことが可能だろうか。
 国際大会に臨む代表チームでは、ただでさえ捕手にかかる負担は異常に大きい。負けたら終わりの一発勝負が続く上、相手の情報が少なく、さらに自チームの投手ですら初めて組む相手の方が多い。リードするだけで手一杯だろう。その上、野手陣の面倒を見ている余裕があるのかどうか。
 
 そう考えていくと、詰まるところはやはりイチローが頼り、という結論になりそうだが、過去2大会とは異なり、彼にとって目下の最優先事項は来季の契約だろう。本人の希望はヤンキースでワールドチャンピオンになることだろうが、首尾よくオファーがあったとしても、ヤンキースはもともとWBCへの選手派遣に消極的なチームだ。そして、もし他のチームに移籍するとなれば、春のキャンプでレギュラーを勝ち取らなければならない立場に陥る(ヤンキースでもそれは変わらないけれど)。
 結局のところ、イチローが代表に参加できる可能性は決して高くないように思える。
 
 とすると、実は今大会では、過去2大会にも増して、監督のリーダーシップや求心力が決定的な意味を持つように思えるのだが、はて、山本浩二監督にそれだけの力があるのだろうか。コーチ陣が重厚すぎる(監督としての実績は梨田や東尾の方が上といってよい)のも、私には安心材料というよりは心配の種である。
 
 どうも、考えれば考えるほど見通しが悲観的になっていく。ううむ。
 
 救いがあるとすれば投手陣だろう。ダルビッシュはいなくとも、田中将、涌井、内海、山口、あと状態が回復すれば杉内らの経験者が健在だ。初参加となる、生きのいい若手も育っている。阿部が主戦捕手になるのなら、勝手知ったる投手が何人か選ばれそうなのも好材料だ(来シーズンのジャイアンツにとっては微妙だが)。
 あとは野手陣の中から新しいリーダーが頭角を現してくれるのを祈るばかり。個人的には坂本に期待している。

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日本プロ野球選手会のWBC出場ボイコットに関する連続ツイート。

7/19のツイート。

●要求内容は正当だと思うが、交渉戦術としては展望のないやり方に思える。相手はそもそも交渉のテーブルに付く気がなさそうに見える。日本代表がボイコットしたからといってWBCが困るだろうか。/選手会がWBC不参加を決議(デイリースポーツ) http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120720-00000033-dal-base

●ボイコットしたところで日本抜きで開催されるだけのことになりかねないし、そうなると第4回以降はさらに立場が弱くなる。交渉事や訴訟合戦にかけては、野球以上に彼我の実力差がありそうなだけに悩ましいが、参加しながら交渉を続ける方がベターであるように思う。

●一般論として、要求事項が何であれ、それがどれほど正当であれ、野球選手が交渉材料として「野球をやらない」と言い出すことには抵抗を覚える。

●WBCに関しては、どれほど理屈をつけたところで、要求事項そのものは「もっと金をよこせ」に尽きる。それが容れられないなら野球をやらない、というのでは、見物人としては、一定の理解はできても、賛同はできない。私が見物したいのは野球であって法廷闘争ではない。

●スポンサー収入の帰属先をめぐってMLBと争っているのが選手会、というのも奇妙な構図ではあるが。本来ならそこで矢面に立つのはNBPの役割であり、再任されたコミッショナーの仕事であるはずだ。

●よもやMLB内で「日本人メジャーリーガーだけで1チーム作って参加させりゃいいや」みたいな話になる可能性はあるんだろうか。捕手はカート・スズキあたりで。

●木村公一さんによると、WBCはそもそもそういう大会、ということのようだ。同床異夢にもほどがある、ということですな。


7/20のツイート。

●WBCの件の続き。選手会の主張はこちら。http://jpbpa.net/wbc/ 前にも書いた通り、主張には正当性があるが、手段には飛躍があると思う。この次元の争いで「未来の日本の野球のために」と言い切ってしまえる感覚にはついていけない。

●不参加が日本野球の未来に及ぼすメリットとデメリットを冷静に検討しているのだろうか。この大会が始まった時、私は「どんなに運営に問題があっても、日本野球は参加して勝つことを目指すべき」と主張していたが、今もその考えに代わりはない。WBC抜きでも日本野球が安泰だというなら別だが。

●今の日本で、あるスポーツが人気競技であり続けようとするなら「世界に挑む日本代表」という存在は極めて重要だ。現実に用意された「世界」がどれほど歪んだ空想的なものであったとしても、日本野球はその物語を必要としている。歪みを是正するためにも、参加して勝って発言力を増すことが大事。

●2度も優勝したのに発言力が増えないじゃないか、と言われればごもっともだが、それでもやっぱり、他に世界大会がなくなってしまった以上、参加して勝つ以外の選択肢は見えない。

●「日本野球の未来のために」というからには、選手会は最低でもこのレベルの議論をしていてほしいのだが、さて現実はどうなんでしょう。


●運営上の問題がたくさんある大会なのに、選手会は金の話しかしない。選手には選手の言葉があるべきで、弁護士の言葉とは違うはずなのだが、両者は綺麗に一致している。/WBC「経済的メリット取れるのはMLBのみ」 石渡氏が大会の構造改革を訴え http://sankei.jp.msn.com/sports/news/120629/bbl12062909030001-n1.htm

●いつも思うんだが、選手会の名のもとに公表されるこういう文章って、誰が書いて、誰が決済してるんだろう。週刊ベースボールの連載にも署名がない。http://jpbpa.net/news/?id=1342765958-887972

●「なお、野球の国際大会において“侍ジャパン”の名の元に行う日本代表による、独自の国際試合への参加については積極的に協力していく所存です。」http://jpbpa.net/news/?id=1342765958-887972  … って、どこにどんな国際大会があるというのか。

●(yusuketsuikiさんへのレス)選手たちは素晴らしい試合をすることで、もともと価値の疑わしい大会に、独自の価値を与えてきたのです。価値は試合の中にしかない。選手会サイトの文言で嫌なのは、スポンサー権料を「日本代表の価値」と呼んでいることです。それは「選手の言葉」ではありません。

●で、あえて金の話もしておくと、野球日本代表のスポンサー権料というのは、五輪やWBCに参加するから発生するのであって、そこに出場しない代表が同じ利益を生むとは到底思えない。だから、WBCをボイコットしたらMLBに吸い取られる金が日本代表のものになるわけではない。単に消滅するだけだ。

●一方、日本代表がWBCに参加することで生ずる利益はスポンサー権料等だけでなく、有形無形の経済効果があるはず。例えば大会前の有料練習試合、大会後のNPB公式戦の観客動員増、無形でいえば野球の人気、注目度の高まり。WBCボイコットはそのすべてを無にする。

●選手会の議論は、WBC参加の波及効果を無視している。WBCなしでも日本代表の価値が存続するかのような書き方だが、それは無理があるんじゃないだろうか。野球が五輪を失ったダメージは大きい。

●これは選手会とは関係ないけど、日本がWBCに代わる国際大会を主催する、という案には、残念ながらあまり意味がない。メジャーリーガーが参加しない大会は、WBCの価値を超えられないから。

●そういえば昔、こんなことを書いてたのを思い出した。ロンドン五輪の開幕直前にこういう事態が起こるのだから、なんともはや。すごい閉塞感。/五輪競技落選による、MLB一極集中体制の完成。 http://kenbtsu.way-nifty.com/blog/2005/07/post_b834.html


ちなみに、昨年10/10にはこんなツイートをしていた。

●アイデアとしてはアリだと思うが、日本一監督がアメリカ人だった場合にも適用するんだろうか?(それ以外の外国人という可能性は、現実的にはまず考えにくいのでここでは無視する)/日本一監督が侍ジャパン指揮官就任へ! http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/10/11/kiji/K20111011001796360.html …

●バレンタインくらいの実績があれば別だが、ヒルマンのようにMLBの監督経験がないアメリカ人が日本代表を率いてUSA本土に乗り込むとなると、精神状態が心配になる。それ以前に、ディフェンディングチャンピオンである現状では、ファンも外国人監督を容認しないのでは。

●なお、WBCの参加条件に関してNPBと選手会がやっている条件闘争については、原則として賛成してます。アサヒビールが払うスポンサー料が主催者に入っているとは知らなかった。それはどう考えても不当だろう。今大会だけで万事解決するはずはないが、開催されるたびに粘り強く交渉していくべき。

●ただ、日本が単独で金の話だけを交渉している、というのはうまくない。自国リーグで強い代表チームが作れるキューバと韓国を、何らかの形で抱き込んで共闘できたらよいのだが。この3か国が全部欠場したら、国際大会としては格好がつかないだろう。共通の利害をどこかに見いだせないものか。


…選手会に対する意見としては、ストが終わって第1回WBCに向けた動きが始まってから、ずっと同じことを書いている。もうずいぶん時間が経って、ストの後からプロ野球に入って来た選手も増えたが、大きな状況としては変わっていないと思う。つまり、「WBC抜きでも日本野球が安泰だというなら別だが。」というところがすべての根っこにある。

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高代延博「WBCに愛があった。 」ゴマブックス

 今春の第2回WBCで三塁ベースコーチを務めた高代延博が大会を回顧した本。あとがき等を見ると、スポーツ・ヤアの元編集長、本郷陽一が関わっているようだ。

 第1回大会の後には2冊のドキュメンタリーが刊行されたが、いずれも取材者(石田雄太、石川保昌)の手によるものだったから、インサイダーによるWBC回顧録というのは初めてで、それだけで興味深い。三塁ベースコーチとして、日本代表の攻撃のすべてをグラウンドで体験してきた高代であれば、なおさらだ。

 刊行時の目で記したプロローグ、大会そのものについての考えを述べたエピローグを除くと、本書は著者が原代表監督から三塁コーチへのオファーの電話を受けた日に始まり、帰国便が成田空港に到着する場面で終わる。
 コーチ陣の編成が発表された時、私は、原と高代にどういうつながりがあるのだろうと訝しく思ったものだが、高代自身も同じような戸惑いを持っていたようだ。ジャイアンツとのプレーオフに敗れたその夜に、落合監督自身の口から翌年の構想に入っていないことを告げられ、その2日後、ナゴヤドームで荷物をまとめている最中に、携帯電話に原自身から連絡があった。
 意欲はあるものの、WBCに参加すれば、そのシーズンはもうコーチとしての仕事はない。生活のためには他球団に就職した方がよいのではないか、と迷った高代は、率直に事情を話して返答を保留するが、プレーオフが終わるような時期には、すでにどこの球団も監督・コーチ人事は完了していた。原の誠意、妻の勧めにも推されて、高代はコーチを引き受ける。
 …というような、わりとなまなましい内情が、坦々と記されていく。首脳陣の顔合わせ、選手選考*と、大会に向けた準備が進み、そして合宿へと向かっていく。

 面白いのは首脳陣の人間関係における高代の立場だ。
 もちろん高代のコーチとしての手腕は評価され、仕事の上では尊重されていたのだろうが、高代は人間関係の上ではまるで外様なのだ。この大会限りのプロジェクトチームとして集められたコーチ陣とはいえ、それぞれに既存の関係はある。王顧問、原監督、篠塚・緒方コーチというジャイアンツ人脈が中心にあり、投手コーチの山田、与田は職掌上は専門外。
 そのため、仕事を離れた場面では一人で過ごすことが多かったようで(酒を飲まないコーチが多かったせいもあるらしい。高代自身は飲む人なので)、本書では、合宿や遠征生活の中で一人で夕食に出かける場面がたびたび出てくる。というより、監督主催などの食事会以外では、スタッフと行動をともにする場面がほとんどない(選手とは食事をしないのがポリシーらしい)。食事会で王顧問の隣に座るたびに緊張しているのもおかしい。
 別にそれがトラブルや不和の存在を示唆しているというのではなく、プロジェクトチームの成り立ち方というのはそんなものだろうな、とも思う。いい大人が1か月以上も集団生活を送るのだ。よほど気心の知れた相手でなければ、四六時中一緒にいたのでは疲れてしまうことだろう。何気ない場面だけれども、こういう描写にリアリティを感じる。
 
 宮崎での合宿、そして大会がスタートすると、今度は三塁ベースコーチとしての高代の眼と腕が前面に出てくる。これも本書の肝だ。
 どの試合のどの場面で、どの走者のスタートが遅れたことがどういう結果をもたらしたか。どうすれば自分は失敗を防げたのか。ある局面で本塁突入を指示し、別の局面で止めたのはなぜか。相手外野手の肩をどう評価していたか。テレビで見ているだけではなかなか判らない(いや、球場で見ていても判るとは限らない)、微妙なプレーと判断の機微が、試合の行方を左右していく。まさに「三塁コーチが見た侍JAPAN」(サブタイトルの一部)である。高代が書く三塁コーチ論をぜひ読んでみたい、と思わせる。ま、ご本人はまだまだコーチとして仕事を続ける意欲たっぷりだろうから、本当に肝心なことが書けるのはずっと先になるのかも知れないが。

 高代にはもうひとつ、守備コーチとしての仕事もあった。
 合宿に集まった内野手たちからアドバイスを乞われて、それぞれに対して課題とその解決方法を教える場面は圧巻といってよいが、白眉は何といっても村田への指導だろう。

 WBCを見ていて驚いたことのひとつが村田の守備だった。決して上手ではなく、そもそも本人がまともに意欲を持っていなかったことは確実(昨年末のテレビ番組で、広島の東出から「広島遠征では毎晩焼き肉屋に通っているから、3連戦の3日目あたりには明らかに守備の動きが悪い」と指摘されて、「今は食べたいものを腹いっぱい食べたい」と居直っていた)だった村田が、厳しい打球に飛びついて、しばしば危機を救っていた。本書では、原監督と高代が、村田の意識を変えて練習に取り組んでいく様子も記されている(横浜の指導者はこれまで何を教えてたんだろう、という気もしないでもないが。こういうことをきちんとさせられないのが弱いチームなのだろうな)。
 
 高代のノックの巧さが、USAで行われた第2ラウンド以降、現地のメディアに絶賛されていたという話は、大会当時も話題になっていた。本書でもその件が紹介されている。練習試合を行ったサンフランシスコ・ジャイアンツのベンチコーチが、守備理論を聞くために高代を訪ねてきた場面も興味深い。ベテランのベンチコーチを感服させる高代も見事だし、日本人にわざわざ教えを乞うコーチも立派だ。

 もちろん、ひとり高代だけでなく、原監督をはじめ伊東、山田、篠塚ら、それぞれのコーチに、それぞれのWBC物語があることだろう。彼らのような指導者がチームを支えていたこと、そもそも高代のような指導者がいること自体が、日本野球の強みなのだろうと思う。
 高代は法大ー東芝と進んだ後にドラフト1位で日本ハムに入団、日本ハムで10年、広島で1年の現役生活を過ごして引退。そのまま広島でコーチ生活に入り、90年から昨年まで19年間コーチ業をしてきた。現役時代から守備と走塁に定評のある内野手だったから、もともとそれらの技術については思考と実践を重ねていたのだろうが、人に教えるとなればまた別だ。
 本書は、優れたコーチとなった高代の仕事ぶりをWBCという特殊な大会を通じて描いたものだが、そこに至る過程、彼がいかにして優れたコーチとなったかについても興味が湧いてくる。
  
 
*
亀井義行の選考については、本書によれば高代自身が推挙したという(昨年末にテレビ番組に出演して、亀井の守備を高く評価したこともあった)。このblogで議論になったこともあるので、該当部分を引用しておく。

<問題は、外野の守備がための選手の是非だった。
 外野担当の緒方コーチも、そこは決めかねていたようで「例えば逃げ切りたいときに、どうしますか? 青木、イチローに代打はないですよね。福留に代打はあるかもしれません。その場合、守りはどうしましょうか」と全員に問題提起した。
 私は「亀井義行はどうか」と推薦した。
 色眼鏡で見られる巨人の選手、しかも実績には欠ける。だから、原監督や緒方ら巨人のスタッフにしてみれば、自分のチームの選手を推しにくかったのかもしれない。しかし、私は、敵チームである中日の三塁コーチャーズボックスに立っていて亀井は嫌な外野手の一人だった。肩と、打球を処理してからの動作の速さに関して言えば、全盛期の高橋由伸にもヒケを取らないレベルにあると感じていた。
 最終メンバーまで亀井が入ったことに「巨人だから選ばれた」という批判があったみたいだが、内情は違う。これは亀井の名誉のためにも特記しておきたいと思う。>

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