またですか。

WBC代表候補、中日勢4人全員が辞退(読売新聞)

<国内組では、中日から選ばれた4人全員が辞退。WBCには12球団が一致して協力することを確認しているだけに、原監督は「事情はあるでしょうが、一人も協力者がなかったことは寂しいものがある」と残念そうに話した。
 中日の白井文吾オーナーは「北京五輪に全面協力したが、選手が体調を崩し、後遺症が大きかった。WBCにも協力すべきと思うが、うちはけが人が多い」と説明した。>


WBC 主力級含めた辞退、「最強軍団」構想に暗雲(毎日新聞)

<しかし、理由を明示せず、ただ辞退というのはいかがなものか。原監督によると、ある球団は候補者全員が辞退し、その球団の別の選手に要請したところ、また断ってきた。そこまでくると、チームとして何らかの力が働いているとみられても仕方あるまい。>

 中日は、第1回WBCに際しても、選手の派遣に関して非常に消極的だった。中日スポーツの記事は、<断腸の思いで“名誉欲”を断ち切ろうとしている>と出場辞退を賛美するかのようなトーンで伝えていた。
 
 
 第1回大会の前後、雑誌の記事などでは、「読売の商売に付き合う必要はない」というような匿名の他球団関係者の声がしばしば報じられていた。WBCアジアラウンドで読売新聞が、大相撲でいう勧進元のような立場で事業を仕切っていることについての見解だ。

 NPB全体で取り組むべき事業を一球団の親会社が単独で開催するのはおかしい、という考えがあるのなら、それは正論だと思う。
 だから、もしそういう不満を抱いている球団があるのなら、NPBの実行委員会で声を上げ、希望球団が持ち回りで勧進元を務めるようにするとか、NPB自身が勧進元として興行が打てるようにコミッショナー事務局の機能強化をはかるとかを訴えて、行動計画を提言すればよい。
 主張が容れられなければメディアやファンに問うてみるのもよい。そんな球団が現れたら、私は支持する。

 「日本代表の試合を東京だけで開催するのはおかしい。名古屋で開催すべきだ」(大阪でも福岡でも仙台でもよいが。いや3月の仙台では寒すぎるか)と主張する球団があってもいいと思う。東京以外で開催されれば私個人にとっては不便になるが、そのことに反対しようとは思わない。

 だが、現実にはそんな球団は現れない。
 現れるのは、故障を理由とした出場辞退者であり、「どうせ読売さんの商売でしょ」というような匿名の声(を報じる新聞・雑誌)だけだ。

 「寂しいものがある」という原監督のコメントに同意。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

重厚なコーチ陣への若干の懸念。

 第2回WBC日本代表のコーチ陣が決まったのだという。
 報道されるところによれば顔触れは以下の通り。

投手:山田久志、与田剛
バッテリー:伊東勤
打撃:篠塚和典
内野守備走塁:高代延博
外野守備走塁:緒方耕一

 まずは文句のつけようのない顔触れではある。
 山田は95,96年にオリックスが連覇した際の投手コーチで、仰木彬監督の細切れ投手起用をよく支えた。売り出した頃のイチローと親しかったようだから、その面の保険、という意味もあるのかも知れない。
 伊東は西武黄金期の名捕手であり、監督としてリーグ優勝を果たしている。
 高代は中日・落合監督の下で今季まで野手総合チーフコーチを務めた作戦・走塁のエキスパート。
 篠塚、緒方の2人は原の指名ということだろうが、今季のジャイアンツの打撃・走塁を見れば、一定の成果は挙がっていると考えてよいのでは(甘いか?)。
 コーチ経験のない与田は、お手並み拝見というところ。MLB解説を長くやっていてアメリカ野球に詳しいという点は、チーム全体にとってのプラスになるだろう。
 全体としては、それぞれの分野で実績のある指導者を配した重厚な布陣になったと思う。

(前回大会を投手コーチとして経験し、原監督の下でコーチを務めて日本一を経験し、アメリカのマイナーリーグでのコーチ経験もある鹿取義隆が起用されないのは少し意外だったが、だからといって山田・与田コンビに不満はない)

 ただ、顔触れが立派すぎて、まとまるのだろうかという点は少し気になる。

 山田と高代は原監督より年長。伊東は4歳下だが選手としてはほぼ同世代といってよい。山田と伊東は監督経験者だ。高代については多くを知らないが、現役時代も中日のコーチ時代も、かなり主張の強い人物だったという印象がある(中日では、ほかのコーチとの不和が伝えられたこともあった)。

 主張が強いことがいけないとは言わない。チームが順調にいっている時はそれでいい。
 だが、前回大会の二次予選や、北京五輪の予選リーグ終盤のように、チームが苦境に陥ることも想定しなければならない。そういう状況下で、監督とコーチの間で、あるいはコーチ陣の間で意見が割れた時に、原監督は彼らを掌握してチームをひとつにまとめることができるだろうか。そこがこの人事の最大のポイントであるように思う。

 そもそも、原監督への就任要請があったのは10/27で、まだ1週間しか経っていない。
 日本シリーズを戦っている原監督自身が、この短期間にコーチ陣を編成できるはずはない。NPB側で誰かが動いた結果と考えるのが自然だ(原監督の意向も容れてのことだと信じたいが)。順当に考えれば、王顧問の考えが反映されているのではないかと思われる。
 ある意味ではお仕着せの人事であり、原監督とコーチ陣の間に現時点で十分な信頼関係があるかどうかはわからない(もちろん、本番までに形成されればそれでよい)。 「仲良しトリオ」と酷評された北京五輪の指導陣に対する反省に基づいた人事ならよいが、反動ということだといささか困る。


 ちなみに2006年の第1回大会の顔触れはこうだった。

監督:王貞治
ヘッド:弘田澄男
打撃:大島康徳
投手:鹿取義隆、武田一浩
守備走塁:辻発彦

 どう見ても王監督が突出して偉い(笑)。
 年齢でも王監督が圧倒的に上だし、比較的年長の弘田、大島は穏やかな人物という印象がある。鹿取にとっては王監督は現役時代の大恩人だ。王監督の人間力も含めて、何がどう転んでも内紛など起きようのない組織だったという気はする(もちろん、結果に影響されての感想ではあるが、当時、敗色濃厚だった時点でも不協和音が報じられることはなかった)。

 原監督が、年長者を含めたコーチ陣をよく掌握し、それぞれの力量を十全に発揮させることができれば、よい人事、よい組織だった、ということになる。私が懸念するような面については、もしそんな芽があった場合にも、後見人としての王前監督が抑えになってくれることを期待する。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

代表監督は罰ゲームじゃないんですから。

 欧州サッカーに詳しい人々の書くところによると、近年、有能な監督はビッグクラブで指導することを好み、あまり代表監督になりたがらない傾向があるらしい。

 確かに近年、イタリアやドイツ、オランダといった強豪国で、かつて代表チームで活躍して人気と知名度はあるが指導者としての実績に乏しい若手(ドナドニ、クリンスマン、ファンバステン。あるいは少し前のフェラーやライカールト)が代表監督を務めているのは事実だ(ブラジルのドゥンガもここに加えてもよいかもしれない)。
 いきなり代表監督をやり、退任した後でクラブの監督になるというのは、ちょっと順序が違うんじゃないかという気はする。

 ビッグクラブで成功を収めている指導者たちが代表監督をやりたがらない理由として考えられるのは、その職がハイリスク・ローリターンだからだろう。大きい大会で優勝でもすれば指導者としての評価も上がるから、単にローリターンとは言い切れないものの、金銭面での報酬はビッグクラブより小さそうだ。
 欧州中に散らばった選手を招集するたびにクラブから文句を言われ、金持ちになった選手たちのわがままに振り回され、ワールドカップや欧州選手権の予選でちょっと停滞すれば国中から非難を浴びるくらいなら、ビッグクラブを渡り歩いている方がいい、と彼らが考えても無理はない。
 選手の選抜にしても、国籍という制約を受け、現実には他国のクラブの都合に左右されることの多い代表チームよりも、世界中から好みの選手を集め、有望株を若い時期から育てられるビッグクラブの方が、むしろ自由度は高いと言えるかも知れないし。


 欧州サッカーではいろんな紆余曲折を経て今はそんな状態になっている、ということだと思うが、我が日本の野球代表監督は、始まった途端にそんな感じの立場として扱われている。
 アテネ五輪の長嶋(と、その代行の中畑)、第1回WBCの王、北京五輪の星野と、プロ選手の代表チーム監督は、これまですべて、決定後に発表されてきた。多少なりとも選考過程が世間の目に公開され、議論を呼ぶのは今回が初めてだ。

 加藤コミッショナーが招集した諮問委員会(正式名称は別にあったと思うが実質的にはそういうことでしょう)の会合がとりあえず1回行われ、メディア上では「星野仙一再び有力」と書かれたが、それを受けてイチローが会合での方針に異を唱え、星野仙一がすかさず「固辞するって言ったら固辞するんだよ」(と書いてあるわけではないが、そんなニュアンスではある)と自分のサイトで発表する*。なんだかババ抜きみたいなことになっている。

 とにかくここまで出てきた話は「現役監督は難しい」とか「私はやらない」とか、何かを除外する方向の話ばかり。「こういう人にやってほしい」「彼こそふさわしい」みたいな話題になっていかない(野村監督は落合や原の名を挙げたという報道もあったが、どこまで本気なんだか)。
 選考にあたる人々が、こういう人がいい、というビジョンさえ立てられずに、どうして人選ができようか。


 そんなことを考えていてふと気がついたのだが、選ばれる側の意識はどうだろう。
 王監督のもとで日本が優勝した2006年春から今までの間に、WBC代表監督に意欲を示した日本人指導者が1人でもいただろうか。「将来いつかは」というのも含めて、誰かがそういうことを言ったという記憶が私にはまったくない(もしご存知の方がいたら教えてください)**。
 やりたそうな発言をしたのはボビー・バレンタインくらいではないか。それはかなり寂しい状況だ。

 サッカー日本代表監督も、現任者に対する報道やネット上での言説を見ていると、なかなかリスクの大きな仕事のように思えるが、それでも、いつかは日本代表監督をやりたい、という目標を口にする指導者は(日本で指導する外国人も含めて)少なくない。
 というより、サッカーのコーチをやっているからには代表監督を目標にするのが当たり前、という考え方がひとつの常識として共有されている気がする(代表には興味ない、クラブの方がいい、という指導者もいるとは思うが)。
 あるいは、海外のクラブで指導してみたい、という人も、これは多数派ではないが存在する。指導者も成長しなければならない、挑戦しなければならない、という意識を持った指導者が大勢いることは確かだろう。

 だが、プロ野球の世界では、そんな言説はまず聞いたことがない。
 選手はレベルの高い戦いの場を求めて次々とMLBに出て行くが、指導者は、勉強のために渡米する人はいても、MLB監督を目指して海を渡った人は聞いたことがない(いたら教えてください)。日本人が海外で指導するといえば、せいぜい台湾で、これは上から下に教えに行く、という力関係になる。
 選手ばかりか、審判も、トレーナーも、スポーツビジネスを志す背広組も、野球に関わるいろんな業種の人々がMLBで働いているのに、コーチだけがいない。これは奇妙なことといってよい。


 共同通信が伝えた、WBC監督選考に対するイチローの発言を記事から抜き出すと次のようになる。
<「最強のチームをつくると言う一方で、現役監督から選ぶのは難しいでは、本気で最強のチームをつくろうとしているとは思えない」>
<「もう1度、本気で世界一を奪いにいく」>
<「大切なのは足並みをそろえること。(惨敗の)北京の流れから(WBCを)リベンジの場ととらえている空気があるとしたら、チームが足並みをそろえることなど不可能でしょう」>
http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20081021-421198.html

 明言はしていないものの、イチロー発言の背景には、そんな日本の指導者たちに対して感じている物足りなさがあるのではないかと想像する。
 監督自身が勝負してないじゃないか。そんな監督が僕らを指導できるの? と。

 日本一だけでは飽き足らず、MLBのチャンピオンやWBCでの世界一を現実的な目標としている選手は大勢いるのだから、この意識の差は、きっと無視できないくらいに大きい。イチローが<足並み>という言葉で表現しようとしている事柄の中には、そんなことも含まれているのかも知れない。
 今では多くの人が忘れてしまったのではないかと思うが、第1回WBCでは多くの有力選手が出場を辞退した。始まる前には、海のものとも山のものともわからない、値打ちのはっきりしない大会と見なされていたわけだ。
 第1回大会での優勝によって、日本代表選手のステイタスは急上昇し、多くの選手が出場を希望するようになった(と思う)。だが、代表監督という立場のステイタスは、まだそうなってはいないようだ。


 短期決戦における勝負強さだとか投手起用だとか、WBC監督の人選が議論に上る時、主としてベンチワークが話題になることが多いように思う。
 それらの諸々が大事でないとは言わない。
 が、これほどまでにいろんな荷物を背負わされたチームを引っ張っていくためには、余計なことに斟酌せず、馬鹿になって、勝利のためにすべてを捧げられる純粋な心性こそが、もっとも大事な要件なのではないかという気がしてきた(考えてみれば、長嶋茂雄も王貞治もそういうものを備えていた)。
 プロ野球監督として優勝した、あるいはそれに近い成績を残した人々を候補者と考えるなら、あとは、やる気のある人(あるいは、決まったら四の五の言わずに頑張りそうな人)に任せるのが最善の選択なのかも知れない。

 そう考えると、たとえば原辰徳という名前は、なかなか悪くない選択肢のようにも思えてくる。ま、まずは目下のクライマックスシリーズを勝ち抜いてからの話だが。

 ついでながら私見を記しておくと、原のほかには、以前、「王が推薦している」と報じられていた若松勉・元ヤクルト監督もよいのではないだろうかと思う。
 原やバレンタインもそうだが、最高水準の選手を集めたチームを率いる時には、選手のモチベーションを挙げ、一体感を持たせられることが最も大事になる。
 だから、選手を駒のように操ってマジックのような采配をするタイプの監督というよりは、選手の力を引き出すことを優先的に考え、求心力を持つタイプの監督がふさわしいと私は思っている。初代WBC監督も、そういう人物だった。

 
 
 
*
それにしてもこの人、この件については徹頭徹尾、被害者意識剥き出しだなあ。前回も今回も結局は、メディアが反対するからやりません、と書いている。かつて彼がどれほどメディアを利用して他者を攻撃してきたかを考えると、この打たれ弱さは見ていて哀しくなる。

とりわけ、<長い、いつの監督生活のなかでも常に「行蔵(出処進退)は我にあり」として、それを信条としてきたわたし>(公式サイトから)などという自己認識は噴飯ものだ。

 この「行蔵は我にあり」という言葉は、おそらく勝海舟の「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」という言葉を下敷きにしている。
 これは明治になってから、元幕臣が明治政府に仕えることを批判した文章を発表した福沢諭吉に対して(正確には、公表前に福沢が送ってきた草稿に対する返事として)勝が残した言葉だ。勝は福沢に対して発表を控えさせるような働きかけをしなかったし、反論もしなかった。
 つまりこの言葉で勝が言おうとしているのは、“他人が何と言おうと俺はやるべきことをやってきた。文句があれば勝手に言えばよい”ということだ。
 長い監督生活の中で常にメディアを操作して自分の立場を有利にしようと画策してきた人物が、「メディアに叩かれるからWBC監督はやらない」という声明に引用することが、どれほど相応しくないか、おわかりいただけると思う。


**
10/27に行われた第2回体制検討会議で、候補は原辰徳ジャイアンツ監督に絞られた。
会議の出席者のひとりである野村克也楽天監督はこの夜、TBSのニュース番組に出演して、「自分に声がかからないのは寂しい、俺の評価はそんなもんかと思った」「コミッショナーは世代交代ということを何度もおっしゃっていたから、自分は対象外なんだな、と思った」(アナウンサーから「次回の監督はいかがですか」と問われて)「お断りする理由がなければお受けします」などと意欲を見せていた。
そんなにやる気があるのなら「(星野で)出来レースじゃないか」とか「落合がいい」とか「イチローが兼任でやればいい」とかごちゃごちゃ言ってないで「私がやりたい」と手を挙げればよかったのに、素直じゃないんだから(笑)。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

いっそWBC代表は日本一のチームが出たら、という試案。

 9月1日のプロ野球実行委員会で、来春の第2回WBCの監督人事は議題に上ったが、結論は出なかった。

<日本代表監督の人選は、加藤良三コミッショナーを中心に、有識者の意見もふまえて進めることで一致した。
 実行委では、各球団が人選の方法について意見を交換。「日本シリーズ優勝監督など、選考基準を設ける」「選考委員会を設置する」などの声も出たが、まず、前回のWBCで日本を率いた王貞治・ソフトバンク監督ら、有識者の意見を聞く作業にとりかかることになった。>(読売

<来年3月に米国を中心に開かれる野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表監督の選考が、加藤コミッショナーに一任されることとなった。(中略)実行委員会では、中日などから「前年の日本一になった監督がWBCの監督をやるという方式は」という意見が出されたが、「現役の監督は難しい」という声もあった。「選考委員会を作っては」という意見も出たが、今月中に結論を出すためには時間がないということもあり、加藤コミッショナーが判断することとなった。前回大会で優勝に導いたソフトバンクの王監督らから意見を聞いて選定を進め、12球団に諮ることとなる。>(朝日

 コミッショナーを<中心に進める>と<一任される>ではずいぶんニュアンスが異なる。どっちなんだと言いたくなるが、まあ1日だけの話し合いでいきなり監督が決まるよりは、選考方法も含めて、きちんと検討した方がいい。

 各紙報道を読むと、<一任>という表現は、「今年の日本一監督にする」「選考委員会を作る」といった各球団からの提案が、時間がないという理由で却下されたところから出てきたもののようだ。

 昨日までの報道では、「今季日本一監督をWBC監督に」という提案が目立っていた。主導していたのは中日だ。
 西川球団社長は<「何のルールもなく恣意(しい)的に決めるのはおかしいでしょう」><「私は星野では駄目だと言っているわけではない。だが、なぜ星野なのかという理由が必要でしょう。それに代表の監督は現役監督でなくていいのかなとも思う」」>と語っている。

 ジャイアンツの首領の「星野君の他に誰がいる」という発言に対抗するもの、という印象を受けないでもないが、仮にそうだとしても、これはなかなかよい提案ではないかと私は思っている。

 理由はいくつかある。

 第1に、現役監督を除外すると、候補者の数は乏しい。体力と意欲を兼ね備えた優秀な指導者がいれば、各球団がそう長いこと放ってはおかない。

 日本シリーズで優勝経験があり、今は現場を離れている元監督といえば、上田利治、古葉竹識、森祇晶、権藤博、若松勉、伊東勤らの名を挙げることができる。とはいえ上田、古葉、森、権藤はすでに70代、現場を離れて10年以上経つ(古葉は大学野球部の監督だが)。今さらこの激務に担ぎ出すのはあまり現実的とは思えない。
 若松や伊東は、私は面白いと思うが、各球団やスポンサー筋を納得させるには押し出しが弱いかもしれない(そんな要因を考慮しなければならないのも情けない話だが)。

 第2に、現場感覚の有無というものがある。あるらしい。
 たとえば選手の調子を判断する目、試合の勝負所をつかむ感覚といったものは、日々現場で戦っていないと、衰えたり狂ったりするものだという。私にははっきりとはわからないが、どんな仕事でも現場感覚というものは大事だ。野球の世界にもそれがあるだろうということは想像に難くない。
 今週発売の週刊ベースボールではライターの木村公一が「韓国はなぜ金メダルに輝いたのか」という記事を書いているが、そこでは韓国代表の金卿文監督の手腕が高く評価され、その采配が際だった理由として「現職の監督だった」ことが指摘されている。監督もコーチ陣も全員が現職だったそうだ。

 第3に、準備期間の不足がある。
 「日本シリーズの優勝監督にする」「選考委員会を作る」という提案は、実行委員会で「時間がない」という理由で採用されなかったそうだが、現実には、誰がなったところで時間はない。実際に選手を招集して練習ができるのはおそらく2月中旬あたりから。それなら現役監督であっても大した違いはない(スタッフの招集を手際よくやれれば、という条件は伴うが。これは、監督以前に、しっかりしたGMを決めることの方が大事だろう)。

 そんなわけで「日本一監督をWBC監督にする」という中日案はなかなかよいと思うのだが、私はこれをさらに進めて、「WBC日本代表チームは、今年の日本一球団を母体とする」ということにしたらどうかと思っている。

 現役監督がWBC監督に就任する上で最大の障害は、監督がシーズン前にチームを離れることにある。WBCで世界一になった王監督は、その年、ソフトバンクを日本一にすることができなかった。
 監督がチームを離れるのが問題になるのなら、チームの主要部分も監督にくっつけて一緒に行ってしまえばよい。前年の日本一チームなのだから、要所要所に優秀な選手はいるはずだ。外国人に頼っている部分や弱い部分を他球団の選手で補えば、代表にふさわしいチームができるだろう。監督も含めていつも一緒に試合をしている選手たちなのだから、意思の疎通にも問題はないはずだ。シーズンに向けた調整も同時にできる。外国人や非主力選手が分断されるという問題はあるが、なんなら練習相手として何人か帯同させてもいいかもしれない。

 暴論だとお思いだろうか。
 もちろん、本当に最強のチームを作るのなら、常勤の代表監督とスタッフを置き、各チームから選手を選りすぐってチームを編成するのが本来の姿だろう。
 しかし、北京五輪に向けた日本代表のチーム作りを見ていると、そういうやり方では結局うまくいかないのではないかという懸念を覚える。テストや準備がほとんどできないからだ。

 国内のプロリーグが進行する傍らで代表のチーム作りを進めなければならない、という点で、野球とサッカーは似ている。だが実際には、監督が準備のためにできることには大きな違いがある。
 北京五輪のサッカー日本代表は、昨年暮れに出場を決めた後も、何度も代表合宿を行い、練習試合を行い、海外での国際大会にも参加した。代表監督はそこで新しい選手を試し、本大会には最終予選とはかなり異なるメンバーでチームを編成した(その結果がろくでもなかったというのは、また別の話)。

 反町監督が選手を集めて合宿や海外遠征をしていた間、星野監督はチーム作りのために何ができたか。所属チームで練習し、試合をする選手たちを、ただ視察し、話すことだけだった。

 7月に発表された代表チームには、「故障者が多い」「今季の成績を反映していない」「予選のメンバーに固執しすぎ」などの批判が浴びせられた。本番でも故障で満足に働けない選手が続出したため、この選手選考は敗因のひとつとして非難を受けている。
 だが、私はこの点に関しては、あまり星野監督を責める気にはなれない。
 (代表合宿を招集した段階で、本番に間に合わない選手の見極めは必要だったと思うが)

 ある選手が国際試合で通用するか否かを予想するのは難しい。西岡のようにまるで平気な選手もいれば、青木や新井のように経験を積んで力が出せるようになった選手もいる。
 北京では、予選不参加の西武の中島とGG佐藤が加わった。今季好調だったからだ。結果として、中島はそこそこ働き、佐藤は最後の2試合で日本を破滅に導いた1人となった。要するに、使ってみなければわからない。

 だが星野監督に、彼らを実戦でテストする機会は与えられなかった。
 とすれば、国際経験のない選手は、チームにとってある種のリスク要因となる。新顔が増えるほどリスクも増える。だから、「栗原を連れて行っておけば」という類の批判には、ほとんど意味がないと私は思う(小笠原、井端、和田一浩といった選手なら、成績やプレー以外で力になっただろうとは思うが)。

 十分な準備やテストができないのなら、オールスター的選抜チームが機能するのは難しい。国内リーグの成績だけで編成された「最強チーム」は、絵に描いた餅に過ぎない。それなら、既成の強いチームをベースに代表を構成した方が、まだしも間違いがないのではないか。

 こういう考え方は、実はほかの団体競技では珍しくない。

 日本のバレーボールが強かった頃には、特定の実業団チームの監督が自チームに多少の補強をして国際大会に臨む、というやり方で成功をおさめていた。東京五輪で優勝した「東洋の魔女」は監督以下、日紡貝塚がベースだったし、70年代の女子代表もほとんど日立とユニチカだった。

 サッカーでも似た例は多い。「トータルフットボール」と称えられる74年ワールドカップのオランダ代表は、アヤックスとフェイエノールトの混成チームだ。旧ソ連や現在のロシアも、特定クラブを中心に代表を編成することが多いように思う。

 野球の日本代表が、数年に一度の特定大会のために一時的に結成され、しかもそのための準備期間が満足にとれない、という条件の下でしか活動できないのであれば、出来合いの強いチームをベースに結成するという手法は、検討に値する選択肢だと私は思う。

 というわけで、次の実行委員会までの間に、中日球団はもう少し頑張ってロビイングをして、チームごとWBCに送り込むべく暗躍してもらいたい(って、中日が日本一になれるかどうかという問題もあるがそこはとりあえず措く)。
 


 と、ここまで書いてきて、大きな要因を見落としていることに気がついた。
 北京五輪とWBCでは、条件が大きく異なる。WBCにはMLB選手の出場が可能だ。

 松坂、黒田、岡島、斉藤、城島、岩村、松井稼、松井秀、イチロー、福留。ほとんどのポジションで日本のナンバーワン選手はアメリカにいる。そうでなくても、WBC本大会はアメリカの球場とアメリカの審判で行われるのだから、同程度の力量ならMLB選手の方が有利だろう。

 もし前回と異なり、彼らの大半が日本代表としてWBCに参加するのであれば、「日本一の監督とチームで参加」という形は成り立ちにくくなる。MLB組を主力に据え、NPB組は脇を固める、という形でオールスターチームを作るのがよいかもしれない(皮肉なことだが、この構造はシドニー五輪代表におけるプロ選手とアマ選手の関係に酷似することになる)。

 これは要素レベルでいえば掛け値なしに日本の最強チームとなる。
 ただし問題は、誰がそれを率いるのか、ということだ。

 第1回WBCの日本代表は、イチローが王監督を深く尊敬していたからチームとして成立した。イチローほど気難しい選手がほかにいるかどうかは別として、この錚々たるメンバーが指導者として認め、彼らに同じ方向を向かせることのできる人物でなければ、このチームの監督を務めるのは難しい。
 (極端な話、イチローは星野仙一を自分の監督として認めるだろうか。なかなか微妙な気はする)

 さて、そうなると誰がいるのだろう。MLB監督としても相応の実績を残しているボビー・バレンタインあたりがいいのだろうか。

 そういえば、MLB所属の日本人選手の全員から、掛け値なしに深く尊敬されている人物が1人、在野にいた。野茂英雄がベンチに入れば、彼らは文句なしにまとまるかもしれない。
 だが、彼をベンチに従えることができたはずの人物は、すでにこの世にない。仰木彬が健在であったら…。

| | コメント (12) | トラックバック (2)

禁句。

 どんな立場の人間にも「言ってはいけない一言」というものがある。
 野球日本代表監督にとっては、たとえば次の言葉がそれにあたる。

最初のゲームでバッターにしてもピッチャーにしても、なんかこわごわピッチング、バッティングしていたね。ストライクゾーンがまったくほかの世界でやっているような感じだった。それで戸惑った感じだった

 この大会におけるストライクゾーンが曖昧だったのは確かだ。決勝戦では、1点差の9回裏一死満塁という局面で、四球の判定に不満を示した韓国の捕手が即座に退場になるという異常事態が起こった。苦しんだのは日本だけではない。

 五輪の野球は、<まったくほかの世界でやっているような感じ>ではない。<ほかの世界でやっている>のだ。
 日本には日本の野球があるが、キューバにはキューバが、プエルトリコにはプエルトリコの野球があり、欧州には欧州の野球がある。それぞれが入り混じり、日によって入れ替わりながら現れるのが国際大会というもので、それは今大会に限ったことではないはずだ。

 野球の日本代表が国際大会に初めて参加したのは1972年の世界選手権(現在はワールドカップと名称を変えている大会)で、その時からすでに現場の指導者や選手は同じ問題に直面している。以来、野球日本代表は、その問題に取り組み続け、野球がオリンピック競技となってからは、ずっとメダルという結果を出してきた。
 ひとつ前のエントリに即して言えば、「4年間、キューバを倒すことだけを考え続けてきた」という指導者や選手が、90年代の日本にはいたはずだ。

 その後、大会規定が変更されてプロの参加が認められ、もはやアマチュアだけでは勝てない、と助っ人のようにプロ野球選手を加えた混成チームで臨んだのが2000年のシドニー五輪(正確には前年の予選から)。それでも優勝できないと見るや、次のアテネ五輪からは指導者・選手ともオールプロに切り替えた。

 逆に言えば、野球界は、4年間キューバを倒すことだけを考えていたようなアマチュアの指導者や選手たちから、最大の目標、最高の舞台を取り上げてしまったのだ。
 シドニー五輪でプロの参加が決まった時、私は、これで日本の社会人野球は衰退に向かうだろう、と予測した。
実際、有力な企業野球部の廃部は相次いでいる(正確に言えば、当時すでにバブル崩壊の影響などで縮小傾向があったが、五輪のプロ化はその傾向に拍車をかけたということだろう)。

 くどくどと歴史を繰り返してしまったが、要するに、日本にも<ほかの世界>を研究し、挑み続けてきた歴史がある。
 星野の言葉は、そんな歴史や先人に対する敬意をあまりにも欠いている。

 現場が望んだわけではないにせよ、アテネ以来の五輪日本代表は、「アマチュア野球界から最高の舞台を奪った」という十字架を背負っている。だから、この日本代表は、ファンや国民に対してはともかく、アマチュア野球界に対しては、金メダルを持ち帰るという責務を負っている、ともいえる。
 社会人野球時代に代表経験を持つ宮本慎也はそれをよく知っており、だからこそ彼はあれほどまでに強い責任感をもって五輪に取り組んできたのだろうと思う。たとえば現在日本生命の監督を務めている杉浦正則(同志社大の先輩でもある)のような人々に対して、「金メダルをとらなければ申し訳ない」という気持ちが、彼を動かしてきたはずだ。

 かつてアマチュア時代の五輪で日本代表を率いた人々、日本代表として戦った人々は、星野の言葉をなんと聞いただろうか。
 星野監督は北京五輪の本大会を終えてから、<我々にはもっともっとパワーが必要。パワーで押さえ込むことが備わらなければ国際試合には勝てないんじゃないか>という結論にようやく至ったらしい。今はプロ野球界の一員となっている山中正竹バルセロナ五輪監督は、この言葉をどう聞いただろうか。ソウル五輪の投手コーチとして、もはや技巧派では国際試合に通用しないと考え、野茂英雄や石井丈裕、渡辺智男ら球威と変化球の決め球にすぐれた投手陣を揃えて決勝に進出した経験を持つ山中なら、そんなことは20年も前から判っている、と思ったのではないだろうか。

 いずれにしても、老人たちのご都合主義で始まった、矛盾に満ちた「プロによる五輪代表」という活動は、今回で終わった。MLBが態度を変えない限り、復活は難しいだろう(五輪がUSAで開催される大会で組織委員会がごり押ししてIOCが折れる、というケースはありそうな気もするが)。
 最後には苦いものだけが残ったが、勝利の甘美さがすべてを覆い隠してしまうのとどちらがよかったかといえば、私には判断がつかない。アテネ五輪の後で、今はロサンゼルスにいる黒田が宮本に話したという、「銅で良かったんですよ。あんな準備で金メダルをとってしまったら、みんな『簡単なんや』と思ってしまう」という言葉が思い出される。


追記:
 2008.8.24付朝日新聞に掲載されたロイター発の記事によれば、IOCのジャック・ロゲ委員長は、野球の3位決定戦を視察した際に、<大リーグ選手が参加しない限り、再び五輪で採用されることはないだろうという考えを示した>という。<テニスにはフェデラーやナダルがおり、サッカーではロナウジーニョがいる><大リーグのチームが丸ごと出てほしいと言っているわけではない。ただ、五輪にはトップ選手がいてほしい>というのがロゲの談話。


追記2(2008.8.25)
野球が公開競技として採用され、初めてメダルを争った1984年ロサンゼルス五輪の代表監督として日本を優勝させた松永怜一さんがサンケイスポーツに今大会についての評論を寄せている。
<悔しいし、残念でもあるが、それ以上に憤りもある。ロサンゼルス大会以降、アマチュアが苦労を重ねて積み上げてきた成果が、最後の最後に崩れてしまったからだ。>
<敗因はいくつもあるだろうが、私はオールプロの彼らが、最後まで「箱庭」から抜け出せなかったからだと思っている。>
<異なる野球文化で知らない相手と戦わねばならない。自分の庭でいかに秀逸な技能を誇っても、それを五輪でも発揮できるかとなると、話は別だ。>

| | コメント (8) | トラックバック (0)

煮え切らないのは現場のせいだけではない。

 準決勝でまたも韓国に敗退。野球の金メダルの夢は潰えた。
 リードしながらも四球や守備のミスが絡んでの失点。出塁はしても走者をホームに迎えることができず投手を援護できない打線。選手選考や監督の采配に不満がないとは言わないが、別の選手起用、別の監督だったら勝てたのかといえば、確信は持てない。
 グループリーグでキューバ、韓国、USAに敗れての4位。それぞれの勝敗は紙一重でどちらに転ぶかわからないものだったが、結果としてこちらに転びはしなかった。

 ただし、日本代表が実力を余すところなく出し尽くしたかといえば、そうは思えない。上述した通り、敗因の多くをミスが占めている。日本野球の美質とはかなり異なる試合運びだった。
 準決勝以後、2日で3試合という厳しい日程の中で、エース上野が1人で3試合を投げ抜き、決勝ですべてを出し尽くして勝利した女子ソフトボールの日本代表とは、かなりの差があったといってよい。

 同じようなもやもやと落差を、サッカーの男女にも感じる。
 女子サッカーは史上最高の4位という好成績を挙げた。準決勝、3位決定戦ともに惜敗したが、特に3位決定戦では、強豪ドイツに対して終始攻め続け、絶望的な2点目を奪われた後もなお、彼女たちは足を止めることなく抵抗を続けた。試合後のテレビ報道では「チャンスは作ったが決定力不足だった」と評する声が多かったが、彼女たちが放ったシュートの多くはゴールの枠内をとらえていた。試合後の選手たちのインタビューでは、もうこれ以上はできないというくらいの試合をやりきった、という充実感が表情に表れていたように感じた。
 男子に関しては、多くを語る言葉を持たない。何もかもが中途半端だったように思う。

 持てる力を出し切った女子は立派だった。出し切れなかった男子はだらしない。
  たぶん、部分的にでも試合を観戦した人の多くが、そう思っているのではないか。
 結果はともかく、この「出し切れなかった感」については、現場、つまり選手と指導者の責任は大きいと思う。
 ただし、すべてが現場の責任に帰するべきだとは思わない。


 私は北京五輪のさほど熱心な視聴者ではなかった。全試合を集中して見たといえるのは柔道の石井慧くらいだ。とはいえ、競技のダイジェストや試合後のインタビューに答える選手たちの映像を見ていると、結果の善し悪しにかかわらず、各々がこの大会に賭けてきたものの重み、気持ちの強さはひしひしと伝わってくる。
 そして、日々その重みを受け止め続けているうちに、一部の競技の選手たちに違和感を覚えるようになってきた。
 それがつまり、男子サッカーと野球だ。

 オリンピックに出場するほとんどの選手たちにとって、この大会は競技生活における最大の節目だ。多くの選手が「この4年間、このために努力してきた」という意味のことを語る。
 ソフトボールの選手のひとりが「この4年間、アメリカのエースをどう攻略するかだけを考えてきた」と語った記事を読んで、大袈裟にいえば慄然とした。だが、たとえば北島康介は「ハンセンより早くゴール板に触るためには」と考えてきたのだろうし、塚田真希は決勝で当たった中国の選手を倒すために握力を鍛えてきた、と中継のアナウンサーは繰り返し語っていた。ソフトボール選手の言葉は、決して特異なものではないのだろう。

 だが、野球日本代表には、「この4年間、キューバのエースを打ち崩すことだけを考えてきた」選手など、1人もいないに違いない。心中期するものがあった選手もいるだろうが、それを具体的な対策として実行してきた選手がいるとは思えない。昨年の予選を勝ち抜いた経験を持つ選手でさえ、今シーズン開幕後にオリンピックについて聞かれれば「それは代表に選ばれ、合宿が始まってから考えます。今はチームが最優先です」と答えるのが常だった。
 ソフトボールの上野は4年間思い続けてきたが、野球選手たちは4週間にも満たない。
 そして、それ自体は彼らの責任ではない。
 彼らには、ペナントレースとオリンピックの軽重に優先順位をつけることは許されていないといってよい。

 しかし、テレビを見る側は、他の競技と同じような、あるいはそれ以上の期待を彼らにかける。
 今日の野球の準決勝を私は職場のテレビで見ていたが、8回裏に失点を重ねるたびに、同僚が選手や代表チームを口汚く罵った。私とて彼らのプレーぶりには深い失望を味わったが、同僚のように居丈高な態度をとる気にはなれなかった。
 たとえば私が西武ライオンズのファンで、日本シリーズ第6戦あたりでG.G.佐藤が試合を決定づける落球する姿を目の当たりにしたら、スタンドから思い切り罵倒するかもしれない。西武ファンの期待を背負い、怒りを受け止めるのは、プロ野球選手としての彼の義務だ。
 だが、日本代表としてプレーすることの責任をどのように彼が、そして他の選手たちが背負うべきなのか、私はには明確な答えが見つからない。
 それはひとえに、日本のプロ野球におけるオリンピックの位置づけの曖昧さ、世界の野球界におけるオリンピックの位置づけの曖昧さによるものであり、選手の自覚不足などという精神論に収斂できるものではない(もちろん、どんな状況のどんなレベルの試合であれ、8回の佐藤の落球は野球選手としての汚点以外の何物でもないけれど)。

 まったくの感情論として言わせてもらえば、水泳や柔道、レスリング、陸上、ソフトボールなど、この大会のために過去4年間のすべてを捧げてきた選手たちが勝ち取ったメダルと、野球日本代表が得たメダル(今大会では得られない可能性も残念ながらかなりあると言わざるを得ないのだが)が同じ重みであるとは、私には思えない。

 女子ソフトボールでは、表彰式の後、トップ3の各国選手たちが一緒になって、ボールで「2016」の文字を作り、五輪競技への復帰を訴えた。五輪がソフトボールという競技における最高峰の舞台である以上、それは当然の欲求だ。
 だが、野球はどうだ。
 このブログでも何度も書いてきたように、ベースボールの宗主国であるMLBは、五輪に選手を派遣するつもりがない。それはたぶん2016年以降においても変わらないだろう。その方針が変わらない限り、USA、ドミニカ、日本、韓国、台湾、あるいはオーストラリアといった国々は最強チームを編成することができない。
 そんな中途半端な形で五輪に復帰することに、どういう意味があるのだろうか。いっそ、野球が盛んな国で開催される時だけ公開競技として実施する、ということでもいいんじゃないかという気がしてくる。真剣勝負として命(とはいわないまでも選手生命を賭けた戦いを見ることは少なくない)のやりとりをする場にはふさわしくない。
 勝って得られるものの重みと、負けることで背負う傷の深さが釣り合っていない。そんな形で選手たちを戦場に送り込むのはもうたくさんだ。
 今大会のトップ4でいえば、キューバ代表は五輪を最大の目標としている。韓国はシーズンを中断し五輪に集中してきた。USAはMLBを除外して割り切ったチームで臨んだ。良くも悪くも、それぞれのスタンスは明確だ。日本だけが中途半端な位置にある(4年前からの進歩は認めるが)。

 野球は今大会を最後に五輪競技から外れる。世界の野球界において、また日本の野球界において五輪をどう位置づければよいのかを、抜本的かつ徹底的に話し合うには、よい機会ともいえる。
 もちろん、誰がどういうテーブルについて話すのか、という前提に最大の問題があるわけだが、今度こそ誰か本気でそれを考えてくれないだろうか。新任のプロ野球コミッショナーには、ぜひそういう意識をもっていただきたいのだが。


関連エントリ:
五輪競技落選による、MLB一極集中体制の完成。
足りなかったもの。
星野仙一が代表監督にふさわしいと考える理由。
で、野球界は北京五輪をどうするのか。
横尾弘一『オリンピック野球日本代表物語』ダイヤモンド社

 改めて並べると、同じようなことばかりずっと書いてますが。

| | コメント (9) | トラックバック (2)

2勝2敗。

 北京五輪の野球予選リーグは最初の4試合を終わって2勝2敗。星野監督が試合後のインタビューで話していた通り、「我々の力量からすれば最低の結果」といってよい。
 8チーム中4位になれば決勝トーナメントに進出できるのだから、数字の上ではまだまだ挽回できる圏内にある。しかし、負け方が悪いのが気になっている。予選の時には3試合、いや、2試合目には強い結束を見せていたチームが、北京では4試合を経ても、まだまとまれていないように見える。

 今日の韓国戦で和田が同点本塁打を浴びた場面や、9回表に岩瀬が打たれ、村田や阿部のミスも重なって3点を献上した場面。フジテレビの中継画面を見る限り(国際映像だから他局で見ても同じだろうけど)、打たれた投手やミスをした野手に声をかける者が誰もいない。失敗をした選手は、それぞれに独りで下を向いていた。

 今日の韓国戦の内野陣は、一塁・新井、二塁・荒木、遊撃・中島、三塁・村田。
 このチームの中心になるはずだった西岡・川崎の二遊間は、それぞれに故障が発覚してベンチにいた。彼らがダイヤモンドの中にいれば、決してミスをした選手を独りにはしなかっただろう。川崎はきっとうるさいくらいに声をかけまくっていたはずだ。
 だが、現実には彼らはいない。宮本キャプテンもその瞬間にはグラウンド上にいなかった。それを不運といえば言える。だが、4人とも(捕手の阿部も)所属チームでは押しも押されぬ主力選手、リーダーシップを発揮している立場のはずだ。誰それがいないからできません、では情けない。

 明日の休養日を挟んで、カナダ、中国、USAとの試合が続く。それぞれに簡単ではない試合になるだろう。おそらくは、この休養日に、チームとしてのメンタル面をどう立て直すかが鍵になる。宮本キャプテンの出番だろう。ダルビッシュに習って、みんなで頭を丸めるくらいのことをしたっていいんじゃないだろうか。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

横尾弘一『オリンピック野球日本代表物語』ダイヤモンド社

 ありそうでなかった本だ。あるいは、こういうものがなかったこと自体が野球におけるオリンピックの半端な位置づけを象徴している、というべきか。
 タイトルの通り、野球が五輪の公開競技に採用された1984年ロサンゼルス大会から、正式競技としてひとまず最後となる2008年北京大会の予選に至るまで、野球日本代表がどのようにしてオリンピックに臨んできたかを記している。

 タイトルに「物語」とあるけれど、各大会のスター選手の活躍を描いた“名勝負物語”やNumber的“ヒューマンストーリー”を期待して読めば、いささか物足りなく感じることだろう。著者の記述スタイルはむしろ歴史書に近い。それぞれの五輪大会に向けた日本代表が、歴代の監督の下、どのように発足し、4年の準備期間にいかにして強化を試み、本大会に臨んだかが、粛々と記録されている。
 ロサンゼルスから始まる五輪の各大会ごとに1章があてられているが、本大会だけでなく、チームの発足から4年間に行われた大小の国際大会についてもきちんと記されているので、本書は実質的に、日本のアマチュア野球における国際挑戦史でもある(巻末にはそれらの大会すべての出場選手と勝敗、タイトルが記されている)。


 通読してまず感じるのは、日本代表の勝利という目的のために関係者が一丸となって総力を結集することの難しさだ。
 プロアマ混成の2000年シドニー大会、全員プロ選手で結成された2004年アテネ大会において、現場の指導者や選手たちが直面した困難はむしろ国内の野球界にあったのではないか、ということはこのblogでも何度か指摘してきた。
 が、実はそれはプロの参加を待つまでもなく、日本代表という存在に最初からついて回る宿命だったことが、本書を読むとよくわかる。

 草創期の日本代表に対して、選手を派遣する母体である企業は非常に消極的だった。学生球界との関係も密接とは言えず、日本代表は長い間、ほぼ社会人選手だけで構成されていた。
 ロス五輪では社会人と大学生の混成チームが出場したが、これは予選で敗退した日本がキューバの大会ボイコットで急きょ出場することになり、都市対抗との日程調整ができなかったという事情がある(本書によれば、日本代表の事実上のオーナーだった山本英一郎が、それを奇貨として、参加に消極的だった大学球界を強引に説き伏せて選手を出場させた、という経緯もあったようだ)。

 社会人と学生の温度差は以後も続く。87年、社会人野球の団体である日本野球連盟の体協加盟が認められた際に、学生野球の各団体が出したコメントが紹介されているが、どれも他人事そのものだ。とりわけ日本学生野球協会の広岡知男会長のコメントの冷淡さには、今読むと驚くべきものがある。

<社会人が体協に入るのは、それはそれで結構なこと。学生協会は、設立の経緯から他の組織の下部団体にはなれない。体協に入らなければオリンピックに出さないというなら、こちらとしては出ない。オリンピックにも興行的な要素が出てきたし、変わってきている。大学連盟が、五輪に出たいところは出てもいい、と言っているのは協会との関係からおかしなことだ>

 広岡は旧制中学時代の甲子園に出場し、東大野球部では六大学の首位打者となった経験のある、元朝日新聞社長。このコメントを読むと、野球界全体の流れとは無関係に(そして、昨今の奨学生問題に象徴されるように、教育界とも無関係に)「学生野球」という独自の閉じた世界に至上かつ不可侵の価値を見出す人々が、その信念に基づいて学生野球界を動かしてきたのだということを改めて実感する。
(もっとも、広岡はこの4年後には全日本アマチュア野球連盟会長も兼任し、五輪における野球日本代表を推進する立場になるのだが)


 母体となる諸団体がそんな調子だから、選手たちの意識も揃わない。
 1977年にニカラグアで開催されたインターコンチネンタルカップでは、炭酸飲料をがぶ飲みして体調を崩したり、3位に終わりながら閉会式で記念写真を撮ったりしている選手がいて、監督の松永怜一を激怒させた。
 野球が五輪競技となり、日本代表が相応のステイタスを認められるようになると、別の問題が生じてきた。1992年バルセロナ大会の予選を振り返って、主将を務めた捕手の高見泰範は<バルセロナを目指し、予選はプロセスだと考えている選手と、プロ入りを目指していいプレーをしようとしている選手には、明らかに違いがあった。バッテリーを組んでいても、新谷(博=日本生命、後に西武など/引用者注)との意識の差は感じていました>と話す。
 ロサンゼルス大会から数えて4度目の五輪で、企業や大学の理解も深まり、ドラフト凍結という形でプロからも間接的なバックアップを受けていた1996年アトランタ五輪では、予選リーグ敗退寸前まで追い込まれるが、それも同じ問題がチームに亀裂を生じさせていたからだ、と著者は考えているようだ。

 歴代の監督たちも、意識の統一や一体感の醸成に心を砕いてきた。
 急きょロス五輪を率いることになった松永怜一は、合宿初日の前夜に<敗戦主義者や怠け者、不平不満を漏らす者はいらない。私の言うことが聞けない者は、今すぐ荷物をまとめて帰ってくれ>と選手たちに宣言する。
 1992年バルセロナ五輪を率いた山中正竹は<私は日本代表も自分のチームと思えるような選手を集めようとした><このチームを勝たせるにはどうすればいいか、その中で自分は何をすればいいのかを考えられる選手を見極めようと>と回想する。
 この山中が、最終合宿の最終日に、右肘を痛めていた西山一宇投手をメンバーから外そうとしたが、別の選手を呼ぶことでチームの一体感が崩れるリスクをおそれて思いとどまったというエピソードには、北京五輪代表における上原浩治の処遇の背景を想像させるものがある。

 星野仙一監督が率いる北京五輪の日本代表を見る上で、本書が示唆するところは大きい。メンバーが発表された今、選手たちが集合し、最終合宿を行い、本大会を戦う中で、どのような困難に直面することになるのかを知るためには、この上ない参考書となるはずだ。

 奥付での著者の肩書きは「ベースボール・ジャーナリスト」となっている。社会人野球誌「グランドスラム」を中心に活動しているようだが、私の印象に残っているのは、落合が中日監督に就任したシーズンに密着した『落合戦記』だ。あの落合に信頼されるというだけで一目置かざるを得ないという気になる。著書自体はけれん味のない実直な文章という印象を持っている。本書もまた、そのように記された労作だ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

北京五輪野球代表についての感想。

 今日、北京五輪に向けた野球日本代表メンバー24人が発表された。

<投手>
上原浩治G、川上憲伸D、岩瀬仁紀D、藤川球児T、ダルビッシュ有F、成瀬善久M、和田毅H、杉内俊哉H、田中将大E、涌井秀章L
<捕手>
阿部慎之助G、矢野輝弘T、里崎智也M
<内野手>
荒木雅博D、新井貴浩T、村田修一BAY、宮本慎也S、西岡剛M、川崎宗則H、中島裕之L
<外野手>
森野将彦D、青木宣親S、稲葉篤紀F、G.G.佐藤(佐藤隆彦)L


 顔触れを見てすぐに思い当たるのは、星野監督は昨年12月の予選のチームを重視した、ということだ。24人中19人までが予選に出場している。以下の5人が入れ替わった。

OUT 小林宏、長谷部、井端、和田一浩、大村三郎
IN  和田、杉内、田中、中島、佐藤

 予選では9人だった投手が1人増えた。3試合で終わる予選と違い、五輪本大会は試合数が多いのだから当然(投手を10人にするか11人にするか、が選考における最大の論点だった、と山本浩二コーチが記者会見で話している)。
 和田、杉内はWBC経験者(杉内はアマ時代のシドニー五輪、和田はアテネ五輪にも出場した)で国際経験に不足はない。田中、中島はおそらく初の国際大会出場になる。GG佐藤も同様だと思うが、アメリカでのプレー経験がプラスになるかどうか。

 昨年の予選では、昨季好調だった選手を中心に選んだ感があったが、今回のメンバーは必ずしも現在の成績や調子を反映してはいない。パの野手陣では打撃ランキング上位の選手が順当に選ばれているが、セではかなり異なる。投手についても涌井や成瀬の勢いは昨年ほどではないし(とはいえ実質2年目の今年も相応の成績を残しているという意味では評価できる)、上原の不振は深刻だ。
 選ばれたメンバーよりもよい成績を残している選手は少なくない。

 つまり星野監督は、現時点での調子よりも、予選3試合を通じて培われたチームの一体感を重視したということだろう。
 シーズン真っ最中で最低限の準備期間しかとれない本大会のために、一からチームを作り直すことは困難だろうから、これは合理性のある判断だと思う。

 この「予選を勝ち抜いたチームを基礎にして本大会に臨む」という当たり前のことが、アテネ五輪では許されなかった。
 当時の代表チームには「本大会出場は1チーム2名まで」という制約が課されたために、首脳陣はチームをいったん解体して組み直さなければならなかった。チームの求心力を担保していたはずのカリスマ監督は病に倒れ、指導者としての実績が無に等しい代行監督が、この即席チームを率いてアテネに赴かなければならなかったのは周知の通り。
 今回、その種の制約が外れたのは、プロ野球界もアテネについていくらか反省したという現れだろうし、アテネでの一部始終を放送席から見ていた現監督の強い意向にもよるのだろう。

 ちなみにアテネ五輪から連続出場する選手は、投手で岩瀬、上原、和田毅、野手では宮本ひとりの計4人。本来なら黒田、松坂、城島、福留なども連続出場して然るべきだが、彼らはこの間にアメリカに渡ってしまった。


 さて、顔触れを見て気になったことがいくつか。


1)宮本を誰が補佐するのか。

 WBCの代表選手が発表された時、宮本不在で誰が主将役を務めるのか、という懸念をこのblogに書いたことがあったが(後に井口の出場辞退に伴い、宮本はメンバーに加わり、私が期待したような役割を果たした)、星野監督は予選の時から宮本を主将に指名していた。故障やよほどの不振でない限り選ばれるのは確実だったし、それが張り合いになったのか、宮本は打撃でも好調を維持している。

 というわけで今回は主将に不足はないのだが、改めて顔触れを眺めると、野手陣は宮本以外は全員若手の感がある。捕手陣3人はベテランぞろいだが、投手陣の把握に相手打線の研究、ブルペンコーチ役と、捕手業務で手一杯になりそうだから、野手陣に宮本を補佐する選手が必要になってくるはずだ。
 WBCではイチローが主将格で宮本が陰のリーダー、という分担ができていたようだし、アテネ五輪では高橋由伸が宮本の相談相手になっていたようだ。今回の予選では井端や和田がいた。

 今季は必ずしも状態や成績がよくない高橋由伸、井端、小笠原らが最終候補に名を連ねていたのは、おそらくそのような含みもあってのことだったのだろうが、結局は3人とも落選。台中でベンチを引き締めていたと思われる和田一浩もいない。

 年齢的には稲葉はベテランだ。実力も充分でレギュラー出場が予想されるから、候補のひとりではある。が、日本ハムでもそうだが、人格的にとても初々しくて、リーダー格とかまとめ役とかいうのはちょっと違うような気もする(あくまでメディアで見た限りでの印象)。

 期待したいのはむしろ、西岡、川崎、青木といった面々。WBCで“イチロー・チルドレン”として売り出した彼らも、今や国際経験ではトップクラスになっている。予選の後で稲葉が「WBC組についていくのに必死だった」と話していたように、今や日本代表の顔でもある。やんちゃな若手という立場にとどまらず、次のWBCでは宮本から主将を引き継ぐくらいの気持ちで取り組んでくれたらいいなと期待している。


2)誰が打線の核になるのか。

 国際試合、とりわけ準決勝以降のノックアウト方式に入ると、チームとしての精神的タフネス、諦めない力とでもいうものがとても重要になると思われる。
 その時に大切なのは、打線のつっかい棒とでもいうべき打者だ。誰もが「○○さんに回せば何とかしてくれる」と信じられる時に、打者たちは線となって敵に立ち向かうことができる。

 前回のアテネ五輪から、逆の例を見出すこともできる。準決勝でオーストラリアに1点をリードされた最終回。先頭打者だった四番・城島は初球からバントヒットを狙って失敗した。
 奥田英郎は著書『泳いで帰れ』の中で<自分が何とかしようとする者の行為ではない。あとは頼むという、責任回避の行為だ。四番がこれか>とこのプレーを罵倒しているが、私も同感だった。城島は好きな選手だが、これはいただけない。日本はそのまま三者凡退であえなく敗退した。

 灼熱の北京で、選手たちは苦しい時に誰の顔を見ればよいのか。監督か?そりゃ違うだろう。宮本主将といえども、試合に出づっぱりでチームを引っ張るのは難しいだろうし、まして「つないだ走者たちを本塁に迎え入れる」という役割ではない。
 健在なら小笠原あたりが担うはずだった役目だが、いないものは仕方ない。ここは新井や村田に頑張ってもらいたい。台中で、単打に徹した新井は頼もしかった。本大会は彼らにとって一皮むけるチャンスでもある。


3)一塁コーチを誰が務めるのか。

 3つ目は、ものすごく細かい話。五輪ではベンチ入りスタッフの数も非常に絞られる。コーチは山本浩二、田淵、大野の3人だけ。山本が三塁コーチ(これも懸念したのだが、台中では無難にこなした。北京でも頑張ってもらうしかない。暑さが心配だが)を務め、田淵はベンチで星野監督の相談相手、となると一塁コーチは控え選手がやることになる。
 台中ではほとんどの時間帯を宮本が務めていた。走者たちへの指示ぶりは堂に入ったもので、まず不安はない。だが、宮本が試合に出ている間は、誰が代わるのか。

 予選で宮本不在中の一塁コーチャーズボックスに立っていたのは井端だ(アテネ五輪の予選でもやっていた)が、今回は選ばれていない。予選での中日・阪神勢の使われ方を見ていると、荒木、森野ら中日勢が候補と思われるが、選手としてはともかく、コーチとしては心許ない気がする(なんて書いたら失礼だろうか。中日ファンの皆さん、どうでしょうか)。
 スタッフが少ないだけに、試合に出ない選手の役割も普通のチームより重くなる。ベンチの選手たちの表情や態度にこそ、チームの一体感は現れるものだ。


 懸念としていくつか書いたが、このくらいのことはおそらく監督も考えた上でのセレクトのはず。選手たちが、大きなチャンスと捉えて取り組んでくれたらいいと思っている。
 あとは選手たちが開幕までによいコンディションに仕上げて本大会に臨めることを祈るばかり。

追記(2008.7.23)
代表チームの選考は、最終的には監督の専決事項だと私は思っているが、ファンやメディアから批判や異論が出るのは避けられないことだし、異論のある人は言えばよいとも思う。ただし、ファンの酒場談義なら好き嫌いだけで声高に論じてもよいけれど、メディアが批判を表明するなら、相応の根拠は示して貰いたい。

こんな判りきったことを書くのは、今週の週刊朝日の中吊り広告に呆れたからだ。

<やはり中日、阪神偏重で、今年の成績よりも「コネ」が優先!?
  星野ジャパン このメンバーじゃ勝てるわけない!>
http://publications.asahi.com/syukan/nakazuri/image/20080801.jpg

 記事の内容は二宮清純、小関順二、玉木正之らのコメントをつぎはぎしただけのお手軽なもの。個別には傾聴すべき部分もあるが、誰かが「中日阪神偏重だ」とか「コネ優先だ」とか「このメンバーじゃ勝てるわけない」などと明言しているわけではなく、中吊りと記事との整合性は低い。週刊朝日では、中吊り広告が記事とは別に独自の見解を主張することがあるようなので気をつけたい。

 昨年のアジア予選で、普段やらないような苦しいロングリリーフや、ブルペン捕手など試合の外側での地味な仕事を任されていたのが中日・阪神勢だったことは、3試合をきちんと見ていれば誰にでも判ったことだ。今回のメンバー構成を見ても、彼らが同じような役回りになることは容易に予想がつく。人数は多くとも優遇されたとは言い難い(そもそもぶっちぎりで首位独走中の阪神から3人というのは、決して多くはない)。
 そんなことには触れようともせず、人数だけ数えて「偏重」だの「コネ」だのと騒ぎ立てるような振る舞いを「下衆の勘繰り」という。06年のWBC日本代表には千葉ロッテから8人が選ばれたが、あれも誰かのコネだったというのか?

| | コメント (11) | トラックバック (2)

で、野球界は北京五輪をどうするのか。

 台湾ギャラリーのゆるい文体から元に戻すのも何となく気恥ずかしいので、しばらくこのまま行って見ようかと思います。

 そういうわけで台湾で3試合見てきたのですが、台湾の夜は寒い、というのが意外でした。12月とはいえ、日中は陽射しが強くて、Tシャツ一枚でも充分なくらいだったのに、日が暮れると急速に気温が下がります。
 冬物のコートは成田空港でお役御免だと思っていたのに、結局は毎晩着込んで観戦することになりました。とりわけ台湾と戦った第3戦の夜は、左翼後方から終始強い風が吹きつけ、体感温度はかなり下がりました。グラウンドで戦っていた選手たちにとっても、やりづらいコンディションだったことでしょう。

 北京五輪予選を兼ねたアジア野球選手権は、3勝無敗で日本が優勝し、北京行きの資格を手にしました。この大会で五輪出場が確定するのは1位チームのみ、という厳しい条件だっただけに、監督や選手たちにのしかかった圧迫感は、並大抵のものではなかったと思います。総合的な力量では首位通過が順当ではあっても、「勝って当たり前」という状況はやりづらいものでしょうし、韓国や台湾には総合力では優っていても好投手がいるのも事実。誰かがたまたまその夜に一世一代の好投をしてしまったら、そうそう点が取れるものではありません。
 現地では日本の報道に接する機会はほとんどありませんでしたが、ちらっとテレビに映った優勝後の星野監督の表情は、強烈なストレスに晒された憔悴と、そこから解放された安堵感を如実に示していて、もともと体調に問題を抱えている60歳の人物には過酷な立場なのではないかとさえ感じました(時節柄、代表監督の健康状態にはどうしても神経質になってしまいます)。

 国際大会のアジア予選を3夜連続で観戦するのは、私にとっては2003年のアテネ五輪予選(札幌ドーム)、2006年のWBCアジアラウンド(東京ドーム)に続いて3度目でしたが、日本側スタンドの盛り上がりは今回がもっとも強かったように感じます(これまでは応援団のいる外野スタンドから見ていなかったからそう感じるだけかも知れませんが。台中洲際球場には外野スタンドがないので、応援団の人たちはベンチの後ろで仕切っていました)。わざわざ海外までやってきただけあって、日本代表を応援しようという姿勢が強く、傍観者的な観客は少なかったようです。
 それはつまり、日本代表というチームのステイタスが高まり、価値を認める観客が増えてきたということなのでしょう。

 日本代表チームのステイタスは、プレーする側にとっても確実に高まっているようです。台中で見た野手陣では、WBCに参加しなかった(あるいは参加しても出番の少なかった)選手のプレーが印象に残っています。
 自在に打ちまくった阿部をはじめ、稲葉やサブローといったベテラン選手のひたむきさ。懸念されていた四番打者・新井が、丁寧にミートするバッティングを心がけていたのも真摯さを感じました(WBC第2ラウンドの韓国戦で、代打に出て場違いな大振りで三振した姿の残像が焼き付いていただけに)。台湾戦で大差のついた最終打席、もうホームラン狙ってもいいよ、とつぶやいたら、本当にホームランが出ましたが、これも右方向。頑張った3日間へのご褒美のように感じられました。
 本来なら主軸に座ったであろう小笠原、福留、高橋由伸、松中らがそれぞれの事情で参加できませんでしたが、彼らに代わって国際舞台に立った選手たちは、きちんと役割を果たしました。WBC組に溶け込むのに必死だった、というようなコメントを誰かが(稲葉だったかな)していたように、WBCでの世界一は、テレビで見ていた選手たちにとっても大きなものを残したようです。

 一方の投手陣は、国際経験どころかプロ経験そのものが浅い3人の先発投手が、それぞれによく投げたと思います。特に初戦の涌井。フィリピンの拙守で5点をリードしたものの、以後は拙攻続きで追加点のとれない展開の中で、涌井は打線のたるんだ雰囲気に一切影響されることもなく、フィリピンを完璧に抑え込んで攻撃へのリズムを作っていました。
 そして、何といっても重厚なブルペン。
 3試合を通しての圧巻は、韓国戦での上原でした。
 体中から焦げた匂いがしてきそうなほどヒリヒリする思いで見つめていた試合の中、ライト線の外側に設けられたブルペンからマウンドに歩いてくる上原の姿は、それを見ただけで「ああ、彼がこの辛い試合を終わらせてくれる」と思えるだけの何かを放っていました。マウンドに立って投球練習を始めると、2、3球見ただけで、それは確信に変わりました。川上や岩瀬のような投手ですらあれほど苦労してしまう局面で、ポンポンとストライクをとって打者を追い込んでいく上原は、まったく別格の人でした。
 台湾戦でも、終盤に上原と藤川がブルペンで並んで投げている姿は、これ以上なく頼もしく感じられたものです。9回、ブルペンで投球練習を終えた上原が、渡されたペットボトルの水で口を潤し、5人ほどのスタッフ(リリーフ陣?ウインドブレーカーを着ていたので誰かはわかりませんでしたが)と拳を合わせてマウンドに向かうと、これでお役御免だと矢野や他のスタッフがベンチに引き上げていったのも印象的でした。

 宮本は一塁コーチを務め、二塁走者に外野手の守備位置を伝えたり、こまごまと指示を与えていました。選手が便宜的にやっているというよりはコーチが本業のように見えるほどでした(宮本が試合に出ている間は井端が代わりをしていました)。
 矢野はブルペン捕手を務めて、試合中に何度もベンチとブルペンを往復していました。外野手のキャッチボールの相手をしていたのは、荒木か森野だと思います(背番号が見えないのでよくわかりませんでしたが)。エース扱いされて当然なのに中継ぎに回った川上、普段より長いイニングを投げた岩瀬。星野監督が中日や阪神で使った選手たちは、しんどくて日の当たらない役回りを任されていたようです。そういう面も含めて、いいチームだったのだろうと感じます。

 しかし一方で、これはいったいどういうチームなのだろう、という思いが消えることもありませんでした。
 私が目の前に見ていたチームを定義するなら、「NPBの日本人選手のベストチーム」というのがもっとも近いでしょう(プロ入り前の長谷部がいましたから、正確さを欠く表現ではありますが)。
 あえて言えば、そこにいたのは3種類の選手たちです。「MLBに行かない選手」と「MLBに行けなかった選手」と「MLBにまだ行っていない選手」。
 上述した故障等での欠場者たちはともかく、日本のベストチームを作るなら、松坂と黒田と大塚と城島とイチローと松井秀喜と松井稼頭央と岩村と井口と田口と斎藤隆と岡島は当然入ってくるはずです。こういう選手たちをあらかじめ除外した「日本代表」というものを、どう捉えたらよいのでしょうか。

 これは別に日本固有の問題というわけではありません。
 前にも何度か書いてきましたが、オリンピックにおける野球という競技自体が、大きな矛盾をはらんだ存在です。現時点で正確な情報を持っていませんが、MLBは今回も選手の派遣を認めないだろうと思います。だとすると、USAのみならず、ドミニカやメキシコ、カナダ、日本、韓国、台湾、オーストラリアなど、キューバを除く有力国ではことごとく、最高級の選手が出場しないことになります。
 それは一体どう定義すればよい大会なのでしょうか。
 そこで優勝することに、どういう価値があるのでしょう。

 念のため言っておくと、これは反語ではありません。オリンピックでの優勝に価値がない、ということではない。何らかの価値はあるでしょう。日本国内ではオリンピックの地位は特権的に高いものとして扱われていますから、どんな競技でもおろそかにはできません(サッカー界では実質的にU-23ワールドカップに過ぎないはずのオリンピックが、どうかするとフル代表並みの注目を集める理由のひとつもそこにあるのだろうと私は思っています)。
 ただし、そこで野球が金メダルを取ったとしても、例えばバレーボールや柔道の金メダルとは意味が違います。野球のWBCにおける金メダルとも違う。
 では、どう違うのか。野球日本代表がオリンピックで金メダルを獲得することには、一体どんな意味があるのか。日本野球にとってどうなのか、世界の野球界にとってはどうなのか。

 日本代表にプロ野球選手が派遣されるようになって、これが3度目の五輪(2000年のシドニー五輪とその前年の予選では人数を限定したプロアマ混成チームでした)になりますが、プロ選手が参加する意味については、うやむやにされたままです。
 もともとアマチュア選手の大会であった五輪にプロ選手が参加し、遂にはアマチュア抜きでプロ選手だけが出場することになったのはなぜなのか。日本の野球界にとって、これはどういう意味を持つ大会になっているのか。そういう意義付けがあって、はじめて代表チームが選考できると思うのですが、実際には「もはやアマだけでは勝てない」という以上の説明を、私は聞いたことがありません。それ以外のことは、ずっとうやむやのうちに進んできた、といっても過言ではないと思います。

 これも何度か書いてきたことですが、野球日本代表チームの母体は、NPBではありません。代表チームの公式サイトを見ればわかりますが、「全日本野球会議」という組織が選出母体です。
 この「全日本野球会議」は、日本にものすごくたくさんある野球の競技団体の代表が寄り集まった会議で、組織としての実体はありません。

 そもそも、オリンピックに選手を派遣することができるのは日本オリンピック委員会(JOC)の加盟団体だけです。NPBはJOCに加盟していません。
 実際には「全日本アマチュア野球連盟」という団体が派遣元になりますが、全日本野球会議の組織図を見ると、これは「国際大会に参加する場合の共同付属機構 JOC加盟」と説明されており、いわば名義貸し団体のようです。
 社会人野球の団体である「日本野球連盟」の中に「全日本アマチュア野球連盟」のコーナーがあるのですが、規約の第1条に「本連盟は、全日本アマチュア野球連盟といい、外国に対しては、Baseball Federation of Japan(略称B.F.J.)という。」と定められています。英語名では「アマチュア」の文言が消えていることがわかりますね。
 一方、「日本野球連盟」の英語名はJAPAN AMATEUR BASEBALL ASSOCIATIONです。こちらは英語名だけに「AMATEUR」の文字が入っている。外国の人から見たら、わけがわからないと思います。
 全日本アマチュア野球連盟が、対外的にはアマチュアの団体でないふりをしながら(あるいは、国内だけでアマチュアのふりをしながら)、プロの監督とプロの選手による日本代表を、オリンピックに派遣する。
 こんなわけのわからないことを、いつまで続けるつもりなのでしょうか。

 そういう根本的な歪みを放置したまま、「北京で悲願の金メダルを」「オリンピックに野球の復活を」などという情緒的なスローガンを掲げ、ファンを煽動している人々がいるわけです。具体的に誰かは知らないけれども間違いなくいる。
 監督や選手には「北京に行ってもらわなければ困る」などとプレッシャーをかけておきながら、自分たちがすべき仕事は棚上げにしている。そんな人たちを私は憎みます。星野監督がどんな思いでチームを率いてきたのか、選手たちがどれほど真摯に戦ったのか。グラウンドでのプレーが真摯であればあるほど、彼らを送り出す立場の人たちが、そのプレーの価値をきちんと裏書きしてあげるべきではないかとの思いも強くなります。